Crows to you
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デフォルト:広瀬季都【ひろせ きと】烏野高校二年三組の帰宅部。嶋田マートをメインにヘルプ要員で色んなバイトをしている為、商店街に顔が広い。
最近の悩み:「バイト入れ過ぎて“友達居ないの?”ってよく聞かれるけど沢山居ますから!!」
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土曜日に烏野男バレが東京遠征に出発して、日曜日の夜に宮城に戻ってくるらしい。なかなかの弾丸ツアーで正直大変そうだなぁと思ってしまうけど、関東の強豪校と試合が出来るなんてそうそう無いことみたいなので、彼らにとってはとても有り難い話のようだった。
かく言う私も、烏野男バレのファンとして彼らがより強くなるのは非常に喜ばしいし、願わくば宮城で一番強い高校のバレーボールチームになってほしい。その為なら、私にやれることがあればあるだけ全部やるつもりなので、日曜の今日も坂ノ下商店のバイトに入り、東京に行っている烏養さんの留守を守っていた。
「ちわーす。キトー、居るかー?」
「!」
来店するお客さんがまばらになってきた為、お店の掃除と在庫の整理をしていると、耳に馴染んだ声で名前を呼ばれた。相手を予想しながら店の奥から出入口へ小走りで向かえば、店の扉を後ろ手で閉めながら顎の下の汗を拭う来訪者......滝さんの姿が見えた。
「いらっしゃいませ、こんにちは~。何か御用ですか?」
「おー、ちょっとダベリにきた。今日もあっちぃなー」
「本当、あっついですね~。滝さん、今日お休みです?」
「や、仕事。今は休憩時間デス」
「へー、サボりじゃなくて?」
「ほう。暑かろうと思ってアイスの差し入れ持って来たけどやっぱやめるわ。邪魔したなー」
「ウソウソすみませんごめんなさい滝ノ上様アイスください!」
ダベリに来たとか言うから、ちょっと冗談を寄越してしまったばかりにアイスを貰えなくなってしまうなんて悲し過ぎる。慌てて謝罪をしながら滝さんのシャツの裾を掴む私に、滝さんはニヤニヤと笑いながら「キトはもうちょい考えてから発言するんだな」と言って、片手にあるレジ袋をユラユラと揺らした。少し悔しく感じるも、自分自身そそっかしい所があるのは確かなのでここはぐっと口を結ぶ。
反省の色を浮かべる私に滝さんはヨシ、とでも言うようにひとつ頷いてから、買ってくれたアイスを寄越してくれる。烏養さんやマダムからは、お客さんが居なければ休憩は好きなタイミングで取っていいと言われているので、私も今から休憩時間にすることにした。黄色いカップのフタを開けると、レモンの輪切りとレモン味のかき氷が入ってる。きらきらと光るそれを掬い、ひとくち含むと氷の冷たさとレモンの華やかな甘さがふわりと広がり、たまらず頬が緩んだ。
「んんっ、美味し~!滝さん本当にありがとう!」
「はは、そりゃよかった。で、キトはもう夏休み入ったんだっけか?」
「いえ、来週からです。でも、期末テスト終わったので心はもう殆ど夏休み!」
「成程。夏休み、どっか行くの?」
「いえ!沢山バイトします!ハッピーサマーバケーション☆」
「おいおいマジかw嶋田と烏養が泣いて喜ぶぞwお前偉過ぎw」
「えー?別に偉く無いですよ。好きでやってるんだし、お給料だって貰うんだし......」
これから始まる夏休みの話になり、バイトに沢山入れる事をご機嫌に話せば滝さんはケラケラと笑いながらそんな事を返してきた。でも、別に私は全然偉くない。働くの好きだし、バイトは面白い。それに、お給料っていう絶対的な報酬もついてくる。
「............偉いのは、男バレですよ。夏休みはほぼ毎日部活するって西谷君から聞いたし、今日とかも東京まで行ってるし」
「ああ、そういや今遠征行ってるんだっけか。でも、アイツらもお前と同じく好きでやってるんだろ?」
