AND OWL!
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デフォルト:森 夏初【もり なつは】梟谷学園高校二年六組、園芸部所属。
極度の人見知りで仲の良い相手としか普通に話せない。頑張り屋と卑屈屋が半々。
最近の悩み:「男バレの先輩方のノリに上手くついていけない」
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学園祭最終日の今日は午前中にクラスの当番が終わり、先輩のクラスのドッチボールにもう一度参加してからお昼ご飯を食べて、演劇を見たり縁日に行ったりした後、友達と一緒にバレー部の公開試合を見に行くことにした。赤葦君は志摩さん同じくすごく人気者だから、クラスメイト達のほとんどが体育館へ向かうようだ。元々梟谷学園男子バレー部はバレーボールの強豪校で注目度が高く、何より主将の木兎さんは全国で五本の指に入る有名な選手だと聞いている。本当の試合でないとはいえ、早く行かないと見る場所が無くなってしまうかもしれない。友達二人と相談して、少し早めに体育館に向かおうと足を進めていた、矢先。階段の下でガチャンと何かが倒れる音がして、反射的にそちらへ意識が向いた。......高等部の校舎内、中央階段の踊り場。まさかと思いながら様子を見に行けば、そこには数人の梟谷の男子生徒が見るからに動揺していて、彼らの足元には大きな水溜まりと......群青色の花瓶から投げ出された植物達が床に散乱していた。
「────」
目にした光景に、一瞬にして頭が真っ白になる。呆然と立ち尽くしてしまった私の隣りで、友達が男子生徒達に向かい「ちょっと!何してるんですか!」「園芸部の作品ですよ!丁重に扱ってください!」と抗議してくれた。彼女達の言葉に対して男子生徒達は素直に謝罪を述べてくれて、踊り場にある花瓶に気付かず、ふざけ合っていたらうっかり倒してしまったのだと話してくれた。とりあえず拭くものを持ってくると何人かが居なくなり、残っている人達が園芸部の私に「本当にすみませんでした!」と再度頭を下げてくる。
「............」
それでも、水に濡れた床にばら撒かれた植物達を見つめたまま、あまりの衝撃に指先ひとつ動かせずただただ固まっていると......心配そうな顔をした友達が私の肩を叩き、「立嶋先輩、呼んだ方がいいんじゃない?」と声を掛けてくれた。
────先輩の名前を出されて、ようやく意識が戻ってくる。途端にじわりと涙の膜が張るのが分かったが、今は泣いてる場合じゃないと自分自身を奮い立たせて、改めて状況を確認した。床には花瓶の水と、植物が落ちていて......でも、花瓶の破片が無いということは、花瓶は割れてないということだ。元々の設置場所を見ればやっぱり花瓶は倒れてしまっただけのようで、ゆっくりと手に取り確認すれば、群青色の花瓶は目立ったひび割れも欠けた部分も無く、水漏れもしてないようだった。不幸中の幸いにほっと息を吐いてから、園芸部として今何をすべきなのかを考える。
「............け......怪我、を......された、方は......居ませ、んか......?」
私のもごもごとした言葉に、男子生徒達は「え、何?」と言ったような顔をこちらに向けた。知らない人に話し掛けるなんてこと、普段なら絶対に出来ないことだけど......でも、今は緊急事態だ。過失は向こうにあるのかもしれないけど、園芸部が作ったもので誰かが怪我したり、嫌な思いをしたのならこちらも謝らなければいけない。一応花瓶の底には転倒防止のシールを貼っておいたけど、男子高校生の力には到底適わなかったんだろう。そこは反省しないといけない。
「......ふ、服は......大丈夫、ですか......?濡れて、しまって、ませんか......?」
「......え、あ......大丈夫、デス......」
どもりながらも何とか質問できて、誰も怪我していなくて濡れてもいないことが分かると、無意識に「よかった......」と安堵の声が漏れた。......本当に、よかった。私の作ったもので怪我した人がいなくて、本当に、本当によかった。
ここで先程拭くものを取りに行っていた人達が帰ってきて、この場の清掃は彼らがやってくれると言うのでお願いすることにした。床に散らばった植物を空の花瓶に戻し、それを持って部室である第三会議室に小走りで向かう。友達二人には先に体育館に行ってもらうことにしたので、完全に一人になってから大きく息を吐くと......先程までの緊張が解けて、我慢していた涙がはらはらと頬を伝った。
「............ごめんね......私が、ちゃんと固定しなかったから......」
