Crows to you
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デフォルト:広瀬季都【ひろせ きと】烏野高校二年三組の帰宅部。嶋田マートをメインにヘルプ要員で色んなバイトをしている為、商店街に顔が広い。
最近の悩み:「バイト入れ過ぎて“友達居ないの?”ってよく聞かれるけど沢山居ますから!!」
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青城の最後のタイムアウト終了後、得点した烏野のサーブから始まる。
先程の影山君のワンハンドトスとヒナちゃんの神業的な速攻で空気が変わり、その追い風を逃さないまま田中君が力強いサーブを放った。
勢いよく敵陣を攻めたボールは拾われたものの軌道がブレて、及川さんの居るセッターポジションより少しズレたところに上がる。
万全の状態ではない青城の攻撃に烏野は3枚ブロックを用意して見事攻撃を防ぎ、リベロの西谷君が声を上げながら丁寧に影山くんの居る場所へボールを返した。
きちんと整った状態からブロードしたヒナちゃんへ瞬く間にボールが運ばれ、勢いよくスパイクをかますが青城のリベロがそれを拾う。
「あぁっ、もう!」
「拾ったか!」
「けど、一本で返ってくる!」
滝さんの言葉通り、青城のリベロに拾われたボールはそのまま烏野のコートへ戻ってきて、今度は澤村先輩が声を出して再び影山君へボールを寄越した。
「もう一回!!」
「......えっ、ホントにもう一回!?」
先程スパイクを打ったヒナちゃんが瞬時に走り出し、再びブロードをすると観客席が大きくどよめく。
そんなギャラリーの声を置いてけぼりにして、ヒナちゃんは次の攻撃をかますがボールは再び青城のリベロへ拾われた。
またかとショックを受けている内に、着地したヒナちゃんはボールだけを見て、即座にネットに沿って走り出す。
「10番、戻んの、速いっ」
「!!」
そのまま東峰先輩の隣へ走り込み、2枚ブロックを見事揃えたヒナちゃんの腕に青城の攻撃が当たる。
軌道のブレたボールの先に澤村先輩が回り込み、オーバーでボールを繋ぎながら「ナイスワンタッチ!!」とヒナちゃんを賞賛した。
「もう、いっ、かぁぁぁい!!」
「......ひぇ......」
見てるこっちが苦しくなる程、ヒナちゃんはコートの中を目まぐるしく走り回り、飛び跳ね、トスをよこせと強請る。
これだけ全力で動けばしっかり呼吸なんて出来ないだろうし、脚も重いだろうし、身体もクタクタなはずだ。
苦しい、疲れた、もう、止まってしまいたい。
普通ならきっとそう思うはずなのに、ヒナちゃんの疾走は止まらない。
『バレーはさ、とにかく“ジャンプ”連発のスポーツだから、重力との戦いでもあると思うんだ。囮で跳び、ブロックで跳ぶ、スパイクで跳ぶ......更にラリーが続けば、スパイク、ブロック、ダッシュで戻ってまたスパイクか囮って動きを短いスパンで何度も何度も繰り返す。息をつく隙は無い』
『......苦しくなるにつれて思考は鈍って行く。ぶっちゃけブロックとか囮とかはサボりたくなるし、スパイクも“誰か他の奴打ってくれ”って思った事もある。長いラリーが続いた時は、酸欠になった頭で思ったよ......“ボールよ早く落ちろ。願わくは、相手のコートに”』
────だけど、
「.......サボる、なんて......」
全く頭にねぇヤツも、居るみたいだな。
先程聞いた嶋田さんと滝さんの言葉が、頭の中に浮かぶ。
烏野男バレのOBである二人の、......かつてあの匣の中に存在した二人の言葉は、大した努力もしたことが無い、バレーボールのことを何も知らない部外者の私にも、重く、深く響いた。
苦しいことや辛いことから逃げるのは生き物の真理だと思うけど......本気で挑むスポーツにおいては、それすらも捩じ伏せてしまうような、圧倒的な激情みたいなものがあるのかもしれない。
「.............」
.......私も、いつか巡り逢えるだろうか?
