Crows to you
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デフォルト:広瀬季都【ひろせ きと】烏野高校二年三組の帰宅部。嶋田マートをメインにヘルプ要員で色んなバイトをしている為、商店街に顔が広い。
最近の悩み:「バイト入れ過ぎて“友達居ないの?”ってよく聞かれるけど沢山居ますから!!」
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ウォーミングアップ終了のホイッスルが鳴り、ついにインターハイ予選の決勝が始まる。
両校の選手がコートのエンドラインに沿って並び、向かい合う。
つい数分まで様々な音で溢れていた体育館が、一瞬にして静かになるこの瞬間は、何度経験してもどこか緊張した。
「────お願いしァス!!!」
ホイッスルと共に両者が一礼した途端、周りに音が溢れ出す。
試合開始のルーティンみたいなものなんだろうけど......この瞬間特有の空気が、凄く好きだ。
「.............」
いよいよ始まる決勝戦に、ごくりと唾を飲む。
青葉城西の強さは、昨日身に染みる程痛感した。
だけど、先程のウォーミングアップで見た、白鳥沢学園の牛島さんのあの重いスパイクを思い出す。
今日までに、手強い相手を倒してきた猛者が集まる決勝なんだから当たり前だろうけど......これは本当に、どちらが勝つかわからない。
「......広瀬、どっち応援すんの?」
「え?」
両校の応援団の声が響き渡る中、選手達は一度ベンチへ入り、少ししてからリベロを抜かしたスタメンがコートに入るのを眺めていると、ふいに隣りの二口君がそんなことを聞いてきた。
思わずきょとんと目を丸くすれば、二口君は前の手摺に肘をついた格好でゆるりとこちらへ視線を寄越す。
「やっぱ青城?」
「.......んんん......?あんまり、どっちを応援、とか......考えてなかった......」
二口君の言葉に、少し考える。
まぁ、どうせなら烏野を敗った青城に勝ってほしいという気持ちも無くは無いけど......でも、烏野に勝った青城を素直に応援できるのかと自分に問えば、正直まだちょっと悔しさが抜け切れてない。
だけど、それで白鳥沢を応援するのは流石に気が引けるというか......それに、多少なりとも青城の及川さんや岩泉さんとはお話ししたことがあるし。
「......え、でも、応援した方がいいんですか、ね......?」
「いや、知らねぇよ」
「......だって二口君、やっぱ青城?とか聞くから......というか、二口君は青城応援してるの?」
「は?んな訳ねぇだろ」
「じゃあ、白鳥沢?」
「余計ねぇわ」
「......えぇー......?なら、なんでどっち応援してるとか聞いたの......」
「......別に、あんたがどっちか肩入れしてたら、逆の方応援してやろうと思っただけ」
「......えぇー......」
二口君の歯に衣着せぬ言い方に、たまらず眉を下げて今度はこちらから聞くと、彼はそう言ってコートの方へ視線を移してしまった。
......もしかしてこの人、実は私のこと嫌ってるとかそんなんじゃないよね?大丈夫だよね?
一抹の不安を抱えながらも、私もコートへ目を向ければ、丁度青城の攻撃が決まるところだった。
わっと盛り上がる青城の応援を聞きながら、ちゃんと見ないと勿体無いじゃんと内心で自分を叱る。
この試合は、宮城で1番バレーボールが強い高校を決める試合だ。
そのチームが、一体どんなバレーをするのか...どうすれば、烏野が1番になれるのかを考えたくて見に来たのに、良いプレーを見逃すなんて言語道断である。
「.......あっ......」
今の青城はどういう攻撃をしたのかなと考えながら青城のコートを見ていれば、先程得点したことにより、今度は青城にサーブ権が移る。
ローテーションが回り、サーブポジションに着いたのは......青城のキャプテンである及川さんだった。
昨日の烏野は、及川さんの驚異的なサーブによって散々な目に遭わされた。
途端に苦い記憶が蘇り、たまらず小さく声を漏らしてしまうと、隣りの二口君にちらりと視線を寄越されたが、私の目は及川さんを映し続けた。
「.............っ、」
ホイッスルの後、及川さんはゆっくりと助走をつけ、その綺麗な容姿からは考えられない程重く鋭いサーブを打ち放つ。
まさに渾身の一撃といったその攻撃に白鳥沢の4番はレシーブの体勢を取ったが、ボールの勢いは止まらずそのまま白鳥沢のコート外へ弾かれてしまった。
相変わらずの威力にたまらずぎくりとしていると、青城のブレイクに応援席はどわっと盛り上がる。
及川さんの殺人サーブは、いつ見ても本当に寿命が縮まってしまうのではと思うほど強烈だ。
......白鳥沢は、あの地獄のような豪速球をどうやって止めるつもりなんだろう。
「.............」
及川さんの二回目のサーブも、非情な程重く、鋭く敵陣へ打ち込まれた。
白鳥沢のリベロが拾ったものの、あまりの威力に体勢が崩れ、レシーブは乱れる。
「っ、乱れた......!」
「......相変わらず、すげぇ威力......」
咄嗟に前のめりになる私の横で、二口君は乾いた笑いをもらす。
伊達の鉄壁といえど、やはり及川さんのあの強烈なサーブは嫌なものなんだなと思いながら、不安定に上がったボールの行く末をじっと見つめた。
レシーブが乱れたから、セッターがフォローに回るか、もしくはセッター以外の人がトスを上げることになる。
ウォーミングアップの時にトスを上げていた人がおそらくセッターだから、白鳥沢のセッターは、確か......
