Crows to you
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デフォルト:広瀬季都【ひろせ きと】烏野高校二年三組の帰宅部。嶋田マートをメインにヘルプ要員で色んなバイトをしている為、商店街に顔が広い。
最近の悩み:「バイト入れ過ぎて“友達居ないの?”ってよく聞かれるけど沢山居ますから!!」
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【突然ごめんね。今日の放課後、少し会えるかな?】
「ぅん゙ッ!?」
本日最後の授業が終わり、帰りのホームルームを行うこのクラスの担任の先生の話が終わるのを今か今かと待っていると、スカートのポケットにしまっていたスマホが軽く振動した。
何だろうなと思いながら着信内容を確認すると、全く予想してない人からのメールに驚いて喉からおかしな声が出る。
うわ、変な声出しちゃったと咄嗟に口を押さえたものの、席が近い友達にはバッチリ聞こえていたようで、私の前の席に座る西谷君がきょとんと目を丸くしてこちらに振り向いた。
「何だよ今の声。どうした?」
「あ、いや、その......」
何事かと聞いてくる西谷君に少しの羞恥心を覚えつつ、無意味にスマホの角を人差し指で何度もなぞりながら、ぽそりと告げる。
「......き、潔子さんから、メールが来た......」
「な゙ッ、な、何だとぉッ!?ちょ、おい、見せろ見せろ!」
戸惑いを隠せず西谷君に報告すると、予想通り彼も大きく狼狽えてからガタガタと私の方に近付いた。
流石にホームルーム中なので先生から「おいそこ、喋るのは後にしなさい」と怒られてしまい、慌ててスマホをしまうと西谷君も「あ、すんませーん」と軽い謝罪をしながらササッと前を向く。
そのままホームルームが終了するのをそわそわと待ち、「はい、じゃあ本日もお疲れ様でした。期末近いんだから勉強ちゃんとしろよー」という終わりの挨拶と共にそれぞれが一斉に動き出した。
いの一番に潔子さんからのメールを見せてくれと催促してくる西谷君にスマホの画面を見せると、西谷君はその大きな目をきらきらと輝かせた。
「はぁぁ......!メールすら美しい......!」
「うんうん、あの美声での再生余裕だよね!」
「なんか、いい匂いする気がする......」
「うん。それは、気のせいだね?」
私のスマホに釘付けになりながらうっとりと話す西谷君にこちらもつい興奮気味に返しながら、戻ってきたスマホの画面を見て少し頭を悩ませる。
「これって、普通に返していいのかな......?というか、私に用事ってなんだろう......?」
「つーか広瀬、いつの間に潔子さんと連絡先交換してたんだ?羨ましい......」
「うん。この前のインハイ予選の会場で、教えて貰っちゃった。西谷君は交換してないの?」
「してねぇ。何回か教えてくださいって頼んだけど、俺も龍も“いいえ。”って返された......」
「“いいえ”w」
悔しそうにギリギリと歯ぎしりする西谷君には申し訳ないが、潔子さんの切り返しの仕方が面白くて思わずふきだしてしまった。その光景、失礼だけどすごく目に浮かんでしまう。
くすくすと笑っていれば西谷君からジトッとした目を向けられ、唇を尖らせながら「早く返事してやれよ」と少し拗ねたように言われた。
その姿が機嫌の損ねた猫のように見えてうっかり可愛いなと思いながらも、それを口にすれば常に漢らしさを求める彼の意に反するだろうと考えて、私の胸の内に留めるだけにする。
西谷君に見守られながら潔子さんに了承のメッセージを送ると、向こうもホームルームが終わったのか直ぐに返信が来た。
何度かやり取りをした後、私が潔子さんの居る教室へ向かうことになり、「それなら俺も着いてく!」と意気揚々と提案した西谷君だったが、それを伝えた途端潔子さんが【いいえ。】と返して来たので西谷君はその場にガクリと倒れ込んでしまう。
目に見えて落ち込む西谷君に「あ、いや、ほら、その、女子には女子の話があるから!」等と我ながらよく分からないフォローをしてしまったものの、それを聞いた西谷君は「そうか、なるほどな......」と頷きながらすっくと立ち上がった。
「女子同士の話なら、男は入れねぇな。気が回らなくてすまねぇ」
「え、あ、いえ......」
「うっし、じゃあ俺部活行くわ!広瀬、また明日な!潔子さんにヨロシク!」
「あ、うん......また明日ね」
何が効いたのかはよく分からなかったけど、とりあえず西谷くんは驚異の回復力でいつも通りの元気を取り戻し、そのまま太陽みたいな笑顔を私に寄越してからさっさと教室を後にしてしまった。
「............」
