Crows to you
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デフォルト:広瀬季都【ひろせ きと】烏野高校二年三組の帰宅部。嶋田マートをメインにヘルプ要員で色んなバイトをしている為、商店街に顔が広い。
最近の悩み:「バイト入れ過ぎて“友達居ないの?”ってよく聞かれるけど沢山居ますから!!」
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及川さんの強烈なサーブは田中君の腕に当たったものの、その威力を抑えることが出来ずにボールはそのままコートの外へ弾き飛ばされた。
あの完全パワー型の田中君が誰かに力でねじ伏せられるなんて、初めて見る驚きの光景に思わずぽかりと口を開けたままにしてしまう。
そんな中、今度は烏野がタイムアウトを取り選手陣は一旦コートからはけていった。
嶋田さんによると、青城の流れと及川さんの集中を切らす為に意図的にタイムアウトを取ったのだろうという話だったが、タイムアウトが明けても及川さんの勢いは止まらず、再び田中君へ強烈なサーブが放たれる。
二度目は何とかレシーブで拾えたものの、ボールはそのまま青城のコートへ山なりに戻ってしまい、それが逆に相手のチャンスボールになり青城の得点へ繋がってしまった。
三度目の及川さんのサーブも正確に田中君を狙い続け、今回は自陣のコートにボールを上げられたものの、ヒナちゃんのカバーからの田中君のスパイクは青城の3枚ブロックにドシャットを決められてしまう。
「っ、田中君......!」
気が付けば、祈るような気持ちで田中君の名前を呼んでいた。
さっきまではコート中にうるさい程の大きな声が響いていて、澱んでしまった烏野に新鮮な酸素と元気を届けてくれていた田中君が、今ではすっかり静かになってしまった。
どうしよう、どうすればと焦る私の耳に、烏野が再度タイムアウトを取ったことを知らせるホイッスルが聞こえる。
1セットの中でタイムアウトが使えるの回数は、確か2回。つまり、烏野はこのセットでのタイムアウトを全て使い切ってしまった。
「ど、どうしよう......!?もうタイムアウト、取れませんよ......!?」
「ここは流れを切る事が最優先だからな...」
「あ~~、居たたまれねぇ~~......」
冷や汗をかきつつ得点板を見れば、烏野7点に対して青城は15点。
いつの間にか8点差も開いていることに気付き、さらに顔を青くさせて困惑の声を零せば、滝さんも嶋田さんも苦虫を噛み潰したような顔で静かに言葉を返してきた。
「......繋ぎが命のバレーで、肝心の要のサーブレシーブを連続でミスってる時の、あの、罪悪感と孤独感は尋常じゃない......」
「.............」
「タイムアウト明けもまた狙われ続けるだろうし......しかもそこに追い打ちのドシャット......あのボーズ、大丈夫か......?」
「.............っ、」
嶋田さんの言葉に、たまらず田中君に視線を向ける。
バレーボールという競技は、団体戦であれど個人のミスがそのままダイレクトに相手の得点になってしまう、ある意味個人競技みたいなところも兼ね備えるスポーツだ。
サッカーや野球、バスケットボールとはまたちょっと違い、とにかく試合の展開が著しく速いように思う。
そんな疾走感溢れるプレーの中、一人だけ連続でミスをしてしまうのはきっと私が思っている以上に精神的にキツいはずで、そしてそれは、普段元気過ぎる田中君だからこそ、余計心配になるところがあった。
「......田中君、頑張れ......!!」
「フンヌァァア!!!」
「!?」
ベンチに戻っていく田中君の背中に思わず願うような声をかけると、突然田中君は奇声を発すると共に自分の両頬を力強く叩いた。
ギャラリーにまで聞こえる衝撃音にびくりと肩を揺らせば、「スンマセンしたっっ!!」と大きな声で謝る田中君の声が続く。
その先の会話はギャラリーからでは聞こえなかったものの、選手同士で話し合ってから烏養さんが明朗に笑い、その後いつもの元気な田中君に戻っていて、烏野の空気が重くなっていないことにほっと息を吐いた。
「......なんか、大丈夫そうだな?」
「......そうですね。田中君、超格好良いですね」
「おやおや?もしや季都ちゃん、ああいう元気爆弾系がタイプ?」
「私は好きになった人がタイプです~」
「.......オイ、青城のベンチ見ろよ」
「え?」
田中君の様子に一先ず安心していたら、嶋田さんがふざけてそんなことを聞いてきたので軽くあしらっていると、滝さんが硬い声で視線を青城の方へ誘導した。
