Crows to you
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デフォルト:広瀬季都【ひろせ きと】烏野高校二年三組の帰宅部。嶋田マートをメインにヘルプ要員で色んなバイトをしている為、商店街に顔が広い。
最近の悩み:「バイト入れ過ぎて“友達居ないの?”ってよく聞かれるけど沢山居ますから!!」
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審判のホイッスルが鳴る。ピンチサーバーの山口君がボールを構え、静かに宙に放る。
短い助走と共に撃ち放たれたジャンプフローターサーブは、ボールの軌道がブレるという、魔法みたいなサーブだ。
しかし、威力の分だけ高い技術も必要となるワザのようで、山口君が打ったそれが成功するか否かは素人目からは全くわからなかった。
だけど、ボールの軌道を見つめる烏野の選手も、応援席に居る滝さんと嶋田さんも、今思うことはおそらく私と同じ、たった一つだ。
入れ。入れ.......入れ!!!
「!!!」
時間は、きっと数秒のことだった。
山口君が打ったサーブはネットの白帯に僅かに引っ掛かり......前衛のツキシマ君の足元へ、ポトリと落ちた。
今のサーブミスにより青城20点、烏野17点と青城がリードを広げ、先に20点の大台に乗った青城の応援席がワッと盛り上がる。
「.............っ、」
とっさに何か言葉を掛けてあげなきゃと思ったものの、ひどく悲しそうな、それでいて、とても申し訳なさそうに俯いている山口君の背中を見て、結局何も言えずにきゅっと口を噤む。
......いつかの夜、仕事中の嶋田さんにジャンプフローターを教えてほしいと頼みに来た山口君は、一年生の中で自分だけいつまでも試合に出られないのは嫌だと話していた。
そして今日、その山口君がついに試合に出た。同じ一年生のツキシマ君と、影山君と、ヒナちゃんはベンチだったけど、でも、彼らと同じコートに立ち、ボールに触れた。
.......だけど、現実は厳しく、彼が思うような結果は出なかった。
「えー......ピンチに突然出されて、失敗したら引っ込められちゃうんだぁ......」
「なんかカワイソー......」
「.............」
リベロの西谷君と入れ替わる山口君を見て、及川さんのファンの女の子達が素直な感想を述べる。
ドロドロとした複雑な気持ちを抱きつつ、ああ、なんて残酷な言葉を吐くんだろうと感じていれば、隣りに居る嶋田さんが「ピンチサーバーはそういう仕事なんだ」と静かに言葉を紡いだ。
「......その一本に、試合の流れと自分のプライド全部乗っけてる。そんで、忠は失敗した」
「.............」
だから、コートから出される。
無情にも聞こえるその言葉が、グサリと胸に刺さった。
ピンチサーバーはそういう仕事、言葉で聞くのは容易いけど、実際の試合であのポジションに立つのは物凄く勇気が要ることだろうし、一人の選手にチームの流れや命運を背負わせるなんてそんな無茶なとも正直思ってしまう。
まだ一年生なのに、とか、夜遅くまで嶋田マートの裏で沢山練習してたのにな、とか、そんな己の感覚に引き摺られてすっかり気分が暗くなっていれば......嶋田さんは小さくため息を吐いて、言葉を続けた。
「......でも、アイツ個人にとって、今ここで悔しさと自分の無力さを知るチャンスがあることが、絶対にアイツを強くする」
「!」
嶋田さんの言葉を聞き、思わずハッとする。
失敗したから終わりでは無く、失敗したからこそ、ここがスタートになるのだ。
一度コートに立った山口君がもっと上手くなる為の、もっと強くなる為の......“次の出番”が来たら、必ず決める為のスタート地点。それが、きっと今日なんだろう。
「.......“究極のプレー”をする為の......山口君にとって、......烏野にとって、大きな一歩ですね」
「!」
ウォームアップゾーンに戻り、大きな声で応援する山口君の姿を見ながら、先程聞いた“サービスエース”の話を思い出し、思考がするりと口から零れた。
山口君が絶対に強くなると言うなら、それは烏野が今よりもっと強くなるということだ。
これからも進化し続ける烏野のバレーが、この試合で終わってしまうなんて絶対に嫌だ!
