AND OWL!
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デフォルト:森 夏初【もり なつは】梟谷学園高校二年六組、園芸部所属。
極度の人見知りで仲の良い相手としか普通に話せない。頑張り屋と卑屈屋が半々。
最近の悩み:「男バレの先輩方のノリに上手くついていけない」
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部室である第三会議室へ辿り着くと、梟谷学園のジャージに着替えた立嶋先輩が焼きそばパンを食べていた。
「んあ、おっせーよ夏初。先に食っちまってるぞー」
「すみません。それは構わないんですが、相変わらずよく食べますね......」
カバンをおろしながら先輩が座るところまで歩き、机の上に無造作に積まれている惣菜パンや菓子パンをしげしげと眺める。
先輩は所謂、痩せの大食いと言われるタイプであり、男の人と比べてもよく食べる方だと思う。
私の倍以上お昼ご飯を食べても、夕方頃になると「よし、おやつにしよう」やら「帰り何か食ってこうぜ~」やら空腹を訴えてくるのだから、立嶋先輩の身体の構造は未だに謎だった。
「そりゃお前、園芸は身体が資本だからな。夏初ももっと食いなさいよ、どうせまたちっせー弁当箱1個なんだろ」
「普通サイズですよ。先輩並に食べたら、大抵の人はお腹壊します」
1リットル紙パックの緑茶をストローで飲む先輩から言われた言葉に、苦笑しながら私も席に着く。
小さいお弁当箱と称された私のそれは、世間的に見ても普通の大きさだし、何なら友達のものと比べて少し大きいくらいだ。
おそらく立嶋先輩の物差しで測ってしまえば、ほとんどの物が小さいお弁当箱に分類されてしまうだろう。
「.............」
......そういえば、以前廊下でちらりと見た赤葦君のお弁当箱は大きかったな。
あれくらいの大きさがあれば、立嶋先輩にとって普通サイズと認識されるのかもしれない。
赤葦君だって多分、普通に食べてる量なんだろうし。
「.............」
「あ?なに?」
「.......いえ。手、洗ってきます」
先輩と赤葦君、どっちが沢山食べるんだろうなとぼんやり思いながら、しかしそれを言うと楽しいこと好きな先輩は嬉々として赤葦君にフードファイトを申し込みそうなので、結局何も聞かずにハンカチだけ持って御手洗へ向かった。
▷▶︎▷
お昼ご飯を食べ終わり、私もジャージに着替えてから本日の部活動先である中等部の玄関前へ移動した。
先日の悪天候で延期になっていた花壇の植え替えが今日の活動のメインだ。
今日は期末試験が終わり、天気も夏らしい青空が広がっている為、なんだかとても清々しい気分になる。
この季節特有の茹だるような暑さに包まれあっという間に汗だくになってしまうが、久しぶりに部活だけに専念できるこの時間はやはりとても楽しくて、額に張り付く前髪もじわじわと服の下を伝う汗も、いつもよりずっと気にならなかった。
ここの花壇に先輩が選んだのはオレンジとイエローのビタミンカラーが魅力的なマリーゴールド、帝王貝細工やムギワラギクとも呼ばれるヘリクリサム、差し色として起用したニチニチソウの三種類だ。
以前植え替えをした高等部の花壇よりこちらの方が水はけがいい為、そして中等部で流行ってる某有名な女性のシンガーソングライターさんの曲にあやかってマリーゴールドを植えたかったらしい。
先輩曰く、きっかけは何であれ自分の作った花壇を見てくれる人が昨年より一人でも多くなれば完全勝利なのだという。花壇はヒトに見られてなんぼらしい。
