Crows to you
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デフォルト:広瀬季都【ひろせ きと】烏野高校二年三組の帰宅部。嶋田マートをメインにヘルプ要員で色んなバイトをしている為、商店街に顔が広い。
最近の悩み:「バイト入れ過ぎて“友達居ないの?”ってよく聞かれるけど沢山居ますから!!」
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「ラリー続くな......」
「守備もブロックも平均値では青城のが上だろうけど......こっちは飛び抜けてリベロの守備力が高ぇからな」
「......西谷君、“烏野の守護神”って言われてるそうです」
「おお、誉高い二つ名だな......でも、本当にその通りだと思うぜ」
運命の第3セット、両校粘り強いラリーが続く中、嶋田さんと滝さんの言葉に烏野のリベロ、西谷君へ視線を向ける。
元々一人だけ色違いのユニフォームを着てるから、最初はまずそれが目立つなぁとは思っていたけど......昨日の初戦、第2試合、そして今日の第3試合まで観ていると、西谷君の技術の高さが素人目からもよくわかってきた。
とにかくボールを落とさないのだ。どんなスパイクがきても、それがフェイントになっても、そしてサーブも、ブロックフォローも、とにかく落とさない。
全然バレーが出来ない私が言えたギリじゃないけど、ヒナちゃんや田中君、ツキシマ君がレシーブをすると時々思わぬ方向へボールが跳ねてしまったり、そもそも間に合わずに空振りしてしまうことがあるのだけど、西谷君は違う。
とにかく拾うし、とにかく上げる。勿論、全てのボールを100%という訳ではないだろうが、それでも100%に近いくらいの確率でボールを繋いでいると思う。
西谷君は紛うことなき“烏野の守護神”なのだと、この公式戦でより深く理解した。
最強の防御こそ、最大の攻撃。ゴールデンウィーク中、音駒との練習試合を見た時にそう感じたが、この青葉城西戦でも再びそうであることを実感する。
リベロは、西谷君は、エースを始め個性の強いカラス達が飛ぶ為のしっかりとした土台なのだ。
改めてリベロの重要さに感心していれば、東峰先輩の力強いスパイクを青城のセッターである及川さんが拾った。
バレーボールは一人が連続してボールに触ってはいけないので、今レシーブした及川さんが続けてトスを上げることは出来ない。
やった、チャンスだ!思わずパッと顔を明るくした、矢先。
「渡っち!!!」
「ハイ!!!」
「えッ!?」
よく通る及川さんの声に反応したのは、まさかのリベロの男子だった。
一人だけ色違いのミントグリーンを纏う坊主頭の彼は、素早く後衛から移動し......信じられないことに、トスを上げるモーションを取った。
まるで自分がセッターであるかのようにあまりにも綺麗な動きだったので、たまらず驚愕の声をもらしてしまうと岩泉さんが間髪入れずにレフトに寄越せと声を上げた。
マズイ、とにかく早くブロックをと意識がそちらへ向いたのは、どうやら私だけではなかったらしい。
気が付けば、青城のリベロからのボールは及川さんへ上がり、そのまま力強いバックアタックを烏野のコートへ打ち込まれてしまった。
今の攻撃で青葉城西10点、烏野8点。このセットで初めて2点差になる。
「.......ぇ......今の、なに......?」
「あの色違いの子上手~。及川くんみたい」
「本当!それ!リベロなのに!セッターだったよね!?」
「?」
初めて見た青城の奇妙なプレーに目を白黒させていると、及川さんのファンの女の子が楽しそうな声をあげた。
彼女の言葉に興奮気味に反応してしまえば、きょとんとした可愛い顔をこちらへ向けてくる。
「今の......トスが上手いってだけじゃない凄さだよ......リベロは制約が多くてさ。コートの中のラインよりも前で今みたいなオーバーハンドでのトスを上げて、それを誰かがスパイクすると反則になっちゃうんだ」
「??」
「えーっと、つまりトス自体は可だけど、それを打つのは不可ってルールなんだよ。だから、トスを上げられない様なモンなのね」
私と彼女の会話に、滝さんが表情を固くしながらも今の奇妙なプレーの解説をしてくれた。
リベロは、コートの中のラインより前でトスを上げられない。仮にそこで上げても、それを誰かが打ってしまえば反則になるから。