「.......季都ちゃん、天使かよ......」
「人間でー......わぁッ、田中君ナイスキー!!」
「バックアタック......!!3枚ブロックど真ん中抜けた!!よく打ったなああ!!ヘタすりゃドシャットだぞ!?」
「.............」
嶋田さんとの会話の途中で田中君が青城の3枚ブロックを見事打ち抜き、たまらずそちらへ意識が集中する。
わっと盛り上がる私と滝さんを見て、嶋田さんはおもむろに眼鏡を掛け直し、小さく笑った。
「......確かにたっつぁんの言う通りかもな......“流れは”、どっからどう変わるかわからない」
山口君のサーブミスから試合の空気は一転し、再びエンジンが掛かった烏野が青葉城西に何とか食らいつきながら両者共に一進一退を辿る。
打っては拾われ、拾っては打ちを繰り返す激しい攻防戦に息を飲みながらボールの動きを目で追っていると、少し離れた観客席に座る他校の選手同士の会話が何となしに耳に入った。
「うおっ、繋いだ!レベル高ぇ......これで3回戦かよ!?」
「青城なら全国でも戦えそうだよな」
烏野対青葉城西の試合を見ながら話される内容に、青城が勝つとはまだ限らないでしょうと内心ムッとしつつも、他校の選手が「レベル高ぇ」と言う程に烏野も評価されているのだと気が付き、斜めになった機嫌を勝手に直していた、矢先。
次に続いた言葉に、耳を疑った。
「────“行けたら”、だろ。宮城にはアレより上が居るんだからしょうがない」
「えッ......」
あまりにも気になる会話に咄嗟にそちらを見てしまえば、滝さんと嶋田さんがどわっと盛り上がり、反射的に視線はコートへ引き戻される。
どうやらセッターの影山君がナイスレシーブをしたようだ。
「よしっよしっ......!!」
「カバー!!」
二人の声に応えるように、リベロの西谷君がアンダーレシーブで田中君へボールを寄越し、田中君が助走の勢いのまま敵陣へ撃ち込む。
だけど、相手のブロックが一足早く田中君の攻撃に反応して、ボールは青城のブロッカーに阻まれ自陣へ弾き返されてしまった。
「ッあ、しぃぃいいいッ!?」
瞬間、未だ空中に居るままの状態で田中君が先程打ち込んだボールを器用に右脚で上げた。
まるで伊達工戦で西谷君が見せたスーパーレシーブを彷彿させるその神業にたまらず声が出ると、不安定に流れたボールの先へ、ヒナちゃんが文字通り床に飛び込む形でそれを上げる。
そのまま顔面から床に突っ込むヒナちゃんに悲鳴を上げつつ、彼が執念で繋いだボールの行方を追うと、不規則な軌道を描くそれは青城のコートへフラフラと落下した。
「しゃあああ!!チビ助ボーズナイスッッ!!!」
「ブレイク!!!」
「やったぁ!!けど、ヒナちゃん大丈夫かな!?すっごい痛いことしてた......!!」
烏野の連続得点に興奮する傍ら、先程のプレーがあまりにも危険に見えた為ヒナちゃんの容態を心配するも、ヒナちゃんはぶつけた顔を擦りつつ元気に起き上がり、今のが得点になったことに大きく飛び跳ねた。
ああ、よかった。顔面強打してすっごい痛そうだったけど、ヒナちゃんはまだ試合に出られるみたいだ。
そのことにほっとして、無意識に得点を確認すると青城23点、烏野22点とその差はたった1点となった。
......よし、よし!もう1点!もう1点で青城の背中を掴める!
今は運命の第3セット。ここで負ければ、烏野は終わってしまう。
もう少し、本当にもう少しだ。今のヒナちゃんのブレイクで、流れが烏野に向いてくれれば......!
願うように、祈るように自然と両手を組みながら、影山君のサーブを見守る。
疲労が溜まる終盤でも十分威力のあるサーブを打ったと思ったが、流石バレーの強豪校ともあり、青城は落ち着いて対応してみせた。
13番が拾い、またもやリベロがフロントラインギリギリで踏み込みセッター並のトスを上げる。
そのおかげで本来セッターである及川さんの鋭いスパイクが烏野を襲うが、烏野の大黒柱である主将の澤村先輩が瞬時に回り込み、見事にボールを上げた。
両校の驚愕且つ鮮やかな動きにたまらず息を飲めば、瞬く間に烏野の攻撃が始まり、田中君が力強いスパイクを打ち込んだものの今度は青城の岩泉さんが見事にそれを上げ返した。
両者一歩も譲らない、もしかしてこのラリーは延々と続くのではと思ってしまうと、正セッターである及川さんのトスからのスパイクが、まるでレーザービームのように烏野のコートへ撃ち落とされた。
「青城これで......マッチポイント......!!」
「あと1点!」
得点板が捲られ、青葉城西24点、烏野22点という現実を突き付けられる。
マッチポイント、つまり青城があと1点獲ったら、この試合は終わってしまう。