「え、全然違いますよ!......その、何て言うか......言葉が悪いけど、バイトと違ってバレーの方は確実なリターンが無いじゃないですか......」
「......ほう」
男バレと私が同じだと言われてしまえばどうにも居心地が悪くて、眉を下げながらもだもだと自分の意見を口にすると、滝さんは少し間を置いて小さく相槌を打った。......滝さんは烏野男バレのOBで、趣味とはいえ今もバレーを続けている人にこんな事を言ってしまうのは失礼なんじゃないかなと思うものの、滝さんから「続けてみ?」と言わんばかりの視線を寄越され、小さく息を吸う。
「......私の、場合......バイトをすればするだけお給料が貰えるけど......バレーは、何て言うか、その......練習すればするだけ上手くなって、強くなりますが............それでも、絶対に勝てるって訳じゃない」
「......まぁ、そうだな」
「......烏野が、沢山沢山練習してて......どんどん上手くなって、強くなるんだって確信はあります。......だけど、......烏野が勝てなかった音駒も、青葉城西も、......宮城で、一番強い白鳥沢だって、これからどんどん、強くなる......」
「......だろうな。烏野が必死に練習しまくってる時間、どこの高校も同じように必死に練習しまくってる訳だ。その分相手も上手くなるし、強くなる」
「............」
私の言葉に同意されて、否が応でも顔が曇っていく。烏野が強くなる為に沢山練習してるのは充分過ぎる程知ってるし、あんなに頑張ってて本当に偉いなと思う。心から凄いと思うし、心底尊敬してる。昨日学校から見送ったヒナちゃんと影山君だって、ひたむきにただ前だけを見ていて、キラキラしていて格好良かった。
────だけど。あんなに頑張ってたのに、青葉城西に負けた。本当に一瞬。本当に、一瞬の差でだ。
それだけでも泣く程悔しいのに、烏野に勝った青葉城西は白鳥沢に負けてしまった。勝てば勝つほど強いチームと当たって、その上には更に強いチームが居る。それでも、たった一つの宮城県代表の王座に着く為に、その先の更に上へ進む為に、どの高校も日夜練習に明け暮れているのだ。
「......どんなに練習したからと言って、絶対的な勝利がある訳じゃない。スポーツは特にその日の調子やメンタル、体調なんかがモロに出るからな......あとは会場の空気とか、体育館の設備とかにも結構影響受けたりもする。天井の高さとか、広さとか、照明設備の眩しさとかさ」
「............」
────それを、「割に合わない」と思ってしまうのは......私が子供過ぎるからなのだろうか。
毎日毎日、沢山練習して。数え切れない程の時間を、バレーに費やして......それで、自分の100%を出し切って、ここぞとばかりに挑んだ勝負に、もし、......もし、また、......勝てな、かったら......。
「............怖く......ないの、かな......」
「............」
「............キトさ、来週の土曜の午後とかって空いてる?」
「え?」
青葉城西戦でのあの一瞬がどうしても頭に焼き付いて、相変わらずの弱虫が顔を出してしまえば......滝さんから、急に予定を聞かれた。いきなり変わった話題に目を丸くしつつも、頭の中でバイトのスケジュールを確認する。
「......えーと......あ、そうですね、午後は空いてます、けど......」
「午前はバイト?ここ?」
「いえ、嶋田マートです」
「そっか。何時終わり?」
「14時までです」
「ヨシ、丁度いい。嶋田にも言っとくわ」
「え、な、何が?」
滝さんからの質問に首を傾げながらも答えていると、滝さんはニヤリと楽しそうに笑いパチンと指を鳴らした。
「お兄さん達とバレーしようぜ!」
「え?............えぇ??」
寄越された言葉に一度きょとんと目を丸くして、その後思わず首を傾げた。お兄さん達と、バレーしようぜ?ど、どうしてそんな話になるんだ?
