Crows to you
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デフォルト:広瀬季都【ひろせ きと】烏野高校二年三組の帰宅部。嶋田マートをメインにヘルプ要員で色んなバイトをしている為、商店街に顔が広い。
最近の悩み:「バイト入れ過ぎて“友達居ないの?”ってよく聞かれるけど沢山居ますから!!」
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6月4日月曜日。インターハイ宮城県予選の最終日に、3回戦で敗退した烏野男子バレー部の二年生5人は、昼休みに田中のクラスである二年一組に集まっていた。
「大地さんは、春高に行くって言った」
昼食をとった後、自分の席に座る田中が真剣な面持ちで告げる。
全日本バレーボール高等学校選手権大会、通称春の高校バレーと呼ばれるそれに烏野男バレ主将である三年生、澤村大地が以前そう話していたことを田中はしっかりと覚えていた。
「春高......1次予選は8月だっけか......」
田中の言葉に、成田が思い出すように会話を繋ぐ。
昨日のインターハイ予選で青葉城西に敗れてしまった烏野は、今年のインターハイには出場出来ない。
次の全国規模の大会が春高で予選は8月から始まり、宮城県代表となれば来年の1月、東京の体育館で全国のチームと戦うことになる。
「俺達でもう一回行くって言った」
確認するように、田中がもう一度言う。
不安なのだ。田中だけでなく、西谷も、縁下も、成田も木下も。
大学受験を控える三年生が、本当にこれまでと同じように部活を続けてくれるのか。
特に男バレは毎日のように練習があり、帰宅時間も夜遅くなることが圧倒的に多い。
平日のみならず、土日祝日も部活に多くの時間を割くことで、三年生達の進路に、......彼らの将来に、本当に影響は出ないのか。
「......敗戦に浸ってる余裕、無えよ」
だけどこればかりは、現在二年生の彼らがどうにかできる問題ではない。
それならば、せめて自分達ができることをしっかり全うするべきだと主張する田中に、他の4人は厳かに頷いた。
「.......そういえば、西谷。.......広瀬さん、今日どうだった?」
「!」
少し間を置いて、おずおずと縁下が西谷に尋ねた。
クラスメイトである女子生徒の名前を出され、西谷はピクリと僅かに反応する。
「昨日は......その、......すごく、泣いてたから......」
「.............」
言いづらそうに言葉を続ける縁下だけでなく、他の4人もどこか気まずそうな様子を見せた。
......烏野男バレのOBの2人と一緒に昨日の試合を見に来ていた彼女は、烏野が敗れたその時に、応援席でひどく泣いていた。
普段元気の良い彼女からは想像がつかない程、ぽろぽろと涙を零すその様は見ているこちらが辛くなるくらい衝撃的で、二年の彼らの目に未だ焼き付いたままだ。
......あんな風に泣かせるつもりなんて、全くなかったのに。
「.......広瀬のヤツ、今日来てねぇんだ」
「えッ!?」
彼女の泣き顔を思い出し、どこか胸が焦げるような痛みが走ったものの、それを飲み込みながら事実を口にする西谷に、4人はぎょっとした顔を向ける。
「だ、大丈夫なのか?か、風邪とか?」
「......それとも、やっぱり昨日のことが原因......?」
「......んー......正直、よくわかんねぇんだけど......広瀬と仲良い歌津に聞いたら、スマホ見せられてさ」
「スマホ?」
「────“頭が悪いので今日休むね”って、広瀬から送られてた」
「.............??」
「いや......俺が言える立場じゃねぇけど、頭悪いんなら学校来いよ......?」
西谷からの情報に、今度は全員が首を傾げる。
最後の田中の発言が妙に的を射ていて、木下が思わずと言った感じでふきだした。
それを見て、縁下も苦笑しつつ会話を繋ぐ。
「......あー......もしかしてあれか、頭が痛いと体調が悪いを混ぜちゃった感じか?」
「おぉ、なるほど!それ有り得るな!」
「......まぁ、それでもちょっと笑っちゃうけど......w」
「奇跡的な打ち間違いだよな......w」
