AND OWL!
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デフォルト:森 夏初【もり なつは】梟谷学園高校二年六組、園芸部所属。
極度の人見知りで仲の良い相手としか普通に話せない。頑張り屋と卑屈屋が半々。
最近の悩み:「男バレの先輩方のノリに上手くついていけない」
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赤葦君と廊下を歩きながら、ひっそりとため息を吐く。
精進しますと宣言した相手に早速頼ってしまっては、これまで全然成果無しだと自ら言っているようなものじゃないか。
「......園芸部は今日、何やってたの?」
先程もらった空っぽの紙コップを両手でペコペコと凹ませながら鬱々と歩いている私に、優しい赤葦君は話題を提供してくれた。
「......敷地内の水やりと、生垣の手入れを、してました......」
「そっか。外、暑いから大変でしょ」
「うん......だけど、帽子あるし、休み休みやってるから......むしろ赤葦君達の方が、大変なんじゃないですか?バレー、いっぱい動くし......」
前回見た音駒との試合と、実際体育でやったバレーボールを思い出し、いくら室内でもこの気温であの運動量はかなりしんどいのではないかと少し不憫に思った。
ちらりと隣りを窺うと、赤葦君は私の視線に気付きゆっくり瞳を重ねてくれる。
「うん、暑くて大変。でも、楽しいよ」
「.............」
返された言葉に、思わず目を丸くする。
すっかり自分の物差しで測ってしまい、夏のバレーボールは大変なんだろうと思い込んでしまったが、赤葦君にとっては決してしんどいだけのものでは無いのだ。
それに、私だって夏にやる部活は暑くて大変だけど、それと同じくらい......むしろ上回る程の楽しさがある。
自分の価値観を基準にすると、時々大きく外れる場合もあるということを今の赤葦君の発言で思い知った。
「......そっか......そうだね......うん、私も、楽しい......」
「.............」
視線を前に向け、しみじみと納得しながら何度か頷く。
私にとっての園芸と、赤葦君にとってのバレーボール。やることは全然違うけど、考えてみたらどちらも同じ“部活動”であり、お互い好きでやってるものだ。
大変だけど、やっぱり楽しい。
憧れの赤葦君と同じ感覚が持てることが、なんだか少し嬉しかった。
「......そういえば、午前中の試合、どうでした......?いっぱい勝った......?」
「うん、5チームの中では一番勝ち星多いかな」
「一番......!すごいね......!」
先程までのマイナス思考は赤葦君のおかげでどこかへ行ってしまい、梟谷が沢山勝ったという情報に更に気持ちが舞い上がってしまう。
バレーボール強豪校という看板はやはり伊達じゃないのだと改めて感嘆する私に、赤葦君は「まぁ、油断は禁物だけどね」と眉を下げて小さく笑った。
「烏野は万全の状態じゃなかったみたいだし、音駒もスロースターターだから。森然も生川も何かしら対策はしてくるだろうし......午後からはもっと気合入れないと、足元掬われるかも」
「.............」
口元に右手を当て、思考を回しながら淡々と語られる内容に、思わず口を閉じる。
今の赤葦君は教室の一生徒ではなく、梟谷男子バレー部副主将の顔付きをしていた。
立場的な責任感や使命感がそうさせるのか、はたまた本当にバレーボールが好きな気持ちから付随するのかは分からないが、梟谷のバレーボールに没頭する赤葦君はとても素敵だと思った。
私の園芸に対する姿勢も、赤葦君のようでありたいな。
「......なので、森が応援してくれると嬉しいんだけど?」
「!」
切れ長の目をちらりとこちらへ寄せて、赤葦君はほんの少しだけ口を尖らす。
私としても嬉しい催促に、思わず笑いを零してしまった。
「うん、いっぱい応援する......!今日、本当に楽しみにしてたので......!」
「.............」
「なので、午後も頑張ってください......!」
「.............」
紙コップを片手に小さく拳を握ると、赤葦君はその目を少し丸くして私を見る。
下手に凝ったことを言うと失敗しそうなので、素直に思ったことを伝えればなんだかとても子供じみた言葉になってしまった。
言葉に嘘はないけれど、もう少し気の利いたことを言えればよかったなぁと自分の語彙力を憂いでいれば、赤葦君は私から視線を外し、何かを考えるように片手を口元に当てる。
「.............」
「.............」
「.............あ......ご、ごめんなさい......変なこと、言っちゃった......?」
「え?」
急に黙ってしまった赤葦君の様子を見て、浮き足立っていた気持ちが穴の空いた風船のようにシュルシュルと萎んでいく。
無意識に何か失礼なことを口走ってしまったのかもと一抹の不安を覚えていると、赤葦君は少し焦ったように「あぁ、違う違う」と片手を振って否定してくれた。
「......なんというか、その......催促したとは言え、こう、全然違うものなんだなと、ちょっと驚いたというか......」
「.............?」
赤葦君にしては珍しく、少しばかり要領を得ない発言をされ、たまらず首を傾げる。
催促した、というのは先程の応援して欲しいという発言のことだろう。
それが全然違うということは、私ではない他の誰かにも同じことを言って全く別の言葉を貰った、ということだろうか?
