AND OWL!
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デフォルト:森 夏初【もり なつは】梟谷学園高校二年六組、園芸部所属。
極度の人見知りで仲の良い相手としか普通に話せない。頑張り屋と卑屈屋が半々。
最近の悩み:「男バレの先輩方のノリに上手くついていけない」
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朝の部活の時間、思いきり泣き続けてしまった私は、酷い顔のままその日の授業を受けることになった。
友達には余計な心配を掛けてしまうし、それに何よりも木兎さんと赤葦君の朝練の邪魔をしてしまったこと非常に心苦しい。
優しいお二人は私が落ち着くまでずっと一緒に居てくれて、結局始業時間近くまで体育館へは戻らなかった。
昨日立嶋先輩に高校バレーボールの世界の厳しさを話してもらったというのに、迷惑を掛けるなんて本当に何を考えてるんだ。
あろうことか、その原因は私のつまらない嫉妬や不安の吐露である。
もう本当に最悪だといくら自分に失望しても、朝のことが無くなることはない。
一体どうしたら、もっとしっかりとした人になれるんだろう。
「.............」
お昼休みになり、どうしても行きたい場所があったので友達二人に今日は別の場所で食べてくると話してから、お弁当と水筒を持って教室を出る。
そのままもたもたと足を進めた先は、会いたい人がいるであろう「保健室」だ。
だけどもし、先客が居たらお弁当は部室で食べよう。
深呼吸を二回して、ドアをノックする。
直ぐに返答が返ってきたことに少しホッとしてから、祈るような気持ちでドアを開けた。
「......あら、夏初ちゃん。こんにちは」
保健医の先生は来客である私を確認すると、いつもの穏やかな笑顔で優しく笑ってくれる。
思わず涙腺が緩みそうになるのを堪えつつ挨拶を返し、先客が居ないかどうかそろりと室内を見回す。
そんな私の様子を見て、先生は椅子から立ち上がり、「大丈夫、今日は朝からずっとお仕事してないわ」と冗談めかして話しながら、薄地のカーテンをゆっくりと閉めた。
「......先生、今日、ここでお昼食べてもいいですか......?」
外からの光が少しだけ遮断され、壁やベッドの色味がほんのりと変わった室内を見ながら、小さな声で尋ねる。
不安がいっぱい詰まった私の問いに対し、先生はまた穏やかに笑ってくれた。
「私も丁度、お茶を飲もうと思ってたの。紙コップになるけど、夏初ちゃんもどう?」
「.......ありがとう、ございます......いただきます......」
まるで陽だまりのような温かみのある言葉に、私はまたぽろぽろと涙を零してしまうのだった。
▷▶︎▷
先生が淹れてくれたのは珍しいそば茶で、先生の人柄が滲み出ているかのような優しい味がした。
鼻をすすりながら「美味しいです」と感動する私に、先生は「よかった。でも、実はこれ、近所のスーパーで買ったティーパックなの」と笑い、その顔はまるでイタズラがバレた子供のようだった。
そんな可愛らしい先生には、男バレの試合を見て自分が感じたこと、その中でも赤葦君と木兎さんの関係に自分と立嶋先輩を重ねてみっともなく嫉妬していたこと、そしてそれを今朝、二人に話してしまったことを話した。
泣きながら話してしまったことでだいぶ支離滅裂な内容になってしまったと思うが、先生は私が一通り話終わるまで相槌を打つだけで、話の腰を折るようなことは一切しなかった。
「......じゃあ、ここからは私が思うことを話すから、夏初ちゃんはご飯を食べながら聞いて頂戴ね」
どうしようなく零れ落ちていた涙がやっと落ち着き、淹れてもらったそば茶で渇いた喉を潤しながら、先生の言う事に素直に頷く。
お弁当の包みを開けてのろのろとご飯を口に運ぶ私を見てから、先生は満足そうに息を吐いた。
「......園芸部って、いつからかは知らないけど、少数精鋭な部活でしょう?夏初ちゃんは、立嶋君から以前の園芸部の話を聞いたことはある?」
「.............」
先生の言葉に、里芋の煮っころがしを食べながらぐるぐると思考を回す。
確か、立嶋先輩の前の部長は女の人だったということと、先輩の園芸のノウハウはその人に教えてもらったらしいということは聞いたことがある。
それを話すと、先生はうんうんと何度か頷いた。