片手で目元を擦ってから、花瓶に水を注ぎもう一度丁寧に花を生ける。最近では、植物にも痛覚があるのではという考えが出ていて、花瓶から投げ出されたこの子達はさぞ痛かっただろうと思ったのと......何より、“この花瓶”が倒れてしまったことが悲しかった。群青色の花瓶が割れなくて本当に良かったけど......だけど、“この花瓶”は特別なのだ。バラとダリアとコスモスは全部白で統一させて、ブルーサルビアとワレモウコウを差し色に。そして、彼の分身である葦を添えたこの花瓶は、私の憧れである赤葦君をイメージして作ったもので、数ある花瓶の中でも考えに考え抜いた花束だったから、床にばら撒かれている姿を見てすっかり呆然としてしまった。人間というものは、あまりにもショックが大きいとその場に固まってしまうらしい。......倒された花瓶を見て、散らばった植物を見て、私から赤葦君への感謝の気持ちを何だか酷く否定されたように感じてしまったのだ。「赤葦君のイメージというには余りにも拙過ぎるのでは?」等と問われているような、そんな気がしてしまった。
「............」
手元にある花瓶の花をぼんやり見て、もう何度目かの不安に襲われる。立嶋先輩にはこの花のテーマを赤葦君に話せと言われたけど......やっぱり、自信が無い。私は先輩のようにヒトを惹き付ける、魅力ある花壇も花束も作れないし、まだまだ全然勉強不足だ。未熟なそれを見せて、赤葦君は一体どんな反応をするのか......というよりも、どう反応したらいいのか困らせてしまうイメージしか湧かなかった。赤葦君は優しいから、きっと御礼は言ってくれるだろうけど......自分はこんなイメージなのかと内心でガッカリされたら、どうしよう。嫌な思いをさせてしまったらと思うと、このまま何も言わずにいた方がベストなのではと考えてしまう。口は災いの元とも言うし、花瓶が倒れたのだってきっと、わざわざ赤葦君におかしなことをするのはやめておけという神様からの思し召しかもしれなくて......
“どっちみち後悔するなら、やりたい方やってから後悔しようや。な?”
“大丈夫だから。森のペースで、ゆっくり話して?”
「────!」
まるで坂道を転がる石ころのように下へ下へ落ちていく思考に、いつかの言葉が蘇る。その言葉は立嶋先輩と赤葦君からのもので、記憶の中の彼らの声音に思わずハッとした。
────今日言わなかったら、いつ伝えるの?
赤葦君のこと、沢山考えて作ったのに、いっぱい“ありがとう”の気持ちを込めたのに......本当にこのまま、終わっていいの?
学園祭が終わったら、きっと言えない。また今度、またの機会にってどんどん先延ばしして......それで、きっと、ずっと言えないんだ。今日も、明日も、明後日も、来年も、ずっと。
「............」
花瓶を握り締め、目を閉じてから小さく2回深呼吸する。ゆっくりと目を開けると、一番最初に目に映ったのはやっぱり背の高い葦の穂で、花瓶に生けられて尚凛とした佇まいを崩さないその子に、私もしゃんとしなければと背筋を伸ばした。
......赤葦君に、この花瓶の花を見てもらいたい。それで、ちゃんと感謝の気持ちを伝えたい。
言葉にしなきゃ分からない。口に出さないと伝わらない。ヒーローである立嶋先輩にも、憧れである赤葦君にも、同じ事を言われた。今までの駄目な自分を変えると決めたから、......来年、先輩が居なくても、園芸部をちゃんと守っていけるように、私は変わらなきゃいけないんだ。赤葦君みたいな、しっかりとした人になれるように。
「......頑張るから......ちょっとだけ、待っててね......」
花瓶の花にそう言って、第三会議室の机の上にゆっくりと置く。水に濡れてよれてしまった水色のリボンを結び直して、最後に葦を指先で撫でてから......赤葦君の居る体育館へ、気合を入れて足を進めた。
体育館に着くと、男バレの公開試合はやはり人気を博しているようで、遅れて来た私は外に面した扉の外からの観戦しか出来なかった。全国屈指の高校バレー選手である木兎さんが率いる強豪バレー部を一目見ようと来た人達も居れば、単純に応援、もしくは冷やかしに来た梟谷生も多いようで、館内はこれでもかというほどの盛り上がりを見せている。流石男バレ、すごいなぁと思わず呆けてしまえば、相変わらずの打上花火のような木兎さんのスパイクが相手のコートに力強く着弾した。更にお祭り騒ぎになる体育館に思わず笑いが零れてしまうと、聞き覚えのあるリズミカルな応援が聞こえ、前に居る人達の頭を避けながらきょろきょろと館内を見回せば、ステージの上に何人かのチアガールが可愛らしく踊っているのが見えた。昨日見たチア部だと思った途端、その内の一人に同じクラスの志摩さんが居ることに気が付く。今日も志摩さんの格好良くて可愛いダンスが見られるなんて、ちょっと得した気分になった。
