AND OWL!
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デフォルト:森 夏初【もり なつは】梟谷学園高校二年六組、園芸部所属。
極度の人見知りで仲の良い相手としか普通に話せない。頑張り屋と卑屈屋が半々。
最近の悩み:「男バレの先輩方のノリに上手くついていけない」
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夏休みを目前に控えた7月初頭。
学生の特権ともいえるロングバケーションを前に誰もが浮き足立つ最中、まるで釘を刺すかのような一大イベントがある。そう、期末テストだ。
一学期の締め括りであり、そして大学受験もそろそろ視野に入れる第二学年の私にとって、このイベントは決して軽んじてはいけないものだった。
それに、つい最近保健の先生と同じクラスの赤葦君に「しっかり人になる」と宣言をしたばかりである。
目標達成に向けて具体的に動くという点で、この期末テストというのは努力が数値化されるものであり、結果が目視で確認できるものだ。
いつもだったらテスト前というのは少し憂鬱になるものの、今の私にとってはある意味うってつけのイベントとも言えた。
今回勉強を頑張った分を結果に上乗せできたら、少しは自分に自信がつくかもしれない。
そんな希望的観測をひっそりしつつ、部活がなくなった土曜日の午後、近所の図書館へテスト勉強をやりに来ていた。
この図書館は地元で1番大きな図書館で、自習室という無料で席を借りられる部屋がある。
私語厳禁、飲食厳禁だがコンセントや広い机、ゴミ箱等が設置されているので勉強するには持ってこいの環境だ。
自宅だとつい色んなことに気を取られてだらだらと勉強してしまうのだが、ここでは周りの人達が真剣に課題に取り組んでいることもあり、その空気に感化されていつもよりずっと集中して勉強することが出来た。
スマホを機内モードにして鞄の中に入れていた為、ふとホワイトカラーの腕時計で時間を確認するといつの間にか時刻は18時を回っていることに気が付く。
ここに入ったのは確か13時頃からなので、あっという間に5時間が経過していることになる。
勉強のキリはついたが、集中力はまだ切れていなかったのでもう少しやっていこうかなと思ったものの、喉が渇いているのと少しお腹が空いたことをうっすら認識し、本日のところは撤退することに決めた。
帰宅して、夜ご飯を食べてお風呂に入ったら、また勉強しよう。
机に広げていた教科書やノート、ペンケースを片付け、消しカスをゴミ箱に捨ててあらかた綺麗にしてから自習室を出る。
明日の日曜は午前中だけ部活があり、午後からはバイトが入っているので勉強は夜しかできない。
その分今日しっかりやっておかなければ...と考えるものの、私の足はついつい図書室の方へ流されてしまった。
小さな頃から極度の人見知りだった私は、人と話す楽しさよりも先に読書の楽しさを知ってしまい、大きくなった今でもずっと本が好きだ。
ジャンルは問わないので基本的に何でも読むが、強いて言うなら純文学と専門書が好きだった。
純文学は読むと何かと考えさせられるし、心に響くものがある。一方専門書は知らない知識を色々と得ることが出来るので素直に面白い。
特に興味のある園芸関連の本は何度読み返しても飽きないので、知識を吸収するまでは何度も読み返すことがざらにあった。
しかし、今はテスト前である。いつもなら2、3冊借りて帰るところだが、勉強する時間を割く訳にはいかない。
だから今日は立ち読みするだけ、どうしても借りたくなったら1冊だけ、と自分に規制を設けることにして、私は馴染みのある図書室へ足を踏み入れた。
18時過ぎという時間帯の為か、子供の姿はなく全体的に人が少ないように思える。
静かな空間がさらに静かに感じるなとぼんやりと思いながら、ひとまず園芸書のある本棚へ向かい数ある書籍から気になったものを手に取り、パラパラと流し読みを始めた。
「しっかりした人になる」ということは、部活でも力を発揮できる人になる必要がある。
まだまだ未熟で知識も甘い私だ。先輩の力になる為には、まずは園芸の知識も沢山取り入れなければいけない。
そこから、きちんと自分の手で実際の花壇を弄れるようになり、最終的には自分の知識とセンスでやり繰り出来るようにならなければならないのだ。
『......その部長さんが卒業した時、立嶋君、私になんて言ったと思う?』
ふいに保健室で聞いた先生の言葉を思い出した途端、心がざわついた。
......立嶋先輩が卒業したら、園芸部は私一人になる。
一人では何も出来ない私が、立嶋先輩の跡を引き継ぐなんて本当に出来るのだろうか?
