AND OWL!
name change
デフォルト:森 夏初【もり なつは】梟谷学園高校二年六組、園芸部所属。
極度の人見知りで仲の良い相手としか普通に話せない。頑張り屋と卑屈屋が半々。
最近の悩み:「男バレの先輩方のノリに上手くついていけない」
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
赤葦君の後ろをすごすごと着いていくと、前にも話しに来たことがある場所......校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下へ到着した。
この時間は比較的に人が少ないようで、折り入って何かを話したい時に最適な場所なのかもしれない。
なにか気に触るようなことを言ってしまったのかと考え始めると、次から次へと思い当たる発言が出て来る。
やはり、赤葦君みたいになりたいという言葉は、本人には控えるべきだったかもしれない。
ただのクラスメイトである女子にいきなりそんなことを言われたら、誰でも戸惑うだろうし、下手すればなんだコイツと引かれる可能性だってある。
自分の理想像である人物をさっそく困らせてしまうなんて、情けないを通り越して自分の無神経さを嫌悪するばかりだ。
......ああ、まただ。また、自分の嫌いな所が浮き彫りになる。
「.............」
「......ほら。やっぱり邪魔が入るだろ?」
「.......え......?」
自分の足元に固定していた視線が、赤葦君の言葉で少し上を向く。
言われた内容がよく分からなくて思わず首を傾けてしまえば、赤葦君は片手を腰に当てながら小さくため息を吐いた。
「俺が森と喋ろうとすると、何故か決まって誰かに遮られるんだよ。本当に、わざとか?って思うくらい」
「.............」
「......でも、今はちゃんと話したかったから」
「.............」
歩かせてごめん、と続いた赤葦君の言葉に大丈夫だと首を振ると、赤葦君は少しほっとしたように息を吐いた。
「......それで、さっきの話だけどさ......俺、森が思ってるような人間じゃないよ」
「.............」
少しトーンを下げた声で、ぽつりと落ちてきた言葉にたまらず目を丸くする。
そんな私に、赤葦君は眉を下げて苦笑に近い笑いを浮かべた。
「......全然しっかりなんてしてないし、あれこれ考え過ぎて結局行動に移せなかったりするし......朝練の時間把握してなくて遅刻ギリギリになったりとか、普通にする」
「.............」
「......だから、俺みたいなヤツを目標にしない方がいいと思う。......というか、むしろ俺の方が森の謙虚さとか素直なとことか、色々学んだ方がいいな」
「.............」
赤葦君の言葉を聞きながら、私の頭はどんどん混乱していく。
どうして赤葦君はそんなことを言うんだろう?
いつも落ち着いていて、頼りになって、本当にしっかりとしてる人なのに。
私なんかに謙虚や素直なんて言葉をくれる、とても優しい人なのに。
『......自分の素敵な所って、なかなかわからないのよね。こんなお婆さんになっても、私もなかなかわからないわ』
お昼休みに、保健医の先生から言われた言葉を思い出す。
先生もとても素敵な人だというのに、自分ではよくわからないと困ったように笑っていた。
『......だけど、他人の素敵な所はよく見えるのよね』
先生からもらった言葉を、ようやく理解した。
赤葦君もきっとそうなんだ。自分がいかに素敵で、いかに魅力的な人間であるかを、赤葦君は知らないんだ。
だから私や、木兎さんや男バレの方や、クラスのみんなは赤葦君の素敵な所を知ってるから、赤葦君に惹かれてそばに居るし、その素敵な所を教えてあげたいと思うのだ。
赤葦君の周りに常に人が居るのは、きっとこういうことである。
「.............」
「.......それと俺、森にずっと謝らないといけないことがあって......」
「.......え......?」
先生の言葉と赤葦君の言葉を重ね合わせながら黙々と考え込んでいると、ふいに話の流れが変わり、思わず気の抜けた声が零れた。
私が赤葦君に謝るのではなくて、その逆だと言う相手に、解けかかった思考の糸が再び絡まり始める。
「......木兎さんが森にボールぶつけて、それを謝りに来た日......その時木兎さん、森に何かして欲しいことはあるかって、訊いただろ?」
「.............」
「......その瞬間、俺、少しだけ森を警戒したんだ。ろくに話したことも無いくせに、何か木兎さんを傷付けるようなことを言われたらとか、木兎さんの負担になるようなことを頼まれたらとか、そんな自分本位のことばかり考えてた」
「.............」
「......それなのに、森は違った。あのお願い、多分木兎さんのことを考えた内容にしてくれたんだよな。元々バレーが好きって感じでもなさそうだったし」
「.............」
「......そもそも、こっちがボールをぶつけて怪我を負わせたっていうのに、加害者側の俺は自分のことばかり考えてて、被害者の森が俺達のことを考えてくれたんだ......本当、自分勝手が過ぎると思うし、失礼だったと思う」
赤葦君はここで一旦言葉をきると、私に向けて頭を下げた。
「本当に、申し訳ないと思ってる。ごめん」
「.............」
下げられている少しくせのある黒髪に、驚きの余り言葉が出て来ない。
まさか、赤葦君があの時そんなことを考えていたなんて全然知らなかったし、それに関して私に引け目を感じていたなんて、全く分からなかった。
しばらくぼんやりとしてしまったが、赤葦君にいつまでも頭を下げていてほしくなくて慌てて何か言わなきゃと声を発する。
「.......あ......そんな......こと、全然......!頭、上げてください......」
