AND OWL!
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デフォルト:森 夏初【もり なつは】梟谷学園高校二年六組、園芸部所属。
極度の人見知りで仲の良い相手としか普通に話せない。頑張り屋と卑屈屋が半々。
最近の悩み:「男バレの先輩方のノリに上手くついていけない」
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私は元々、とてものろまな人間なんだと思う。
走ることも、歩くことも、何かを書くことも、ご飯を食べることも。物事を考えたり、咄嗟に動いたりすることも全部、普通の人と比べて遅く、だいぶ鈍臭いのだ。
......だから、今も。ぼんやりとしたまま何も動けなかった。思考回路は緊急停止して頭の中は真っ白だし、瞬きひとつできず、指先ひとつ動かせずにただただ固まっている。かろうじて分かるのは、目の前にある見慣れたクラスTシャツの黄色と、ふわりと香る制汗剤のメントールのにおいと、......殆ど隙間無くくっ付いてる、自分のものでは無い体温だけだった。
「............」
「............」
さっきまで群青色の花瓶の花について、それに込めた想いをこれでもかと言う程喋っていたというのに、私の口は既に通常運転に戻ってしまい唇をぴったりと閉じたまま動かなくなってしまった。私も相手も何も話さない、それどころかどちらも動かない状態が続き......やっと少しずつ頭が回り始めて、超至近距離の赤葦君を徐々に意識しだした矢先、「......俺は、こんな綺麗な花束とか、作れないから......その分言葉で、伝えさせてもらうけど......」と向こうから話を切り出される。
「森のこと、同じクラスだけど最初は全然知らなくて......でも、木兎さんのボールが当たってから、少しずつ話すようになって。木兎さんがうちのクラス来たり、練習試合見に来てもらったり、少しずつ森のこと知っていって......いつかの朝に、立嶋さんに頼りっぱなしだって悩んでる話を聞いた時、森のことをもっと知りたくなった。だから、夏休みどこか一緒に行こうって誘ったんだ」
「............」
「......まぁ、あの日は少し浮かれ過ぎて、森に嫌な思いさせちゃったけど......御苑の池のベンチで聞いた森の話が凄く心に残ったんだ。森が園芸にハマったきっかけとか......俺が、木兎さんをスターだって話した時、“だから、キラキラして見えるんですね”って......からかわないで、真っ直ぐ返してくれて。あの時、本当に嬉しかった。......森が好きだって、はっきり感じた」
「............!」
「......それに、夏休みの間、数日でも一人で部活やってたことも凄いと思った。どんなに部活熱心でも、自分一人だったらなかなか出来ないと思う。......それなのに、俺なんかの話を思い出して、その間一人で実践してたって聞いて......何と言うか、こう、気持ちが溢れて言葉にならなかったと言うか......だからあの時も、抱き締めたんだけど......」
「............ッ」
私の頭の上で赤葦君は静かに話しながら、背中に回った逞しい腕の力をよりいっそう強めた。自分の薄っぺらい身体が目の前の筋肉質な硬いそれに更に沈み込み、たまらず息を飲む。......でも、思い出してみれば、そうだ。赤葦君と身体同士がぴったりくっ付いてしまったのは、今日が初めてではなかった。あの時......先輩が何日間か部活を休んでて、男バレも合宿に行ってしまって、一人で何とか部活をやっていた時......帰ってきた赤葦君が、今みたいに抱き締めてくれたのだ。あの時もびっくりしたけど、後から考えて、あれはいわゆる“よくできました”の労いや慰めみたいなもので、親が子にやるようなハグだったんだろうと思い直した。
だけど......だって、私は赤葦君みたいになりたいって、ずっと思ってて、
「森は、“俺みたいになりたい”って言ってくれるけど」
「!」
「......俺は、森の恋人になりたいって、ずっと思ってる」
「────」
一瞬、考えていることを口に出しちゃったのかと思った。でも、私の口は相変わらずぴたりと閉じたままであり、何なら呼吸すらあやしいくらいだ。頭の上からつま先まですっかりポンコツ状態だと言うのに、赤葦君は私の頭の上からあまりに恐れ多過ぎる言葉をまるで夕立ちのように降らせてくる。一瞬のうちに全身がビッショリ濡れてしまって、もうぼう然とするしか無い......みたいな気分だった。
