Crows to you
name change
デフォルト:広瀬季都【ひろせ きと】烏野高校二年三組の帰宅部。嶋田マートをメインにヘルプ要員で色んなバイトをしている為、商店街に顔が広い。
最近の悩み:「バイト入れ過ぎて“友達居ないの?”ってよく聞かれるけど沢山居ますから!!」
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
公式ウォームアップ終了のホイッスルと共に、両チームがエンドラインに沿って整列する。
インターハイ予選第3回戦、烏野高校VS青葉城西高校の試合開始を告げる二度目のホイッスルが鳴り響くと「お願いしあース!!」と迫力満点の挨拶が体育館に響き渡った。
選手が整列する間、静まっていた全ての音が一斉に再開するこの瞬間は、三度目にしてもなお胸の奥が少し震える。
「どっち勝つかな」
「さすがに青葉城西だろ」
「!!」
同じ烏野の応援席に居る他校生同士の会話に思わず顔を顰めてそちらを見ると、私の様子に直ぐに気付いて気まずそうに顔をそらされた。
「季都ちゃ~ん、折角の可愛いお顔が台無しですよ~」
「.......元からですぅ」
途端、隣りに居る嶋田さんにポンと頭を優しく叩かれ、渋々目線を彼らからコートの方へ戻す。
そりゃあ、バレーの強豪校と名高い青葉城西に烏野が絶対に勝てるなんて私だって思ってないし、昨今の戦歴を辿れば青葉城西に軍杯が上がるだろうと予想する人もきっと多いに違いない。
だけど、烏野だって強い。初戦に続き、あの恐ろしい伊達の鉄壁をも倒してきたのだ。
そんな烏野のことを、端から敗者だろうと決めつけないでほしい。
「それじゃあ、今日も────信じてるよ、お前ら」
「.............!」
烏野のベンチから何気なくゆるりと青葉城西の方へ視線を滑らせた矢先、一瞬空気がピリッと張り詰めた気がして咄嗟に息を飲んだ。
どうやらそれを感じたのは私だけではなかったようで、両隣りに居る嶋田さんと滝さんもサッと表情を変える。
「────何か、今......青葉城西の空気が変わった気がする」
「......ああ......こう、強豪校特有のスイッチ入った、みたいな」
「.............」
二人の話を聞きながら、気圧されつつも青葉城西の選手陣を見つめる。
及川さんを先頭にコートへ入ってきた選手達は、皆一様に背が高かった。
七人中の六人はおそらく180センチくらいはありそうで、一人だけ少し小柄に見える坊主の人が多分リベロだろう。
でも、烏野のリベロである西谷君と比較すると青葉城西の人の方がずっと背が高い。
対する烏野は東峰先輩とツキシマ君がいい勝負かと思われるものの、スタメンの平均身長は残念ながら勝てそうになかった。
「.............」
バレーは何も身長だけじゃないと、ヒナちゃんと影山君の変人速攻を見て思い知ったはずなのに、青葉城西の選手との体格差を前にどうしても嫌な気持ちがじわりと広がる。
心の中がざわついたまま、ツキシマ君の落ち着いたサーブが青葉城西のコートへ放たれるのを見ていた。
「国見!」
「ハイ」
「ナイスレシーブ!」
ツキシマ君のサーブは青葉城西の13番にきっちりと拾われ、ボールがセッターの及川さんへきちんと渡ると共に2番と岩泉さんがネット際へ駆け込んでくる。
「前衛二人飛び出してきた!」
「誰使う!?」
この試合、先程のサーブ以外では一番最初の攻撃だ。
どんなセットプレーがくるんだろうと滝さんと嶋田さんの声を聞きながら思わず前屈みになって目を凝らしていると......突然、セッターの及川さんがスパイカーよりも先に高く跳び上がった。
「えッ、あッ!?」
「うわ」
何事かと驚いたのも束の間、一瞬の隙に及川さんは自らの手でボールを烏野のコートへ叩き落とす。
まさに電光石火の攻撃と言うべきか、試合が始まってものの数秒で青葉城西に先制点を取られてしまった。
「い、いきなりのツーアタックだー!!」
完全に烏野の裏をかいた及川さんのプレーに、観客がわっと盛り上がる。
以前、嶋田さんと滝さんからツーアタックはブロックに読まれやすい手でもあり、仕掛けるタイミングが肝なのだと教えてもらったことがあるが、まさか、こんな試合の初っ端に仕掛けてくるなんて、全く考えてなかった。
何だか今の攻撃で、及川さんがセッターである自分の存在と脅威を強く知らしめたような気がして、思わずぶるりと震えそうになる身体にグッと力を入れて耐える。
最初から及川さんに臆してしまえば、それこそ相手の思うツボだ。
「大地さんナイスレシーブ!」
「Bィー!!」
「俺に来ーい!!」
青葉城西の2番からのサーブを澤村先輩が綺麗に拾い上げ、今度は烏野が攻撃を展開する。
セッターである影山君のトスを貰うべく、田中君とヒナちゃんが同時にネット際へ駆け込んだ。
ギャラリーに居る他校生の見物人の「おっ、来るか?10番来るか!?」という期待に満ちた声に応えるように、影山君とヒナちゃんのボールを見ない超速攻が繰り出された。
あまりの速さに青葉城西のブロッカーは誰一人ヒナちゃんを止めることはできなかったが、目を瞑った状態で放たれたスパイクは運の悪いことに近くに居た青葉城西の3番に拾われてしまう。
「あーっ、レシーバーの正面か!」
「これもう、副作用というか、弊害というか...!」
「!!んんっ!?」
ブロックは綺麗にかわせたのに、レシーバーの正面に打ってしまったことに改めて変人速攻は最強の必殺技ではないんだと思い知っていると、滝さんが不可解そうな声を上げた。
「おい、青城のセッター、またツーで打つ気か!?」
「えぇッ!?」
滝さんの声に釣られて慌てて及川さんへ視線を寄越すと、今度はあからさまにネット際へ高く跳び上がっている姿が見える。
まさか、連続でツーアタックをやるつもりだろうか?