記憶を辿るのが間に合わず、私が答えを出す前に色素の薄いキャラメル色の、切り揃えられた前髪が印象的な10番が乱れたボールの下へ素早く回り込んだ。
あ、そうだ、この人だ。彼の姿を見て、白鳥沢のセッターがこの10番だったことを思い出すと同時に、キャラメル色の彼は、......ふわりと、高いトスを上げた。
「え、オープン?」
レシーブが乱れたとは言え、ここでオープン攻撃を選択することにひどく混乱する。
高くトスを上げることで、確かに余裕は生まれるかもしれないけど......でも、それじゃあ青葉城西の待ち構えたブロックにまんまと掛かりにいくようなものだ。
速い攻撃と違い、攻撃する選手や手段があからさまなそれを、どうして今、青城がブレイクして盛り上がってる時に選択するのか。
.......そんな疑問は、3秒後にはすっかり消え去っていた。
「────」
白鳥沢の1番......牛島さんの存在が、全ての答えだ。
コートの床が抉り取られてしまうのではと不安になるほどの重低音を轟かせ、牛島さんのスパイクはそれこそ大砲か何かのように青城のコートへ着弾した。
緻密に計算されたブロックも、それに付随してシステム化されたレシーブも、恐ろしい程の火力を持つ大砲には、全く関係ないのだ。
......違う。今まで見てきたバレーとは、全然違う。
緻密に練られた戦略よりも、とんでもない火力で全てを焼き払ってしまう。まさにそんなバレーをするのが、きっと白鳥沢だ。
「.............」
初めて見る白鳥沢のバレーボールに、頭の中が真っ白になる。
......ただの、力勝負じゃ、ダメだ。ブロックも、レシーブも、絶対に敵わない。
及川さんのサーブを、西谷君と澤村先輩で辛うじて拾っていたけど、牛島さんはサーブよりももっと近距離のスパイクだ。威力は桁違いのはず。
それをブロックをするにしても、烏野で背丈が一番高いのは......東峰先輩かツキシマ君で、だけど、ワンタッチがあったにしてもあの威力はちょっとやそっとじゃ弱められないだろう。
烏野より平均身長の高い青城も、ブロックには苦戦しているように見えるし......せめて、何か、ブロックで......ん?ブロック......?
「っ、そうだ!伊達の鉄壁!」
「は?何、うるせぇんだけど」
「ンン゛ッ......ご、ごめんなさい......」
そういえば、今隣りにブロックが得意な選手が居ることに気が付き、咄嗟に声が出るとびっくりするほど冷たい視線を寄越された。
まずい、さっきも声がでかいと怒られたなと内心で反省してから、声を潜めて二口君へ話し掛ける。
「......ふ、二口君だったら、白鳥沢のヤバいスパイク、どう止めますか......?」
「.......あんた、馬鹿なの?バレー部じゃないにしても、烏野のヤツにコッチの情報みすみす渡すワケねぇーーーだろ」
「ん゛ッ......そっスね......ごめんなさい......」
私の質問に、二口君はハッと鼻で笑いながらその綺麗な顔を極端に歪ませる。
私としてはただ単純に、ブロックの上手い伊達工の二口君が、白鳥沢の牛島さんの攻撃を防ぐにはどんな風に考えるのかなと気になっただけだったのだが......でも、二口君の言葉は最もだ。
伊達工が烏野に敗れたのはついこの間の話である。今の質問は完全に私の判断ミスだし、無神経だった。
「.............」
「.............」
「.......つーか、広瀬だったらどうすんの?」
「え?」
直ぐに自分の落ち度に気が付き、ひとつのことが気になると突っ走ってしまう悪癖がまた出てしまったことにひどく反省していれば、今度は二口君から質問を投げられた。
「......あんただったらアレ、どうやって止める?」
「.............」
「......ヒトに聞いといて、自分は何も考えてませんでした~は、まさかナイよな?」
「.............」
片手で頬杖をついた格好で、二口君はにっこりと笑う。
人懐っこい笑顔に見えるのに、なぜだかひどい強迫観念に駆られ、ぎくりとしながらもぐるぐると思考を回した。
「.......力勝負じゃ、勝てないから......デディゲートシフトにして、牛島さんを三枚ブロックで徹底的にマークする......」
「......でも、そしたら他のスパイカーはがら空きだぜ?ウシワカ以外のスパイカーもかなり強敵だけど?」
「......んんん......じゃあ、あえてブロック無しで全員レシーブ万全に構えるとか......?」
「あの何十馬力のクソ重いスパイクをディグで?はっ、腕が先に死ぬだろ、俺なら絶対ヤダね」
「うぅ......でも、ブロックするならやっぱり三枚は必要でしょ?常にしっかり揃えるなら、やっぱり他のスパイカーは多少見捨てても仕方ないんじゃ......って、思うけど......でも、青城は、器用に全体を守ってるね......それって、個人の守備力のトータルが高いから......?」
「.............」
二口君と話しながらも、試合展開の早いバレーボールはどんどん進んでいく。
白鳥沢の攻撃を青城のリベロが上げて、今度は青城の攻撃が始まる。
......そういえば、烏野は守備がまだ甘いと滝さんと嶋田さんが話してた。
レシーブに特化したリベロの西谷君と、安定してボールを上げる澤村先輩。この二人が守備の要で、......そういえば、烏野のブロックってどうなんだろう?