.......烏野が、負ける。
「.......ぁ......」
「野郎共ビビるなァァァッ!!!」
「!?」
瞬間、目の前がぐらりと揺れて、どうしようも無い不安と恐怖が一気に押し寄せた私の耳に、重たい空気を裂くような明るい大きな声が届く。
びくりと肩が跳ねつつも、惹かれるようにそちらへ視線を滑らせると、力強く燃え盛る炎のような明るいオレンジ色のユニフォームを纏った烏野の守護神が、しっかりとした笑顔を見せた。
「前のめりで行くぜ」
「.............っ、」
西谷君の力強い言葉に、しっかりとした笑顔に、たまらず胸が震える。
こんな怖い状況で、自分だけでなくチームの仲間を鼓舞することが出来るなんて。
凄い。本当に凄い。めちゃめちゃ格好良い。今ので心臓、絶対持ってかれた。
そう感じたのはおそらく私だけではなかったようで、コートに居る烏野の選手は少しだけリラックスしたように笑った。
仲間の心臓預かって、一瞬で安心させてしまうなんて、もしかしてリベロの西谷君こそ烏野の中で一番の猛者なのかもしれない。
烏野の守護神のおかげで、再び空気が新鮮なものになる。
相手がマッチポイントであっても落ち着いたプレーを展開した烏野が次の1点を獲得し、点差は僅か1点となった。
「よしっ、上がった!!」
「やべぇっ、ネット越える!ダイレクトで叩かれる......!!」
暫くのラリーの後、青城の速攻を田中が何とか抑え、上半身をフルに使ったレシーブでボールを上げたものの、それは勢い余って青城のコートへ弾かれていく。
相手にとっては紛うことなき美味しいチャンスボール。そのままダイレクトでボールをこちらに落とされてしまっては、烏野に防ぐ術はない。
まずい!どうしよう!?と脳内が軽くパニックを起こした途端......そのボールを、セッターの影山君が右手だけでほんの少し烏野の方へ軌道をずらした。
「えッ、影山く......!?」
青城のコートへ行ってしまうギリギリのところで自陣にボールを戻した影山君の滑らかな動きにたまらず目を丸くすると、更に驚く事態が待っていた。
......そのボールの先に、ヒナちゃんが居たのだ。
まるで、セッターの影山君が片手でトスを寄越すことを見越していたかのように、怖いくらいピッタリな跳躍だった。
「.......ひっ、ヒナちゃ......!!」
「おっしゃ同点んんん!!!」
意表を突いたヒナちゃんの攻撃は見事に決まり、ついに烏野が青葉城西に追い付いた。
24対24、お互いがマッチポイントで並んだ場合にのみ、先に2点差をつけた方が勝ちとするデュースという特別ルールが施行される。
つまり先に連続得点、ブレイクした方が勝者となるのだ。
些か分が悪いと感じたのか、ここで青城が2回目のタイムアウトを取った。
これで両校ともタイムアウトを使い切った。後は文字通り、勝敗を決めるだけの時間となる。
「.............」
どうしよう。怖い。なのに、さっきのヒナちゃんのプレーを見たら、恐怖の中に少しだけワクワクするものがひょっこりと現れてしまった。
全力で応援するものが、最高に思い入れのあるものが、崩れる姿を見るのは怖い。だけど、そのことばかりに気を取られて、彼らの今、この瞬間を見ようとしないのは、心の底から勿体無いと感じてしまうのだ。
......コートという匣の中で、希望と絶望を何度も何度も繰り返す。
ゲームセットという蓋を開けるまでは、どちらが勝つかなんて全く予想がつかなくて、デュースという今の状態なんか特にどっちが勝っても全くおかしくないだろう。
だけど、少し語弊があるだろうけど、烏野と青城、元々のパワーバランスが同等ではないというのに、一瞬一瞬のタイミングや流れという不規則な化学反応のせいで同等の力に近くなっているように見えるし、実際烏野の方はこの試合で確実に変化してきてると思う。
だから、ただ上辺だけの勝敗結果を見るだけではなく、しっかりその匣の中の化学変化を見ないと、バレーボールは本当に勿体無い競技だと思うのだ。
極度の緊張と付いて回る不安と恐怖、徐々に疲れ始める思考回路がぐるぐるとズレたことを考え始め、軽く頭を振ってから残り少ないサイダーを飲む。
「.......でも、なんだっけな......こんな感じの話、前にどこかで聞いたような......?」
「あ?何。キト、どした?」
ふらりと思い付いた思考に無意識でそんな言葉が滑り落ちれば、隣りに居る滝さんが不思議そうな顔を向けてきた。
それに慌てて「何でもないです」と返したところで、タイムアウト終了のホイッスルが厳かに鳴り響くのだった。
シュレーディンガーの猫
(9×18の匣に入ってる時は、結果じゃなくて目の前のボールが“全部”だ。)