いくらなんでもそれは無茶なのでは、と思いつつも及川さんならやりかねないとも思ってしまい、コートの烏野も及川さんを止めようとブロックを用意した。
.......しかし、及川さんは空中で器用に体勢を変え、スパッと宙を切るように岩泉さんへトスを寄越す。
ボールをもらった岩泉さんも特に焦る様子も無く、落ち着いた動きでのびのびと強烈なスパイクを放った。
烏野のコートにボールが落ちると共に再び歓声が上がり、会場全体が青葉城西の色に染まっているようだった。
「.......スパイクモーションからの、セット......」
「.......す、凄い......」
及川さんの鮮烈なプレーに愕然として、思考がそのまま口から零れ落ちる。
及川さんが凄い選手だということは耳に入れていたが、実際目の当たりにすると文字通り度肝を抜かれてしまう。
近くに座る及川さんのファンであろう女の子達が「及川先輩格好良い」と涙しているが、烏野の応援である私にはもう恐ろしい存在にしか思えなかった。
確かに、格好良いとは思う。だけど、バレーボールの及川さんの存在はそんな生易しいものではない。
例えるなら、凄く研ぎ澄まされた氷細工、みたいな。
見た目は透き通ってて、きらきらしてて、誰もが目を奪われる程美しいのに、いざ触れるととても冷たくて、鋭利なところを見つけてしまえば驚くほど攻撃的だ。
綺麗で優しい。だけど、少し怖い。
私の中の及川さんの印象は、彼のバレーを見たことで完全に形成されてしまった。
得点した青葉城西のサーブから始まり、2番が放ったボールをリベロの西谷君がきっちりレシーブを上げる。
セッターの影山君へボールが向かうと直ぐにヒナちゃんがそちらへ駆け込み「持って来ォォイ!!」とトスを呼んだ。
先程の超速攻を警戒した12番がブロックに飛び上がると、レフトから田中君が走り込んでくる。
ヒナちゃんを囮としたセットプレーだ。
「────と、見せかけて?」
「え?あ!」
てっきり田中君にトスが上がるんだろうと思っていれば、嶋田さんが楽しそうにニヤリと笑った。
ヒナちゃんの後ろには東峰先輩が助走をつけていて、もしかして田中君までが囮なのでは!?と予想した、矢先。
セッターの影山君がトスの姿勢を崩さないまま、わずかな動きで青葉城西のコートへストンとボールを落とした。
「マジか!ツーでやり返しやがった!」
「う、わぁ......ッ!強気~......!」
「いやぁ......負けず嫌いっつーか、どっちも肝座ってンなぁ......最近の若者怖ぇ~」
影山君によるまさかのツーアタック返しに、思わず呆気にとられてしまう。
今のプレーは完全に相手を、及川さんを煽っているようにしか見えなかったからだ。
「なんか、ザ・セッター対決って感じ?」
「確かに......お、そのままサーブか」
「.............」
滝さんと嶋田さんの話を聞きながら、そういえば昨日青葉城西の方達と常波戦を見ていた時、岩泉さんが確か、影山君の試合を及川さんが気にしていたような事を言っていたような気がする。
もしかしたら影山君と中学が一緒だったとか、小学生の時に同じチームに入ってたとかしたのかもしれない。
もしそうなら今の強烈なプレーも何となく納得できる。
影山君も及川さんも、付き合いが長い分筋金入りの負けず嫌いだろうと思うから。
そんなことを黙々と考えていたら、勢いをつけ過ぎたらしい影山君のサーブがエンドラインを優に越え、向かい側の壁に激突するのが見えた。
「あ......らら......」
「うそだろwここでフカすのかw」
「さっきのツーアタックはめちゃくちゃ格好良かったのになァ」
野球だったらヒットかホームランだったなとふざけて笑う滝さんと嶋田さんにつられて笑ってしまうと、サーブ権が青葉城西へ移る。
ボールを寄越されたのは、先程鮮烈なプレーを見せた及川さんだった。
