Crows to you
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デフォルト:広瀬季都【ひろせ きと】烏野高校二年三組の帰宅部。嶋田マートをメインにヘルプ要員で色んなバイトをしている為、商店街に顔が広い。
最近の悩み:「バイト入れ過ぎて“友達居ないの?”ってよく聞かれるけど沢山居ますから!!」
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結局あのまま伊達工の6番、二口さんと一緒に女子の決勝戦を観た。
見事勝利をおさめたのは優勢だった新山女子高校で、二口さんによるとここ近年ずっと宮城県代表はこのチームらしい。
女子チームは新山女子、男子チームは白鳥沢学園。今現在、この2校がぶっちぎりで首位を独占しているんだとか。
白鳥沢学園の方はまだ全く見たことがないので何もコメント出来ないが、今見た新山女子高校は本当に凄かった。
女子といえど、男子に負けないくらいの迫力やスピードがあったし、それぞれの戦略やテクニックが本当に見事で、知っている選手は居ないもののすっかり夢中になって観戦してしまった。
わからないところや気になったところを二口さんに尋ねれば、存外丁寧にプレーの解説をしてくれる。
ただ、2回に1回くらいは余計な一言を寄越してくるので、腹が立ちつつもこの人はもうそういう星の人なんだろうと何とか飲み込んだ。
そんなこんなで女子の試合が終了した後、コート整備や諸々の準備時間を挟んで、今度は男子の試合が始まる。
「......あれ......?ネット、上げてる......?」
自販機で買ったサイダーを飲みながら、準備中のアリーナを何となく眺めていれば、この大会の運営であろう人達がネットの高さを調整している様子が見えて、思わず目を丸くした。
私の発言に、隣りに居る二口さんは怪訝そうな顔を向ける。
「......当たり前だろ。女子は2.20メートル、男子は2.40メートルって基準があんだよ」
「え、そうなんですか?......えッ!そんなに高いの!?」
二口さんから具体的な数字を聞いて、たまらずぎょっとした。
え、バレーボールのあのネットって、そんなに高かったっけ!?
「待って待って......二口さん、身長何センチ?」
「......184」
「うわ、たっか......でも、じゃあネットはプラス60センチくらいだから......」
「......大体こんくらいだな」
「.......ウソでしょ......たっ、か......」
「.............」
二口さんの背の高さにも驚いたけど、彼が少し背伸びして片手を上にあげ、おおよそのネットの高さを教えてくれたので、予想以上のそれに思ったことがそのままぽろりと口に出た。
「......ちなみに、春高はプロと一緒の高さだぜ。男は2.43メートル、女は2.24メートル」
「ここから更に高くなるの!?」
二口さんの上げられた片腕を見ながら呆然としてしまう私に、二口さんは新たな情報を寄越してくる。
やばい、バレーボール。プレー環境からもう超人レベルじゃん。
「......ちょっと待って、え、女子は?えーと、2.20メートルだっけ?ちょっとやって......」
「......こんくらいじゃねぇの?」
「.......いや、たっか......」
「.............」
先程の女子の決勝戦を見て、大体自分と同じ年代の女の子達が自由自在にバレーをしていたその環境を二口さんに表してもらい、男子より幾分か低くなったものの相変わらず見上げないといけない高さにあるそれを眺めて、たまらずため息が出た。
え、何?この高さをジャンプして普通に超すの?え、何それ、無理じゃない?
「つーか、体育の授業でバレーやんだろ?そん時実感できんじゃねぇの?」
「......そ、う、だけど......でも、バレーに興味持ったの本当に最近だから、体育でやってた時は差ほど気にしてなかったというか......あんまり、記憶に無くて......」
「ふーん」
「.......この高さを挟んでスパイクしたり、ブロックしたりしてる、ん、ですよね......?......えー......待って......意味わかんなくなってきた......」
「.............」
今更ながらバレーボールのネットの高さに完全に混乱してしまい、目が回りそうになりながら再びアリーナのネットを見る。
高さの調節が終わったそれは、今まで何気無く見ていたものよりずっと高く感じた。
「......上から見るのと、目の前で見るのって、やっぱ違う......って、そんなの当たり前か......」
「.......そうだな」
「......いや......でも、本当......凄い......」
「.............」
ネットを眺めながら、逆に何で今まで気付かなかったんだろうと思ってしまう。
烏野の、あの背の高い東峰先輩やツキシマ君...いや、同い年の田中君の坊主頭を優に超える高さだ。
......ちょっと待って。じゃあ、ヒナちゃんって一体どれだけ跳んでるの?多分私と5センチくらいしか変わんないと思うから......え、どういうこと?
あと、伊達工の鉄壁。二口さんとよく並んでた、あの7番さん。ネットがあんなに高いのに、それより上からくるスパイクをブロックしてたということは、それより高く跳んでるってこと?それとも、ピンポイントで狙って腕を伸ばしてる?
