Crows to you
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デフォルト:広瀬季都【ひろせ きと】烏野高校二年三組の帰宅部。嶋田マートをメインにヘルプ要員で色んなバイトをしている為、商店街に顔が広い。
最近の悩み:「バイト入れ過ぎて“友達居ないの?”ってよく聞かれるけど沢山居ますから!!」
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第1セット現在、烏野11点、青葉城西20点。
審判のホイッスルと共に一年生の影山君とメンバーチェンジしたのは三年生の菅原先輩だ。
司令塔であるセッターの交代にコート内の選手達も応援席に居る観客も一斉に菅原先輩へ視線を寄せる。
敵味方関係無く様々な視線を浴びる中、菅原先輩はしっかりとした足取りでコートへ入り.......軽い掛け声と共に、主将の澤村先輩の胸板へ軽く拳をぶつけた。
その流れのまま今度は二年生の田中君の坊主頭を撫で上げ、次に三年生の東峰先輩の背中へ手刀を打ち込む。
そのまま今度は一年生のツキシマ君の頭へ手刀を落とし、最後に二年生の西谷君と元気よくハイタッチを交わした。
あまりにも突然過ぎる菅原先輩の行動に思わずあっけに取られてしまい、一体何事かと目を丸くして彼らの様子を見ていれば、菅原先輩は烏野メンバーをぐるりと見回して、ニッコリと明るく笑った。
「大丈夫!一本切ってくべー!!」
「!!!」
菅原先輩の力強い言葉と安心感のある笑顔に、今までピンと張り詰めていた空気が一気に緩和されるのが応援席からでもわかった。
気合いを入れ直すように烏野のコートから「おっしゃー!!」という声が響き、それぞれの持ち場へ足早に戻っていく。
その光景を見て、素直に凄いと思った。
だってまだ、菅原先輩はコートの中に入っただけだ。それなのに、それだけの事なのに、あれだけ乱れていた烏野の空気をすっかり変えてしまった。
「.............」
「......なぁ、今入った烏野のセッターって、」
「!」
菅原先輩をぼんやりと見ていると、烏野側の応援席でこの試合を傍観している他校のチームの会話が聞こえ、思わずぴくりと耳が反応する。
「2番......あ、三年だ」
「ゲェー!じゃあ入りたての天才一年にスタメン獲られたんだ!?」
「きっついねー......かわいそー......」
「.............」
おそらくこのインターハイ予選に参戦している全チームの情報が載った、選手だけに配られるパンフレットを見て話しているんだろう。
何気無いやり取りを聞いた瞬間、ずるりと思考が重くなる。
『あれ......?菅原は出てないのか......』
昨日の伊達工戦、応援に駆け付けてくれた烏野女バレの主将、道宮先輩の一言が頭の中で反響する。
私はゴールデンウィーク最終日の音駒との練習試合からしか烏野のバレーを見たことが無いけれど、それ以前の試合を見ていた人なら十中八九、道宮先輩と同じことを思うのかもしれない。
そして、烏野に特に思い入れのない人達、すなわちこの試合を客観的に見ている人達の目にはきっと、菅原先輩の姿は先程の会話のような“天才一年にスタメンを獲られた可哀想な三年生”であると捉えられているのだろう。
「.............っ、」
違う、そうじゃないと大声で口を挟みたい気持ちとは裏腹に、どうしても以前嶋田マートで聞いた山口君の言葉が頭に引っ掛かり、どうにもやり切れない気持ちをため息に乗せるだけに終わってしまう。
『でも、これから先も、一年で俺だけ試合に出られないのは嫌だから』
あの時の山口君の言葉は、未だに私の中で消化しきれていないところがあった。
常に試合に出るレギュラーと言われる選手と、有事の際にのみコートに立つ控えの選手。
スポーツをやる上で、競技の人数というものは絶対だ。
バレーボールなら、リベロを抜かして6人。
そしてそれは、チームが勝つ為の、最も強いと思われる布陣で形成される。
そこにはどうやったって体格、技術、体力、精神、その他諸々の個々の能力が如実に秤にかけられてしまう。
それが例え、最高学年であっても、新入生であっても、秤は全員を“平等に”測る。