西谷君が去っていった教室のドアを見ながら、分かってたけど西谷君は潔子さんのことが好きなんだなぁと改めて思い知ってしまい、ほんの少しだけ胸の奥がチクリと痛んだ気がした。
その痛みを誤魔化すようにひとつため息を吐いてから、潔子さんの待つ三年二組の教室へ足を向けるのだった。
▷▶︎▷
三年生のフロアを緊張しながら恐る恐る歩いていると、三年二組の教室の廊下に目当ての人物が立っているのが見えた。
スカートから覗く黒タイツの足は細くて長く、制服を着ていてもわかる抜群のスタイル。その上に小さな頭とサラサラの黒髪ストレート、目鼻立ちが整った端正な顔、つり目がちな目元に掛かるノンフレームの眼鏡と口元のホクロがセクシーな先輩......清水潔子さんの美しさにたまらず見惚れてしまえば、相手はゆるりとその視線をこちらへ滑らせた。
「あ、季都ちゃん。ごめんね、急に呼び出したりして」
「あッ、あ、全然です!遅くなってすみません!」
視線が重なった途端、ふわりと花が咲いたように笑ってくれる潔子さんに同性ながらもドキッとしてしまい、顔を赤くしながら早足でそちらへ向かう。
距離が近付いたことにまた勝手にドキドキしながら「西谷君、とても残念がってました」と一先ず会話を繋げると、相手は小さく苦笑して眼鏡を掛け直した。
「西谷には悪いけど......この話は、季都ちゃんだけにしたくて」
「え?」
「......この前のインハイ予選、応援に来てくれてありがとう。私も、みんなも、凄く嬉しかった」
「え、あ、そんな!全然、あの、私は本当に、何も......」
廊下の窓際に並んで立ち、私より背の高い潔子さんを見上げながらわたわたと両手を振る。
だけど、この前のインハイ予選は本当にただ見ているだけだったので、そんなお礼を言われるようなことはしていないのだ。
「......青葉城西に負けて、悔しかった。......ギャラリーで泣いてる季都ちゃん見て、本当に、あぁ、勝ちたかったなって......笑わせてあげたかったなって、思ったよ」
「あ、えと......なんか、つい、のめり込んじゃったというか......いや、本当、ここまでどハマりするとは思わなくて、勝手にあんな、子供みたいに泣いちゃって、すみません......」
「ううん、謝らないで。......季都ちゃん見て、色々と考えたんだけど......」
「?」
おまけに応援席でボロ泣きして、西谷君達にもすっかり心配させてしまったというのにマネージャーの潔子さんにも気に掛けて貰っていたなんて、何だかひどく申し訳ない気持ちになった。
後先考えずに感情任せに動くのは控えろと先日友達のウタちゃんから釘を刺されたことを思い出し、密かに反省を繰り返していれば潔子さんの声が少し堅いものになった気がして、思わず首を傾げてしまう。
「季都ちゃん、うちのマネージャーになりませんか?」
「え?」
ひとつ息を吸ってから、凛とした声音で告げられた言葉に反射的に聞き返してしまった。
別に聞き取れなかった訳じゃないけど、内容が頭に入ってこなかったのだ。
反応の鈍い冴えない私を前にして、潔子さんは呆れることなくしっかりとした声音で言葉を続けてくれる。
「......青城との試合見て、季都ちゃん感じたと思うけど、烏野はこれからもっと強くならないといけない」
「............」
「その為には、私の仕事もちゃんと引き継いでいかなくちゃって思ったの。......私達三年は、次の大会が終われば居なくなるから」
「!」
潔子さんの言葉に、今度ばかりはハッとする。
インハイ予選の結果で引退する三年生も居ると、伊達工の二口君が話していたことを思い出した。烏野は次の春高まで三年生は残ると西谷君は言ってたけど......それでも、三年生のリミットが短いことは変わらない。
「だから、季都ちゃん。どうかな」
「............」
眼鏡の奥の瞳が、力強く私を見る。
漆黒の美しいその瞳の奥に、あの日と同様、きらきらと輝く焔がはっきりと見えた。
......その焔を、共に宿したい。烏野男バレの力になり、支え、彼らの一番近くで応援し、サポートする。マネージャーになるということは、自分も彼らの一員となって一緒に勝利を掴みに行くということだ。
やり甲斐はあるだろうし、具体的に男バレの力になれればそれこそサポーター冥利に尽きるというやつだ。
それはとても素敵で、魅力的で、彼らの一員に自分もなれたらきっと最高の景色を見られるのではとも思う。
────だけど。
「......ありがとう、ございます......」
「............」
「......お声掛けして頂いて、嬉しいです。......でも、ごめんなさい。私には、出来ません」