「......あの、二口さん。伊達工の」
「“さん”要らねぇよ。なんかいずいし、呼び捨てでいい」
「え」
ネットの高さからくるくると回り始めた思考に我慢できず、二口さんに聞こうとすれば言葉によるキルブロックを食らった。
私の話は一旦弾かれ、少し目を丸くしたものの言われた言葉を遅れて飲み込み、慌てて返事をする。
「......で、でも、あの、他校の選手だし......」
「いや、そういうのマジ要らねぇから。つーか同い年だろ」
「.......じゃあ、二口君......?」
「......呼び捨てでいいっつってんデスガ?」
「......や、ごめん。敬称略呼び苦手で......君付けで、呼ばせてクダサイ......」
「.............」
二口さん改め、二口君の言葉に少し眉を下げながらも返答すると、彼は眼鏡の奥の瞳をじっくりと向け、口を閉じた。
言葉の片鱗にイラッとすることがある彼だが、如何せん、その顔は大層整ってらっしゃるので、じっと見つめられると正直居心地が悪い。
え、どうしよう、怒った?と不安になりながらおずおずと見返せば......なぜかこのタイミングで下の名前を聞かれ、首を傾げながらも素直に答えると何とも興味の無さそうな様子で「ふーん」と適当な相槌を打たれた。
え、ヒトに名前聞いといて、それは失礼じゃない?
「......で、何?」
「え?」
「さっき、何か言いかけてたろ?」
「......あ、あー......え、と......」
しかも、挙句の果てに話を変えられた。
え、なんでフルネーム聞いたの?なに?もしやSNSで何かしようとしてる?ウソでしょ、私そんな不快にさせるようなこと言った?
何とも言いようのない不安にたまらず戸惑ってしまうも、早くしろよと言うような二口君の強過ぎる視線にすっかりひよってしまい、結局ワケを聞けないままバレーボールの話を続けてしまうのだった。
二口君と伊達工や烏野のバレーの話をしていれば、コートの整備が終わったのか決勝を戦う両チームがぞくぞくとアリーナに入ってきた。
爽やかな白とミントグリーンが特徴的な青葉城西を見て、昨日負けたことが自然と思い浮かび、心がちくりと痛む。
......昨日勝っていれば、あの場に居るのは烏野だったのに。
たった2点。最後のたった2点を先に獲られただけで、青葉城西は今日もコートに立っていて、負けた烏野の姿はこの体育館の何処にも無い。
でも、烏野だって強かった。烏野だって、今日ここで試合していたかもしれなかった。
「.......っ......」
自陣のコートで軽やかにウォームアップを始める青葉城西の面々を見て、胸の奥からふつふつと悔しさが溢れる。
青葉城西が強いのは、わかってる。昨日の試合を見て、もう十分過ぎる程実感した。
だけど、いくら相手が強いからと言って、負けて悔しいと思わない人なんて絶対居ないと想う。
そりゃあ、力の差があり過ぎた勝負だったとしたら「これはもう仕方ない」と開き直ったり諦めたりするだろうけど......でも、心のどこかで多少なりとも「負けて悔しい」という感情は絶対にあるはずだ。
ソレをどんなに上手く誤魔化したとしても......きっと誰でも、等しく、絶対に。
「.......見るならコッチにしろよ」
「ぅあッ?」
たまらず顔を顰めたまま青葉城西を眺めていれば、隣りに居る二口君にこめかみ辺りを軽く小突かれた。
鬱々としたことを考えていたせいか反応が少し遅れて、間抜けな声をもらしつつも“コッチ”と示された方......青葉城西とは反対のコートへ視線を向ける。
ぱっと目に入ったのは綺麗な紫色で、そういえば紫は高貴な色だったなとぼんやりと思った。
......なんだっけ?確か、聖徳太子の冠位十二階の制度で位が高いのが、紫色と定められたからとかだっけ?
