Crows to you
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デフォルト:広瀬季都【ひろせ きと】烏野高校二年三組の帰宅部。嶋田マートをメインにヘルプ要員で色んなバイトをしている為、商店街に顔が広い。
最近の悩み:「バイト入れ過ぎて“友達居ないの?”ってよく聞かれるけど沢山居ますから!!」
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「あと1点!」
「もう一本!」
先程のツキシマ君の得点で、烏野はセットポイントを迎えた。
ウォームアップゾーンからの声援は勢いを増し、期待と希望を多く含んだものとなる。
あと1点獲れば、このセットを獲れれば、烏野のバレーボールをまだ見ることが出来る。応援することが出来る。
私はまだ、烏野のプレーを見ていたいし、応援したい。絶対終わりたくない。
.......でも、そうは言っても相手は昨年のインターハイ予選準優勝のチームだ。
瞬く間に岩泉さんのスパイクが烏野のコートに叩き付けられ、青葉城西は23点目の得点を挙げた。
そう簡単には獲らせないぞと言われてるようで、たまらずため息を吐きながらサーブ権が青城へ移っていく様子を眺めていると.......サッと血の気が引く。
このタイミングで、よりにもよって青城のサーブポジションに静かに立ったのは、及川さんだった。
「.......うそでしょ......なんで、今......」
「.............」
「.......けど、これでミスったらこのセット落とすわけだし、そうそう強気の勝負には出ないんじゃないか......?」
ここにきて、またあの強烈なサーブが来るのかと思うと、烏野が有利な立場であるにも関わらず一気に不安の波が押し寄せてくる。
すっかり顔を青くさせる私に、嶋田さんも固い表情ではありつつもそんな見解を述べた。
烏野は及川さんのサーブ対策として、再び澤村先輩と西谷君の二人体制で応戦するようだ。
「.............っ、」
サーブポジションに立つ及川さんが、何度か床にボールを弾く。
うるさいくらいの青城の応援が確かに聞こえる筈なのに、及川さんの纏う空気は恐ろしい程静かなものだった。
.......あ、駄目だ、怖い。
本能的に恐怖を感じて思わず手すりから体を離すと、及川さんはゆっくりと助走をつけてボールを上に放った。
支えを失ったボールは一度高く上がり、そのまま重力に導かれて落下する。
その、一瞬。及川さんの強打が落下するそれに力として加わり、重低音を響かせながら勢いよく烏野のコートへ向かった。
サイドラインぎりぎりの、まるでライフル銃のような重く強いサーブに、誰もが息を飲む。
「西谷ァァァァアアアッ!!!」
そんな中、鋭い声で烏野の守護神の名を叫んだのは主将の澤村先輩だ。
烏野の大黒柱の声に応えるように、西谷君は床に飛び込みアンダーレシーブで見事にボールを捉えた。
「っ、西谷君!!」
「上がったアアア!!」
「けどっ、ああっ、直接青城側に返っちまう!!」
西谷君のナイスレシーブに堪らず名前を呼んでしまうと、喜ぶ嶋田さんに焦る滝さんと言葉が続く。
ボールの行方を追うと、確かに青城のコートへ戻ってしまっていて、向こうのリベロが「チャンスボール!」と判断しながらボールを青城のセッターへ、.......青城の主将へ繋いだ。
勝負は一瞬。青城の攻撃、誰がくる?及川さんは、誰に託す?
及川さんに一番近いセンターには背の高い12番、烏野はツキシマ君と影山君が前衛にいる。
速攻?バックアタック?それともツーアタック?知る限りの可能性を考えながら、及川さんの動きを必死に追っていると......及川さんは、センターの12番を飛び越えて......レフトの岩泉さんへボールを送った。
うそでしょ、ここにきてレフト!?そんなの読めない!
.......そう、思ったのに、影山君とツキシマ君は岩泉さんの動きを確実に捉えていた。
岩泉さんの放ったスパイクは二人のブロックに阻まれ、その勢いのまま青城のコートへ叩き落とされる。
今のブロックはまるで、このタイミングで及川さんが岩泉さんへボールを上げることをすでに知っていたような、不思議な程迷いのない動きだった。
「.......え......何、今の......」
審判のホイッスルが鳴り響き、烏野の得点が25点となる。
第2セットを取り返した烏野に他校のチームは度肝を抜かれたらしく、観客席が徐々に大きくざわめき始める。
一先ず首の皮一枚繋がったことに安堵しながらも、先程のブロックの動きがあまりに謎過ぎて思わずぽかんと呆けてしまった。
セッターのトスの方向を見てから飛んだにしても、あんなに早くリードブロックなんて出来るものなのかな?
でも、及川さんの動きをぎりぎりまで見ていたけど、どこにトスを上げるか全然わからなかった。
なのにどうして、影山君とツキシマ君は岩泉さんにきちんと二枚付けられたんだろう?
