AND OWL!
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デフォルト:森 夏初【もり なつは】梟谷学園高校二年六組、園芸部所属。
極度の人見知りで仲の良い相手としか普通に話せない。頑張り屋と卑屈屋が半々。
最近の悩み:「男バレの先輩方のノリに上手くついていけない」
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今日はいつもより30分程早い電車に乗り、学校にもそのくらい早い時間に着いた。
下駄箱のある玄関口には向かわず、私の足は昨日植え替えたばかりの校舎沿いの花壇へ向かう。
イヤホンで音楽を聞きながら辿り着くと、太陽の光の下で元気に咲き誇る花々が迎えてくれた。
やはり、明るいところで見る方が何倍も綺麗に見える。
「おはよう、天気良くてよかったね」
イヤホンを外してその場にしゃがみこみ、カバンを地面に置きながら近くにあるポーチュラカにひっそりと話し掛ける。
植物は人の言葉がわかると何かの文献で読んだことがあり、自分以外誰も居ない時に限り極力話し掛けるようにしている。
先輩はいつでもどこでも話し掛けてるみたいだが、あれは先輩だからこそ出来る技である。
置いたカバンからスマホを取り出し、カメラにしてから花壇へフォーカスを当てた。
昨日は辺りが暗くなっていて写真におさめることが出来なかったので、今日は少しだけ早起きして花壇の写真を撮りに来たのだ。
また、植え替えたばかりの花壇の朝の水やりは後輩の仕事という慣わしになっていて、写真に満足したらシャワーノズル付きのホースを持ってきて水やりをする手筈になっている。
本当はジャージに着替えた方がいいんだろうけど、土をいじる訳では無いし、そんなに汚れないことを仮定して制服のまま朝の部活動に勤しんでいた。
「うーん、こんなもんかな......」
立って座って、下がって近寄って。何枚かシャッターを切ってから、スマホの画面を確認する。
写真が特別に上手い訳では無いのでありきたりな写真しか撮れないが、太陽光に当たる3種類の花々の姿を写真におさめることができた為、そして先輩のレイアウトした花壇の造形も無事にスマホに記録することができた為、ひとまずスカートのポケットへスマホをしまった。
カバンからお財布だけ取り出し、貴重品を持ったことを確認するとカバンを置いてホースを取りに行く。
ホワイトカラーの腕時計を見ると、始業時間まではまだまだ余裕があった。
▷▶︎▷
「夏初ちゃん!おはよう!」
「!」
シャワーノズル付きのホースで虹を作りながら花壇へ水やりをしている中、後ろからとびきり明るい声が掛けられびくりと肩が揺れる。
水が跳ねないように注意しながらそちらへ振り向くと、太陽光にきらきらと反射するモノトーンの綺麗な髪と、同じくらいきらきらと輝く木兎さんの笑顔が目に入った。
どうして木兎さんがここに居るんだろうと不思議に思いつつ、ホースに注意しながら挨拶を返す。
「......おはようございます......」
「こんな時間から園芸部ってやってんだな!知らなかった!」
「......いえ......この時間は、毎日では、ないので......」
朝から木兎さんに会ってしまったことにドギマギしつつ、緊張に負けないようにゆっくりと呼吸する。
「......木兎さんも、部活ですか......?」
Tシャツにハーフパンツ姿の木兎さんに気になっていたことを聞くと、「うん、朝練!」と快く答えてくれる。
「体育館から夏初ちゃん見えてさ、何してんのかな~?って気になって来ちゃった」
「.............」
想定外な木兎さんの言葉に、思わず目を丸くする。
私を気にしてわざわざここに来てくれた事にも驚いたが、体育館からこの花壇まではだいぶ距離がある筈だ。
ここにいるのが私だと認識したと言うのなら、木兎さんの視力はかなり良い方になる。
......というより、バレー部の主将が朝練を抜け出してしまって大丈夫なんだろうか?
