Crows to you
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デフォルト:広瀬季都【ひろせ きと】烏野高校二年三組の帰宅部。嶋田マートをメインにヘルプ要員で色んなバイトをしている為、商店街に顔が広い。
最近の悩み:「バイト入れ過ぎて“友達居ないの?”ってよく聞かれるけど沢山居ますから!!」
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潔子さんからの恐縮過ぎるお誘いをお断りしてから数日後。今度は同じクラスの西谷君から「すまねぇが、広瀬にしか頼めねぇんだ!」と男前に頭を下げられ、あるお願い事を寄越された。なんだなんだとこちらに集まるクラスメイトからの視線に焦りながらも、まぁ確かにその内容は“物理的に”私にしか出来ないことだなと思い、眉を下げつつも承諾したことはまだ記憶に新しい。
つい先日、潔子さんにはマネージャーにならずとも烏野男バレを全力で裏方サポートしていきたいと伝えた手前、烏野の守護神である彼からのお願い事は極力頼まれてあげようと思ったのだ。
......例えそれが、少しだけ難易度が高い暴挙であったとしても。
「............」
時は二時間目、教科は現文。かの有名な著名人の代表作を読み進めながら、その時代の風習や文化、当時の人々や作者の思想等を少しずつ読み解いていく中......私の前の席に座る、ワックスで綺麗にセットされた頭がコクリコクリと船を漕ぎ始めた。
授業の邪魔にならないように気を配りながらそろそろと腕を前に延ばし、シャーペンの後ろでその背中を何度かつついてみるが特に反応が無い。背中をポンポンと叩いてみるも、西谷君の睡魔は一向に離れそうになかった。
相手の様子にため息を吐きながら、上履きのつま先をトントンと軽く床に打ち付け準備運動をする。......いくら本人からお願いされているとはいえ、これからやる行為は少し緊張するし、正直に言えば出来る限りやりたくないことだ。
だけど、西谷君から「どうしても」とお願いされて了承してしまった訳だし、コレが烏野男バレの未来を左右するとまで言われてしまえば、裏方サポーターである私はそれに付き従うしか術は無かった。
────ガンッ!!!
「おわぁッ!?」
心の中で“せぇーの”とタイミングを計り、右足で思い切り西谷君の椅子の脚を蹴る。勿論、私の足が痛くならないくらいの力ではあるが、教室には鈍い衝撃音と西谷君の驚いた声が響いた。
これにより円滑に進んでいた授業が一旦止まり、教科担当の先生含むクラスメイトの視線が西谷君に集まる。
「どうしたぁ?西谷」
「あ、すんません!先生、眠気覚ましどっか読むとこないすか!」
「眠気覚ましかぁ......随分と元気よく正面衝突されたもんだ......」
バッチリ目が覚めた西谷君と現文の先生のやり取りに、どっと笑いが起こる。それが治まると「じゃあ、42ページ2段落目から暫く読んでくれ」と指示されて、西谷君はハキハキと、しかし時折漢字を読み間違えたりしながらも懸命に音読していく。
その声を聞きながら、コレを期末テストまで続けていくのかと思うと自然ともうひとつため息がもれた。
......西谷君からお願いされたこと。それは授業中に彼が居眠りをしていたら後ろから叩き起してくれという、何とも乱暴な依頼だった。先日、元々勉強があまり好きでは無い彼からいきなりそんなことを言われ、もしかして熱でもあるのではないかと本気で心配してしまった私を前に、西谷君はその理由を苦い顔をしながら話してくれた。
これから迎える夏休みの初旬、東京の音駒高校で行われる合同合宿に烏野も参加することになったそうだ。しかし、その前にある期末テストで赤点を取れば当然補講が入り、その期間というのが丁度東京の合同合宿の期間と少し被ってしまうらしい。だから今回の期末テストは絶対に赤点を回避しないといけないのだと熱く語る西谷君に「いや、本来赤点って学生であれば全員回避しないといけないものだよ?」と正論を返せば、それは見事にスルーされてしまった。そんな若干の一悶着はあったものの、西谷君は後ろの席である私に己を殴っても蹴ってもいいから何としてでも叩き起してくれとお願いしてきたのだった。
そんなことがあり今し方、船を漕いでる西谷君の椅子を蹴って叩き起した訳だが、当の本人は苦戦しながらも何とか指示された文章を読み終わり、ふんすと鼻で息を吐いてからくるりと私の方へ顔を向けた。
「サンキュー広瀬!この調子でヨロシク!」
「うん、もう寝ないって言ってほしい......」
コソコソと声を潜めて、夏の太陽みたいに笑う西谷君に対し、眉を下げながら遠回しにもう蹴りたくないことを告げるも、「あー、寝るつもりはねぇんだけど、勝手に瞼が落ちてくんだよなぁ」と心底難しそうな様子で返されてしまった。まぁ、部活であれだけガンガン動けば授業中に眠くなるのも仕方無いのかなぁと思い直していると、先生から前を向きなさいと指摘され、西谷君はさっと私の方から黒板へ視線を戻す。