あの一瞬で、どうやってそんな判断を......
「もしかして、及川君の思考を予測して飛んだのかもしれないな」
「えッ.......私、声に出てました?」
「いや、顔に出てた」
「.............」
ぐるぐると思考を回していると、隣に居る嶋田さんからまさにその答えの糸口を寄越され、びっくりしながらそちらを見ると可笑しそうに笑われた。
「......ほら、確か及川君と影山君て、出身校同じだろ?えーと、北川第一?」
「え、そうなんですか?」
「え、季都ちゃん知らなかったの?」
嶋田さんの情報に、思わず目を丸くする。
ああ、でも、昨日烏野の一回戦目を及川さん達と見た時、及川さんは影山君を“トビオ”と呼んでいた。
何かしらの繋がりがあるんだろうなと思っていたけど、中学が同じだったのか。
「......まぁ、絶対そうとは限らないけど......以前同じチームでバレーやってたんなら、お互いのクセとか考えとか読みやすいとこは多少あるんじゃないかな?」
「.......それは......あの瞬間、及川さんが岩泉さんにボールを上げるって、影山君が読んだってことですよね......」
「うん、多分な。あの場面、センターの12番に上げた方がスパイクの決定率は高かったと思う。だけど、あえてレフトの4番を使ったってことは、......もしかしたら、ここぞと言う時に及川君は4番に託すってことを、影山君は知ってたのかもしれない」
「.............」
嶋田さんは眼鏡を片手で押し上げながら、「全く......何ともまぁ末恐ろしい一年が入ってきたもんだな......」と苦笑混じりにぽつりと零した。
そろりと烏野の影山君を見て、そのまま青葉城西の及川さんと岩泉さんへ視線を流す。
ちょこちょこ蹴られてはいたけど、及川さんと岩泉さんは気の置けない友達同士というか、終始仲が良さそうな雰囲気があった。
思い返せば、及川さんの甥っ子であるたける君を青城まで送ってあげたことを、岩泉さんはまるで自分も関係者のように私へ謝罪とお礼を言ってくれた。
おそらく、あの二人は付き合いが長いんだと思う。バレー以外でも、多分。
.......その二人の信頼関係を見越して、影山君は岩泉さんにブロックを固めた。
絶対にこの人に上がると、確信してたんだ。
「.............」
「あと季都ちゃん、水分摂りなさい。集中して試合見ると、結構気力体力使うんだから」
「あ、はい......」
影山君の鋭過ぎる観察眼にうっすら恐怖すら感じ、何も言えないでいると嶋田さんからそんな言葉を寄越された。
途端に喉がとても乾いていることを認識し、慌ててサイダーをあおる。
少し温くなり、炭酸も抜け始めているものの、炭酸飲料特有のシュワシュワとした食感やすっきりとした甘さに、疲れていた頭や身体が幾分かシャキッとする心地がした。
「......うーん、3セットあるなら、もう一本買っとけばよかったなぁ......」
「なくなったら、俺のお茶あげようか?」
「......うーん、嶋田さんと間接キスはちょっとなぁ......」
「おいコラ、ヒトの優しさを踏みにじりやがって。これだからJKは!」
中身が3分の1程になったペットボトルを眺めつつ、嶋田さんに軽口を返せば案の定怒られた。
ムスッとする嶋田さんが可笑しくてけらけらと笑っていれば、片手で持っていたサイダーを後ろからひょいと奪われる。
「えっ、ちょ、滝さん?なに?」
「.............」
私のサイダーを奪ったのは隣りに居る滝さんで、飲みかけのそれをじっと見てから、なぜか一つ頷いた。
「......嶋田、俺ちょっと出てくるわ」
「は?......あぁ、便所?」
「違ぇ。けど、まぁ直ぐ戻る」
「え、直ぐ戻るってもう3セット目始まっ......わっ!?ちょっと!」
滝さんの突然過ぎる途中退出宣言に嶋田さんも私も混乱していると、滝さんは先程奪ったサイダーを私の頭の上にポンと乗せた。
大きな手を離された途端、ぐらりとバランスを崩すそれを慌てて両手で掴むと、滝さんは可笑しそうに笑ってから本当に応援席から離れてしまった。
「え、えぇ〜!?ここから勝敗決まるのに、普通席外します?うそ過ぎません?」
「.......んー......」
「というか、ただでさえ向こうの応援凄いのに!も~!滝さんの裏切り者~!」
意味不明な行動を取る滝さんに腹を立てながら文句を叫んだものの、青葉城西の応援のボリュームにあっさり負けて、かき消されてしまうのだった。
▷▶︎▷
そうこうしてる内に運命の第3セットが始まった。
両校メンバーは変わらないようで、烏野のセッターは影山君だった。