青城みたいに平均的な高さがある訳でもなく、伊達工みたいな素早さや力強さがある訳でもない。
そう考えると、ドシャットを決めるというより、ワンタッチを狙ってレシーブで拾うことが多いのかな......?
白鳥沢のあのスパイクをドシャットするのはとても骨が折れそうだし、守備力がもう少し欲しい烏野が白鳥沢と戦うのであれば、その戦法が有力...?
「.......ウシワカのスパイク見て、何か気付くことないか?」
「え?」
青城と白鳥沢の試合を見ながら、並行して烏野のことを考えていると、ふいに二口君が牛島さんのことを聞いてきた。
どういうことだろうと思いつつ、牛島さんの動きを暫く目で追うも、とにかく凄まじい力だということ以外わからない。
「.............?」
「......アイツのモーション、ちょっと真似てみ」
「え、真似?......って......」
答えの出ない私に、今度はそんな難題が寄越される。
バレーボールは体育の授業でしかやったことのない私が、全国の高校バレーの3大エースと呼ばれる牛島さんのスパイクモーションなんて真似できるはずがない。
それでも、コートに居る牛島さんのスパイクを見ながら、身体の向きも一緒にして腕を動かし......ここでやっと、そのことに気が付いた。
「あっ......左!左だ!」
牛島さんの動きを真似して、彼が左手でスパイクを打っていることを口にすると、二口君は小さく息を吐く。
「......左のスパイクは、まずその時点で止めづらいんだよ。普段の右から来るのとタイミングや位置が微妙にズレるからな......けど、咄嗟に動けばどうしたって“普段の感覚”に引っ張られるし、逐一動きの修正が入れば、おそらく全体がぎこちなくなる」
「な、なるほど......」
「そのうえ、あの馬鹿力がボールに乗る訳だろ?右利きのスパイカーとはボールの回転も逆だろうから、ブロックどころかレシーブ上げるのも一苦労だろうな」
「......それ、って......野球で言うとカーブとかフォークとかスライダーみたいに、回転が違うと空気抵抗とかで変化球みたいになるってこと?」
「......何、野球も見んの?」
「お父さんがテレビで見てるの、眺めてるだけだけど......あ、もしかしてあれか、回転が違うと、レシーブ受ける腕の角度とかも修正が必要?」
「.............」
「.......そうなると、そっか......白鳥沢には左利きの牛島さんと、右利きの他の選手がいる訳だから、余計守りにくくなるのか......今は右、次は左ってランダムに攻撃されれば、そりゃあ相手のブロックもレシーブも混乱するよね......」
「.......そうだな」
左利きという武器の強さを考えれば考える程深みにハマるというか、相手選手に居ると本当に厄介な存在だということを今日でしっかりと認識した。
「......とにかく、青城がどうやって白鳥沢の攻撃を防いでいるのかをしっかり見て......あ、でも、白鳥沢が青城にどんな有効攻撃してるかもちゃんと見ないとだな......」
二口君の話と、眼下のアリーナで繰り広げられる青城と白鳥沢の試合の視覚情報を織り交ぜて、一人くるくると考える。
バレーボール初心者の私には、コートの中の溢れんばかりの情報を全て掬い取ることは出来ないけど、それでも、できるだけ拾えるものは拾いたい。
元々バイトで頭を使うことが好きだったけど......バレーボールで頭を使うのも、結構好きなんだと気が付いた。
「......あ!ツーアタック!......あ~もう、及川さん、本当に上手いなぁ!」
「.............」
「.......色々、思うところはあるけど......この試合もやっぱり面白いね......!なんかもう、やんなっちゃうな......!」
「.............」
及川さんの鮮やかなツーアタックに、眉を下げつつもたまらず笑いが零れた。
昨日負けた悔しい気持ちは確かにあるのに、素直に賞賛してしまう自分が恨めしい。
白鳥沢だって恐ろしいチームであるはずなのに、屈強で強烈なプレーにはつい魅入ってしまう。
どうにもちょろい自分に腹が立つ気もするけど......でも、今日この決勝を見に来て良かったなと心から実感するのだった。
悔しくて、格好良くて、面白い
(......それは、わかる。痛いくらいに。)