縁下の予想に西谷が感心したような明るい声を出し、木下と成田は可笑しそうに軽く笑った。
頭が悪いから学校を休むなんて、真相はさておき随分と面白い文句を寄越したものだ。
「で、まぁ、歌津が言うには別に心配しなくて大丈夫らしいぞ。前にも何度かこうやって休むことあったからって。明日は普通に学校来るだろうし、何ならいつも以上に元気だって話してた」
「へぇ......歌津と広瀬は付き合い長いのか?」
「おう、中学一緒らしいぜ」
「ほーん」
二年三組のその2人とは、女子とのコミュニケーションが下手くそな田中もよく喋る仲の為、新たな情報に納得しつつ軽く相槌を打つと......同じ三組の西谷が、スっと表情を落とした。
「.......でも、もう二度と広瀬をあんなに泣かせたくねぇ」
「.............」
真剣な西谷の言葉に、全員が一様に口を閉じる。
......新体制烏野の初戦だった常波戦、二回戦目のリベンジマッチだった伊達工戦、烏野の勝利をまるで自分のことのように喜び、心底嬉しそうにはしゃいでくれた彼女の笑顔が思い出されて、二年の5人それぞれの胸に焔が灯った。
「.......青城にも、白鳥沢にも、絶対負けねぇ。全部勝って、春高行くぞ」
▷▶︎▷
昨日の烏野の敗戦から一夜明けて、今日は月曜日。
平日だから学校があって、本来は授業を受けないといけないんだけど......私の足は昨日居た場所、仙台市体育館に向かっていた。
朝起きて、学校の支度をしながら......どうしても、気になってしまったのだ。
宮城県で一番強い高校のバレーチームが、今日決まる。
それが、どうしても見てみたくなった。
宮城県で一番強いチームはどんなバレーをするのか、一番を決める試合はどんな展開になるのか、一度気になると気持ちがどんどん膨らんでしまい...悩んだ末、インターハイ予選の決勝を見に行くことに決めた。
元々好奇心旺盛な方で、ハマったものには一直線になる傾向がある。
勿論、授業や勉強を放ってしまうのは良くないことだとは十分理解しているので、帰宅したら自主勉をガッツリやるつもりだ。
勉強は取り返せる。でも、バレーの試合は今日しかない。
今日しか見られないソレを、どうしても今見たい。
仙台駅のトイレで烏野の制服から黒のシフォンブラウスとキャメルの細身のパンツに着替え、リュックの中に制服をしまう。
靴もローファーから少しヒールのあるパンプスに履き替えて、化粧もしっかり施す。目指すは女子大生風メイクだ。
髪の毛は朝に少しだけ巻いてきたから、これ以上崩れないようにヘアスプレーで固め、念には念をということで時計と指輪、イヤリングを付けて少しでも大人っぽく仮装する。
ミニバッグを取り出し、定期とお財布、スマホ等貴重品と必要最低限のものだけ入れて、制服やらローファーやら教科書やらが入ってるリュックとトートバッグを駅のロッカーに預けてから仙台市体育館へ向かった。
私、大学生です。と言わんばかりの態度で堂々と体育館に入れば、声を掛けてくる大人は誰も居なかった。
これで補導なんてされたら一溜りもない為、内心ドキドキしながらも精一杯虚勢を張って観客席へ続く階段を上がる。
2階からアリーナを覗くと、この時間はどうやら女子の決勝戦を行ってるようだった。
座席の後ろの方が少し空いているものの、どちらの応援席に入るのも失礼にあたるだろうと思い、少し遠いけどアリーナ横から一望できる立ち見の場所に腰を落ち着ける。
ここに来るまでにコンビニで買ったサイダーをひと口飲み、女子の決勝戦を観戦することにした。
試合はどうやら3セット目で、新山女子という高校が優勢なようだ。
「.............!」
女子と言えど、今見ている試合は宮城県の代表決定戦だ。
一目見て、両校のバレーに惹き込まれた。
力強いサーブに、しなやかなレシーブ。正確なトスにピタリと合わせるスパイクは強烈で、その奥底には相手の裏をかこうと静かに探り合う心理戦が頻繁に飛び交う。
......ああ、バレーはやっぱり面白いな。
最近はずっと烏野OBの滝さんと嶋田さんに解説してもらいながらバレーを見ていたから、今こうやって一人で見ても少しずつプレーのカタチみたいなものがわかるようになってきた。
今のはパイプ、バックアタック。次のはフェイント......あ、リベロすごい!拾った!