その背中を見ながら、烏野の守護神である西谷君が無事に東京の合同合宿に参加出来るようサポートしようという気持ちが八割湧き、あとの二割はどうにかして授業中寝ない癖を付けてもらおうとひたすらに策を練るのだった。
▷▶︎▷
私の努力も空しく、西谷君が居眠りしそうになる度に後ろの席から何とか叩き起す日々が続き、それに加えて授業の合間やお昼休み等も彼と一緒に試験勉強する時間が自然と増えていった。
とは言え、恥ずかしながら私もそこまで抜群に頭が良い訳では無いので......特に私の苦手科目である数学と世界史は二人してウタちゃんに、時には進学クラスである4組の縁下君や成田君に、時には教科担当の先生に教えて貰いに行った。そこから徐々に1組の田中君が参戦し、2組の木下君が参戦し、あれよあれよと4組の2人やウタちゃんも付き合ってくれて、ここ暫くお昼休みは男バレ二年生ズとウタちゃんと私で過ごしている。西谷君と田中君は、この期末試験の結果で夏休みの合同合宿に行けるか否かが掛かっているからきっと相当な死活問題なんだろうけど、私としてはこうやって皆で試験勉強するのが青春ぽくてちょっと楽しかった。それに、自分一人で勉強しているとわからない問題に当たった時にどうしても放り投げてしまいがちになるけど、この環境では直ぐに誰かに聞くことが出来るので正直とても助かっている。流石進学クラスと言うべきか、縁下君も成田君もとても分かりやすく教えてくれるし、ちゃんと解けると褒めてくれるからどんどんやる気も出てくる。最初こそ西谷君の為にと始めたことだったけど、気付けばすっかり私も彼らのお零れに預かってしまっていて、何だか申し訳ないなと思う気持ちと凄く有り難いなと思う気持ちでいっぱいになりつつ、今日も今日とて3組での勉強会を開催するのだった。
「広瀬さん」
ちょっと甘いものが飲みたくなり、紙パックの自販機まで足を運び「ぐんぐんヨーグル」を手に取ったところで背中から声を掛けられた。既に聞き馴染んだその声に相手を予想しながら振り返ると、サラサラとした黒髪に優しげな垂れ目が印象的な4組の縁下君と視線が重なる。
「あれ、縁下君も買いに来たの?言ってくれればお届けしたのに」
「いや、悪いからいいよ。それに、水筒持ってないことさっき気付いてさ。流石に水無しの昼飯はキツいと思って」
「え、水筒無いの?部活大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。部活では清水先輩がドリンク作ってくれてるから」
「あ、なるほど。失礼しました」
縁下君の話に、マネージャーってそういうこともしてるのかと思いながら、そういえば先日、新たにマネージャーとして一年生が一人仮入部したと潔子さんから連絡を受けたことを思い出した。西谷君と田中君からは「ちっちゃい」「可愛い」「一年女子」「小動物っぽい」「喋り方と動き方が面白い」等と断片的な情報を貰っているが、実際にまだその一年生を見たことがなかった。完全に興味本位で縁下君にもその一年生マネージャーのことを聞くと、彼は紙パックの緑茶を片手に少し眉を下げて笑う。
「1年5組の谷地さんっていう子で、バレーボールも初心者みたい。俺はまだあんまり喋れてないけど、真面目そうな感じの子だよ」
「へぇ~。谷地さん、本入部してくれるといいなぁ。そしたら来年もマネージャー居るもんね」
「そうだね......でも、こればっかりは本人の心次第だから、俺らが押し付けたら駄目だよね......」
「あー......まぁ、そうだよねぇ......」
縁下君からの“真面目そう”という情報にすっかり嬉しくなってしまい、是非とも烏野男バレの新たな一員となってほしいなぁとつい自分目線で考えてしまった。落ち着いた声音でそれを指摘された気がして、確かに彼女の意思が一番大事だし、この案件をお断りした私が言えた義理では無かったなと内心で反省する。こういう考え無しな所が、本当に私の良くない所だ。
「......広瀬さんは、随分親身になってくれるよね」
「え?」
勉強だけじゃなく、自分自身の課題も何とかしていかなきゃなぁと感じていた矢先、縁下君から寄越された言葉に思わず目を丸くした。きょとんとする私を見て、彼はまた眉を下げて笑う。
「......休日なのに、試合観に来てくれて、ギャラリー席に一人でも応援してくれて、......泣いて、くれて。......本当に、ありがたいことだなって思ってる」
「え、えッ......いや、そ、そんな大したことしてないよ?っていうか、私が好きで観に行ってるだけだから!」
「............」
突然降ってきた話題におたおたと慌てながらもそんな言葉を返せば、縁下君の顔には何処と無く薄い雲が張ったように見えた。何か変なことを言ってしまったかなと心がぎくりとして、つい聞かれてもないことまでぽろぽろと零れ落としてしまう。