マリーゴールドと少しだけ形の似たヘリクリサムを一緒に植えた理由を聞けば、「遠目で見たらわかんねぇけど、近くで見たらなんかちょこちょこ違うの咲いてね?って発見すんの、なんか楽しいだろ?即ち、近寄ってくれた奴だけの特権!」と明るく笑った。
先輩が作る花壇はまるでビックリ箱やおもちゃ箱のようで、作る方も見る方も本当に楽しいものになっている。
勿論、暑さや乾燥に強く、定期的に水やりが出来なくても自らの力で生きていける強い花達を選んでいるので、夏休みという長期休暇対策もバッチリである。
堅実性もあり、遊び心も満載の先輩の花壇が、私は大好きだ。
「...よし、そろそろ休憩にすっか。夏初、悪ぃんだけどちょっくら保健室行ってきてくんね?」
「え?」
花壇の半分程を植え替え、程よい疲労を感じていた矢先、立嶋先輩は腕時計を見ながらそんな頼み事を投げてきた。
保健室という単語に、もしかしてどこか具合でも悪いのか、もしくは怪我でもしたのかと心配になり慌てて先輩の方へ顔を向けると、首に巻いていたタオルで顔を拭いていた先輩は私の視線に気付き、可笑しそうにふきだした。
「なんつー顔してんだw言っとくけど別にどこも悪くねぇし、怪我もしてねぇよw」
「.............」
ケラケラと明るく笑う先輩に一先ずほっとしていると、先輩は「あー、あっち〜」と言いながら夏の空を仰いだ。
仰け反ったことで先輩の首には形のいい喉仏がくっきり浮かび上がり、何となくぼんやりとそこを眺めてしまう。
「.............」
当たり前だけど、先輩は男の人なんだよなぁ...。
私の理想像である赤葦君も、いつも強くて明るい木兎さんも、男の人で......。
もし、私が男だったら、もっとしっかりした人間になれたんだろうか。
赤葦君と木兎さんのような、お互いがお互いの力になれるような関係に、先輩ともなることが出来たんだろうか。
「.............」
「......夏初」
「!」
あまりにもどうしようも無く、そして果てしなく生産性の無い思考は先輩に呼ばれたことで一旦途切れ、弾かれたように視線を向ければ、立嶋先輩は「またしょーもないこと考えてたろ?」と呆れたように笑った。
「ま、今はお前の悪癖より優先するもんが保健室にあっから、とりあえずそれ取ってきてくれ」
「.............」
「冷蔵庫に園芸部ってメモ付けて入れてあっから...あ、めい子にはちゃんと許可取ってっから変な心配すんなよ」
「.............」
私のどうしようもない考え事を、何も聞かずに「しょーもないこと」と言い切った先輩に思わず目を丸くしながらも、どうやっても私は先輩に適わないし、保健医の先生の名前を出されたことで、例え私が男であっても多分同じような関係性になってしまうんだろうと遅れて理解した。
おそらく心根が大事なのだ。男だろうが女だろうが私はまだまだ未熟で甘ったれであるから、これから精進しないといけないのである。
例え沢山のご飯を食べられなくても、立派な喉仏がなくても、私が女であるという理由で現在地から目を背けてはダメだ。
そんなことをしてたら、嫌いな自分を一向に変えることなんてできない。
「.......保健室に、何があるんですか?」
ようやく切り替わった気持ちと頭で気になっていたことを聞くと、先輩は右手の人差し指を口元に当て、ニヤリと悪戯に笑った。
「それは見てからのお楽しみ」
▷▶︎▷
中等部の花壇から離れ、高等部にある保健室へ向かう途中、以前植え替えた花壇の前に見覚えのある男の人が半袖短パン姿でしゃがみ込んでいるのが見えた。
サラサラとした色素の薄い綺麗な髪が特徴的なその人は、確か立嶋先輩のご友人で、赤葦君の先輩である男バレの人だ。名前は、確か......
