AND OWL!
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デフォルト:森 夏初【もり なつは】梟谷学園高校二年六組、園芸部所属。
極度の人見知りで仲の良い相手としか普通に話せない。頑張り屋と卑屈屋が半々。
最近の悩み:「男バレの先輩方のノリに上手くついていけない」
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帰りのホームルームが終わり、各々が部活や帰宅や遊びに行くやらで一斉に動き始める中、いつもつけている腕時計がないことに気が付いた。
何も無い左手首を擦りながら一体どこにやったのだろうと慌てて記憶を辿ると、案外早くに答えは出てくる。
先程の五限の体育だ。女子はバレーボールで、体育館での授業だった。
昼休みにのんびりし過ぎてジャージに着替える時間が少なくなってしまい、ギリギリで授業に間に合ったはいいものの腕時計を外し忘れてしまったのだ。
当然体育の先生に指摘され、慌てて外した時計を体育館の舞台に置いて、うっかりそのまま置き忘れてしまった。
これから部活に行かなくてはならないが、あの腕時計がないのは非常に困る。
確か体育の授業の後、このままバレー部が使うからネットはそのままにしておいていいと先生が言っていた。
この時間ならまだ人も疎らだろうし、忘れ物も取りに行きやすいだろう。
知らない人ばかりの所へ行くのは小心者である自分には非常にしんどいことだが、背に腹は変えられない。忘れた自分が悪い。
しかしここまで考えて、そういえばこのクラスにも何人かバレー部が居たことを思い出し、もしかしたら何か協力を頼めるかと淡い期待を抱いたが、時すでに遅し。
バレー部であるクラスメイト達はこの教室にもう居なかった。
「んじゃ夏初、また明日ね~......って、何してんの?」
前の席の友人がカバンを持って帰りの挨拶をしてくるが、途中で疑問文に変わる。
机に置いたカバンに私が突っ伏していたからだ。
「......時計、忘れた......さっきの体育......舞台に置きっぱなし......」
「え?マジで?早く取りいきなよ」
「......一緒に来てって言ったら怒る?」
「あ、ごめん、今日はこの後すぐバイトだから無理」
「.............」
ダメで元々のお願いだったが、本当に断られてしまうと少なからずショックはある。
「まぁ、パッと行ってパッと取ってきて、早く部活行きな?体育館近くの花壇とかも園芸部が手入れするんでしょ?なら丁度いいじゃん」
「......うん......」
あからさまにしょぼくれる私に優しい友人はそんな言葉で応援してくれる。
ついでに飴まで貰ってしまったので、これはもう頑張って体育館に行くしかない。
お気に入りの時計でもあるし、早く部活にも行きたい。
「......うう......いって、きます......」
貰った飴を口に放り込んでのろのろと立ち上がれば、友人は「いってらっしゃい、頑張って」と笑顔で見送ってくれた。
▷▶︎▷
ぶどう味、美味しいなぁと明後日のことを考えながら体育館へ辿り着く。
観音開きの大きな扉からはバレーボール特有のボールを打つ音がひっきりなしに聞こえ、バレー部がもう練習を始めてしまっていることが窺えた。
知らない人ばかりの空間に行くのは誰しもとても嫌なことだと思うし、小心者、緊張しい、人見知りの三段構えな私にとっては地獄の釜に入るような行為に等しい。
あーあ、同じ地獄の釜ならジゴクノカマノフタと別名を持つキランソウを育てる方がずっといい。
「......時計、部活、時計、部活......!」
へこたれそうになる心を引き締めるため、今一度大事なものを2回口に出す。
深呼吸を3回してから、私は意を決して体育館の扉を開けた。
思ったよりも重たい扉に悪戦苦闘しながら何とか開ければ、ボールの衝撃音や掛け声は一際大きくなった。
ああ、開けてしまったとさっそく心が折れそうになれば、直ぐに来客である私に気が付いた女子が駆け足でこちらへ来てくれる。
雰囲気的に多分三年生の先輩だ。
「どうしたの?バレー部に何か用事?それとも体育館?」
おそらくバレー部のマネージャーであろうポニーテールの先輩は、急な訪問の理由を聞きながらも私を中に促し扉を閉めた。
背が高く、顔も小さい先輩はまるでモデルさんのように綺麗だ。
ついポケッと見惚れてしまうが、自分が何をしに来たのかを思い出し慌てて要件を先輩に伝える。
「......あ、あの、さっき、ここで授業で......舞台に、忘れ物、しました......」
「ああ、そういうことね。何忘れたの?私取ってこようか?」
「い、いえ、自分で、行きます......!」
綺麗な人は性格も良いのかと驚きつつ、自分の不手際でしてしまった忘れ物をこの綺麗な先輩に取ってきてもらうなんて、そんな図々しいこと絶対にできない。
「そう?じゃあ、流れ玉に気をつけてね」
「はい、すみません......」
優しい先輩に頭を下げてから、体育館の端を小走りで移動する。
緊張するから極力バレー部の方は見ずに、ただ舞台だけを真っ直ぐ見て走った。
どうにか体育館奥にある舞台までたどり着くと、ホワイトカラーのGショックがちょこんと寂しく置いてあった。
お気に入りの時計を無事に発見できた安堵のため息を吐きながら、スカスカとしていた左手首に装着する。
女子の時計として少しゴツイと友人から定評のある時計だが、私はもうこの時計が左手首にないとそわそわしてしまう程愛用している。
だったら何で忘れたんだという話だが、人間誰しもうっかりすることもあるだろう。その中でも私はだいぶうっかりさんの部類に入るので、もうどうしようもない。
「......よし、部活......!」
大事なものを難所から手に入れたので、後は楽しい部活が待つばかりだ。
時計の着いた左手首を一度さすってから、先程よりも幾分か上がったテンションで体育館から撤退しようと同じルートを逆戻りする。
......しかし、その慢心が仇となった。
「危ない!!!」
一際大きい声が聞こえ、何?と顔をそちらへ向けた途端、顔に強い衝撃を受けた。
大きな音と共に伝わってきた衝撃の強さに耐えきれず、そのまま後ろへひっくり返る。
受け身なんて取れるはずもなく、後頭部を強打しながら床に転がった私は、一瞬何が起こったのかわからずただただ硬直していた。視界にはチカチカと細かい光が見える。
しかし、直ぐに襲ってきた後頭部と顔面の痛みに咄嗟に顔を覆い身体を横にしぎゅっと丸まる。
痛い、痛い!すっごく痛い!!