「木兎すげぇー、相手の大学生に負けてねぇじゃん。あれならマジで春高優勝狙えんじゃね?」
「木兎先輩超格好良い~!1回でいいからデートしてくれないかな......!」
「うちのチア部レベル高いよなぁ。ダンスキレッキレだし、何より可愛い子しか居ない。男バレクソ羨ましい」
私の周りに居る梟谷生の話し声に内心で頷いたり首を傾げたりしながら、改めて木兎さんの人気ぶりやチア部の魅力を感じていると......ふと聞こえてきた会話に、心臓がぎくりとした。
「ほら、えーと、セッター?の、あの人!あ、今ボール触った人!」
「え、めっちゃイケメンじゃん!格好良い!やば、普通にすき♡」
「だッ、だめだめ!私ずっと好きだから!横入りやめてください!」
「あははっ、ガチじゃんw倍率かなり高そうだけど、頑張れ!」
知らない女子生徒同士の会話の対象は、男バレのセッター......つまり、赤葦君だ。どうやら片方の女の子は赤葦君に想いを寄せているらしい。赤葦君はしっかりしてるだけでなく、背も高いし凄く格好良い。運動も出来るし勉強も出来る、いわゆる文武両道という人で、おまけにとても親切で優しい人だ。だから、私の憧れであり......だから、あの子のように赤葦君の事を好きな人もきっと沢山居るんだろう。赤葦君の恋人になりたくて、一日一日彼への想いを募らせている女の子が、きっとこの梟谷だけでも何人も居るに違いない。
「............ッ......」
そう感じた途端、ずきりと胸が軋むような、鈍い痛みを覚えた。......だけど、今まで全く考えなかった訳じゃない。だって赤葦君は、本当に素敵な人だから。私の不注意で木兎さんのボールに当たってしまったあの日、赤葦君は今まで会話すらした事の無い私を、同じクラスだからという理由だけで保健室に連れて行ってくれた。その後も怪我の心配をしてくれて、木兎さんとの間に入ってくれて、バレーボールの試合を見せてくれて、「赤葦君みたいになりたい」と話した私と一緒に出掛けてくれたり、ご飯に行ったりもしてくれた。
こんなに優しくて、こんなに素敵な人が私と同い歳であり、甘ったれな自分と比べて「なんてしっかりした人だろう」と心の底から尊敬して、憧憬の念を抱いたのだけど......何かと拙い私がそうだっただけで、普通の人は、赤葦君への想いを恋愛感情として「好き」だと認識するのかもしれない。赤葦君と恋人同士になりたくて、赤葦君の特別になりたくて、......誰よりも、赤葦君の傍に居たいと、心がそう叫ぶのかもしれない。
────もし、そうだとしたら......私は......私の、この気持ちは......?
「────木兎さんッ!」
「!」
思考回路の奥深くまでズルズルと考え込んでしまえば、空気を割くような鋭い声が聞こえた。一気に意識が引き戻され、そうだ、試合と慌ててコートの中に視線を寄越した、矢先......まるで獲物を狩る為に宙を滑空する梟のように、赤葦君から上がったボールをエースである木兎さんが力強く打ち抜いた。
「────」
さながら打上花火のような轟音を響かせ、ボールは敵陣のネット近くで着弾する。お決まりの「ヘイヘイヘーイ!!」という掛け声と、きらきらと輝くとびきりの笑顔に観客はわっ!と盛り上がる中、木兎さんは赤葦君とハイタッチを交わした。その際に見せた赤葦君の、きっと何ものにも変えられないであろうとても満足そうな、嬉しそうな笑顔を見て......ぐるぐると忙しなく回っていた思考が、落ちるべき所にストンと落ちた気がした。
......ああ、そっか。仮に私が赤葦君を恋愛感情として「好き」でいても、そうではなくても、赤葦君の一番はきっとバレーボールで、スターである木兎さんだ。それらはきっと何ものにも変えられなくて、とてもとても大切で、大事にしたいもののはず。
だから、私の気持ちを今急いでぐるぐる考える必要なんてないのだ。とにかく今は、あの群青色の花瓶の花を見てもらって、ありったけの「ありがとう」を伝えることが出来れば、現状においては花丸百点なのではないだろうか。
そう考えたらスッと気持ちが軽くなり、ふたつ深呼吸してからスカートのポケットに入れていたスマホを取り出した。そのまま赤葦君とのトーク画面を開いて、試合の労いと感想を短く打った後、時間のある時で構わないので、第三会議室に来てほしい旨を入力し、意を決して送信する。このまま手元に持っていると絶対に今送ったものを削除したくなるので、直ぐにまたスカートのポケットに突っ込んだ。
学園祭の公開試合といえど、本気の真剣勝負をするコートの中の赤葦君を見ながら、試合の後にこの文面を見た彼が、どうか困りませんようにとだけ密かに願うのだった。
怪我の功名
(ぶつかったバレーボールも、床に落ちた花瓶の花も、きっと、)