Crows to you
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デフォルト:広瀬季都【ひろせ きと】烏野高校二年三組の帰宅部。嶋田マートをメインにヘルプ要員で色んなバイトをしている為、商店街に顔が広い。
最近の悩み:「バイト入れ過ぎて“友達居ないの?”ってよく聞かれるけど沢山居ますから!!」
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「ラストがドシャットか......チビ助にはダメージでかいだろな......」
「.............」
烏野31点、青葉城西33点。
勝敗を決める2点差がついたところで、勝者となった青城が歓喜の声をあげる。
審判のホイッスルが試合終了を告げる中、コートではヒナちゃんと影山君が力無く膝を着いていた。
.......烏野が、負けた。
最後、ヒナちゃんと影山君が繰り出した神業速攻を、青葉城西はまるで最初からわかってたかのように3枚ブロックを用意して、完全に制圧した。
なんでそんなことが出来たのかわからない。あまりにも展開が速過ぎて、私のお粗末な脳みそはすっかり置いてきぼりになっていた。
何も言葉が出ないまま、ただぼんやりとコートを眺めていれば、主将の澤村先輩が膝を着くヒナちゃんと影山君の肩を叩き、何かを少し話してからエンドラインに沿って整列させる。
烏野と青葉城西、両チームの選手が整列したことを確認してから審判は最後のホイッスルを鳴らし、両校が「ありがとうございました!」と頭を下げた。
「.............」
試合が終わったこと、烏野が負けたことは頭では理解してるものの、何だか思考にずっとモヤが掛かってるようで、ふわふわと実感がない。
それでも、嶋田さんと滝さんが拍手をしていて、私も二人にならいパチパチと両手の平を鳴らした。
何となしにベンチの方ヘ視線を寄越すと、烏野の烏養さんや武田先生、マネージャーの潔子さんと青葉城西の監督さん、コーチさんがお互いに深々と頭を下げている様子が見えた。
「整列!!」
「!」
現実に思考が追いつかず、未だぼんやりとした調子でいると、澤村先輩の鋭い声が聞こえ、思わずびくりと肩が跳ねる。
何事かと思って意識をこちらに戻せば、烏野の選手陣が応援席の直ぐ下にずらりと整列し、...全員、初めて見る表情を浮かべていて、ひどく驚いた。
遺憾、憤怒、悲哀、衝撃、呆然。そんな感情全部をぐちゃぐちゃに混ぜたような彼らの顔を見て、私の中のナニカがプツリと切れる。
「ありがとうございました!」
「したーっ」
「.............っ、」
澤村先輩の号令のもと、こちらに深々と頭を下げる烏野の選手に精一杯の拍手を贈ると共に、ああ、本当に負けちゃったんだと今初めて心が理解した。
烏野が負けた。このメンバーでのバレーを見るのは、今日が最後だ。
もう二度とない。どんなに願ったって、もう一生、このメンバーでのバレーは見られない。
「.......っ......!!」
心が理解した、途端。どうしようもない悲しさや悔しさ、そしてなぜかとても腹立たしい気持ちが出て来て、感情が一気に爆発した。
......烏野だって、強かった。もしもう一回やったら、今度こそ烏野が勝つかもしれない。
青葉城西が烏野より強いなんて、そんなの本当に僅かな差だ。むしろ両校の強さは拮抗してるくらいで、烏野にだって勝利を掴む可能性はいくらでもあった。
今、明るく笑ってる青葉城西がとても強くて、俯いている烏野が弱かった訳じゃない。
烏野だって強かった。烏野だって、きっと勝てた。烏野だって、
.......だけど。
「お疲れ!!」
「いい試合だった!」
「.............っ、」
嶋田さんと滝さんが労いの言葉を掛ける中、私は気の利いた言葉ひとつ掛けることが出来ず、ただぼろぼろと涙が零れた。
あまりにも勢いよく溢れてくるので途中から拍手が出来なくなり、情けなく両手でゴシゴシと目を擦る。
私も何か声を掛けないと。全力で頑張った烏野の選手に、せめて何か一言でも贈りたい。
そう思うのに、涙が邪魔して全然声が出なかった。
息を吸えば喉がしゃくりをあげて、少しでも喋ったらみっともない嗚咽がもれそうで、結局声を噛み殺しながらただ静かに泣くことしかできなかった。
「────.......負けた時にさ、“いい試合だったよ”って言われんのが嫌いだったよ」
