AND OWL!
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デフォルト:森 夏初【もり なつは】梟谷学園高校二年六組、園芸部所属。
極度の人見知りで仲の良い相手としか普通に話せない。頑張り屋と卑屈屋が半々。
最近の悩み:「男バレの先輩方のノリに上手くついていけない」
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日曜日の朝が来て、制服に着替えた私は部活用のジャージとタオル、水筒等必要なものをカバンに詰め込み、30分程早めに家を出た。
特に何かする訳でもないけれど何となく早くに目が覚めてしまい、そのままのペースで電車に乗り、いつもよりずっと早くに梟谷学園へ辿り着く。
ホワイトカラーの腕時計をちらりと見ると、部活開始時刻である9時にはまだ十分に時間があった。
「.............」
校内に入れたら先に着替えてしまおうと思い玄関まで行くと、鍵が開いていたので静かに中へ入る。
休日でもこんな朝早くから鍵が開いているんだなと軽く驚いたが、そういえば昨日見させてもらった男バレの合同練習は、確か学校に泊まり込みでやるらしいと立嶋先輩が話していたことを思い出し、だからなのかなと一人納得した。
他校生が梟谷に泊まるんだから多分、ホスト校である赤葦君や木兎さん達も学校に泊まってるんだろうな......。
なんだか修学旅行みたいで、少し面白そうだ。
それに、帰宅時間を気にせず部活を出来るなんて、ちょっと羨ましい。
園芸部も泊まり込みで部活を出来ればいいのに...と考えて、少人数だし、活動内容も泊まり込みでやるようなことでもないので、おそらく実現は難しいだろうと小さくため息を吐いた。
そのまま部室である第三会議室へ向かい、女子トイレで制服からジャージへ着替える。
乱れてしまった髪を耳の下辺りで二つ結びにし、再び部室に戻って貴重品とタオル、水筒、軍手を持ってまた下駄箱へと向かった。
「.......あれ?夏初ちゃん?」
「!」
途中、一階の廊下で声を掛けられ、思わずびくりと肩を揺らす。
何処と無く聞き覚えのある声にそろりとそちらへ顔を向けると、紺色のTシャツに白の短パンを履いた背の高いくせっ毛の男の先輩......猿杙先輩が柔和な笑顔を浮かべて階段から降りてきた。
「おはよ~、早いね?部活?」
「......おはよう、ございます......部活です......」
朝の挨拶をしてくれた猿杙先輩に会釈をしながら返答すると、先輩は「じゃあ、おんなじだね」とにっこりと笑う。
「立嶋は......一緒じゃないんだ?」
「あ、部活開始は9時からなので......今日はたまたま、早く起きてしまって......」
「あぁ、なるほど。俺らも9時からなんだ~。今日も来てくれるの?」
聞かれた言葉におずおずと「お邪魔します」と返せば、「やった。昨日といい、ありがとね」とお礼を頂いてしまった。
私も先輩も好きで見に行ってるからそんなお礼を貰うようなことでは決してないのだけれど、にこにこと朗らかに笑う猿杙先輩に下手に水を差すようなことは言えず、結局「そんな、とんでもないです......」と小さな声で返すことしかできなかった。
「夏初ちゃん、時間まだ余裕ある?よかったら少しここで待っててもらってもいい?」
「.............」
猿杙先輩から言われた言葉に、少しだけ目を丸くする。
私を呼び止めたということは、三年生の立嶋先輩ではなく二年の私に用事があるということだろうか?
