Crows to you
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デフォルト:広瀬季都【ひろせ きと】烏野高校二年三組の帰宅部。嶋田マートをメインにヘルプ要員で色んなバイトをしている為、商店街に顔が広い。
最近の悩み:「バイト入れ過ぎて“友達居ないの?”ってよく聞かれるけど沢山居ますから!!」
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6月3日。インターハイ予選2日目。
烏野高校の三回戦を見る為に、原付バイクに乗り再び仙台市体育館へ足を運んだ。
ストライプシャツに黒スキニー、お気に入りのゴーグル付きヘルメットを頭の後ろに下ろして待っていれば、今日は滝さんも嶋田さんもトラブルがなかったようで待ち合わせ時間少し前に無事に集合できた。
「おはよ、季都ちゃん。今日は髪の毛巻いてるんだな~。可愛いじゃーん」
「おはようございます。今日は気合い入れてきました。バイクで来たから少し取れちゃいましたけど」
「なに?もしかしてイケメンセッター及川君の試合だからとか?」
「あー......まぁ、そうですね」
「オイ!烏野男子が泣くぞ!」
嶋田さんの言葉に返答すると、隣にいる滝さんが笑い半分で怒ってきた。
「いやいや、別にそういう意味ではなくて」と訂正を入れてから、ひとつため息を吐く。
「......及川さんに昨日、絶対泣かしてあげるって言われて。それで、負けてたまるか~!って思って、気合い入れてきたんです」
「え?」
少し早起きしてコテで巻いた髪をおもむろに弄りながらそう言うと、二人は目を丸くして私を見てくる。
その顔には心配の色と好奇の色が半々に出ていた。
「お前知り合いなの?及川って確か、青城の主将でセッターだよな?」
「あぁ、たっつぁんに話してなかったっけ?この前さ、うちの前にその及川君の甥っ子が迷子になってて、季都ちゃんが青城まで送り届けたんだよ」
「マジかよ、すげー偶然だな」
「もしやその時に何か一悶着あったのか?」
「......別に、何も無いですけど......でも、気持ちで負けたくないので」
「.............」
「......絶対泣きませんって啖呵切っちゃいました。でも、私がバレーする訳でもないのに、何言ってんだって話ですよね」
昨夜のやり取りを二人に伝え、その内容を改めて思い出したところで思わず眉を下げてへらりと笑う。
烏野バレー部でもない、ただ応援に来てるだけの私が、相手の強豪校の主将に啖呵を切るなんてどう考えても絶対におかしい。
出過ぎた真似をしてしまったかもという不安や反省する気持ちはあるが、後悔だけはしないように密かに気持ちを整えた。
烏野だって強いということを、及川さんに少しでも伝えたかったのだ。
「.............」
「.............」
二人は目を丸くしながらちらりとお互い視線を合わせ、なぜか満足そうにニヤリと笑った。
その直後、二人から無言で背中を叩かれる。
「痛い!え、なに!?なんで!?」
二人分の勢いに負けて前につんのめりながらも驚いた声を出せば、嶋田さんと滝さんはケラケラと可笑しそうに笑った。
いや、笑い事じゃないし、背中も結構痛いんですけど!
恨みがましく大人二人を責め立てるも、のらりくらりとかわされて結局叩かれた理由はわからず、やきもきしながらも体育館の中へ足を踏み入れるのだった。
▷▶▷
「それにしても、無事2日目進出だな烏野。当分休み取れねーよ......」
「俺も」
「あ、じゃあ私が嶋田さんのとこと滝さんのとこヘルプで入りますか?」
「季都ちゃん、天使かよ......」
「人間でーす」
烏野の応援してる席へ向かいがてら嶋田さんと滝さんと世間話をしていると、本日の試合相手である青葉城西高校の応援席を横切る道順となった。
さすがバレーボールの強豪校とだけあり、応援席には控えの選手がびっしりと隙間なく整列し、メガホンやノボリを使って力強く応援していた。
その勢いに軽く気圧されていると、私の様子に気付いたのか嶋田さんはチラリと応援席を見る。
「......あー......伊達工も結構な応援の量だったけど、こっちの場合は......」
「きゃーっ♡及川君がんばってーっ♡」
「!?」
「......コレですよ......」
嶋田さんの言葉が終わるか終わらないかのところで可愛らしい声援が複数聞こえ、思わず目を丸くした。
何かと思って青城の応援席をそろりと覗くと、私服姿の同い年くらいの女の子達が数人座っていて、コートに居る青城の主将、及川さんに声援を送っているようだった。
「......キト、お前もキャー♡とかやってやれば?」
「え、ムリです」
「即答かよw」
やっぱり及川さんってモテるんだなぁとしみじみ思っていると滝さんからそんな言葉を掛けられ、即座に一刀両断すると可笑しそうに笑われた。
いや、でも、出来ないものは出来ないのだから仕方ない。
冗談混じりにきゃーきゃー言うのは出来るけど烏野の応援は全力で本気でやりたいし、あと、多分、恥が勝ってしまってとてもじゃないけどあんな風に可愛くはしゃげない。
「......それに、そんなことしなくても、烏野は今日も元気です」