.......この世界は、きっと“平等”じゃないけど、でも、ちゃんと“平等”だ。
「.............」
「頼むから連続ポイントは許すなよ~!」
「!」
ずるずると自分の世界に入っていた私の耳に、嶋田さんの声が聞こえてハッと我に返る。
「でも今、守備力は一番高いローテだし、大丈夫......と、思いたい......」
「.............」
続く滝さんの見解にきちんと烏野の陣営を確認すると、確かに後衛はレシーブ力の高いリベロの西谷君、主将の澤村先輩、エースの東峰先輩が揃っていて、簡単に崩される可能性は低いだろう布陣だった。
青城のサーブは誰だろうと敵陣に視線を寄越したところで審判のホイッスルが鳴り、丁度3番の人が烏野のコートへキレのあるジャンプサーブを打ち込んできた。
一瞬にして緊張が走ったものの、澤村先輩が安定したレシーブでボールを上げ、セッターの菅原先輩へ繋げる。
「田中!」
菅原先輩のすぐ側でスパイクモーションを取ったツキシマ君ではなく、レフトの田中君へ向かったボールを、田中君はタイミングぴったりで青城コートへ打ち込んだ。
良いコースだと思ったのに、青城のリベロが滑り込む形でボールを上げ、烏野の得点には繋がらなかった。
「くそっ、拾ったか?」
「でも乱した!レフト来るぞ!!」
ふらりと頼りなく上がったボールを、及川さんはレフトにいる岩泉さんへ託す。
一方烏野は菅原先輩、ツキシマ君、田中君の3枚ブロックで対抗するようだ。
「.......えッ!?」
岩泉さんの強烈なスパイクを止められるのか、固唾を飲んで睨むように見つめていると...ブロックに跳ぶ寸前、菅原先輩とツキシマ君が跳ぶ場所を交換した。
たまらず驚いた私の素っ頓狂な声と共に、岩泉さんのスパイクをツキシマ君がタイミングぴったりでブロックする。
「えっ、えー!?なに?何今の!?」
「うは!ストレート打って来るって読んでたのかな!?」
「な!うまいことやったな!相手のスパイクの直前でブロッカーの位置を────切替!」
ツキシマ君と菅原先輩のプレーに慌てふためく私の両隣りで、嶋田さんと滝さんは楽しそうに笑った。
「ちょ、待って待って!なんで今、岩泉さんがストレート打ってくるってわかったんですか?」
「いや、今のは多分、“わかった”んじゃなくて“狙った”んじゃねぇかな?もしくは“誘った”?」
「......じゃあ、わざとストレートに打たせたってことですか?......そんな、一体どうやって......?」
完全に混乱状態の私に嶋田さんは緩い説明をしてくれるが、残念ながら私の拙い脳みそでは全くピンと来ない。
一体どういうことだろうと口元に片手を当てながら先程のプレーを思い出していると、今度は滝さんが補足説明を寄越してくれた。
「頭の良いスパイカーは、ブロックの低い所を予め予測する時もあるんだよ。さっき代わったセッターの子、あの3枚ブロック中では一番低いだろ?だから向こうのスパイカーはきっとそこが狙い目だって思った訳だ」
「あ......!だから、それを逆手にとって、背の高いツキシマ君と菅原先輩が跳ぶ寸前に場所を入れ替えた!」
「そ!だから、向こうのスパイカーにとっては完全に“誘導”されたことになる。......あのセッターの子、なかなか度胸あんなぁ。三年生だっけ?」
滝さんの話に事態をようやく理解して思わず一度両手を叩いてしまうと、滝さんはおもむろにそんな質問をしてきたので力強く頷いた。
「やっぱり三年生って凄いですね!頼もし過ぎます!」
「そうだな......本当、お見逸れするよ。あの反則級の神業セッターと代わって直ぐにコレだもんなぁ。マジで肝が座ってるというか、何と言うか」
「もしかしたら......今まで外で見てた分、今一番冷静に対応出来てるのかもしれないな」
「.............!」
菅原先輩の華麗な戦略に手放しで喜んでいると、滝さんと嶋田さんはどこか複雑な面持ちで、冷静に状況を分析していた。
二人の会話を聞いて、思わず目を見張る。
先程まで、ぐるぐるとこんがらがっていた思考回路が、すっと解けていくような感覚がした。
試合中に思考も視野も狭くなり、心身共に酸欠状態に陥っていた影山君の暴走ともとれる烏野のバレーを、菅原先輩が交代したことによりいつもの理性的なものへと変えてくれた。