でも、今の青城のバックアタックは大丈夫だったのは、なんでだろう。
「.......もしかして、さっきのトスはラインギリギリで踏み切ってた、とか......?踏み切り場所が後衛のゾーンだったから、リベロのトスを及川さんが打っても大丈夫だったんだ!」
「その通り。今、あのリベロはラインのギリ後ろで踏み切って空中でトスを上げた。これならスパイクも問題ない」
滝さんの言葉にぐるぐると記憶と思考を回し、手繰り寄せた答えにたまらずハッとする。
ついさっきリベロのことをわかったつもりになっていたのに、実際その奥深さをちっとも理解してなかったのだ。
「セッターが役割を果たせない時でもハイレベルな攻撃ができ且つ、攻撃力の高い及川も攻撃に加えることができる......!」
「......そんなの、無敵じゃないですか......!」
「......しかも、それを“咄嗟にやれる”っていう事が凄い......こういうの見ると、さすが強豪って感じするわ......」
「.............」
青城に視線を寄越したまま、ごくりと唾を飲む嶋田さんの言葉に押し黙る。
セッターではない選手が安定したトスを上げられるなんて、それってもうコートの中にセッターが二人居るようなものじゃないか。
でも、それなら烏野にだって影山君と菅原先輩、二人のセッターがいる訳だし、二人を出してしまえばいいのでは?と安直に思うけど......菅原先輩の代わりに誰をコートから抜き出すかという別の問題が浮上してくる。
青城とパワー勝負ができる東峰先輩と田中君、及川さんのサーブを拾える澤村先輩と西谷君、烏野の大きな防壁であるツキシマ君、囮として青城を翻弄するヒナちゃん。
メンバーを考えてみてもやっぱりみんな必要な役割を担ってるし、ここは流石に突然セッターを二人にするなんて難しいことだろう。
そんなことを一人でぐるぐる考えていると、東峰先輩のスパイクを青城の3番が再び拾った。
しかし、ボールの威力に押されたのか烏野のコートの方へ大きく弾き飛ばされる。
このまま烏野チャンスボールになるかと思いきや...及川さんが、ネットギリギリのところで高く飛び上がり、不安定な姿勢から器用に指先だけを使ってボールを青城のコートへ戻した。
瞬間、そのボールに食らいつくように岩泉さんが力強いスパイクを打ち込む。
まるで、及川さんなら自分の元へトスを上げるだろうと予め分かっていたかのような、寸分の狂いもないコンビネーションだった。
「あんなギリギリで......危うくタッチネットだ......。今、及川が後衛だからツーも出来ないし......よく上げたな......」
「......ほんと......す、っごい......」
「スパイカーも当然のようにそれを打つ......阿吽の呼吸て感じだな」
「.............」
阿吽の呼吸。及川さんと岩泉さんの今のプレーを例えるなら、まさにその通りだと思った。
さっきのコンビネーション、何の掛け声も無かったのだ。
ヒナちゃんと影山君の変人速攻も驚異的なものがあるけど、及川さんと岩泉さんの“阿吽の呼吸”も同じくらい信じられないものだった。
青城のプレーにすっかり気圧されてしまえば、烏養さんもそれを危惧したのかここで烏野がタイムアウトを取った。
ふと得点板を確認すると、青城13点、烏野10点。3点差で烏野が負けている。
連続得点、ブレイクしない限り烏野に勝ち目はない。
ああ、でも、どうやってブレイクすればいいの?
及川さんの強烈なサーブに巧みなトスさばき、リベロにもセッターにもなる選手が居て、烏野より背丈のあるブロックは高いし強い。攻撃力だって一人一人がとても高いし、それなのにチームのバランスが崩れないというか、むしろチームになるからこそパワーが上がっている気がするのだ。
青葉城西の場合、1+1=2という単純な足し算じゃなくて、チームとして纏まることで10にも100にもなってしまうような、そんな気さえしてくる。
そんな相手に、一体どんな手を使って戦えばいいのか。
一体どうしたら、3点差の青葉城西の背中を掴むことができる?
「.............っ、」
烏野のタイムアウトはあっという間に終わり、相変わらず長いラリーが続きつつも得点してはし返され、少しずつ試合は進んでいく。
でも、このまま点を交互に獲って獲られてを繰り返してしまえば、3点差をつけられた烏野は確実に負けてしまう。
早く、何とかしてこの均衡を破らないと......!