「.......そういえば、青城のリベロも凄かったな...」
リベロのスーパーレシーブを見て、ふと昨日の試合を思い出す。
最終局面、東峰先輩の強烈なスパイクを見事に拾ってみせた。
あの勢いだったら絶対にブロックアウトだと思ったのに、青城の守護神はとんでもない反射神経でボールを繋いだのだ。
それに、スーパーレシーブだけじゃない。セッターである及川さんがファーストタッチをした時は、リベロがラインぎりぎりで踏み切って、空中でトスを上げていた。
あれなら実質セッターが二人居るようなものだし、及川さんはスパイクも強烈だから、攻撃できる人数はセッターの及川さんを入れて五人になる。
守備、攻撃準備、攻撃と手段や回数がシビアに制限されるバレーボールにおいて、攻撃できる幅が増えることはきっとかなりの強みになるに違いない。
「......西谷君も青城みたいにトスを上げて、影山君も攻撃手段として頭数を増やす......?......いや、でもそれなら菅原先輩入れてツーセッターの方が安定するのか......?ああでも、そうなると守備力が......及川さんのサーブはヤバいし......西谷君と澤村先輩の二人でぎりぎりって感じだったもんな......」
「......青城相手なら、リベロは下げねぇ方がいいだろ。及川サンもヤバいけど、他のメンツも目立ってないだけで結構キレッキレのサーブ打つから、守備力下げたら多分サーブで崩壊すんぞ」
「ですよねぇ......じゃあ、やっぱり西谷君がラインぎりっぎりで踏み切るトスを上げられるようになるのがベス、ト......え?」
部外者の私が考えても仕方がないとはわかりつつ、それでもつい青城に勝つためにはどうすればいいのかを考えてしまうと......さり気なく私の思考に介入してくる誰かが居て、遅れてびっくりしてしまった。
目を丸くして隣りに顔を向けると、背の高い茶髪の男の人が黒眼鏡越しにこちらを見ていた。
「......あんたさ、アレでしょ?俺らの試合で、烏野の応援席に一人で居たヒト」
「......え、え?」
「.............」
知らない人から話し掛けられたことと、私が烏野の応援席に居たと言い当てられたことにすっかり動揺してしまい、おたおたと慌てながら相手の顔を見るも、混乱した思考回路ではなかなかその人にピンとこない。
サラサラとした明るい茶髪に、あくなく整った小さい顔。
すらりと背が高く、足も長い。だけど、細身というよりはスポーツ選手のような、しっかりとした身体付きだ。
足の長さを強調するような黒のジーンズに藍色の半袖シャツを合わせたその人は、黒い腕時計を付けた左手で若干面白くなさそうに頭の後ろを掻いた。
「......あっそ。リベンジマッチでも負かした野郎共には一切興味ないですか、そーですか」
「え、あ、......あッ!?もしかして、伊達工!?の、6番......!」
「声がデケェ」
「痛ッ!?」
呆れたように言われた“リベンジマッチ”という単語に、やっと合点がいった。
私服だし、眼鏡掛けてるし、そもそも接点なんてほとんど無かったから全然ピンとこなかったけど、伊達工の6番だと気が付けば確かに記憶の人物と一致する。
ひらめきのあまり咄嗟に大きめの声が出てしまうと、頭になかなかの手刀打ちをお見舞いされた。結構痛い。
ほぼ初対面の人になんでチョップを喰らわなければならないんだと痛む頭をおさえながら目を白黒させていると、相手はざまぁみろと言わんばかりに軽く鼻で笑った。あ、絶対この人性格悪い。
「......つーか、あんた烏野の応援じゃねぇの?烏野昨日負けたのに、なんで今日も居んの?」
「......その言葉、熨斗つけてそのままお返ししますケド......」
「あ゛?......なに?ウチにも勝てねぇ弱クソが喋んなって?」
「そッ、んなこと誰も言ってないじゃないですか!煽るのやめてください!」
何だかトゲのある聞き方をされたので少しムッとしながら言い返すと、更にトゲトゲしい言葉を返されてたまらず非難の声をあげる。
一体何なんだと眉をひそめて相手を見てしまえば、彼は暫く黙って私を見た後、軽くため息を吐いて視線を他所へ逸らした。
「.............」
「.............」
「.............」
「.......宮城で、一番強い高校のバレーを見てみたくて、来ました......」
「!」
急に黙ってしまった相手に何処と無く居心地の悪さを覚えて、そういえばなんでここに居るのかという質問に答えてなかったなと思い、自分がここに居る理由を一応口にする。
途端、少し驚いたような顔を見せる相手に「いや、あなたが聞いてきたんでしょ?」と返したい気持ちをぐっと飲み込み、言葉の先を続ける。
「......青城は、本当に......本当に、強くて......だけど、観客の誰かが青城よりも強いチームが居るって話してて......その話が、どうしても気になってしまって」
「.............」
「.......あとは、まぁ......完全に負け惜しみなんですが、烏野が一番になる為には、どうしたらいいのかとか、考えたくて......まぁ、たかが素人の浅知恵ですケド......」
「.......ふーん」
私の話に、相手は短い相槌を打つだけだった。
先程の質問はただ聞いてみただけでさほど興味無かったのか、それとも彼が期待した答えとはてんで違うものだったのかはわからないものの、結構頑張って話したものを「ふーん」の一言で片付けられてしまうのは些か面白くない。
学校を休んでまでバレーを見に来たのだから、宮城県代表決定戦は静かに、集中して見たいものだ。
そう考えて、少し面倒だけど観戦場所を変えようかと思っていれば、再び6番に話し掛けられた。
「.......俺、二口。二年。あんたは?」
「.............」
6番...二口さんからの簡単な自己紹介に、え、同い歳なのと一瞬動揺が走ったものの......少し悩んで、聞き逃げもよくないなと思い直し、この場から離れようとしていた足を一旦停止させる。
「.......広瀬です...烏野、二年...」
「は??マジかよ、タメ?え、学校は?なに、サボり?」
「ッ、うるさいな!ていうか、そっちだって同じでしょうが!」
私が素性を明かした途端、ズケズケと好き勝手なことを言ってくる二口さんに腹が立ち、たまらず強い口調で返してしまうのだった。
再会と言うには早過ぎる
(ブーメラン発言やめてください!)