Crows to you
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デフォルト:広瀬季都【ひろせ きと】烏野高校二年三組の帰宅部。嶋田マートをメインにヘルプ要員で色んなバイトをしている為、商店街に顔が広い。
最近の悩み:「バイト入れ過ぎて“友達居ないの?”ってよく聞かれるけど沢山居ますから!!」
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夜の闇が徐々に深まり始める時間帯。
お客さんも来ないので商品の棚の整理と清掃をやっていると、勢いよくドアが開いて思わず肩がびくりと揺れた。
「俺のが早かっただろ!!退けよ影山!!」
「ドアに手ぇついたのは俺が早かっただろ日向ボケ!!お前が退けボケぇ!!」
「.............」
何事かと思って慌てて出入口まで戻ると、そこには大して広くもない坂ノ下商店のドアにお互いの侵入を牽制し合う烏野高校変人コンビ、ヒナちゃんと影山君の姿があった。
話の内容から察するに、どうやら烏野高校からここまでどちらが早く着けるか勝負をしていたらしい。
「.......えー、と......いらっしゃいませ。今日もお疲れ様でした」
「あっ、キト先輩!さっきぶりです!」
出入口で立ち往生している二人にひとまず声を掛けると、ヒナちゃんはパッと顔を上げて元気に挨拶を返してくれる。
朝昼と二試合して、今までミーティングをしていたというのに随分元気なもんだ。
もしかして体力底無しなのでは......と度肝を抜かれていると、ヒナちゃんの不意をついた影山君がするりと店内へ入り込む。
「あ゛ッ!!!」
「.......俺の勝ち、だな」
しまった!と言わんばかりの焦り顔を向けるヒナちゃんに、背の高い影山君は「油断禁物ってやつだろ」と鼻で笑った。
そんな二人のやりとりが面白くてついふきだしてしまいながらも、自分の勝利を誇らしげに告げる影山君へ近くにある冷蔵ケースからある商品を贈る。
「じゃあ、どーぞ。一番乗りの影山君にはこちらを差し上げます」
「え?」
私の言葉に影山君は目を丸くしてこちらを見る。
私が差し出したものを確認すると、わかりやすくパッと顔を明るくさせた。
「ぐんぐんヨーグル......!え、いいんすか?」
「ふふ。いいんすよ?」
いいんすか?と聞く割に視線は目の前のぐんぐんヨーグルに固定されていて、その姿がまた可笑しくて笑ってしまう。
とっさの思いつきで渡してしまったが、後でちゃんと売り上げ立てて私が支払えば問題ないだろう。
本当はそれらを先に済ませた方がいいんだろうけど、烏養さんには大目に見てもらおうなんてことを考えながらぐんぐんヨーグルを渡すと、影山君は一歩距離を詰めて「あの、」と声を掛けてきた。
「......俺、前にもコレ、貰いました......よ、ね?」
「.............」
影山君から言われた言葉に、今度はこちらが目を丸くする。
てっきり忘れているんだろうと思ってたのに、まさか覚えててくれたなんて。
いや、同じ境遇になって既視感を覚えて、それで思い出したのかもしれないな。
言葉の途中で変に尻すぼみになったのは、おそらく記憶に自信がないからだろう。
「......あぁ、うん。当たり~」
「!」
驚いて少し間を開けてしまったものの、へらりと笑いながらそうだよと返してあげると、影山君はほっとしたように小さく笑った。
しかし、直ぐにまた生真面目そうな顔に戻り、折り目正しく頭を下げてくる。
「この間は、礼も言わずにすみませんでした。ありがとうございました」
「え!いや、そんないいって!大したことしてないし、ぐんぐんヨーグルも影山君が飲んだ方が本領発揮できるだろうから!」
「ホンリョーハッキ......?」
「私が飲むより、ぐんぐんヨーグルが影山君の血となり肉となり骨となった方が、烏野バレー部を応援する身としてとても嬉しいです!」
「.............!」
律儀にお礼を言ってくれる影山君にまたびっくりして、ワタワタ慌てながらつい余計なことを言ってしまうと、影山君は少し首を傾げた。どうやら本領発揮という言葉がわからなかったらしい。
影山君もヒナちゃんタイプかと直ぐに判断し、先程より少し噛み砕いた言葉を告げると今度はちゃんと話が通じたようで、ピンと来たような表情を浮かべてくれた。
「あ、あざす......」
先程のかしこまったお礼とは違い、少し照れたような、狼狽えてるような様子で簡略化された「ありがとう」を言ってくれる。こっちの方が断然嬉しい。
唇を尖らせてそっぽを向きながら、所在無さげに片手を首の後ろに回す影山君がなんだかとても可愛く見えて、たまらずふきだしてしまう。