「わ、私、その......恥ずかしながら、そこまで何かに夢中になったことって今まで一度も無くてさ......烏野のバレー見てると、格好良いなぁとか、凄いなぁとか思うんだけど、......ちょっとだけ、羨ましいなぁって思うんだよね」
「......羨ましい?」
「うん。......脇目も振らず、ただひたすらにボールを、一瞬を、勝利を追い続けるあの感じ......不純物の無い、正真正銘の本気、みたいな......そこまで何かに心の底から打ち込めるのが、打ち込めるものがあるのが、羨ましい」
「............」
「......あっ、でも、それ相応の大変さがあるってこともわかってて!本気でやるから、負けると死ぬ程辛いし、しんどいし、悔しいし......あと、男バレが毎日毎日練習してて、私がバイトとか遊びに行ってる時間もずっとバレーしてるからこその洗練された強さというか、生半可な気持ちじゃ辿り着けない境地だろうなとは常々思ってまして......」
「............」
インハイ予選の烏野の試合を見させてもらった時から今日まで、自分の中でずっと考えていたことをすっかり口にしてしまうと、隣を歩いていた縁下君はその足をピタリと止めた。釣られて私も止まってしまえば、少しだけ重たい沈黙が降ってくる。......これ、完璧に何か変なこと言っちゃった感じだな......。
「......ごめん、なさい。何か、私、変なこと」
「俺、ずっとひたむきに部活やってた訳じゃないんだ」
「え?」
黙ってしまった縁下君を見ていよいよ自分の無神経さが浮き彫りになり、軽い頭を下げたところで私の謝罪を遮るようにそんなことを告げられた。そのタイミングと内容にたまらず眉を下げてしまえば、縁下君はふらりと視線を他所へ滑らせて話を続ける。
「......去年、一時的に烏養監督が復帰して、練習内容やそのキツさがまるで変わってさ」
「............」
「今までは“それなりに楽しくやってた部活”だったのが、途端に“勝つ為の部活”になった。......心身的な負荷がキツくて、もう何か凄く嫌になって......俺は烏野バレー部から逃げた」
「............!」
「......だから、その、俺は他の人とはちょっと違うというか......さっき言ってたみたいに、広瀬さんが憧れるような、羨ましいと思えるような奴じゃないんだってことを、伝えときたくて......」
「............」
静かな声で、少しずつ明かされた縁下君の懺悔のような話を聞き、胸がぎゅっと潰されそうになる。......この感覚は、憶えがあった。
『────酸欠になった頭で思ったよ。“ボールよ早く落ちろ。願わくは、相手のコートに”』
頭の中でリフレインした声にハッとする。
......この話は確か、青城戦を見ている時に烏野男バレのOBである滝さんが言っていたものだ。コートという戦地に立った人だけが知る生々しいその感情に、言葉が、胸が、息が詰まったことを鮮明に思い出した。
「......苦しくて、逃げるのは......ヒトの、生存本能だから......」
「......うん。なんか、ごめんね。こんな話しちゃって。無駄に気も遣わせて、」
「だけど、死ぬ程苦しいのを知ってて、それでも尚そこに戻るのは、......絶対、誰にでも出来ることじゃないと思うよ」
「!」
何処か自分を責めるような、男バレに負い目を感じているような縁下君に、何とかして「貴方も凄い」ということを伝えたいのに、最適な言葉が見つからないのが酷くもどかしい。
でも、本当にそう思うのだ。練習がキツくて逃げたなんて、帰宅部の私からすると当たり前のことだと思うし、いくら好きなものだからといって気力体力の限界まで打ち込める方がずっと少数派だと思う。苦しいのも、キツいのも、辛いのも、痛いのも、私は嫌だし避けられるのであれば全部避けたい。楽な方に行きたいし、そうやって生きたいと思う。
......だけど、縁下君は違う。逃げたことを後悔して、反省して、バレーをやる為に再び苦しい場所まで戻ってきたのだ。誰に言われるでもなく、自分の意思で。
「......だから、その、上手く言えないけど......“苦しくて逃げた自分”を認めてるなら、“歯を食いしばって戻って来た自分”も同じくらい認めてあげていいんじゃないかなぁ......!」
「!!」
「だって、逃げるより戻る方が絶対しんどいじゃん......!」
よく戻ったよ。偉いよ。私だったら心底情けないけど絶対無理だよ。正直縁下君も十分“変人”だよ。
胸がぎゅっとなりながら喋れば随分と感情が言葉に乗っかってしまい、つい熱く語ってしまう私に縁下君は暫くぽかんとした後、ほんのりと可笑しそうにふきだした。
「ははっ......“変人”は、ちょっと嫌だなぁ......」
縁の下の力持ち
(貴方も確かに、強くて素敵な人なんだよ。)