いや、もしかしたら園芸部に何か連絡があるのかもしれない。
そこまで考えて控えめに頷くと、猿杙先輩はまた穏やかに笑って「ごめんね、ちょっと待ってて」とだけ告げて一旦この場から離れてしまった。
何の用事だろうと一人で考えながら、言われた通りこの場で待っていると、少しして階段上から誰かが駆け下りてくる足音が聞こえる。
猿杙先輩かなと予想して階段へ視線を向ければ、降りてきたのは違う人物だった。
「.......え?森......?」
「.............」
予想外の人物とは言え見知った顔だったので挨拶をしようとした矢先、階段を降りてきた相手、同じクラスの赤葦君は私を見るなりその切れ長の目を丸くした。
珍しくとても驚いた顔を浮かべているので、一体どうしたんだろうと軽く首を傾げていると、赤葦君は暫しぼう然としてからゆっくりと私の居る方へ歩いて来る。
「......あぁ、おはよう。ごめん、ちょっとびっくりして......」
「......おはようございます......あの、私、猿杙先輩にここで少し待っているように言われて......」
「.............」
直ぐそばまで来てくれた赤葦君に先程の猿杙先輩とのやり取り話すと、赤葦君は何かを考えるように黙り込み、少ししてから瞳を伏せて小さくため息を吐いた。
その顔は少し怒っているような、それでいて呆れているような、何とも不服そうな色を示している。
反射的に「すみません」と頭を下げれば、「なんで森が謝るの」と少し力が抜けたように笑われた。
「......それより、部活には少し早過ぎない?どうしたの?」
頭を上げて赤葦君と視線を合わせると、先程の猿杙先輩と同様の質問を投げられ、たまたま早く起きたのでと同じ答えを返す。
「立嶋さんは?」
「.......え、と......部活開始は、9時なので......今は、居ません......」
「.............」
先程と同じような会話の展開に、少しばかり狼狽えてしまう。
どうやら私が一人で居ると、立嶋先輩はどうしたのかと聞かれるという一連の流れみたいなものが出来ているようだ。
こぞって気を遣って頂いて、なんだか申し訳ない。
「.......あ、赤葦君は、学校に、泊まったの......?」
「え?......あぁ、うん。一応ホスト校だからね」
急な話題転換になってしまったかもしれないが、優しい赤葦君はきちんと答えてくれる。
「......教室に、お布団敷くの?ちゃんと眠れた......?」
「うん、布団敷く。......昨夜は木兎さん達が騒いでて、寝るのは少し遅かったけど、ちゃんと眠れてるよ」
学校に泊まるということで少し気になっていたことを聞けば、返ってきた言葉に小さく笑いながら「そうなんだ」と相槌を打つ。
布団が敷かれた教室で楽しそうにはしゃぐ木兎さん達が容易に想像出来て、少しおかしかった。
「......いいなぁ......」
「え?」
思わずぽつりと思考が口元から零れ、咄嗟に口を閉じるも近くにいる赤葦君にはばっちり聞かれてしまった。
少し不思議そうにこちらを見る赤葦君の視線に耐えきれず、私の顔は徐々に下にさがる。
「.......昨日、めいっぱいまで部活して......帰りの時間、気にしなくてよくて......朝も直ぐ、部活できるの、いいなぁって......」
「.............」
「......園芸部は、規模が違うから......絶対、出来ないので......」
「.............」
視線を足元に向けたまま、ポツポツと小さく言葉を伝える。
でも、好きなことを四六時中誰かと一緒に出来るなんて、本当に羨ましい。
運動部ゆえにきっと体力的にしんどい局面もあるんだろうが、でも、暑い中でもバレーボールは楽しいと話した赤葦くんのことだ。この合宿も有意義な時間になっているに違いない。
「.............」
「.............」
「.......うん......本当に、有難い環境だと思う......」
「.............」
「.......森は、凄いな」
「......え?」
部活の合宿の話から、なぜか私を褒めるような言葉を述べられ、頭がついていかず思わず顔を上げた。
まるで意味がわかっていない私の様子を見て、赤葦君は少しだけ眉を下げて笑う。
「......学校泊まり込みの部活合宿があるって話すと、大抵の人は“大変だね”って気の毒そうな顔するんだ。......だから、そんな風に羨ましがられたのは、森が初めてで」
「.............」
「.......本当......嬉しくなることばっかり言ってくれるよな......」
「.............」
ほんのりと耳を赤くさせて、右手の甲で口元を隠しながら伝えられた赤葦君の言葉に、思わず黙ったままぽかんとしてしまう。
今まで失礼なことを言ってしまった記憶はあるが、赤葦君を喜ばせるような言葉を伝えられた時なんて、そんな功績が果たしてあっただろうか?