「前の部長さんと立嶋君、喧嘩もしょっちゅうしてたけど、とても仲が良くてね?毎日毎日、本当に楽しそうに花壇のお世話してたわ」
「.............」
私が知らない時代の話を、先生は懐かしそうに、そしてとても大切そうに伝えてくれる。
関心を向ける反面、ちくりと心にトゲが刺さった気がして、自分の小ささにたまらずため息が出た。
「......その部長さんが卒業した時、立嶋君、私になんて言ったと思う?」
「.............」
「“これからは俺の時代だから、園芸部は俺一人で十分だ”って。絶対勧誘なんかしないって、言ってたのよ」
「.............」
「きっと、その部長さんと離れてしまうのが、よっぽど寂しかったんでしょうね」
「.............」
「......そんな調子で、立嶋君、暫く一人で頑張ってたんだけど......季節が巡って、今度はプンスカ怒りながらここに来てね」
「.............」
「理由を聞いたら、校舎裏の花壇を勝手に手入れしてるヤツがいる!って」
「え......」
先生の話を黙って聞いていたものの、心当たりのある話題になって思わず声が漏れてしまった。
咄嗟に動きを停めてしまう私に、先生は「ほら、ご飯食べて」と促す。
「立嶋君、絶対見つけてやる!って意気込んでたんだけど......次に会った時、とっても驚いたわ。だって、夏初ちゃんが園芸部に入部してるんだもの」
くすくすと可笑しそうに、先生は笑う。
そんな裏話があったなんてつゆとも知らず、私はただ目を丸くすることしか出来なかった。
「......あの意志の固い立嶋君が自分の考えを改める程、夏初ちゃんとの出逢いは衝撃的だったんでしょうね」
「.............」
「......自分がとても大切にしてきた園芸部を、この子になら譲ってあげられると、感じたんでしょうね」
「.............」
「......だって夏初ちゃん、とっても素敵な人だもの」
「.......そんな、こと......ないです......」
穏やかな、優しい言葉を沢山貰ってしまい、再び緩みそうになる涙腺を必死に閉めながら小さく首を横に振る。
「......素敵なのは、先生です......先輩です......木兎さんや、赤葦君です......」
私には、本当に何もないから。
周りに居る人達は本当に優しくて、素敵な人ばかりだというのに。
「......自分の素敵な所って、なかなかわからないのよね。こんなお婆さんになっても、私もなかなかわからないわ」
「先生は、お婆さんじゃないです......」
つい気になったところを指摘してしまうと、先生は「ふふ、ありがとう」と朗らかに笑う。
「......だけど、他人の素敵な所はよく見えるのよね。私のことよりずっと、夏初ちゃんの素敵な所、沢山見えるわ」
「.............」
「......夏初ちゃんは素敵よ。勿論、立嶋君も、木兎君も、赤葦君も、とても素敵な人よ。そういうことって多分、物差しで測るようなことではないと思うの」
「.............」
「みんな違ってみんないい、ってやつね」
「......“私と小鳥と鈴と”?」
聞き覚えのあるフレーズにそう尋ねると、先生は「そういうこと」と満足そうに頷く。
この詩の女の子は、小鳥と鈴を羨みながらも、己の良いところを見つけていく。
「......夏初ちゃんが、夏初ちゃんの素敵な所を見つけてくれるといいんだけど......自分のことはわかりにくいから、一先ず、自分もこうなりたいって人を見つけるのもいいかもしれないわ」
「.............」
「なりたい自分を探すのは、自分を好きになるきっかけになると思うから」
「.............」
心地の良い声音で紡がれる言葉に、たまらず目を閉じる。
嫌いなところしか見えない自分を好きになるなんて、途方もない話だ。
「.............」
だけどこんな自分を、少しでも変えることが出来たなら......少しでも、あの人のようにしっかりとした人になれたなら。
「.......頑張り、ます......」
か細く小さな声でありながら決意表明をした私に、先生はただ優しく笑った。
▷▶︎▷
「森」
放課後、部活へ向かう私の背中に落ち着いた声が掛かる。
聞き覚えのある声音に相手を予想しながら振り向くと、やはり予想通りの相手、赤葦君が教室から出て来るところだった。