「............」
潔子さんに向けて、深く頭を下げる。
その状態のまま、潔子さんの誘いを断る理由を述べた。
「......私、嶋田マートと坂ノ下のバイトがあるので。先に決めたのが、そっちだから......だから、男バレのマネージャーは出来ません」
「......うん」
「......お力に添えず、本当にごめんなさい」
「............」
私の言葉に、潔子さんはひとつ小さく頷いた。
だけど、私は男バレに入る訳にはどうしてもいかないのだ。両親ヘのローンを返すということもあるけど、先にやると決めたバイトの方に穴を空ける訳にはいかない。
男バレに入れば、こんな自由にシフトを入れるのは絶対無理だし、私がバイトに行かなくなれば誰かしらがその穴を埋めることになる。私一人の問題では無いのだ。
感情任せではなく総合的に考えると、これは断らなければならない案件だった。
「......ふふ、やっぱり振られちゃった」
「えッ」
男バレの力になりたい気持ちはあるも、今の生活をどうしても捨てられないことに胸が苦しくなっていれば、潔子さんは突然小さく笑い出し、たまらず目を丸くしてしまった。
きょとんとした顔を向ける私を見て、相手はその綺麗な顔を優しく微笑ませる。
「多分、季都ちゃんは駄目だろうなって思ってた。実はね、武田先生にも相談してて、季都ちゃんは責任感強いから、先に取り決めたバイトを無責任に投げ打ったりできないだろうって言われてたの」
「............」
「......でも、ごめんね。私が、どうしても季都ちゃんを誘いたくて。......でも、これでようやく諦めが付いた」
「......うぅ......すみません......」
「ううん、これでいいの。それに、季都ちゃんが坂ノ下で働いてくれてるから烏養さんは安心して体育館に来られるし、嶋田マートでも季都ちゃんが山口の特訓の時間作ってくれてることも知ってるから」
「えッ!?な、なんでそんなことまで!」
「......マネージャーの情報収集力ってね、案外バカに出来ないんだよ?」
「......ひぇ......」
潔子さんの言葉にすっかり驚いていると、最後にそんなことを伝えられて咄嗟に情けない声が漏れた。
これは下手なコトが出来ないぞと気を引き締めるのと同時に、そういえばまだ男バレを知り始めて間もない頃、嶋田さんからの男バレ情報を西谷君に話して大層驚かれた時のことを思い出した。きっとあの時の西谷君は私と同じ気持ちだったに違いない。
これは確かに凄くヒヤヒヤするなと今更ながら共感していれば、潔子さんは携帯の時計を見て鞄を肩に掛け直した。
「ごめんね、時間取らせて。きっと今日もバイトでしょう?」
「あ、全然大丈夫です!坂ノ下、直ぐそこなんで......あ、でもなる早で烏養さんと店番交代しますから!」
「............」
優しい潔子さんに時間は問題無いことを告げてから、慌てて無駄にのんびりはしないことを補足すると、潔子さんはその綺麗な目をきょとんと丸くした。
美人はびっくりしても美しさは変わらないんだなと密かに感心していると、「季都ちゃん」と名前を呼ばれて慌てて意識をこちらに戻す。
「いつも、本当にありがとう。これからも、どうかよろしくお願いします」
「............」
潔子さんからの真っ直ぐな言葉に、たまらず言葉が引っ込んでしまう。
ありがとう、なんて、むしろこっちの台詞だ。
私はただ、烏野男バレを外から見ている部外者に過ぎない。
......でも、それがわかってても潔子さんからのこの言葉は、胸がぎゅっと詰まる程嬉しかった。
「っ、こちらこそ、いつも本当にありがとうございます!烏野男バレ、私の生涯掛けて応援していきます!」
「!」
「......あと、どの口がって話なんですけど......潔子さんの想いを受け取ってちゃんと引き継いでくれる子、烏野にきっと居ますよ」
「............」
「だって男バレ、めちゃくちゃ素敵ですもん。男バレの魅力を知れば、誰だって応援したくなります。私がいい例です」
潔子さんに御礼を伝えて、そして烏野のマネージャーになってくれる人がきっと居るだろうことを伝える。
私は、その席に座ることが出来ないけど......でも、きっと、潔子さんの大切な想いを継いでくれる素敵な人が、きっと現れるはずだ。
何の確証も無いものの、なぜだか無性にそう思えて仕方が無かった。
「......うん、ありがとう。頑張る。......そんな子に出逢えたら、季都ちゃんにも紹介するね」
私の言葉に、潔子さんは綺麗に笑って頷いてくれるのだった。
あの子を探して三千里
(潔子さんから“出逢えたよ”と連絡が来るのは、そう遠くない未来の話。)