それとも、赤葦君が欲しかった返答と全然違うことを私が言ってしまったとか?
「.............」
「......いや、そんな真剣に考え込まなくていいよ。俺の方こそ、変なこと言ってごめん」
「.............」
言葉の真意を考えていたら、本人からストップをかけられてしまう。
語彙力のみならず読解力まで乏しい自分の低能さにがっかりしていれば、隣を歩く赤葦君は少しだけ瞳を伏せ、穏やかに笑った。
「ありがとう。午後も頑張ります」
夏の日差しが廊下の窓を反射して、すべてのものが乳白色の光に包まれる中、穏やかに笑う赤葦君は本当に綺麗で思わず見惚れてしまう。
こんなに素敵な人と私なんかが普通に会話してしまっていいものかと少しおかしな心配をしてしまうが、今はこの場に私と赤葦君しか居ない訳だし、この状況で終始無言というのもなかなか堪えるものがある。
「.............」
人気者である赤葦君と1対1で話せる機会なんてきっとそうそうないだろうから、この時間を後ろ向きに捉えたら勿体無いだろう。時間だって有限だ。
......ここまで考えて、今が赤葦君の休憩時間であることを思い出した。
本来お昼ご飯を食べたりゆっくり休む時間であるのに、今は私の身勝手な事情に付き合わせてしまっている。
途端に申し訳ない気持ちがむくむくと大きくなっていき、再び鬱々とした思考が顔を出し始めた矢先、赤葦君から名前を呼ばれてピタリと足を止める。
「部室、ここじゃなかったっけ?」
「.............」
赤葦君の言葉に通り過ぎようとしていた教室のプレートを見上げると、確かに園芸部の部室である「第三会議室」という文字がしっかりと記されていた。
「......すみません......ここです......ぼんやり、してました......」
「え、大丈夫?やっぱり具合悪い?」
「ううん、全然......ごめんなさい、急ぎます」
考え事をすると周りが見えなくなる悪い癖が如実に出てしまい、恥ずかしさと情けない気持ちに心がぺしゃんこになりながらも、何とかドアに手を掛けて室内へ入る。
部屋一面にカタカナの“ロ”の字状に設置された長机。その一角に私と先輩のカバンが二つ、ちょこんと乗せられている。
そういえば先輩は何か必要なものはないのかと思い、スマホで連絡を取ると思ったより早く返信がきた。
何もないということと、キャベツにロールされる前には戻ってこいよという、相変わらずよくわからない文章に首を傾げる。
ただ、これまでの経験上こういう類いの先輩の言葉には大した意味がないことが多いので、これから戻りますとだけ返信した。
カバンから黄色い保冷ミニトートとハンカチを取り出し、水筒はどこだろうと探せば外に置きっぱなしであることを思い出す。
一瞬どうしようかと考えたが、食堂の自動販売機でお茶を買えばいいやと思い直してカバンから手を引こうとした矢先、ある物を持っていたことを思い出してそれだけ抜き取りカバンを閉めた。
「すみません、お待たせしました......」
教室の入口付近で待っててくれた赤葦君に小走りで近付くと、「全然。走らなくていいよ」と優しくフォローを入れてくれる。
「園芸部の部室ってどんな感じだろうって思ってたけど、普通の会議室なんだね」
室内をぐるりと見回し、興味深そうに話してくる赤葦君に対して、本当にただの会議室を使ってるだけなので眉を下げて苦笑することしかできない。
「うん......部室と言っても、荷物置いたり、着替えたりするだけだから......」
「え」
「え?」
補足説明のようなものを一応伝えれば、赤葦君は急に真顔になって切れ長の瞳を私に向けた。
鋭い視線にぎくりと身体を固くしつつ、何かおかしな事を言ってしまっただろうかと慌てて考える。
「あ......えっと、部活で使う道具は、全部用具倉庫にあるので......ここは、ミーティングだったり、ご飯食べる時に、使います......」
「いや、そういう事じゃなくて......本当に、ここで着替えてるのか?ドアに鍵も付いて無いし、カーテンも無いのに?」
「.............」
至極真剣な眼差しを向けられ、思わず押し黙ってしまう。
園芸部に入ってから一年以上経つが、今日の今まで気にしたことがなかったのだ。
「......着替えてる時、覗かれたりとか......最悪、誰か入ってくるかもしれないし......」
「......あ......でも、このフロアって、あんまり人が、来ないから......」
「それって余計危ないだろ。万が一、何かあっても誰も近くに居ないってことだよね?立嶋さんだって部活に遅れることもあるだろうし、何かあってからじゃ遅いって言ってるんだ」
「.............」
私の意見を簡単に弾き飛ばし、赤葦君は少し顔を顰めて言葉をまくし立てた。