朝の件のこともあり、若干の気まずさを感じつつ少しばかり居住まいを正す。
「......その......調子、大丈夫?昼休み、教室で見かけなかったから......」
「.............」
話の内容を気にしてか、赤葦君は普段よりずっと声を潜めて話してくれる。
もしかして朝からずっと気にしてくれていたのかと一瞬驚いたが、あれだけ泣いたら否が応でも気になるだろうと直ぐに思い直し、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「.......お昼は、別の所で、食べました......本当、今日は、色々と......ごめんなさい......」
「いや、全然いいよ。俺が勝手に気にしてただけだし、謝らなくて大丈夫」
私の至らない行動のせいで赤葦君に余計な心配を掛けてしまったことを侘びると、赤葦君は直ぐにフォローしてくれる。
優しくて、気遣いができて、頼りになって、しっかりしてて......赤葦君は本当に、私の理想像だ。
少しでも、私が赤葦君みたいになれたら......赤葦君と木兎さんのように、先輩ともそんな関係になれたらいい。
どちらかが貰ってばかりではなく、お互いが力を出し合って、支え合って、前に進めるような関係になりたい。
「.............」
「.............」
「.......あ、の......あの、ね......」
少しの沈黙の後、私から発した声は情けない程か細いもので、それでも赤葦君は黙って聞く姿勢を見せてくれる。
相変わらず表情の読めない赤葦君に若干緊張しつつ、深呼吸を2回する。
「......私......もっと、しっかりします......迷惑、かけないように、します......」
「......迷惑だなんて思ってないけど」
「......赤葦君は、優しいから......私も、赤葦君みたいに、なりたい......」
「え?」
「.............」
私の言葉に赤葦君は珍しく驚きを露わにする。
それはそうだろう、いきなりクラスメイトにこんなことを言われたら誰でもびっくりすると思う。
だけど、朝にみっともないところを見られ、そして今まで心配してくれていた赤葦君には、ちゃんと伝えておきたかった。
拳を握り、ゆっくりと息を吸ってから、赤葦君をしっかり見つめた。
「......赤葦君みたいに、しっかりしたいし......赤葦君と、木兎さんみたいな、お互いに信頼出来て......お互いの力になれる人に、私もなりたい」
「.............」
大それたことを言っているのは重々承知だ。
途方もない目標だろうし、私の低いステータスでは伸びしろも僅かなものかもしれない。
だけど、このままずっと同じ自分でいるというのだけは嫌だ。
赤葦君と話して、木兎さんと話して、男バレの試合、凄いものを沢山見せてもらって、感化された気持ちをそのまま風化させたくなかった。
「赤葦~!」
「!」
拙いながら私の決意を伝えたところで、教室から出てきた男子に赤葦君が呼ばれる。
私が長々と赤葦君の時間をとっていては申し訳ないので、「じゃあ、また明日......」と小さく頭を下げて別れを切り出した。
部室へ向かおうと一歩足を踏み出した矢先、大きな手で右腕を掴まれて、前に進めなくなる。
「え......」
唐突な事態に目を丸くして身体を固くしていれば、私の右腕を掴んだ相手......赤葦君は静かな声で「......ちょっと、待ってて」と私に告げた。
「......ごめん、それ急用?」
「え?いや、全然。何、なんか用事あんの?」
「うん、ちょっと」
赤葦君は教室の方を向き、クラスの男子と淡々と話す。
おそらく教室からは私の姿が赤葦君に隠れて見えていないんだろう。
私の腕は未だに赤葦君に取られたままだ。
「そっか、じゃあまた明日な~」
「悪いな、また明日」
そんな言葉を最後に、赤葦君は再び私の方へ顔を向ける。
掴まれたままの腕と、切れ長の瞳をこちらへ向けられたことにより、私の心拍数は急速に上がっていった。
「......少し、時間貰いたいんだけど、いい?」
「.............」
そう尋ねる赤葦君は口調こそ穏やかであったものの、どこか有無を言わさずな雰囲気があり、私はただ怖々と頷くことしか出来なかった。
仇も情けも我が身から
(青春って本当、あっという間に過ぎるのよ?)