「......だけど......さっきの森の話聞いて、改めて理解した。森は多分、俺の事をそういう風に考えた事がないというか......異性として好きかどうか、まだ全然分かんない感じだろ?」
「!」
しかし、ここでようやくポンコツな頭でも分かる話題になり、思わずピクリと肩が跳ねる。私の小さな反応に、赤葦君はフッと腕の力を緩めてゆっくりと身体を離した。密着していた体温が離れた事にたまらずほっとして......だけど、そこはかとない寂しさみたいな気持ちも覚えながら、私も一歩、もう一歩と後ろに下がる。
メントールの香りを感じないところでようやく深呼吸して、酸素はしっかり取り込めたけど目線はすっかり下がってしまった。......でも、とてもじゃないけど、赤葦君の顔、見られない。ただでさえ、頭の中がこんがらがって酷い顔をしているのいうのに。
「......でも......悪いけど、その状態で振られるのは正直納得できない。“分からない”ことを理由に断るなら、付き合いながら考えてくれって押し切らせてもらう」
「............」
「............」
「.............」
「............困らせてごめん。......でも、本気で好きなんだ」
「............っ、」
聞き心地の好い赤葦君の声が耳に滑るも、今だけはひどく心が騒いで仕方が無かった。声はしっかり聞こえてるのに、言葉を理解することがあまりに難解だ。......だって、本当に、どういうことなの。さっきまで体育館で赤葦君の事を考えてて、赤葦君は素敵な人だから、彼に想いを寄せる女の子は沢山居て。その中で、私の気持ちはどうなのかって考えて......それで、そうだ。赤葦君は何よりもバレーボールが、木兎さんが大切だろうから、私が今急いで考える事は無いんだって思ったんだ。今はとにかく、赤葦君に感謝の気持ちをめいっぱい伝えようって思って、ここに来たら......まさか、こんな、こんな......
「......だから、考えてほしい。ゆっくりでいいから、ちゃんと考えて。俺の事、異性として好きかどうか」
「ひッ......」
「............」
寄越される言葉に頭の中がパンパンに膨れ上がり、これでもかと上昇する体温と合わさって爆発寸前なところで、ふいに左手を取られて反射的に喉が引き攣ったような声を出してしまった。驚いてビクリと跳ねる身体を皮切りに、私の目からは熱い雫がはらはらと溢れ出す。まるで体内に溜まった熱を外に押し出すように次々と溢れて止まらないそれに焦り、右手でごしごしと目元を擦るもアイメイクが落ちるだけで涙は全然止まらない。
どうしよう、今泣いたら赤葦君、絶対に困るのに。どうしよう、止まって。お願いだから、止まって。
「............ごめん」
「っ、あ......ご、ごめん、なさ......っ......その、違くて......!」
握られた左手はおずおずと離されて、赤葦君は困ったような声で謝罪を寄越してくる。でも、赤葦君が悪い訳では無くて、私の頭の処理能力が遅いから色々パニックしちゃった故の涙であり、赤葦君が謝る必要なんて無いのだ。心底情けないけど、大きな音にびっくりして泣く赤ちゃんのそれと同じようなものだから、本当に気にしないでほしい。......けど、そんなの絶対無理だ。この状況で、一体どの口で言えるというのか。
「............っ......」
「............」
結局それ以上は何も言えなくて、とにかく涙を何とか止めようと両手で何度も拭う。早く、早く止まって。お願いだから、早く。
「............俺の事、怖い?」
子供のように泣き続ける私を見て、赤葦君は少し間をあけた後呟くようにそんな言葉を零した。
......ああ、やってしまった。そんな事あるはず無いのに、赤葦君を不安にさせてしまった。赤葦君はいつも優しくて、とても親切で、普段からすごく気をつかってくれてる。それを知ってるから、私はブンブンと頭を横に振った。
「......じゃあ、好きだって言われて、嫌だった?......気持ち悪かった?」
「ッ、そんな訳ない......!」
小さな声で続けられた言葉にたまらず顔を上げて、赤葦君と目を合わせる。私の突然の行動に少し驚いたようで、赤葦君は切れ長の目を丸くした。......もしかしたら、泣いてる私の酷い顔にぎょっとしたのかもしれないけど......それでも、今の言葉はちゃんと否定しないといけない。