「......木兎さん、思い立ったらすぐ行動というのは少しだけ控えて貰えませんか?」
この時間に木兎さんがここに居ることに少しばかり心配になった矢先、聞き覚えのある落ち着いた声が聞こえて木兎さん共々そちらに顔を向けた。
「おお、あかーしも来た!」
男バレの副主将、赤葦君の登場に木兎さんは嬉しそうにするも、赤葦君は「木兎さんを連れ戻しに来たんですよ」と呆れ混じりのため息を吐く。
「......おはよう。朝早くからお疲れ様」
律儀に私の方を見て挨拶をくれる赤葦君に、おずおずと「おはようございます......」と返してから、やっぱりここに木兎さんが居るのはまずかったんだなとひっそりと納得した。
「そーいや立嶋は?居ないの?」
「はい......すみません......」
「えー、あいつ一丁前にサボってんのかァ?」
「いえ......朝の、水やりは......後輩の仕事なので......」
「そーなんだ、意外と体育会系!」
そう言って楽しそうに笑う木兎さんを眩しく思っていると、木兎さんは腕組みをして会話を続けた。
「そーいやさ、夏初ちゃんと立嶋って全然タイプ違うけど、仲良いよな」
「.............」
言われた内容にどきりと心臓がザワつく。
木兎さんに悪気はないことは明らかだが、卑屈な私の脳みそはどうしてもネガティブな方へ言葉を変換してしまい、たまらず視線を下へ向けた。
「.......変、でしょうか......?」
足元にある花々を見たまま、思考がぽろりと口から零れる。
何でもできる明るい先輩と何もできない根暗な私が一緒に居るのは、やっぱりおかしく見えるんだろうか。
「いや?別に変じゃないだろ?仲良しなのはいいことだし、それになんか、俺と赤葦みたいだよな!」
「.............」
勝手に虚しくなっている私に、木兎さんはとびきりの特効薬をくれる。
思わず木兎さんへ顔を向けると、木兎さんは満足そうにうんうんと頷いた。
「ほら、俺と赤葦も全然違うじゃん?でもめちゃめちゃ仲良いし!」
「.............」
「......木兎さん、森がぽかんとしちゃってるんで、直ぐに自分語りになるのはやめましょう」
「えー!だって俺とあかーし、こう、色々反対だけど仲良いじゃん!なんか間違ってる!?」
「間違っているというか、森と立嶋さんの話をしていたのに、論点がすり替わってる気がします」
木兎さんと赤葦君のやり取りを見ながら、本当に二人は正反対な性格だけどとても仲が良いんだなと実感する。
なんだか、それぞれ形の違うパズルのピースが隣り同士に置くとぴったり繋がる、そんな感じだ。
「.............」
率直に言うと、少し羨ましかった。
二年生と三年生、性格真反対。同じといえば同じだけど、私のスペックと赤葦君のスペックはあまりにも違い過ぎる。
「────私......立嶋先輩に......助けて、もらったんです......」
「え?」
ぽつりと零れた言葉は、シャワーホースの水音と一緒に地面へ染み込む。
形として残ってしまうといけないと感じて、足元にある地中水道管のコックをゆっくりと閉めた。
徐々に勢いを弱め、最終的に水滴を付けるのみとなったホースを地面に置いてから、しゃがんだままゆっくりと言葉を紡ぐ。
「.......入学式の日、私、季節外れのインフルエンザに罹ってしまって......1週間程遅れて、学校に来たんです......」
視線は昨日植え替えたポーチュラカとジニア、センニチコウへ固定して、まるで彼等に話しかけるように言葉を零していく。
こんなつまらない話、花達も聴きたくないかもしれないけど......今は少しだけ、私の我儘をきいてほしい。
「......もう既に、グループみたいなものは、出来てしまっていて......私も、この性格なので......全然、馴染めなくて......ずっと、一人で、居ました......」
あの頃の記憶が蘇り、心臓がドクドクと不穏な音を立てる。
一人で過ごす学校生活は、一日が長くて、本当に長くて、毎日途方に暮れていた。
「......そんな私に、声を掛けてくれたのが、先輩だったんです......園芸部、入らないか?って......」