「おお、向こうのサーブは及川君だ」
「......待てよ?なぁ、青城の及川って確か、サーブもヤバいんじゃなかったか?」
「えッ、そうなんですか?」
滝さんの一言に、たまらず聞き返す。
一抹の不安を感じてサーブポジションに居る及川さんを見れば、それと同時にホイッスルが鳴った。
ゆっくりと助走をつけ、ボールを上に上げる。
そのまま勢いを殺すことなく飛び上がると、一気に右腕を振り下ろした。
まるで銃口を離れた弾丸のような威力で真っ直ぐと向かう先は、烏野の守護神......西谷君の真正面だ。
「え、リベロ?」
「.............っ、」
真っ直ぐに狙われた西谷君にたまらず祈るような視線を送っていると、西谷君は重心を右に傾け、綺麗なアンダーレシーブで弾丸さながらのボールを高く上げる。
西谷君の両腕により完全に勢いを殺されたボールは、フワリと軽やかに飛び上がりながらセッターの影山君へ渡っていく。
「おおおっ!!及川のサーブ上げた!!」
「やっぱ烏野のリベロスゲーッ!!」
西谷君のレシーブを見て、観客席がわっと盛り上がる。
驚異と賞賛の声を聞いて、西谷君がいかに技術の高いプレーをしているのかを改めて思い知った。
凄い。本当に凄い。烏野の守護神、本当に格好良い。
「来いやっ!」
「10番10番!」
西谷君の神がかったレシーブに思わず感動している間も、試合はどんどん展開されていく。
即座にトスを呼んだヒナちゃんを警戒する声が響き、再び烏野の攻撃ターンへ移る。
「!」
影山君は誰にトスを上げるんだろうとセッターに注目していると、影山君がヒナちゃんとは逆方向のライトの方へちらりと視線を寄越した。
今回もヒナちゃんは囮なのかと思いきや、相手の一瞬の隙をつき、すぐ近くに居たヒナちゃんと影山君の神業速攻が炸裂する。
相変わらず常識の範疇を超えるスピードに、青葉城西のブロックは誰一人追いつけなかった。
「よしっ」
「ッシャアイヤァイ!!」
烏野2点、青葉城西3点と再び1点差に追い付いた烏野には、影山君の小さなガッツポーズとヒナちゃんの嬉しそうな雄叫びが響く。
やった!と思う気持ちとは裏腹に、今見たプレーに驚いてしまってすっかり拍手を忘れてしまった。
「......も、もしかして、今のって、フェイント......?」
「あぁ......見たな、今。ライトの方」
「おう」
目を丸くしたままたまらず尋ねてしまうと、二人は興奮した様子でニヤニヤと笑いながらも答えてくれる。
「視線でひっかけるのは音駒のセッターがうまくやってたな。そういや」
「あ......あの、金髪の......!」
滝さんの言葉にふと思い出すのは、音駒の金髪セッターさんのプレーだ。
確かに、先程の影山君と同じようにちらりと一人のスパイカーを確認しては、全然別方向にいるスパイカーへトスを上げたりしていた。
影山君は、それをもう自分のモノにしてしまっている。
「あの寸分の狂いもないトスだけでも凄いのに、一瞬ボールから目を離した後それをやる......やっぱすげえ技術だ......」
「.............」
驚嘆の色を浮かべた嶋田さんの言葉に、自然と視線が影山君へ向かう。
オーディエンスを沸かせる神業を華麗に披露したにも関わらず、影山君は至って普段通り、落ち着いた様子で試合に臨んでいた。
“────......キトちゃんの希望を、願いを、祈りを、全て叩き潰す悪い男に、頑張れなんて言っちゃダメだよ。”
どうかこのまま、均衡の取れた状態で試合が続きますようにと心の中で願った直後、昨日及川さんから告げられた言葉を思い出し、妙な焦燥感が胸の中をじわじわと蝕んでいく。
どことなく落ち着かない気持ちでコートを見ていれば、ふいに及川さんがこちらを見て、小さく笑ったような気がした。
大王様のオーケストラ
(同じハコに、指揮者は二人も要らないんだよ。)