そんな、今絶対に関係無いことを考えてしまった、矢先。
紫色を基調としたユニフォームを纏った、背番号1番の選手がスパイクモーションに入った。
伊達工の7番......二口君から教えてもらったが、実は同い年の青根さんのようなしっかりとした身体付きのその人は、その重量を感じさせない程に軽やかに、そして、高く跳んだ。
「────」
瞬間、目を見張った。
......何だ、アレ。一部始終をしっかり見ていたはずなのに、脳が一気に混乱状態に陥る。
本当に同じ高校生かと疑う程、強靭な肉体を惜しみなく使い、全ての力をその一球に注ぐような、とてつもなく重いスパイクだった。
音が、全然違う。東峰先輩のスパイクとか、青城の及川さんのサーブとか、今までも何度かそう感じたことはあったけど......今の音は、全くの桁違いだ。
「.............」
「.......アレが、現在ぶっ続けで首位独占中の白鳥沢だ。で、今の1番が主将でエースのウシワカ......牛島......サン」
「.............」
たった一発のスパイクで、すっかり気圧されてしまった弱虫の私に、二口君はひそりと紫色の彼ら...白鳥沢学園の話を寄越してくれる。
「ちなみにウシワカ......牛島サン、は、今の高校バレーの三大スパイカーだって言われてる」
「.......それ、って......全国の、高校でって、こと......?」
「......そ」
「.............」
二口君の話を聞いて、ゆっくりと血の気が引いていく。
視線の先はいまだに白鳥沢学園の1番......牛島さんで、見れば見る程その身体は成人男性そのもののようで、さっき見た大砲のようなスパイクが頭の中で何度もリフレインした。
「.......なん、で......宮城......」
「.............」
咄嗟に思ったのが、どうしてそんな選手がよりにもよって宮城に居るのかということだった。
烏野は強い。だけど、青葉城西も強くて、......伊達工にだって、次も勝てるかどうかなんて全く分からない。
なのに、上には上がいる。今の高校バレーの三大スパイカーの一人が、よりにもよって宮城に居るなんて。
あの人を、あのチームを倒さなければ、烏野は全国大会には絶対にいけない。
烏野のバレーを、もっと見ていたいのに、ずっと応援したいのに......どうして、次から次へとみんな邪魔するの。
「.......なんだそれ。つまんねーの」
「え......?」
全国クラスの選手が居るチームになんて、一体どうすればいいのかわからず眉を下げていれば......ふいに頭の上からため息が落ちてきた。
言われた言葉の意味がわからず、反射的に二口君へ顔を向けると、彼はどこか冷めた目で私を見た後についと視線を外す。
「......さっきの、全部口だけかよ」
「.............!」
続けられた言葉に、遅れてハッとする。
......そうだ、私、さっき二口君にここに来た理由を聞かれて、何て返した?
宮城で一番強い高校のバレーを見たかったのと...どうすれば、烏野が一番になれるのかを考える為だと話したはずだ。
それなのに、試合も始まってない......両チームのバレーボールすら見てないくせに、何を弱気になってるの。
どうして宮城に全国クラスの選手が居るのかとか、そんなの考えたって仕方がない。居るもんは居るし、都合良く消えてなんてくれないから...だったら、その人を倒す方法をどうにかして考えて、捻り出すべきだ。
たった一発のスパイクで、ビビってる場合じゃない。
そう思ったと同時に、頭の中で守護神の力強い声が響いた。
「.......“野郎共、ビビるな”......」
「は?」
「.......“前のめりで、行くぜ”......」
「.............」
記憶の中の彼の声を、ゆっくりと口にする。
隣りに居る二口君は怪訝そうな顔を向けたが、守護神の言葉はまるで落ち着く魔法のようにじっくりと心に浸透し、波立つ気持ちを少しずつ穏やかにしてくれた。
「.......西谷君、......烏野のリベロが、言ってました。昨日、もうダメかもって時に、.......大きな声でそう言って、笑ってました」
「.............」
「......口だけじゃ、ないです。白鳥沢も、青葉城西も、伊達工も強いけど......烏野だって、強いから」
「.............」
白鳥沢を見て、青葉城西を見て、......最後に、伊達工の二口君を見る。
烏野を応援する人が、応援しか出来ない私が、選手がよりも先に最初から諦めてしまうのは、絶対に違う。
「.......この次......宮城で一番になるのは、烏野です」
「.......あんたさァ、バレー部でもないのに随分と大口叩くじゃん」
「ん゛ッ.......それは、その......そうなん、ですけど......」
二口君を真っ直ぐ見て烏野の勝利宣言を告げた私に、伊達の鉄壁は確実に痛いところ突いてくる。
言葉によるドシャットも得意とか、伊達工の強さは本当にダテじゃない。
「試合中のウシワカも、白鳥沢のプレーもまだ見てねぇのにさァ......まぁ、言うだけならカンタンなんだよなァ......プレーすんの俺達選手だしなァ......」
「.......ぐぬぬ......ッ」
わざとらしく大きなため息を吐いて、やれやれだぜと言わんばかりに軽く頭を振る二口君の言葉は、部外者である私の心をしっかりと抉ってきた。
しかしながら、それにはもうどう答えていいのかわからない為、......だけど謝ることもしたくなかったので、何とか言い返せないかと高速で頭を回していれば、ふいに相手が小さくふきだした。
「.......でも、“前のめり”ってのは悪くねぇ」
「!」
頭の上から聞こえた言葉に、俯かせていた顔を思わず上げると、先程までの冷めた瞳はどこかに行ってしまったようで......二口君は満足そうにその目元をゆるませ、最後に「ま、やれるもんならやってみろって話だけど?」と意地悪そうに笑った。
鉄壁と弱虫
(どんなに高い壁でも、虫はゆっくり登ってくんですよ)