梟谷学園園芸部を、未来に繋いでいくことが出来るのだろうか?
「.............」
押し寄せる不安から思考が一気に真っ暗になり、本を胸に抱いたまま力なくしゃがみこむ。
今の私では全然ダメだから、「しっかりした人になる」という目標を持ったのだ。
私の理想像である赤葦君だったら、きっとこんなことでは悩まないんだろう。
赤葦君は三年生の中にいても何の引けも取っていなかったし、むしろとても頼りされていた。
男バレの三年生はきっと、なんの不安もなく赤葦君に男バレの未来を託せるに違いない。
赤葦君は、本当に頼りになる人だから。
「.............」
「......夏初ちゃん?だよね?」
「!」
蹲るようにして鬱々と考え込んでいた私に、誰かが声を掛けてきた。
聞き覚えのない声だった為ぎくりと身体を強ばらせながらもゆっくりとそちらへ振り向くと、梟谷男バレ特有の白地に黄色と黒のラインが入ったオシャレなジャージと、群青色のTシャツ姿の背の高い男の人が心配そうな様子でこちらを窺っている姿が見えた。
癖のある黒髪に大きめの瞳を携えたその人の顔は確かに見覚えのあるもので、しかし男バレの人ということはわかるものの失礼ながら名前まで思い出すことができなかった。
「.............」
「どうしたの?もしかして、具合悪い?」
「.............」
反射的にどうしようと緊張感が高まったものの、掛けられた言葉に少しずつ心拍数が落ち着いていく。
どうやらこんな所で蹲っていた私を心配して声を掛けてくれたらしい。
「ああ、驚かせてごめんね。梟谷男バレの、猿杙大和です。三年で、赤葦の先輩」
「.............」
「お手洗とか、行く?もし立てないなら、ちょっと触るけど、運んであげようか?」
「......だ、大丈夫、です......すみません......」
優しい猿杙先輩の言葉に、体調は問題ないことを伝えてサッと立ち上がった。
「......その......少し、考え事を、していて......ごめんなさい......」
「いや、謝らなくていいよ。どこも悪くないなら良かった」
「.............」
立ち上がっても猿杙先輩の方がずっと大きい為、視線を合わせないまま頭を下げるとそんな言葉が上から降ってくる。
おずおずと頭を上げ、ちらりと猿杙先輩を窺うと、にこりと柔和な笑顔を向けてくれた。
「今、試験期間だから部活少し早めに終わるんだよね。で、参考書借りにここきたら夏初ちゃん見つけて、思わず声掛けちゃった」
「.............」
私を安心させる為か、猿杙先輩は丁寧に自分がここに居る理由を話してくれる。
柔らかい話し方とその笑顔に絆されているのか、あまり話したことの無い人なのにいつもの緊張感や不安感はだいぶ薄れていた。
「夏初ちゃんは、それ借りてくの?」
猿杙先輩が指し示したものは、私が抱えたままの園芸書だ。
一瞬どうしようか考え、しかし先程の鬱々とした思考を何となく思い出してしまいそうで、結局首を横に振って元の場所へそれを戻した。
「.............」
「......じゃあ、代わりにこれなんかどう?」
「え......?」
少し沈みかけた思考に、猿杙先輩がパッと私に差し出したものは、「月刊バリボー」と書いてあるバレーボール雑誌だった。
「最新号じゃないけど、高校注目選手のピックアップ載ってるから面白いと思うよ。まぁ、残念ながら俺らは出てないけど」
「.............」
「......好きなもの読んでも気分が滅入っちゃう時は、全然違う畑のものを読むのもいいと思うんだ」
「.............!」
言われた言葉に、たまらずハッとする。
差し出された雑誌から猿杙先輩へ目を向けると、先輩は穏やかに笑った。
「.............」
「......まぁ、俺の勝手な自論だから、真に受けなくてもいいんだけどね」
「............っ、」
そう続けて、猿杙先輩の元へ戻りそうになる雑誌を見て、咄嗟に掴んでしまう。
まるでねこじゃらしに飛びつく猫のような反応をしてしまい、少し遅れて羞恥の波がどっと襲ってきた。
小さな子供じゃあるまいし、何をしてるの私は......!