心底びっくりしてるのと、一体どうして、という気持ちと、とにかく恥ずかしい気持ちが身体中で大渋滞を起こしてるけど、決して嫌だった訳じゃない。気持ち悪いなんて、絶対に思わない。赤葦君に対して、そんな事、絶対にあるはずがない。
────だけど。
「............でも......ごめん、なさい......っ......わ、わかん、なくて......っ」
「............」
「......じぶんの、ことなのに......っ......ほんと......ご、ごめん、なさ......っ......」
「............」
声を出すと共に、また馬鹿みたいに涙が溢れ出した。否、実際本当に馬鹿なんだろう。自分のことなのに、気持ちが分からないなんて。
でも、赤葦君への気持ちを考えれば考える程、頭の中がパニックしていくのだ。ずっと、赤葦君みたいになりたくて、それは赤葦君がすごく素敵な人で、しっかりとした人で、優しくて、格好良くて、同い歳なのに甘ったれな私と全然違ったから、自分もいつか、この人みたいになれたらって思った。だから、赤葦君の事はとても好きで、心から尊敬してて、もっと色々話したいし、一緒に何処かにも行きたいなって思ってるけど......果たしてそれが、“異性として好き”なのかどうかが、本当に分からない。そもそもの話、今までの人生で恋愛経験が全く無いものだから、恋愛としての“好き”という感情を、どうしてもはっきりと認識することが出来なかった。
「............うん、大丈夫。返事は、ゆっくりでいいよ」
再び下を向いてグズグズと泣く私に、赤葦君はいつものように気をつかってくれた。その優しさに報いたいのに、ただただ泣いて困らせて、自分の気持ちすら分からなくて......本当に、私はどれだけヒトに迷惑を掛ければ気が済むんだろう。赤葦君に、嫌われたくないのに。また前みたいに話せなくなっちゃうのは絶対に嫌なのに。なんでこんな、赤葦君を困らせる事ばかりしてしまうんだろう......。
「───その間......森に、俺の事好きになって貰えるように頑張るから」
「............!」
己の身勝手な振る舞いに心底嫌気が差して、落胆している私の耳にそんな言葉が滑り込み、視界には青い花瓶の赤葦君の花達がするりと映りこんだ。突然差し出されたそれに反射的に目を向けてしまい、そのまま動かされた方へ視線で追いかけてしまえば......ぱちりと、赤葦君と目が合ってしまう。これまでの諸々の恥しさと申し訳ない気持ちで途端に身を竦めてしまうと、赤葦君は少しだけ眉を下げて、フッと小さく笑った。
「............本当に、可愛いな。もう少しだけ、抱き締めていい?」
「!?」
仕方無いな、と言うようなやわらかな笑顔と、聞き間違いかと思うような砂糖菓子みたいな甘い言葉に心臓がどきりと跳ねて、これまで以上に顔に熱が集まる。頭の中がいよいよパンクして、赤葦君を見たまま固まってしまえば......赤葦君は、群青色の花瓶を手近なテーブルの上に置いて、再びこちらに向き直ってからゆっくりと距離を縮めてきた。ど、どうしよう、と考えるより先に怖気付いて後ろに下がるも、赤葦君は止まってくれない。
「............ッ」
「............夏初、」
「!」
急に名前を呼ばれて、馬鹿みたいに肩が跳ねた。......心臓が、うるさい。顔が熱い。緊張と恥ずかしさで、声が出ない。......息が、出来ない。
なのに、赤葦君との距離が、どんどん近くなる。
「こんちはー!夏初ちゃん居るー!?」
赤葦君との距離が本当に僅かになり、ひどい緊張と羞恥で身を竦めギュッと目を閉じた、矢先。からりとした明るい大きな声が聞こえて、たまらずきょとんと目を丸くした。よく通るこの元気な声は、聞き覚えのあるものだ。
「お、なんだぁ、あかーしも居る、じゃん......えッ!?夏初ちゃん泣いてる!?どうしたの!?どっか痛い!?」
「............」
声の聞こえてきた方、会議室の出入り口へ視線を滑らせると、やはり予想通りの相手......男バレ主将の三年生、赤葦君の先輩の木兎さんの姿があり、私と目が合うとその大きな金色の目を更に丸くして走ってきた。
同時に、頭の上から大きなため息が聞こえて、そろりとそちらを見上げる。片手で顔を覆った赤葦君は少し考えるように沈黙して、その手を下げた時にはいつもの涼し気な顔に戻っていた。