「.......木葉さん......」
少し距離があったので、記憶の底から引っ張り出した名前をぽつりと口に出してしまえば、思いがけず木葉さんはこちらへ顔を向けた。
途端、ぎくりと身体が硬直する。
「おー、夏初ちゃん。名前、覚えててくれたんだな」
私を見て少しだけ目を丸くした木葉さんだったが、すぐににっこりと笑ってくれた。
しかし、顔と名前を知っているとはいえあまり馴染みのない人の為、心臓はどんどん速くなり暑さとは違う汗が背中を伝う。
......ああ、どうしよう。なにか、何か話さないと。
黙ってたら、愛想の無い失礼な奴だと思われてしまう。
「.............」
『またしょーもないこと考えてたろ?』
「.............!」
いつもの人見知りが発動する最中、先程の立嶋先輩の苦笑した顔が脳裏に浮かんだ。
......そうだ、そうだった。精進すると宣言したのに、しょうもない事に囚われたまま、ここで頑張らなくて一体どうする。
「.............」
両手を強く握り、深呼吸を二回する。
最後に軽く息を吸って、しゃがんでいる木葉さんを見据えた。
「.......こ、こんにちは......あの、花壇......何か......気に、なりました......?」
緊張のせいでところどころ声が上擦ってしまい、何だか変な間合いになりつつも何とか私から話題を差し出すことが出来た。
そのちぐはぐな言葉を、木葉さんは丁寧に繋げてくれる。
「あー、うん。このポンポン?も花なんかなぁって思って」
「.............」
木葉さんがポンポンと称したのは、赤紫色が鮮やかなセンニチコウだ。
センニチコウはシロツメクサと似た形状の花で、花弁が非常に細長くそれが何層にも連なって密集している。
その事を木葉さんにどもりながらも説明すれば、木葉さんはセンニチコウをしげしげと見ながら「へぇ......」と相槌を打った。
「.......お花、好きなんですか......?」
木葉さんの様子に思わずそんな問いを投げてしまえば、木葉さんは「まぁ、人並みには?」と苦笑気味に笑う。
明るい髪とつり目がちの目元で少し厳つい印象を受ける木葉さんだが、笑うと少し雰囲気が変わるというか、何となく纏う空気が柔らかくなるような気がして、うっかり見惚れてしまった。
「......ここ、前まで確か雑草生えまくりだったじゃん?だけど、今日気付いたら綺麗に整えられてたから、思わず足止めて見ちゃってさ」
「.............」
「これ、全部園芸部がやったんだろ?超スゲーな」
しげしげと花壇を眺める木葉さんの言葉に思わず一瞬思考が停り、呆然とする。
......ああ、凄いな。先輩の花壇は「人並みに」花が好きな人の目にも、魅力的に映ってしまうんだ。
思わず足を止めて見てしまう程、この花は何だろうと考えてしまう程、先輩の花壇には存在感があり、見るものを魅了する。
......それはまるで、あの日の木兎さんのように。
「.......はい。先輩は凄いんです」
「え?」
私の返答が予想外だったのか、木葉さんは花壇から私へ視線を移した。
少し驚いた顔をしている木葉さんに、今度は私がにっこりと笑う。
「......この花壇、先輩がレイアウトしたんです。全体のカラーリングも綺麗ですし、花と土の相性も良いし、それぞれの特色も存分に活かしていて、とても見事だと思います」
「.............」
「......何より、この花壇に気付いて足を止めて見てくださる方が居るというのが、本当に凄いです」
「.............」
木葉さんから花壇の花々に視線を移し、誇らしげに風に揺れるセンニチコウを見て小さく笑いがもれる。
園芸部の私が木兎さんのバレーボールに目を奪われたように、立嶋先輩の花壇もまた、男バレの木葉さんの目を奪った。
形は違えど、園芸もバレーボールもヒトに何かを与えるという面では似てるところがあるのかもしれない。
ただ漠然と先輩の役に立ちたいと思っていたが、私も先輩のように誰かの足を止められる、誰かの目を奪うような花壇を作れるようになりたいと、密かに思った。
「.......じゃあ、今度は夏初ちゃんの作った花壇、俺に見せてよ?」
「!」
まるで私の考えを見透かしたような言葉に驚いて木葉さんを見れば、木葉さんは目元を甘く緩めて楽しそうに笑った。
「で、次は夏初ちゃんのことベタ褒めさせて。なんか、さっきはうっかり立嶋褒めてるみたいになっちゃったから、スゲー癪だし」
「.............」
木葉さんの言葉に思わずあ然としてしまったが、遅れてきた可笑しさに耐えきれず小さくふきだしてしまう。
「.......ふふっ......私はまだ、未熟なので......褒めて、頂ける花壇が......作れるか、わかりません...」
「いいのいいの!夏初ちゃんが一生懸命作れば、それだけで価値がある!」
「.......それ、八百長試合......」
「オイオイ、俺一応バレー部のレギュラーな?ちゃんとスポーツマンシップに則った評価するし、何ならちゃんと園芸の勉強もしとくし?」
園芸とスポーツマンシップはどうやっても別物だと思うが、妙に気取ったポーズを見せる木葉さんが可笑しくて更に笑ってしまった。
だけど、私の花壇を見てくれる人が一人でも確実に居るというのは、正直に言うととても心強い。
「.......ありがとうございます。頑張ります」
そう言って頭を下げる私に、木葉さんは「おう、楽しみにしてる」と満足そうに笑った。
琴線に触れる
(保健室の冷蔵庫には、キンキンに冷えたラムネ瓶が2本入っていた。)