猿杙先輩も私の突飛な行動に驚いたのか、動きを止めたまま何も言ってこない。
二人で1冊のバレーボール雑誌を持っているという可笑しな状態のまま、無言の時間が続いた。
「.............」
「.............」
「.............ふ、くく......」
「.............」
どうすればいいのかわからず、パニックしたまま動きを止めていると、頭の上から小さくふきだす声が聞こえ、おそるおそる顔を上げていく。
見ると、やはり猿杙先輩はおかしそうに笑っていて、だけどここが図書館であるからか必死に声を抑えているようだった。
片手を口元に当ててくすくすと笑う猿杙先輩をぼう然と眺めていれば、先輩は笑いながらも「ごめんごめん」と謝ってくる。
「......夏初ちゃん、本当に可愛い反応するから......ふふ、木兎が気に入るはずだ」
「.............」
「あいつ、見かけによらず小動物好きなんだよ。専ら怖がらせちゃうみたいで、懐かれないらしいけど」
「.............」
笑いながら言われた言葉に、目を丸くしつつも返答に困ってしまった。
確かにおかしな行動を取ってしまったけど、私は人間であり小動物ではない。
その観点から可愛いと言われてしまうのは少しばかり気が引けるものの、木兎さんからおそらく嫌われてないであろう情報を得られたので、そこだけは少しほっとしてしまった。
以前、朝の時間に勝手に泣いて困らせてしまった日から木兎さんには会っていないので、呆れられていないか心配していたのだが、何とかまだ愛想を尽かされてはいないらしい。
「じゃあ、はい、どーぞ」
「......あ......ありがとう、ございます......」
一頻り笑い終わったのか、満足そうに息を吐きながら猿杙先輩は私に雑誌を渡してくれる。
お礼を言いつつ受け取ったところで、そういえばこれは猿杙先輩が借りる為に持っていたのではないのかという事実に気が付き、反射的に雑誌から先輩へ顔を向けた。
私と目が合うと、猿杙先輩は「ん?」と優しく笑ってくれる。
「......あ、の......これ、先輩が、持ってきたのに......私が、借りてしまって......いいんですか......?」
いつもよりは緊張しないものの全くしない訳では無いので、どもりながらも小さな声で尋ねると、猿杙先輩は「ああ、」と納得したように一つ頷いた。
「全然いいよ。1回読んだことあるやつだし、勉強の息抜きに借りようとしてただけだから、別にそれじゃなくても俺は構わないし」
「......あ......ありがとう、ございます......すみません......」
私に気をつかってくれたのか、それとも本心なのかは正直判断がつかないが、ここで変に遠慮をしても逆によくないだろうと考え、素直にご厚意に甘えることにした。
猿杙さんといい、赤葦君といい、木兎さんといい、男子バレー部は優しい人の集団なのではないかと思ってしまう。
会う人、話す人が強くて優しくて、格好良くて、素敵な人達ばかりだ。
「ところで夏初ちゃんは、もう帰るとこ?」
猿杙先輩の質問におずおずと頷くと「家はここから近いの?」と続けて聞かれ、歩いて10分くらいですと答える。
「そっか、じゃあ送ってくよ。夏と言えど、もう暗いしね」
「え......」
想定外の言葉にたまらず目を丸くすると、猿杙先輩は相変わらず優しく笑って首を傾けた。
「万が一、夏初ちゃんに何かあったら木兎と赤葦に......ああ、あと立嶋にめちゃめちゃ怒られるだろうし......何より、俺が心配だから」
「.......あ......でも......」
「......夏初ちゃんは、俺と一緒に帰るの、嫌ですか?」
「.............」
そう言われてしまっては、返す言葉が見つからない。
嫌という訳では無いのだが、ただただ申し訳ない気持ちが募るばかりで、どうしても恐縮してしまうのだ。
「.............」
「......ふふ、ごめん。聞き方が少し意地悪だったね」
「......え......」
どう答えたらいいのかぐるぐると考え込んでしまえば、猿杙先輩はまた小さく笑ってそんな言葉を続けた。
顔を向けると、先輩は楽しそうに目を細める。
「夏初ちゃんともう少し話したいんだけど、送ってってもいい?」
「.............」
私が気にしないように、わざわざ言葉を変えてくれた猿杙先輩は、おそらく大変な気遣い屋さんだ。
しかもそれをなんの嫌味もなくさらりとこなしてしまうなんて。
その鮮やかな手際に、思わず目を丸くして猿杙先輩を見つめた。
間抜けな顔で黙っている私を見て、猿杙先輩はまたおかしそうに笑って「一緒に帰ろう」と話を纏めてくれ、結局私は猿杙先輩のご厚意に甘えて一緒に帰らせてもらったのでした。
来年のことを言うと鬼が笑う
(まずは足元、できる所から少しずつ。)