「っ、あッ......」
徐々に焦り始めた私の思考回路を一新したのは、ヒナちゃんだった。
コートの横幅めいっぱい、目にも留まらぬ速さで移動したヒナちゃんは、文字通り青城のブロックを置き去りにしてスパイクを打ちかました。
縮んだバネが勢いよく戻るように瞬間的に移動したヒナちゃんと、その焦点にピッタリなトスを寄越す影山君のとんでも超速攻に、観客席は一度しんと静まり返る。
「────なっ......ナイスキー日向ァァアアァァ!!!」
烏野変人コンビの全く予期せぬプレーに思わず戸惑うような審判の得点を知らせるホイッスルが鳴った後、烏野のウォーミングアップゾーンからヒナちゃんへ賞賛の声が上がる。
途端、ギャラリーからもどっと歓声が上がり、その異様な盛り上がりにこの試合がさらに白熱していくように感じた。
「.............」
ヒナちゃんがコートの横幅めいっぱい使って動き出したのをきっかけに、青城の理性的なブロックも少しずつ混乱し始めたようだ。
ブロックを振り切る為に駆け回るヒナちゃんの超速攻を警戒すれば、そのヒナちゃんを囮にして違うスパイカーが攻撃してくる。
しかし、いくらか烏野が得点できたものの、相変わらず青葉の城塞は恐ろしい程揺るがなかった。
「ボール落ちないな~!あの小さい子、あっちこっち跳んで凄いな~......つかれそう......」
永遠に続くのではと思ってしまう程長いラリーに、及川さんのファンの女子が気後れするように零した。
確かにめちゃくちゃ疲れるだろうなとたまらず頷いてしまえば、「バレーはさ、」と嶋田さんが言葉を挟む。
「とにかく“ジャンプ”連発のスポーツだから、重力との戦いでもあると思うんだ。囮で跳び、ブロックで跳ぶ、スパイクで跳ぶ......更にラリーが続けば、スパイク、ブロック、ダッシュで戻ってまたスパイクか囮って動きを短いスパンで何度も何度も繰り返す。息をつく隙は無い」
「.............」
嶋田さんの話と並行して、ヒナちゃんが囮になり、田中君がスパイクを打ち込んだが青城のブロックに阻まれた。
そのボールを西谷君が驚異的な反射神経で拾い、不安定に上がったボールの元へセッターの影山君が走る。
「戻れ戻れ!!もう一回もう一回!!」
「レフトレフト!」
「もっかい止めるよ!!」
再び攻撃をする為に助走距離を確保する烏野と、その攻撃を止める為に青城がブロックの準備をする。
きっともう呼吸すら苦しいはずなのに、両校どちらも大きな声を出し、会話をしていた。
「......苦しくなるにつれて思考は鈍って行く。ぶっちゃけブロックとか囮とかはサボりたくなるし、スパイクも“誰か他の奴打ってくれ”って思った事もある。長いラリーが続いた時は、酸欠になった頭で思ったよ......“ボールよ早く落ちろ。願わくは、相手のコートに”」
「.............」
嶋田さんに続くように、滝さんが静かに話し出した。
時は違えど、実際にあのコートの中に居た二人の生々しい言葉は、自分の限界なんて考えず、本気で、全力で何かをやったことなんて一度もない私の心にグサリと突き刺さる。
苦しいこと、辛いことに対してもう嫌だと、やめてしまいたいと思うのは、きっと誰だってそうだ。
息苦しいのも、沢山走るのも、沢山跳ぶのも、誰だって身体は悲鳴をあげるし、しんどい、キツいと心は叫ぶだろう。
.......なのに、どうして、
「持って、来ォォオいッ!!!」
嶋田さんと滝さんの独白にも懺悔にも聞こえる言葉を遮るように、ヒナちゃんの力強い掛け声が体育館いっぱいに響いた。
たまらずハッとしてヒナちゃんを視線で追い、咄嗟に気付く。
......今、完全に持ってかれた。私だけじゃなくて、この試合を見ている観客の人達も、ネットの向かいに居る青城の選手も、......そして、味方である烏野の選手も、この試合に関わる人全員の視線を、意識を、“最強の囮”である彼は一瞬にして根こそぎ奪った。
「────サボるなんて一切頭に無い奴も居るみたいだな......」
思わずといった感じでもれた滝さんの苦笑を隣りで聞きながら、ヒナちゃんに釣られた青城のブロッカーを冷静に見極めて、影山君は烏野のエース......東峰先輩へふわりとトスを上げる。
相変わらず迫力のある重低音を響かせながら打ち下ろされたバックアタックに、烏野OBの二人が「パイプ貫通っ!!」と嬉しそうにはしゃいだ。
今の得点で、青城15点、烏野15点。
ここでやっと青城の背中を掴むことができた。
嬉しいのとほっとしたのとで大きく息を吐いたところで、点差の余裕が無くなった青城がタイムアウトを要求する。
両校の選手がベンチへ戻る姿を見ながら、この試合があとたった10点で勝敗が決まってしまうことに、情けなくも内心で少しの恐怖を感じていた。
弱虫、ケムシ、何処へ行く?
(烏野のバレーは好き。だけど、時々すごく怖くなるんだ。)