ガンガンというか、ジンジンというか、とにかく物凄く痛い!!
「大丈夫か!?」
「誰か氷とタオル持ってこい!」
「ああああ!!!すまねーーー!!!!」
「木兎うるさい!静かにしろ!」
あっという間に周りには音が溢れかえるが、必死に痛みを堪えてる私にとっては全て邪魔なものでしかなかった。
「ごめん!やっぱり私が取りいけばよかった......!本当にごめん!」
そんな中、先程の綺麗な先輩の声が聞こえ、思わず咄嗟に「違います......」と反論を唱えてしまう。
自分で行くと志願したのは私だし、流れ玉に気をつけてと言われていたのに慢心していたのも私の落ち度だ。
先輩が謝ることなんて何一つない。
声を出したら何とか気力が出てきたのか、痛みを堪えて上半身を起き上がらせようとする。
「おい、頭打ってるからあんまり動くな!」
「......だ、大丈夫、です......ごめん、なさい......」
「いやいや、アンタが謝ることないって!」
動きを制そうとするバレー部の人をやんわり遮り、何とか上半身だけ体を起こす。
いまだ痛みが引かないため片手で顔を覆ったままぼんやりと周りを見れば、バレー部の人達の隙間から置き去りにされたバレーボールが見えた。
どうやらこれが顔面にぶつかって吹っ飛んだらしい。
顔に当たると人が吹っ飛ぶなんて一体どんな威力のスパイクだ。そんなの打ち返したらきっと腕がもげてしまう。
「ほら、氷!あとタオル!」
「......あ、いえ、本当に......大丈夫で、す......」
保冷材とタオルを寄越してきた人を丁重に断わると、顔を覆ってる右手に何か温かい液体が伝った。
先程から生理的に涙が流れているのでそれだろうと考えた矢先、ポタリと床に落ちたのは赤い雫だった。
......あ、もしかして鼻血?やだな、恥ずかしい。
呑気にもそう思ってしまった矢先、周りが一際騒がしくなる。
「血!?うそ!?血ィ出てる!?」
「まさか口!?は、歯とか折れてないよな!?」
「い、いえ......あの、大丈夫、です......すみません、鼻血です......」
頭は痛いし鼻血は出るし、知らない人には囲まれるし、美人を困らせるし、忘れ物を取りに来ただけでこんなことになるなんて思ってもみなかった。
痛みとは別の理由で涙が出そうになる私の前に、新たな人物がしゃがみこんでくる。
「とりあえず、保健室行きましょう。俺、森と同じクラスなんで連れて行きます」
顔を抑えたまま俯いている私にはそれが誰の声なのかわからなかったが、とても落ち着いた声音だったので何となく聞き入ってしまう。
「そのままタオル顔に当てて......立てる?無理そうなら担ぐけど」
「だ、大丈夫、です......立て、ます......」
寄越されたタオルを言われた通り顔に当て、とんでもない提案に慌てて立ち上がろうとすれば腕を取られ、殆ど相手の力で立ち上がらせてもらった。
「......ご、ごめんなさい......すみません......」
「......なんで森が謝るの」
あたふたとしながら頭を下げた私に、どこか呆れたような声でそう返された。
おずおずと相手の顔を窺えば、そこには部活着姿のクラスメイト、赤葦君の綺麗な顔があった。
「............赤葦君、だった......」
ここでやっと同じクラスの赤葦君だということを認識し、思ったことがつい口から零れてしまう。
びっくりしたままの状態でいる私に、赤葦君は相変わらず真顔のまま「はい、赤葦です」と律儀に返答をくれるのだった。
犬も歩けば棒に当たる
(多分棒の方が、まだ痛くなかったな......)