必死に涙を止めようとして、ゴシゴシと目を擦る私の頭に、滝さんは大きな手を置き柔く撫でながらぽつりとそんな言葉を零す。
「“でも負けたじゃん”ってさ。......けど、いざ声を掛ける側になった時、それ以外に妥当な言葉ってわかんねぇもんだな」
「.............」
滝さんの言葉が、ずしりと心に重く響く。
結局、私は何の力にもなれないんだと再認識してしまった。
そりゃ、そうだ。そもそも部外者なんだし、彼らがピンチの時に助けることも出来ないし、凄いスパイクや凄いレシーブも出来なければ、ただただ試合の行く末を見守ることしか出来ない。
烏野が負けて、選手達が手酷く傷付いた時でさえ、何も言えず、何も出来ず、何の役にも立たなかった。
「.............」
ゴールデンウィークの最終日。
初めて烏野のバレーを見た時は、確かな熱量を感じたのに。
ひたすらにボールを追い掛けて、繋いで、飛んで、繋いで。
教室で西谷君達二年生と話した時も、階段でヒナちゃんと話した時も、......嶋田マートで、山口君と話した時も、彼らの力になってあげたいと、心からそう思ったのに。
「おっと、次のチーム入って来たな。じゃ、俺らもぼちぼち移動しますか」
「そうだな......おら、キト、そんな泣くと目ぇ溶けちまうぞ~」
「.............」
嶋田さんと滝さんの声に、どうやらもう次の試合の準備が始まっていることに気が付く。
ぐりぐりと頭を乱暴に撫でられ、ボサボサになった髪が気になりつつも、己の感情を私みたいに表に出さない大人の二人に、ヒトとしての器の違いを心底感じてしまった。
実際バレーボールをやっていて、烏野のOBでもある二人は、大人というのもあるけどやっぱり器が大きいと思う。
そんな二人と較べ、自分の子供っぽさや器の小ささを今一度強く認識し、なんだか余計に落ち込んでしまった。
そんな中、荷物を持って応援席を離れ、ひとまず出入り口の方まで移動する。
原付バイクのヘルメットを両手に抱え、しょんぼりと俯きながら二人の会話を聞いていると、嶋田さんに呼ばれてゆるりと顔を上げた。
「俺とたっつぁんは飯行って、次の青城戦見るけど......季都ちゃんはどうする?」
「.......今日はもう、帰ります......バイトも入れてないし......」
問われた内容にどうしようかと少し迷ったものの、ひどく泣いたせいか頭がぼんやりして、気分もすっかり落ちてしまっている為、今日はもう帰宅することにした。
今の調子で青葉城西の試合......及川さんのバレーを見てしまえば、心が今以上にベコベコにへこんでしまいそうだ。
私の返答に、嶋田さんは特に引き止めるとこはせず「そっか」と小さく相槌を打った。
「......季都ちゃんさ。今日の試合見て、どう思った?楽しかった?」
「.............」
穏やかな声音で寄越された言葉に、たまらず口を結ぶ。
楽しかったと思う瞬間は確かにあって、本気で心が震えたし、わくわくして、ゾクゾクして、ドキドキもした。
.......でも、負けた。楽しいか楽しくないかで聞かれれば、......やっぱり、楽しくはない。
胸の中にぐるぐるとどす黒いナニカが渦巻いているような感じがして、正直とても気分が悪い。
嶋田さんがどうしてそんなこと聞いてくるのかがわからず、軽く困惑すると共に再びじわりと涙の膜が張った。
「.......“勝負事で、本当に楽しむ為には強さが要る”」
「!」
思考がどんどん落ちていく中、ぽつりと零された嶋田さんの言葉にぴくりと耳が反応する。
どういうことだろうとおずおずと嶋田さんに顔を向ければ、黒縁眼鏡の奥の瞳が、穏やかにゆるんだ。
「......これ、昔烏養監督......あ、繋心のじいさんの方な?その人からよく言われてたんだけど......」
「.............」
「......この言葉って、選手だけじゃなくてさ......今、声をかける側になって改めて思ったんだけど、応援する方もそうなのかなって、なんか感じた」
「.............」
そう言って、嶋田さんは少し眉を下げて笑う。
......勝負事で、本当に楽しむ為には、強さが要る。
言われた言葉を頭の中で復唱し、うっかり思考が口からもれた。
「.......本当の楽しさって、何......?」
「......うーん......まぁ、選手側はアレだよな。競技における知力、体力、テクニックをバランスよく養って、自身の身体やボールを自由自在に操れて、強いヤツとも対等に戦える喜び......かな」