嶋田さんと揃ってそちらを見ると、青城の監督さんとコーチの人、選手達が立ちながらミーティングをする中......及川さんだけが一人離れたところに座り、目を瞑ったまま微動だにしていない姿が見えた。
その静かな様子はまるで、坐禅でもしているかのようだ。
「.......もしかして、精神統一......?」
「......だろうな......多分コレ、タイムアウト終わってもドギツい殺人サーブがくるぞ......」
「.............」
滝さんの言葉に思わずゴクリと固唾を飲めば、タイムアウト終了のホイッスルが鳴り響き、選手達は再びコート内へ戻っていく。
そんな中、及川さんは怖い程の静寂を保ちながらサープポジションへ入り、そして、滝さんの言葉通り寸分も狂いのない強烈なサーブを再び田中君へ放った。
「ッ!!」
たまらず息を止めると、田中君はその殺人サーブを自身の胸部に当てることでボールの勢いを殺した。
ギャラリーにまで聞こえる痛そうな鈍い音に軽い悲鳴が漏れてしまえば、田中君が無理やり受けたボールが床につく寸前、ヒナちゃんが滑り込む形で上に弾く。
不安定には上がったボールをセッターの影山君が駆け込みながらレシーブで無理やり繋げ、何とかそれは青城のコートへ戻って行った。
「ぃヨっシ!」
「返した!!」
「今の、ヘタしたら顔面だぞ......!?」
手すりを掴みながら思わず前のめりになって滝さんと一緒に声を上げれば、嶋田さんは顔を青くして田中君のプレーを心配していた。
だけど、青城のファーストタッチは幸運なことに及川さんだ。
これでもう及川さんはトスを上げられない。
「渡!」
「え......!?」
セッターである及川さんが臨時のセッターとして指名したのは、まさかのリベロだった。
予想外のプレーにぎょっとしてしまうも、青城のリベロさんは慌てることも無く綺麗なトスを上げ、3番さんが勢いよくバックアタックで攻撃を仕掛けてくる。
青葉城西。その名の通りというべきか、青葉の城塞はそう簡単には崩れないようだ。
「.............」
「ナイスレシーブ!!」
「スマンカバー!!」
「レェェフトォォオ!!!」
「!」
強豪校の隙のないバレーにたまらず唇を噛むと、トスを呼ぶ一際大きな田中君の声が聞こえ、反射的にそちらへ意識が引っ張られる。
瞬間、青城の3枚ブロックを華麗に打ち抜く力強いストレートが決まった。
「!!」
「おーーーーっ!烏野のボーズ自分でっ...」
「及川に持ってかれた流れ、切った......!!」
田中君の迫力満点なスパイクに、観客席がどっと盛り上がった。
「うおっしゃあああ!!!」
「田中ーっ!!」
「ナイス!!」
「皆ナイスフォローあざーす!!!」
烏野のコートもベンチも一気に盛り上がり、元気なカラス達が再び息を吹き返す。
今まで漂っていた不穏な空気が少し緩和された気がしてほっと胸を撫で下ろすも、ちらりと得点板を確認すれば烏野8点、青城15点。未だ7点も差がある現状に、手すりを掴む手がギリリと力んだ。
「.............」
今の攻撃が成功したことで、青城の及川さんからサーブ権が烏野へ移る。
及川さん程の脅威的なサーブを放つ選手はおそらく他に居ないだろうから、何とかしてローテーションを回す速度を遅くしたいところだ。
とは言っても、及川さんのサーブだけが恐ろしく強い攻撃な訳じゃない。
青城のセットプレーは背丈のある選手達の高さを最大限に引き出したかのような強烈なものだし、多分影山君とヒナちゃんの変人速攻の合図をわかっている青城のブロックは、間に合わなくとも確実に手には当てている。
勿論、烏野もやられてばかりということでもなく、こちらの攻撃も着々と決まっている訳だが...何処と無く、いつもと何か違うような気がして見ていて妙に落ち着かない心地がした。
「なぁ......なんか───烏野の攻撃、だんだん速くなってきてないか?」
「え?」
そう感じていたのは私だけではなかったようで、隣りに居る滝さんがぽつりとそんな言葉を零す。
思わず目を丸くして滝さんの方を見れば、滝さんは私をちらりと見た後直ぐにコートへ視線を戻した。
「全体的に、何となく前のめり気味っていうか......」
「ゆっくりゆっくり!焦んなよー!」
「!」
滝さんの言葉と重なるように、ベンチから烏養さんの声が聞こえる。
滝さんと烏養さんの言葉を聞いて、ようやく気が付いた。
見ていて妙に落ち着かない感じがしたのは、いつもよりボレーのスピードが速くなっていたからだ。
......でも、一体どこから加速してるんだ?
相手の攻撃を拾うスピードはきっと変えられないし、そもそもどんな攻撃をされたかによってレシーブを受けるタイミングやボールの速さはまちまちだ。
レシーブで上がったボールは、基本的にセッターへ返る訳だから......