先程ブロックポイントを取得した烏野からのサーブで始まると、両者どちらも譲らないというような長いラリーが続く。
このセットを制した方が、次の試合に進める。
反対に、負けてしまえば三年生は引退してしまう。
このメンバーでの烏野のバレーボールが、もう二度と見られなくなってしまう。
そんな緊張感に包まれながら、固唾を飲んでボールと選手の動きを必死に目で追っていれば、烏野も青葉城西も点を取っては取られての繰り返しとなり、ますます目が離せない状況になっていた。
「いーぞいーぞ青城!!押せ押せ青城!!もういっぽぉーん!!」
「及川くんがんばれーっ」
烏野3点、青葉城西3点の同点となり、青葉城西への声援はどんどん大きくなる。
流石バレーボールの強豪校とだけあって部員の人数はすっかり負けてるし、烏野の応援をしてるのも烏野男バレOBである嶋田さんと滝さん、烏野の生徒である私の三人だけであり、どうやったって応援合戦では勝てる見込みはない。
だけど、なんだか今の会場の雰囲気は、まるで青葉城西の応援しか無いようにも思えてしまい、無性に居心地が悪く感じた。
「が、頑張れー!!烏野ー!!」
不安になって力いっぱい叫ぶも、私一人の声なんかじゃ到底適わなくて、青城の応援にすっかりかき消されてしまう。
「あぁもう......ッ!!烏野に加勢しろコラーッ!!」
「オラ!どうだコレ良くね!?」
「!?」
青城一色の声援に徐々に腹が立ち、思わずそんな言葉を叫んでしまうと、横からジャラリと大きな音が聞こえた。
驚いてそちらを見ると、先程姿を消した滝さんが空のペットボトルに砂利を詰めたものを持ってニヤリと笑っている。
「滝さん!どこ行ってたんです!てか、何それ?」
「フフン、即席応援グッズ作ってきた!どうだ勝ってっか!?」
「まだ始まったばっかだよ。とにかくラリーが続いて見てる方もキツイ」
戻ってきた滝さんから即席応援グッズなるものを一つ渡され、試しにジャラジャラと振っていると烏野の攻撃を青葉城西がまた拾った。
打っては拾われ、拾っては打ちの止まらない連鎖に見てるこっちも苦しくなってくる。
「どっちのチームもイイ感じには違いないんだ。でも、その分───」
嶋田さんの言葉の途中で、岩泉さんのスパイクが烏野の3枚ブロックを切り崩した。
「うんまっ!ブロックの端っこ狙ったな今......パワーだけじゃねぇな、青城の4番......」
「......今の、3枚ブロックの上?指先?に、打ってましたよね......!?」
「ブロックにわざと当ててそのままアウトにする。今みたいなのをブロックアウトっていうんだけど、パワーと技術、咄嗟の判断力の合わせ技って感じの攻撃だから、決まるとアガるだろうな......!こっちはブロック3枚ついてた訳だし......」
「こっからは地力の差が出てくるかもしんねーな......」
「.............」
嶋田さんと滝さんの話に、思わずごくりと固唾を呑む。
地力の差というのは、一人一人の実力の差、そしてチームとしての力の差ということだろうか。
以前、ゴールデンウィーク最終日に音駒高校との練習試合を見に行く前に、烏養さんに音駒に烏野は勝てるのかと聞いた際、烏野はまだチームとしての力が弱いと話していたのをふと思い出した。
あの時からひと月弱過ぎた今日、常波戦と伊達工戦をくぐり抜けてきた烏野のチームとしての力は、一体どうなっているのだろうか?
『“もう一回”がありえるのが練習試合だからな』
「.............っ、」
音駒との練習試合の記憶を辿っている途中、音駒の監督さんが楽しそうに笑いながらそう話していたことを思い出す。
あれは確か、最初に音駒に負けた時に「もう一回!!」と声を上げたヒナちゃんに、音駒の監督さんが返していた言葉だった。
.......だけど、この青葉城西との試合は、“もう一回”なんて無い。
烏野が勝たなきゃ、このチームでのバレーボールは終わってしまう。
まだ、ひと月弱しか烏野のバレーボールを観られてないのに。5月のあの日、バレーボールが凄く面白いことに折角気付けたのに。
まだ観たい。応援したい。神様、どうか烏野に......
『......キトちゃんの希望を、願いを、祈りを、全て叩き潰す悪い男に、頑張れなんて言っちゃダメだよ』
「!!」
烏野の勝利を祈った瞬間、記憶の中の及川さんが優しく笑い、氷のように冷たく鋭利な言葉を放った。
一気に不安が広がり、慌てて頭を横に振ると隣にいる二人が「え、どうした?」と目を丸くして見てくる。
それに何でもないと答えながらも、私の心臓はドクドクと嫌な音を立て続けていた。
氷細工の大王様
(点差は僅かのはずなのに、どうしてこんなに不安になるの?)