「い、いきなり何です?ていうか、今そんな話してましたっけ?」
「してただろ」
「......してた、かなぁ......?」
「要は、選手の気持ちが分からないって話だ。それなら単純、一度コートの中に入って“選手の目線”になってみりゃあいい」
「......選手の、目線......?」
「キトはさ、今までずっと応援席からコートを見てる訳じゃん?それってつまり、視点がずっとコートの外からに固定されてるって事だ。視点が変われば当然見え方も変わってくるだろ?」
「............」
意気揚々と話す滝さんは、まるで予備校の先生のように今ある問題をよく揉んで解きほぐし、最適解への可能性を示してくれる。
......私が、割に合わないと、怖くないのかと思ってしまうのは......コートの中の、選手の目線でバレーボールを見た事が無いから。果たして本当にそうなのか疑問に思う所も正直あるけど......もしかしたら、一理あるのかもしれないと薄ら感じてしまうのは、おそらく滝さんの話し方がとても上手いからだろう。
「んじゃ、時間と場所と必要なもんはスマホに送ってやっから、土曜の午後は空けとけよ?」
「えッ、ちょ、ま、待ってください!そうは言っても、やるのは流石に無理ですって!」
ヨシ、話は纏まった!というように颯爽と立ち上がり、店の出口まで行こうとする滝さんを慌てて引き止める。私の発言に直ぐさま「あ?何で?」と今度は向こうが首を傾げてくるが、逆に聞きたい。どうして私がいきなり社会人に混じってバレーボールを出来るというのか。
「何でって......私、体育の授業でしかバレーやってないんですよ?そもそも運動だってそこまで出来ないし......しかも、大人に混ざってやるなんて、絶対無理です......」
「全然構わねぇよ。言ったろ、大学のサークルみたいなもんだって」
「大学のサークルが分かんないです!高校生なんで!み、見るだけなら、喜んで行きますが......」
「キト。人生の先輩として、ひとついいことを教えてやる」
「え?」
実際にバレーをしようというお誘いに完全に尻込みしてしまい、つい言い訳じみた言葉をごにょごにょと小さな声で吐き出せば、滝さんは私の話を遮るようにそんな事を言い、レジが置いてある机をトントンと指で突いた。
「────今日の、今、この瞬間。この先の人生の中で、今のお前が一番若いんだぜ?」
「!」
真っ直ぐと、射抜くように寄越された視線と指先、そして向けられた言葉の内容に堪らずぎくりとする。......今、この瞬間の私が、一番若い。そんな事、言われなくても分かってるけど......どこか、胸がザワついた。そんな私の反応を見て、滝さんは不敵ににやりと口角を上げる。
「......時間は待ってくれない。何かをしてもしなくても、少しずつ、一定のスピードで、時間は進む。まぁ、光陰矢の如しってやつだな。......で、人間の身体も同じだ。少しずつ、一定に、確実に育ち、そして、あっという間に衰える。当たり前だが、若さってのは取り戻せない。決して時間が戻らないようにな」
「............」
「......今、一番若い時に“無理だ”、“出来ない”って言ってりゃ、きっと一生出来ねぇだろうなぁ......。俺は一度くらい、お前とバレーしときたいなって思うけど」
「............」
「......コートの中の景色ってのも、また別格なんだよなぁ......ボールの感触とか、臨場感とか、空気感とかさ。それ知ってる方が、断然烏野のバレー、面白く観れると思うぞ?」
「............!」
......時間は、あっという間に過ぎて、若さは、あっという間に終わる。それを華の女子高生に寄越すのは少し野暮じゃないかと思う気持ちもあるけど......でも。
......知りたく、なってしまった。「割に合わない」とか、「怖くないの?」とか、私がコートの外から思ってることが......コートの中に入れば、本当に変わってしまうのか。少しでも......ほんの少しでも、西谷君や田中君、ヒナちゃんや影山君のような揺るがない向上心に、触れることができるのか。
────私も、いつか見つかるだろうか。
脇目も振らず、全力で追いかける程の、圧倒的な何かに。
「........................やり、ます......バレーボール、やってみたい、です......」
ほんのりと溶けた黄色いレモンの輪切りを見ながら、“降参です。”と言わんばかりにひどく情けない声でそう言うと、滝さんは可笑しそうにふきだした。
「......さっすがキト。お前ならそう言ってくれるって信じてた!」
瞬間最大風速、現在進行中!
(風に吹かれた風車のごとく、口車に乗せられた。)