ただひたすらに時間が過ぎるのを待っているだけの私が、少しでも何か付加価値を得ようとお昼休みを利用して校舎裏の小さな花壇の手入れを勝手にやっていたことが、立嶋先輩に見つかってしまったあの日。
背中からいきなり「あんたがやってたのか!」と声を掛けられた時は物凄くびっくりして、多分寿命が三年くらい縮まったと思う。
思えば、先輩とは出逢った瞬間から真反対だったな。先輩は笑いっぱなしで、私は泣きっぱなしだった。
「......そこから、少しずつ、友達とか出来ていって......二年生になっても、学校、楽しいです......部活も、楽しいです......」
「.............」
「......だから......先輩には、本当に、感謝しか無くて......優しい先輩に、私が甘えてるだけなんです......」
立嶋先輩は、私のヒーローだ。
だからきっと、木兎さんと赤葦君の関係とは少し違うんだと思う。
お互いに信頼して、支え合って、成長し合えるのが木兎さんと赤葦君であり、私と立嶋先輩の場合は相互作用するものがない。
いつも私が貰ってばかりで、先輩には何も返してあげられてないのだ。
「夏初ちゃんさ、立嶋のことは好き?」
真っ暗だった思考に突然そんな質問をされ、思わず木兎さんの方へ顔を向けた。
木兎さんは相変わらずどっしりと構えていて、私と目が合うとにこりと明るく笑う。
「あ、別に恋人になりたい~とかそういうんじゃなくてな?ただ、先輩として?立嶋のことは好き?」
「.............」
木兎さんの言葉をゆっくりと咀嚼して、おずおずと頷く。
そんな私に、木兎さんは満足そうに笑った。
「だったら大丈夫!どんどん甘えてOKOK!」
「......え......?」
「だってさ、自分のこと好きな後輩が甘えてくれんのって、先輩からしたらめちゃめちゃ嬉しいことだぞ?それに立嶋のヤツ、夏初ちゃんのことめちゃめちゃ可愛がってるじゃん?」
「.............」
「夏初ちゃんがさ、立嶋と一緒に居て楽しいって思うなら、立嶋だって夏初ちゃんと居るの楽しいって思ってるよ。だって、たった二人の園芸部だろ?それなら絶対一緒に居て楽しいヤツ誘うに決まってるじゃん!」
「.............」
きらきらとした朝の陽の光と共に、きらきらとした木兎さんの笑顔と言葉が降り注ぐ。
私の中のもやもやとしたつまらないものをゆっくりと溶かしていくような、そんなほのかな温かさがじんわりと胸に広がっていった。
「.......本当に......」
そうでしょうか?
そう続く筈だった言葉を寸前で留め、代わりに小さく息を吐く。
「.......ありがとう、ございます......」
吐息と一緒に零れたのは、言葉だけではなかった。
ぽたぽたと地面に円を描く水滴に、私よりも早く木兎さんが気が付く。
「え!?夏初ちゃん!?ど、どうしたの!?え、え、どうしよう赤葦!どうしよう!?」
しゃがみ込んだままみっともなく泣き始める私に対し、木兎さんは可哀想なくらい狼狽えて見せる。
木兎さんを困らせたくないのに、涙は私の意思とは関係なく後から後から零れてきた。
「......とりあえず、落ち着いてください」
視界の外で慌てふためく木兎さんにそう返してから、赤葦君はゆっくりと私の隣りへ来て、しゃがみ込んだ。
「...大丈夫。この人、基本調子いいことしか言わないけど、物事を見る目だけはしっかりしてるんだ」
落ち着いた声音で紡がれる言葉はとても心地が良く、赤葦君の言葉はスっと私の耳に入った。
外側から「おい、あかーし!」と木兎さんの不服そうな声も聞こえるが、赤葦君は気にすることなく私へ話し続ける。
「その木兎さんがこう言ってるんだから、自信持っていいと思う。不安にならなくて、大丈夫だよ」
「.......」
優しい、温かな言葉と共に大きな手で頭を撫でられ、心臓がきゅっと締め付けられた。
途端、堰を切ったように溢れてきた涙にもうどうすることも出来ず、私はただひたすらに泣き続けるしかなかった。
隣の芝生は青い
(ああ、そっか。私はずっと、木兎さんと赤葦君の関係が羨ましかったんだ。)