「.............っ!」
ヒナちゃんがリベロの西谷君とチェンジしてコートに入り、ツキシマ君のサーブから始まるこのローテーション。
ツキシマ君のサーブを拾った青城が力強い速攻を仕掛けてきたが、背の高い2番のスパイクを止めたのは、身長差が著しいはずのヒナちゃんだった。
「うほーっ!止めたーっ!!」
「ひっ、ヒナちゃんナイスブロック!!」
そのことに驚愕しつつもドシャットを決めたヒナちゃんへ声援を送るも、当の本人が一番驚いているようで、一頻り感動を噛み締めた後、直ぐに菅原先輩へ話しにいっていた。
その姿を見る限り、多分今のも菅原先輩の戦略なんだと思う。
凄い、本当に凄い。これで烏野は連続でブロックポイントだ。
背丈は青葉城西の方がずっと大きいというのに、戦略的に動くことでちゃんとブロックが効いている。
「.............」
確かに、菅原先輩は三年生なのに控えの選手で、「きつい」「可哀想」と思われるのかもしれない。
だけど、烏野の試合をコートの外で見ているからこそ、最前線で戦う選手達よりずっと冷静に状況を分析できる。
その分析結果を、コート内に直ぐに投入することが出来る。
攻撃の要であるセッターの影山君の暴走を止めるには、同じセッターである菅原先輩と交代するしかきっと策はなかったはずだ。
「.............」
ヒナちゃんのブロックポイントからの烏野のサーブは、先程と同じツキシマ君が打つ。
ツキシマ君の安定を考慮したサーブは青葉城西に上手く上げられ、背丈の無いヒナちゃんと菅原先輩の穴を狙って岩泉さんが力強いスパイクを打ち込むも、後衛の澤村先輩がしっかりとしたレシーブで迎えた。
ボールは菅原先輩へ運ばれ、ヒナちゃんが“黙ったまま”前衛に居ることで一瞬の混乱が生まれる。
あのヒナちゃんが「来い」も「くれ」も、何の合図もしないなんて.......
「飛雄じゃないんだから神業速攻は無いよっ!!」
「!!!」
瞬時に判断を下した及川さんの鋭い声が上がり、青葉城西の選手達がハッと顔色を変えるのがわかった。
かく言う私もその事をすっかり失念していて、味方ながらもそういえばそうだったと思ってしまう。
そんな一瞬の隙をつくように、菅原先輩はヒナちゃんへ素早くトスを送り、完璧なタイミングの速攻が見事に決まった。
「おおおーっ!!Cクイック!!烏野3連続ポイント......!!」
ヒナちゃんと菅原先輩の速攻に観客席はワッと盛り上がり、得点板は烏野14点、青葉城西20点とその差を6点に縮める。
ヒナちゃんと菅原先輩は嬉しそうにハイタッチを交わし、その後ろで三年生の澤村先輩と東峰先輩が満足そうに拳同士をぶつけ合う。
その後コート上の六人で円陣を組む姿を.......ベンチに居る影山君が、背筋を真っ直ぐに伸ばして静かに見つめていた。
ギャラリーから見る限り、先程までの興奮状態はすっかり消えているように感じる。
「.......風邪薬みたい......」
「え?」
思わずぽろりと思考が口から零れてしまい、滝さんと嶋田さんに首を傾げられて慌てて「何でもないですっ」と言葉を遮断する。
私の変な考えを、わざわざ二人に話す事は無いだろうと思ったからだ。
.......ただ、ふと思ってしまった。
先程みたいに烏野のバレーが何か不調を訴えた時、それを整えるのが控えの選手なんだとしたら、まるで病気を治す薬みたいだと感じたのだ。
患部を的確に分析して、治療して立て直す。
菅原先輩がやったことは、まさにそれだった。
『大丈夫!一本切ってくべー!!』
コートに出てきた時の菅原先輩の元気な声と、安心する笑顔を思い出す。
烏野のベンチをそろりと見て、あの山口君も、勿論縁下君も木下君も成田君も、いずれまた訪れるだろう烏野の不調時、きっと特効薬になるはずだ。
ピンチをチャンスに変えるような、いつもの烏野に整えてくれるような、そんな大事な役割を担うのが、きっと彼らなんだろう。
「.............」
改めて、私はまだバレーボールのことを、烏野男バレのことを何も知らないんだなと理解した。
烏野バレーの特効薬
(あぁ、だから、症状によって投入する“者”が違うのね。)