何処と無く怒っているような雰囲気にすっかり気圧されてしまい、身を竦ませながら半歩後ろに下がる。
だけど、確かに赤葦君の意見は最もであり、私自身の危機感が足りなかったのは明白である。
「.......ご、ごめん、なさい......気を、付けます......」
色々と不用心だったことに、赤葦君は怒ってるのかもしれない。
自分の考えの足りなさに反省しながら、おずおずと頭を下げた。
今度からは女子トイレで先に着替えてからここに来ようと考えていると、頭の上から小さな声で「......ごめん......少し、横柄だった」と謝られ、恐る恐る頭を上げる。
「.............」
視線の先には、何処かばつの悪そうな赤葦君の顔があり、それに目を丸くしていると私に視線を合わせないまま赤葦君は言葉を続けた。
「......別に、怒ってる訳じゃなくて......ただ、心配なだけなんだ......」
「.............」
「......でも、今の言い方は良くなかった。ごめん」
「.............」
赤葦君はもう一度謝り、私に頭を下げてくる。
急な展開にぼう然と立ち尽くしてしまったが、赤葦君が一向に頭を上げないので慌てて「そんな、あの、頭上げてください......!」と伝えると、ようやく動き出してくれた。
「あの、赤葦君は、全然、謝る必要、無くて......!私が、不用心だったから、あの......これからは、ちゃんと......御手洗で、着替えます......!」
「.............」
「......考え、足りなくて、すみません......本当に、気を付けます......」
赤葦君の真っ直ぐな瞳が見られなくて、視線を足元に固定したまま反省の意と指摘されたことへの対策を伝える。
赤葦君から言われたことは至極真っ当な意見だと思うし、何かあってからでは本当に遅い。
こういう所からしっかりとしないといけないのに、私はまだボケボケの甘々人間だ。
精進しますと宣言したくせに、何も変わってないじゃないかと赤葦君から呆れられてはいないだろうか?
自分を変えるということは、本当に、本当に難しい。
「.............」
「.............」
お互いに黙り込んでしまい、訪れた静寂にたまらず手元にある黄色い保冷トートを強めに胸に抱くと、ガサリと袋の音がして慌てて腕を緩めた。
そうだった、これを持っていたのをすっかり忘れてた。
「.............あ、あの、赤葦君......」
この流れで渡してもいいものかと一瞬悩んだが、意を決して赤葦君を呼ぶとゆるりと視線を重ねてくれる。
切れ長の目に射抜かれ心が強張りながらも、深呼吸を2回して「......甘いものは、食べられますか......?」とおずおずと尋ねた。
唐突な質問に赤葦君はきょとんとその目を丸くしたが、「......うん、食べられるけど」としっかり答えてくれる。
その返答にほっとして、お弁当と一緒に持っていた市販のお菓子を差し出した。
「.......こんな、タイミングで、恐縮ですが......ついてきてもらった、お礼に......」
「.............」
小さな袋に入ったチョコチップクッキーを見つめたまま、赤葦君は何も言わない上に少しも動かない。
......もしかして、呆れてる......?
赤葦君の様子に即座にそんな判断を下し、やっぱり言わなきゃよかったと早々に後悔していると、おもむろに大きな手がお菓子の袋に向かってきた。
「.............」
「.............」
「.............え......?」
そのままお菓子の袋を持って行くのかと思いきや、その手はお菓子の袋ごと私の左手を難無く包み込む。
予想外の展開に頭も身体も完全に固まってしまったようで、私はただ筋張った大きな手をじっと見つめることしか出来なかった。
自分のものとは明らかに違う赤葦君の綺麗な手に視線を奪われていれば、私の手を握る力を少しだけ強められる。
「.............」
「.............」
俯いたままの姿勢で固まっている為、赤葦君がどんな顔をしているのかはっきりとはわからないけど......今までにない間合いで赤葦君と接していることに驚きを隠せず、ただただ硬直する。
私も赤葦君も何も言わないまましばらくの時間が過ぎると......赤葦君はゆっくりと私の手を外し、長身を起こすと共にお菓子の袋も攫っていった。
「.......ありがとう。後で食べる」
私と視線を重ねて、赤葦君はお菓子の袋を軽く揺らしてからハーフパンツのポケットにしまう。
それから普通に世間話をしながら食堂へ歩き出したので、混乱しつつもそれに倣うことしかできず、結局先程の行動の真意がよくわからないまま、食堂へ辿り着いてしまうのだった。
雨降って地固まる
(ロールキャベツにだって、意地くらいありますよ。)