「......それ、って......セッターの、影山君のトスが、加速してるってことですか......?」
拙い思考回路を精一杯回して、導き出した解答をもらせば、嶋田さんが小さく溜息を吐いた。
「......多分な。大方、青城のブロックに捕まりたくないって気持ちが無意識に働いて......少しずつ、速くなってるんじゃねえかな」
「そんな......!だって、スパイカーとのタイミングだってあるのに!トスだけ速くしても何の意味もないじゃないですか!」
「そんなの、冷静に考えれば誰にでも分かる。外で見てれば余計にな。だけど......試合の最前線で戦ってるヤツが、いついかなる時も正常な判断が下せるとは限らない。心身的な疲労や緊張、軽い酸欠状態の脳みそに、選手の思考の視野はどんどん狭くなるんだ」
「.............!」
思わず声を荒げた私の胸に、嶋田さんの落ち着いた言葉が刺さる。
狭くも広くもないコートの中、全神経をフルに使ってボールを繋ぐバレーボール。
体力も精神力もきっと大量に消費されるその極限状態で、勝つ為にはどうしたらいいか、目の前に居る相手を確実に倒す手立てを考えなければいけない。
コートの外から見てるだけでも、そんなことを考えるのは至極難しいというのに。
「.......コンビミスが起こる前に、一旦冷静になってほしいところだが......タイムアウトはもう全部使っちまったしなぁ......」
「.............っ、」
嶋田さんとの話の途中で、青城の力強いスパイクが決まる。
その様子を見ながら、滝さんは「こっちは至ってのびのび~って感じなんだよな......」と苦い表情で手すりに両腕をついた。
「......影山君!ゆっくりー!!」
ざわざわと落ち着かない胸で1回深く息を吸い込み、どうにかして影山君に気付いてもらいたくてそんな声を掛けた。
だって、セッターは常に攻撃の要だと聞いた。
その要が崩れたら、一体誰が冷静に烏野の攻撃を組み立てるというのか。
「.............っ、」
だけど、どうやら私の声はただの音となっているようで、最前線で戦ってる影山君へは届かなかった。
青城のサーブを田中君がレシーブで拾ったものの、ボールは丁度ネットの真上辺りに上がってしまう。
「押し込め影山!!」
澤村先輩の鋭い声と同時に影山君がネット際で飛び上がったが、青城も同じようにして及川さんがボールへ手を伸ばしていて、ネットを挟んでの押し合いになった。
しかし、及川さんの方が一枚上手だったようで、影山君の力を往なしてからボールを押し返し、烏野のコートへ落としてくる。
その際、着地に失敗した影山君は大きくバランスを崩し、その場に勢いよく尻餅をついた。
......今までの試合中、コートの中で転ぶ影山君の姿は、一度も見たことがない。
よく目を凝らして見てみれば、影山君はひどく苦しそうな、余裕のかけらもない切羽詰まった顔をしていて、完全に思考回路の酸欠状態が見て取れた。
「影山君!深呼吸して!影山君!」
影山君らしくない荒っぽいプレーに何て声を掛けていいのかわからないまま、兎に角一旦落ち着いてほしくて叫ぶように声を投げ掛けるも、影山君からの反応は全くない。
おそらく、今の彼には聞こえてないのだ。
「.............!」
何とかしたい。なのに、何も出来ない。
どうしようもない歯痒さに心がヒリヒリと痛む中...ついに、最も恐れていたことが起こってしまった。
どんどん加速する影山君のトスが、スパイカーを置き去りにしてしまったのだ。
「────」
スパイカーであるツキシマ君のタイミングを完全に無視した影山君のボールは、彼のスタンドプレーを強調するように誰も居ない空間へ飛んで行く。
......しかし、致命的なコンビミスだったものの、東峰先輩が辛うじてフォローへ回り、影山君の悪球をぎりぎりの所で青城へ返した。
「旭さんナイスフォロー!!」
西谷君の声が響いたのも束の間、苦し紛れで大きく上に上がっただけであるそれは、青城にとっては美味しいチャンスボールである。
その好機を県内トップ2である強豪校が見逃す筈も無く、きっちりと烏野のコートへスパイクを叩き落とした。
得点板を確認すれば、烏野11点、青城20点。
先に20点台に乗られてしまったことに思わず瞳を伏せてしまうと、唐突に審判のホイッスルが鳴り響く。
「.......あ......」
何かと思って釣られるように視線をコートへ寄越せば......色素の薄いアイボリーの髪が特徴的な三年生、菅原先輩が“9”という札を持ち、影山君へ真っ直ぐな視線を送っていた。
満を持しての、真打ち登場
(いつだって、ヒーローは遅れて登場するものだから。)