ひとつため息を吐き、向かい側でウォームアップをしている烏野に目を向ければ、黒とオレンジのユニフォームを身に付けたカラス達は元気よく大きな声を出してアップに勤しんでいた。
そんな烏野バレー部を見て、島田さんは「ハハッ、本当だ。気合十分だねぇ」と楽しそうに笑う。
そのまま歩き続け、烏野の応援席まで来ると一番前の座席に荷物を置き、腰を落ち着けた。
一段と近くなった烏野の選手達の様子をわくわくしながら上から見ていると、私が来たことに気が付いた縁下君がこちらに小さく手を振ってくれる。
「おはよう」と小さく口にしながら私も振り返すと、烏野の主将の澤村先輩がサーブ練習に入るよう指示を出した。
「お、そう言やお前の“弟子”、サーブ上手くなった?」
「なんだよ弟子って......」
「あ、一年生の山口君ですね!今日こそ試合出るんでしょうか?」
烏野の選手が次々とサーブを打つ中、滝さんと嶋田さんの会話が気になりたまらず話に混ぜてもらうと、嶋田さんは眉を下げて「オイオイ、一週間しか経ってねーんだぞ?」と苦笑気味に笑う。
「まぐれ当たりはあっても、狙って無回転打てるにはまだまだだろ」
「まぁ、だよなー」
「.............」
嶋田さんの厳しい見解に、滝さんはため息を吐きながら相槌を打った。
二人の話を聞きながら、自然と視線はサーブ練習をしている山口君へ向かう。
いつかの嶋田マートでバイト中、山口君が「ジャンプフローターサーブ、教えて貰えませんか?」と嶋田さんの元へ直談判しに来たのはまだ記憶に新しい。
烏野の一年生は見たところ、山口君とヒナちゃん、影山君、眼鏡のツキシマ君の四人のようで、その中で唯一試合に出ていないのが山口君だ。
私が一番最初に見た音駒戦も、昨日見た常波戦も、伊達工戦も、コートの中には山口君の姿は無かった。
運動部に所属したことがないので勝手な想像でしかないが、多分大抵の一年生というのは試合に出ることが叶わない人が多いのではないかと思う。
理由は勿論、先に入部している二年生、三年生の先輩方が居るからだ。
年功序列ということでも無いだろうが、一年生よりもそのチームの一員として長く居る二、三年生の方が団結が強いというか、こう、息を合わせたプレーをし易いのではないかと思うのだ。お互いをよく知っている者同士な訳だし、バレーボールは特に繋ぐことが要となるスポーツだと思うから、余計に。
「.............」
......でも、強さを追求するということは、決して摩擦を少なくするということだけでは無いんだろう。
そのチームでの経験、感覚、空気感。おそらくとても大切なモノだけど、多分、ただ足並みを揃えるだけじゃダメなんだ。
0か100しかないこの世界で生き抜く為には、きっと何らかの形でチームの代謝を上げていかなければならない。
一年生であるツキシマ君が、影山君が、ヒナちゃんが今コートに立つ理由は、烏野の代謝を上げてチームをより活性化させる為なのかもしれなくて、そうやって起用されるには、きっとそれなりのパワーがないといけないのだろう。
「.......んンンン......!」
「えっ、なに?どした?」
「腹でも痛いのか?トイレ行く?」
正直、私が考えてもどうしようもないことをぐるぐると考えてしまい、手すりに置いた腕に顔を埋めながら思わず唸ってしまうと、嶋田さんと滝さんは何事かと様子を窺ってくる。
腹痛じゃないですと伝えてから、大きく息を吸って吐き出した。
「......山口君に頑張ってって言いたいけど、もう既にめちゃくちゃ頑張ってた......何か声かけたいのに、全然思い付かない......」
「.............」
「......いや、違う?むしろここで声掛ける方が野暮なんですかね......?どうなんだろう......」
勝手にもだもだと考えていた事を二人に告げると、嶋田さんも滝さんも珍しく何も言わずにただ目を丸くした。
頑張ってる人みんな、その努力がまるっと報われればいいのにとつい思ってしまうが、現実はそう甘いものではないようだ。
「.......何も言わなくて、大丈夫だよ」
「え?」
眉間に皺を寄せながら烏野のウォームアップを上から見ていると、頭の上からぽつりと嶋田さんの声が降ってくる。
思わず顔を向けると、嶋田さんは烏野の選手達を見たまま静かに言葉を続けた。
「.......少なくとも、今はな。舞台に上がってない役者に、歓声は上がらないもんだ」
「.......そんな、言い方......」
嶋田さんらしからぬ厳しい言葉にたまらず眉を下げて小さく反論を唱えてしまうと、嶋田さんの眼鏡の奥の瞳がおもむろにこちらへ向いた。
「......それでも、今のソイツを見てくれる人が居るっていうのは、だいぶ心強いよ」
「.............」
「だから、ソイツがたった1回でも舞台に上がるその瞬間が来たら。その時は季都ちゃん、めちゃめちゃ応援してやってな」
「.............」
にっと歯を見せて笑う嶋田さんの顔は、まるで同い年の男の子のようで少しだけ目を丸くする。
告げられた言葉に思わずぽかんとしてしまったものの、その内容が徐々に心に反響して、自然と私の顔もゆっくりと綻んだ。
「......はい、めちゃめちゃ応援します!」
片手でガッツポーズを作りながら力強く返答した私に、嶋田さんは嬉しそうに、それでいて少しだけ寂しそうに笑った。
主役になれない僕らの
(それが運命なんて、どうか思わないで。)