「.............」
みっともなくワタワタと動揺しつつそう伝えると、赤葦君はゆっくりと頭を上げてくれた。
その顔は少し複雑そうな色をしているが、取り敢えず頭を上げてくれたことにほっとする。
「.......私、今日まで、全然、気が付かなくて......能天気に......ごめんなさい......」
私の方こそのんきにも自分のことばかり考えていたので、途端に申し訳ない気持ちになり軽い頭を下げた。
「いやいや、なんで森が謝るの。森は謝らなくていいんだよ」
「.............」
赤葦君の素早いフォローにお詫びと感謝の気持ちを抱きつつ、頭を下げたままゆっくりと深呼吸を2回する。
「.......怪我のことは本当に、気にしないでください......おかげで凄いもの、沢山見せて、貰ったし......本当、逆に、お釣りが出るくらい......」
「.............」
「.......それに、私も......最初、木兎さんに、失礼な態度を、取ってたから......立嶋先輩に、指摘されなかったら、きっとずっと......勝手な思い込みで、嫌だなって、思ってたと、思う......木兎さん、あんなに素敵な人なのに......」
「.............」
「.......だから、赤葦君が気にすることは、全然無いんです......私も、とても自分勝手だったし、失礼なこと、してたから...」
あの時は本当にいっぱいいっぱいで、どうにかして木兎さんに後腐れ無く引き取って貰おうと必死だった。
私の為に出向いてくれたというのに、私を心配してくれたというのに、今考えると非常に失礼なことをしていたと思う。
素直に、謙虚に受け入れて、ありがとうございますと一言伝えるだけでよかったのに。
「.......やっぱり私は、赤葦君みたいになりたいです......」
「.............」
再びよく考えて、出した結論を口にすると、自分の中で気持ちの答えがストンと落ちてきた。
赤葦君は、私がなかなか出来ないことをずっと上手に出来るから。
私なんかよりもずっと謙虚に、素直に、相手を思いやり、自分の気持ちを口にできる人だから。
ごめんなさい。ありがとう。嬉しかった。
赤葦君から貰う言葉は、いつも真っ直ぐで温かいものばかりだ。
「.............」
私もいつか、赤葦君に何かひとつでも返すことが出来ればいいと思う。
祈るように一度目を閉じてから、下げたままの頭をゆっくりと上げて瞳を開いた。
視線の先には、切れ長の目を少し丸くした赤葦君の顔がある。
「.......精進、します......!」
「.............」
目線をしっかりと重ねて、決意を言いきる。
一度断られた案件を再度持ち込むのは非常に勇気がいるが、それでも私が目指す先は赤葦君にしたかった。
赤葦君しか、考えられなかった。
「.............」
「.............」
私の発言に呆気に取られてしまったのか、赤葦君は何も言わずにただ目を丸くして私を見つめる。
力強く意思表明したのは私の方だが、時が経つにつれ段々不安を覚えてきてしまい、徐々に視線が下にさがっていく。
「.......そろそろ、部活、行きます......また明日......」
結局先に戦線離脱したのは私の方で、軽く頭を下げてから逃げるようにして部室である第3会議室へ走った。
こんな態度じゃ、赤葦君も何だそれと呆れ返ってしまうだろう。
私の自己啓発の道は、始まる前からいよいよ前途多難のようだった。
▷▶︎▷
「.............」
先程まで一緒に話していた同じクラスの園芸部が、また明日と告げてこの場から離れた。
俺も彼女と同様、そろそろ部室へ向かわないといけない時間だ。
「.............」
頭ではそう思うのに、身体がなかなか反応しない。
身体の内側からじわじわと焦がすような微弱な熱に、たまらず片手で口元を覆う。
「.............これは、まずい......」
ため息と共に思考が口から零れ落ち、眉間にシワを寄せながら瞳を閉じた。
視界は真っ暗だというのに、先程のやり取りが鮮明に思い出される。
......ボールをぶつけてしまった一件から、森と話すようになって数日が経つ。
酷く人見知りをしたり、少し卑屈だったり......だけど、とても謙虚で素直な姿勢を持つ森は、同じクラスの友人として好感が持てたし、率直にいい子だなと感じていた。
俺や木兎さんと話す時は基本的に緊張しているのか、少し困ったような顔をしていることが多い彼女だが、一生懸命気持ちを伝えようとしているところとか、時々小さく笑うところとかを見ると、どうにも手を貸してあげたくなるのだ。
思えば、立嶋さんと森が仲良さそうに話している様子が気になったり、黒尾さんに呼ばれて森の元へ行った時、安心したような顔を俺に見せてくれたのが少し嬉しかったり......一つ一つを総括すると、これは、つまり。
『やっぱり私は、赤葦君みたいになりたいです』
精進しますと、本当に恐れ多いことばかりの言葉をくれた彼女に、一体どんな顔で明日会えばいいんだろうか。
「.............」
ひとまず腹の中に空気をいっぱい入れて、ゆっくりと吐き出す。
とりあえず、まずは部活に行くことが最優先だ。
あまり遅くなると木兎さんがきっと騒ぎ始めてしまう。
自分のせいでエースである木兎さんのコンディションやモチベーションを下げる訳にはいかない。
「.......よし、」
バレーのことを考えると自然と気持ちが引き締まり、ようやく身体が軽くなった。
とにかく、森のことは今日明日で考えて解決することはない。
だったらもう、長期戦で臨むしかないだろう。
ぐしゃぐしゃに絡み合っていた思考の糸がやっと正常に戻り、最後にもう一度だけ深呼吸をしてから、俺は部室へ向けてゆっくりと足を進めた。
御輿を上げる
(位置について、よーい、)