妥協することなんて一切考えず、なりふり構わずひたすら追いかける程の、圧倒的な何かに。
「......烏野、逆転したあああ!!?」
「!!」
「今度は......烏野が王手だ......!!」
ギャラリーがドワッと盛り上がり、ハッと我に返る。
先程トスを強請ったヒナちゃんだったが、やはり今までの疲労は確実に溜まっているようで、体勢が整わないままのスパイクとなった。
しかし、タイミングの合わないボールをヒナちゃんは執念で右手の指先だけで弾き、隣のコートのベンチへ転がりながらも辛うじて攻撃を仕掛けた。
ヒナちゃんが触れたボールはぎりぎりで青城のコートへ落ちて、烏野25点、青城24点とついに烏野が逆転する展開となる。
番狂わせなこの第3セットに、観客の目は釘付けだ。
きっと誰もが、バレーの強豪校である青葉城西に、烏野がここまで食らいつくとは思ってなかっただろう。
堕ちた強豪、飛べない烏。そんな言葉を口にする者は、今や誰も居ない。
......だけど、宮城県のトップ2もそんじょそこらの脅威では慌てないようだ。
烏野が王手を掛けたというのに、至極落ち着いたプレーを展開した青城は、あっという間に1点を取り返した。
しかも、ここで、......本当に、一番嫌なタイミングで、及川さんがサーブポジションに入る。
その姿はまるで、立派な青葉の城に群がるカラス達を一斉に薙ぎ払う大王様のようだ。
「.............っ、」
ああ、またあの強烈なサーブが来るのかと顔を顰めながら、固唾を飲んで及川さんの動きを目で追う。
サーブ開始のホイッスルと共に、落ち着いた動作でボールを頭上へ放り、助走の勢いをそのままに力強いサーブが撃ち放たれた。
その豪速球の先に居るのは......リベロの西谷君だ。
前衛の東峰さんが直ぐにそれを察して、鋭い声で後衛の西谷君を呼ぶ。
しかし、......事態は、誰も想定していない方へ転がった。
西谷君が、ボールを避けたのだ。
「えッ!?」
ギョッとしたのは一瞬で、及川さんが打った豪速球はエンドラインの少し後ろに勢いよく着地した。
同時に、線審がアウトを知らせる旗を上げる。
「.......アウト......」
「アウトだ......!!」
「ミスった......!及川がサーブミスった......!!」
個々の小さな動揺はさざ波のように広がり、次第に会場全体がどよめく。
その内の一人である私もひどく驚いてしまい、何も喋ることが出来ずにいた。
及川さんが、あの及川さんが、誰にも邪魔されないサーブをミスするなんて......信じられない。だって、有り得ない。
何が起こったのか頭が着いていかないままついぼんやりしていると......気が付けば、青城の岩泉さんがレフトからの強烈なスパイクを決めてきた。
これで烏野26点、青城26点。また並んでしまう。
「青城......一回も全国行ったこと無いって嘘じゃねーの??全然崩れねー......」
「でも、青城が追う立場なのは変わんねぇ。体力的な消耗は一緒でも、精神的にキツいのは圧倒的に青城の方だ」
「!」
嶋田さんと滝さんの話に、慌てて頭を振る。
何をぼんやりしてるんだ!展開が早いバレーボールは、ボケっとしてたらあっという間に見逃してしまうというのに!
「っ、逃げ切れ烏野ーーー!!!」
とにかく今は応援するのみだと頭を切り替えて、大きく声を出す。
ここまで来たら、もう勝つしかないだろう。
諦めたくない。勝ってほしい。勝利を手にする烏野を、この目で見たい。
頑張れ。頑張れ。頑張れ!!
得点して、返されて、得点されて、返して。
両チームとも、限界なんてとっくのとおに迎えてる身体を鞭打って、ひたすらにボールを追い掛けては、繋いでいく。
......気が付けば、得点板は第3セット、31対31となっていて、この試合がいかに過酷であるかを示していた。
「どっちもキツいな......」
「けど......烏野の方がギリッギリで繋いでるって感じか......?攻撃も単調になってきてる気がする......」
「精神的にもキツいのは青城の方なんだろうけど......」
「......もう、......心臓痛い......」
選手達の荒い息遣いが聞こえてきそうな程、ピンと張り詰めたその空気にたまらず情けない声が出る。
もはや気力だけで動いてるような彼らを前にすると、その苦しさが、そのしんどさがダイレクトに伝わって来て、ひどく胸が苦しくなった。
「及川くんナイッサーブー!!」
「!」
「ゲッ!今のでローテ1周か!」
ここで及川さんの応援に来た女の子が声援を送り、ハッとして青城のコートを見ると再び及川さんがサーブポジションについていた。
「でも、このギリギリの状況......さっきのサーブミスもまだ頭にあるだろうし、及川クンはどう出るかな......?」
「.............」
嶋田さんの言葉に、先程及川さんがサーブミスした光景を思い出す。
得意とするサーブをミスする程、体力的にも精神的にもおそらくギリギリな今、及川さんはどんな攻撃を仕掛けてくるのか。
「.......うそ......でしょ......ッ」
瞬間、目を疑った。
及川さんが繰り出したのは今まで見た中で一番の強烈なサーブで、それを受けた澤村先輩は勢いを殺しきれず、何とか上げたボールは青城へ戻り、自身はバランスを崩してコートに膝を着いた。
先程ミスをしたばかりだというのに、そのことを微塵も感じさせない及川さんの強烈なサーブに度肝を抜かれていると、青城にとっては美味しいチャンスボールとなったそれを丁寧に捌いていく。