「............木兎さんや、立嶋さんと過ごす学園祭は、今年で最後だねと話してました」
「えーーー!?それで寂しくなっちゃったの!?大丈夫だって!俺も立嶋も卒業しても会いに行くから!なんなら飯とかも誘うし!あ、今日とか行く!?夏初ちゃん何食いたい!?」
「............」
「......その前に木兎さん、ちゃんと卒業できるんですよね?留年して来年同学年とか、俺絶対に嫌ですからね」
「あかーし!!今忙しいから!!ちょっと後にして!!」
慌てた様子でこちらに来た木兎さんは、赤葦君の“機転を利かせた話”を聞いて持ち前の優しさを惜しみなく発揮して、その大きな手で私の涙を拭ってくれたり、頭を撫でたりと懸命に励ましてくれる。突然のことに反応が追い付かず、されるがままになっている私を横に赤葦君は淡々とした口調でそんな言葉を寄越せば、木兎さんは面白くなさそうに怒鳴り、その勢いでわしゃわしゃと私の頭を撫でた。......これ、後で結び直さないと大変なことになっちゃうな......。
「......それで、木兎さんはどうしてここに?」
「え?立嶋から連絡来たろ?だからお前も此処に居るんじゃねぇの?」
「............」
「てか、夏初ちゃん!この花って俺なんでしょ?なんで言ってくんないの!」
「!?」
赤葦君の質問に木兎さんはきょとんと目を丸くして、さも当然と言わんばかりに立嶋先輩の名前を出す。一体何の事だろうと首を傾げてしまうと、急に木兎さんは私の方を見て、自分のスマホを差し出してきた。驚きつつもその小さな画面をおずおずと覗けば......そこには、少々ブレているものの園芸部が作った木兎さんをイメージした花瓶の花が写っていた。
「めっっっちゃイイじゃん!!すげぇ綺麗だし、格好良いし、可愛いし!こんなん作れるのマジすげぇ!めっちゃ嬉しい!夏初ちゃんマジ最高ッ!」
「............ッ!」
もしかして先輩、この花瓶の事を木兎さんにお伝えしたのかなと何となく合点がいった矢先、とんでもなく嬉しい言葉と共にきらきらとした一等星の笑顔が向けられて、たまらず息を飲む。すっかり惚けて見つめてしまう私に、木兎さんは嬉しそうに笑いながら言葉を続けた。
「綺麗に作ってくれてありがとう!さっき立嶋から連絡来てすげぇびっくりしたんだけど、花見たらすげぇ感動して、どうしても夏初ちゃんに直接御礼言いたくなって、超走って来た!......のに、あかーしに先越されるとは......!」
「............」
話の最後で悔しそうな顔をする木兎さんに情報の処理が追い付かず、ろくに反応できなくてただぼう然としてしまう。そんな私をフォローするように、隣りに居る赤葦君が話を繋いでくれた。
「......はい、俺が一番です。残念ながら、木兎さんは二番手ですね」
「ぐぬぬ......!二番手......!」
「............」
「......ん?あれ、あかーしの?おお、見せて見せて!」
「どうぞ。木兎さんのも見ていいですか?」
「いいよ!はい!」
「............いや、下手す......ブレ過ぎでしょう......もう少しまともなの無いんですか?」
「う、うるせぇなぁ......写真撮んのムズいんだよ!」
「......静止体なのに?」
「ハイハイどうもすみませんでしたァ!俺のも写真じゃなくて直で見て直で!」
「............」
私を挟んだままあれよあれよと会話が進み、お互いの花を見ながら仲良く話す二人を見て......自然と、笑いが零れた。赤葦君だけでも嬉しいのに、木兎さんにも喜んで貰えたなんて、本当に嬉し過ぎる。このテーマにして良かったと、心の底から改めて思った。
木兎さんと赤葦君の楽しい会話を笑いながら聞いていれば、その後次々と梟谷男バレの皆さんが第三会議室にやって来た。どうやら先輩は花瓶の花を作った人達全員に連絡したらしく、だけど説明は私に全て丸投げしたようで、【詳細を知りたくば第三会議室の夏初にドーゾ!】なんていう文で締め括られていたそうだ。相変わらず自由奔放な立嶋先輩に眉を下げてしまうものの......心を込めて作った花束を先輩方にちゃんと見て貰えた事が嬉しくて、想いをちゃんと届けられたのが嬉しくて、泣き笑いになりながらも「......いつも、良くしてくださり......本当に、本当にありがとうございます」と深く頭を下げて、日頃の感謝を伝えたのだった。
隗より始めよ
(只今を持ちまして、梟谷学園総合学園祭を閉幕致します。)