もしかしたら私と誰かを思い違いしているのではと、ついぐるぐる考え込んでしまうと......頭の上から小さくふきだすような声が聞こえ、赤葦君が笑っていることに気が付く。
何か笑わせるようなことをしてしまったかな?不思議に思って再び赤葦君を窺うと、くすくすと小さく笑いながらゆっくりとこちらへ切れ長の目を寄越した。
「.......そういうとこ、本当に、......いい子だなって思うよ」
「.............」
その綺麗な顔に小さく笑みを浮かべ、赤葦君から告げられた言葉に思考回路が停止する。
目をきょとんと丸くしたまま固まってしまった私に、赤葦君はもう半歩だけ距離を縮め、おもむろに私の左手をするりと攫った。
反射的にびくりと肩を震わせてしまうも、赤葦君はその大きな手で思いの外しっかりと私の手を握り、そのまま私の目線の高さまで掬い上げる。
「.............」
「.............」
予測不可能な展開が次々と重なり、完全に思考が追いつかないでただされるがままになっていると、私の左手を取っている赤葦君が静かに笑った。
「.......びっくりしたら固まる所、可愛いと思うけど......少し、心配になるな......」
「.............」
ぽつりと小さく呟かれた言葉の意味を理解するより早く、指先にふわりと柔らかな体温を当てられ、思考が完全に停る。
「.............」
「.............」
指先に触れたものが赤葦君の唇であると理解するのにだいぶ時間が掛かり、気が付けばゆるりと左手を外されていた。
「.......じゃあ、また後で」
赤葦君は相変わらず落ち着いた声音でそれだけ告げると、静かに来た道を戻って行ってしまった。
この場に一人残された私は、ぼう然と立ち尽くすことしか出来ない。
.......え?何、今......?何が、起こった......?
完全に情報処理能力が低下しているようで、考えようとすればするほど思考回路はこんがらがり、ちっぽけな脳みそは直ぐにショートしてしまう。
「.......そうだ......部活、行かなきゃ......」
考えてもわからないことは、もう仕方ない。
とりあえず後にしようと変に落ち着いて辿り着いた答えに、私の足は半ば無意識に外の花壇へと向かう。
まずは朝の水やりしないと。夏は気温が高くなると直ぐに水がお湯に変わってしまうから、早朝に行う必要があるのだ。うっかりすると、植物が火傷してしまう危険がある。
それから、夏枯れしてないかちゃんとチェックして、植物の成長を阻害するようなモノがないかチェックして、ああ、午後に植木の剪定やるから、ゴミ袋の在庫もチェックしとかないと。
部活のことを考えると一気に回り出した思考回路に少し安心して、そのまま部活のことだけを考えて校舎を出た。
その後暫くして同じジャージに着替えた立嶋先輩と合流し、一緒に朝の水やりを行う。
「何?今日すげー早くね?なんかあった?」
「いえ、たまたま早く目が覚めただけで......私この説明、もう3回はしてます」
立嶋先輩にも朝と同じようなことを聞かれてしまい、思わず小さくふきだしてしまうと「え、誰かに会ったのか?男バレ?」と突っ込んで聞かれてしまった。
「はい、猿杙先輩と、赤葦君......」
先輩の質問に笑いながら答えた、矢先。
脳裏に赤葦君の顔が浮かび、無意識にホースがするりと左手から滑り落ちた。
抑えをなくしたホースは重力に任せて花壇へと落下し、地面に大きな水溜まりを作っていく。
「オイヨイヨイ!!何してんだ夏初!?大丈夫か!?」
「.............」
私の粗相に直ぐに反応し、立嶋先輩は慌てて落ちたホースを手に取り花壇の花々へ向けてくれた。
こちらへ向ける顔は驚きと心配の色が浮かんでいて、私の様子を窺っているようだった。
「.......あ......ごめんなさい......」
「いや、それはいいけど......なに、どした?」
「.............」
ホースを落としてしまったことを謝ると、立嶋先輩は私の顔を覗き込むようにしゃがみこんでくる。
先輩の視線を受けながら、静かに混乱する思考回路をゆっくりと、ゆっくりと回し、小さくため息を吐いた。
「.......赤葦君は......外国の方なんでしょうか......?」
「.......は?」
ため息と共に口から零れた思考に対し、隣にしゃがみ込む立嶋先輩は訝しげに私の言葉を聞き返すのだった。
恋と願いはよくせよ
(......そういうとこ、本当に、好きだよ。)