センターとレフトのエースを囮とした及川さんのセットアップは、ライトの13番へ繋がる。
それでも何とかそのスパイクを上げた烏野だったが、ボールはまたしても青城のコートへ戻った。
「チャンスボール!!」
「......あの13番、他の連中より動きにキレがある......!?まだ余力があるのか......!?」
「な、なんで......?」
第3セット目、30点越えという長い試合展開に、両者共々色々と限界を迎えてるだろうに、なぜか青城の13番だけここに来てやたらと機敏に動いていた。
もしかして鬼のような体力があるのかと疑ったものの、長身だけどどちらかというと細身である13番を見て、その身体のどこにそんなパワーが隠されていたのかわからず、すっかり混乱してしまう。
そして、おそらく烏野も13番の動きの良さに一瞬動揺したようで、その僅かな隙を付かれ、渦中の彼の攻撃を許してしまった。
「青城っ......逆転し返したあああ!!!」
「青城またマッチポイント!!しかもサーブは及川!さすがに烏野もここまでかって感じかーっ」
「!」
点差が再びひっくり返され、青城が32点目を獲得した途端、会場はどっと盛り上がる。
その中で、この状況からの烏野の戦況が不利なことを予測した声が上がり、傍観するオーディエンスの発言だとはわかっているものの、......人間、理性と感情はどうしたって相反してしまうものだ。
「.......まだ、烏野、負けて、ないしぃ!!」
「影山ァーーー!!!迷ってんじゃ無ぇぞーーーっ」
「!!」
他校のチームの言葉にカチンときて、たまらず大きめの声でそんな言葉を放った、矢先。
烏野のウォームアップゾーンから、菅原先輩の鋭い咆哮が響いて思わずギョッとした。
一体何事だとそちらを窺えば、菅原先輩がコートの中に居る影山君のことを真っ直ぐに見ていた。
「“うちの連中はァ!!!”」
「!」
菅原さんの問い掛けるような言葉に影山君は切れ長の目を見張り、その後コートに居るメンバーを、一緒に戦っている仲間達をゆるりと見回す。
「.......“ちゃんと、皆強い”」
「.............」
落ち着いて返された言葉に、胸がきゅっとなる。
第1セットでは勝利に執着するが故の焦りからか、不安や恐怖からか、影山君は普段の丁寧なプレーからは考えられない程の暴走的なプレーを見せた。
一時はどうなるかと思ったけど......仲間が強いことをちゃんと知ってる今の影山君は、もう暴走することは無いだろう。
烏野のもう一人のセッター、菅原先輩の魔法のような一言で、影山君は“いつもの影山君”でちゃんと戦えている。
菅原先輩は、本当に凄い。
......そんな烏野の絆に思わずじんときていれば、及川さんの無慈悲なサーブで厳しい現実を思い知らされる。
強打と見せかけたフェイント攻撃に、烏野主将の澤村先輩がアンダーレシーブで何とか拾い、そのボールの下にセッターの影山君が滑り込む。
トスを要求したのはセンターに居るヒナちゃんとレフトに居る東峰先輩の二人だったが、影山君はエースである東峰先輩へボールを寄越した。
予測していたのか、青城は三枚ブロックを用意したものの、東峰先輩の強烈な一撃に適わず、腕に当たったボールは青城のコート外へ大きく飛んで行く。
「うおおおっし!!ふっトバした!!」
「ブロックアウト!」
これでまずは1点取り返せるかと思ったのに、弾け飛んだボールを青城のリベロが無理やり拾い上げた。
ギリギリのところで起死回生したそれを、及川さんが繋ぐ。
今度は青城のエースである岩泉さんからお返しだと言わんばかりに強烈な一撃が襲ってきたが、スパイクの先に素早く回り込んだ田中君が根性でボールを上げた。
しかし、最早上げるのに精一杯という感じのそれは、無情にも青城のコートへと戻っていってしまう。
「やれ金田一!!」
岩泉さんに呼ばれたのは前衛の背の高い12番のようで、田中君が上げたボールにセットアップ無しのスパイクモーションをとる。一打目で得点を狙う、ダイレクトアタックだ。
それに気付いたヒナちゃんが何とかブロックに飛ぶも、万全の状態ではない跳躍では12番との圧倒的な身長差に適わず、頭上から勢いよく攻撃された。
あ、だめ、落ちる!と心臓がヒヤリとしたが、そのボールを烏野のリベロが床に滑り込む形で見事に蘇生させた。
「上がったああああ!!!」
「オラアァァッ!!!」
どっと盛り上がる観客の声に、スーパーレシーブを見せた西谷君が吼える。
烏野の守護神が蘇生させたボールは、セッターである影山君から少しズレたところへ上がった。
「西谷君!!すごい!!」
「少し乱れた!セッターまで届かない!」
「また攻撃は単調にレフトか......!」
一秒も見逃せない試合の展開に、ここに居る誰もが息を詰めて見守る。
会場内の視線が、一時的に影山君へ集まった瞬間。
ボールはコンマ何秒という速さで、センターにいるヒナちゃんに運ばれた。
目が追いつけない程の恐ろしく速いスピードで運ばれたそれを、ヒナちゃんは“目を閉じて打つ”。
コンマ一秒でもタイミングをずらせないそのプレーは、ヒナちゃんと影山君にしか出来ない神業速攻だった。
────だけど、二人の速攻は青葉城西の三枚ブロックに阻まれた。
瞬く間にどシャットを食らった烏野の攻撃は、虚しくも自陣へ跳ね返り......誰とも繋がらずに、烏野のコートへ落ちてしまうのだった。
勝利の女神は、笑わず消えた。
(ねぇ、お願いだから嘘だと言って)