「.............」
「あー......わかるわ、それ。遊びの延長でバレーやんのも確かに楽しいんだけど、......なんつーかこう、技術や身体を極限まで磨きあげて、本気でぶつかり合う楽しさっていうか......そこまでいくには、やっぱり色んな強さが要るんだよな。バイタルだけじゃなくて、メンタルの方の強さとかさ」
「.............」
「......で、応援する側はそうだな......どっちかっていうと、メンタル鍛える感じ?本気で応援するとやっぱ、負けるとすげー気分落ちんじゃん?」
「.............」
烏野の最後、神業速攻がドシャットをくらう光景を思い出して、一層暗い気持ちになりながら黙って頷く。
あの瞬間から、私のテンションはずっと下がったままだ。
「思い入れが強ければ強い程、負けると悔しいし、悲しいし、喜んでる勝者側にはどうしようもなく腹が立つし、ずっとモヤモヤするっていうか、正直なかなか気分悪いだろ?」
「.............」
「......それに、応援するって言っても結局アイツらを“見てる”だけしか出来ない。自分が直接力を貸せる訳じゃないってのは、やっぱもどかしいよな」
「.............」
「.......本当、“見てる”だけだと、......自分は何の役にも立たないって、つい思っちゃうよなぁ......」
「.............」
まるで、私だけでなく過去の自分をも重ねたような口振りで、嶋田さんは呟く。
今の私の心情を生々しい程に象ったその言葉は、自分の心の中をそっくりそのままスキャンされてるようで、たまらずぎくりとしてしまった。
「......だから、“見てる”側にも強さが要る訳よ。そんな自分に負けない心の強さがさ」
「!」
俯く私の額を、嶋田さんは指先で軽く小突く。
柔い衝撃にびっくりして再び顔を上げると、嶋田さんは今度は可笑しそうに笑った。
「勝負事ってのはやっぱ、勝てば楽しいし負ければ楽しくない。選手側は試合のフィードバックして、反省点修正して、色々立て直しが効くけど...俺らはぶっちゃけ、自分の機嫌は自分で取るしかない訳で」
「.............」
「......ま、そうは言ってもスポーツ観戦初心者な季都ちゃんには、特別にお兄さん達が手を貸してあげましょう」
「っ、わッ!?」
私の額を小突いた右手を今度は私の頭に置き、そのままぐしゃぐしゃと撫でられる。
嶋田さんといい、滝さんといい、頭を撫でるならもう少し丁寧に撫でてほしいものだ。
犬や猫じゃないんだし、そもそも今日はコテで髪の毛巻いてきてるんだから、もうちょっと配慮してほしい。
......とは言っても、さっきめちゃめちゃ泣いたから化粧は落ちてるだろうし、髪だけ整ってても変になるだけかもしれないけど。
「青城戦は見なくていいから、飯は一緒に食おうぜ。あんま腹減ってないなら、飲み物とかデザートだけでもいいし」
「.............」
「ちなみに、季都ちゃんの分はたっつぁんが奢ってくれます」
「は!?嶋田お前何勝手に......」
「え、本当ですか?行きます」
「おいコラキト!マジで現金だなお前は!知ってたけど!」
嶋田さんの上手い誘いに秒で釣られて、巻き込まれた滝さんが不満そうに声を荒らげる。
......本当に大好きで、とても大切な烏野のバレーが敗れる瞬間を見て、なんだか世界の全てが終わってしまったようにすら感じたけど、......でも、きっとそうじゃない。
烏野は負けたけど、負けてしまったけど、“飛べない烏”なんかじゃないんだ。
三年生の先輩方は、今日で引退してしまうのかもしれない。だけど、西谷君や田中君は、きっと弱音を吐かない。
ただひたすらに上を向いて、何度だって飛ぶ。
ヒナちゃんも、影山君も、山口君も。縁下君や木下君、成田君にツキシマ君だって、きっと絶対に諦めない。
それなら、私だっていつまでもぐずぐずと下を向いてる訳にはいかないのだ。
「......なんか、お腹空きました!ラーメンとか食べたいです!」
「お、いいね!じゃあここの近くのラーメン屋探しますか」
「滝さんご馳走様です☆」
「コンニャロ......ったく、しょーがねぇなぁ!半チャーまでは許してやるよ!」
「ヒュ~!たっつぁん男前~!ゴチになりまーす☆」
「お前の分はお前が払うんだよ!当たり前だろうが!」
今泣いたカラスがもう笑う
(強くなろう。烏野のバレーを本当に楽しむ為に。)