途端、ぶすりと面白くなさそうな目を向けられたのはわかったが、今はそれすらも可笑しくて結局笑いを止めることは出来なかった。
「広瀬ー!中華まんって何個あるとかわかるかー?」
「!」
ムスッとした影山君に笑っていると、後から入店したのだろう田中君の元気な声が聞こえてそちらの対応に向かう。
「いらっしゃいませー、お疲れ様~。多分買いに来るかなぁって思ってたから、一応人数分蒸してあるよ~」
「お、マジか!さすが広瀬!」
「ただ、在庫の都合上全部肉まんだけど」
「俺あんまんがいい」
「田中君私の話聞いてた?」
さらっと無いものを要求する田中君に呆れた目を向けると、隣に居る西谷君が可笑しそうに笑う。
あんまんは在庫が少し足りないので肉まんで勘弁してください。
「肉まん食う奴、手ぇ挙げろー」
「大地ごちそーさまでーす」
「なんで俺が奢ることになってんだ!少なくともお前と旭は払えっ」
「え~」
「キャプテンあざーす!」
澤村先輩の言葉に菅原先輩が悪ノリしたものの、直ぐに却下されていた。
ヒナちゃんは完全にご馳走になる気満々だ。大物になるぞ、これは。
「澤村、今日は俺が出すから財布しまえ」
「え?」
「あ、コーチ!」
蒸し器の前でわいわい話す烏野バレー部の後ろから聞き慣れた低い声が聞こえる。
確認するとここの店主である烏養さんがバレー部達を掻き分けて中へ入ってきた。
「......で、それ食ったらお前らすぐ帰れよ?ちゃんとした飯食って、風呂入って、早く寝ろ」
「あざーす!」
烏養さんの言葉にバレー部が元気にお礼をして、何人かが店の外へ出る。
肉まんを貰えるなら買うものはないということだろう。
「紙袋二つに分けますね。熱いので気を付けてください」
「おう、ありがと。あ、今日も応援来てくれて本当にありがとな」
烏野の人数分の肉まんを蒸し器から取り出して紙袋に入れてお渡しすると、澤村先輩が優しく笑ってそんなことを言ってきた。
突然のお礼にびっくりして「え、そんな、全然!私が観たくて行ってるので!」と慌てて両手を振る。
「二回戦突破、おめでとうございます!明日も応援行きますので、がんばっ......」
“────絶対泣かせてあげる。”
「.............っ、」
言葉の途中で先程の及川さんのメッセージが頭を過り、たまらず声を詰まらせた。
不自然に言葉を切ってしまった私に、澤村先輩は不思議そうな顔を向ける。
「.......広瀬さん?どうした?」
「.......あ......い、いえ......」
私から紙袋を受け取ったまま、心配そうにこちらを窺う澤村先輩の声にふと我に返り、目を瞑って軽く頭を振る。
ああ、もう、こんなところで出てくるな弱虫!
「明日も頑張ってください!烏野のバレー、楽しみにしてます!」
「.............」
深呼吸をして、しっかり声を出す。
無意識に両手でガッツポーズの形を取ってしまえば、澤村先輩は少し目を丸くしてからフッと小さく笑った。
「......おう。明日も全力で頑張ります」
そう言って、澤村先輩は大きな拳をそっと私の前に差し出す。
澤村先輩の行動に少しびっくりしたものの、おずおずと私の拳を澤村先輩のそれに近付けると、軽い力で当てられた。
「じゃあ、また明日。帰り、暗いから気を付けてな」
私を気遣う優しい言葉と爽やかな笑顔を寄越してから、澤村先輩もお店の外へ出て行く。
主将としても、男性としてもそつの無い振る舞いに、これは女バレの道宮先輩も惚れちゃうなぁと場違いながらに納得して、空っぽになった蒸し器の電源を落として水抜きと清掃の準備に入った。
「キトもそれ片したら帰っていいぞ」
「え?」
今日はこのままお店を閉めるだろうと思い閉店準備を進めようとしたら、烏養さんからそんなことを言われたので思わず目を丸くした。
ぽかんと間抜けな顔を向ける私に、烏養さんは小さくため息を吐く。
「お前だって朝から試合見てんだろ。明日も来るなら尚更だ。今日は早く帰れ」
「.............」
突然の退店要請に何事かと思えば、どうやら私の体調を考えてのことだったらしい。
確かに朝早くから起きて、初めて行く場所に行って、初めてバレーボールの公式戦を観戦して、烏野を応援して、喜んだり、泣いたり、とにかく色々と忙しない一日だった。
全く疲れてないと言えば嘘になるし、明日のことを考えて早寝をしたいという気持ちもある。
.......だけど。
「.......私、何の為にここでバイトしてるんでしょうか?」
「あ?」
「.......烏養さんに、烏野のコーチに行ってもらう為です」
「.............」
私の言葉に、今度は烏養さんが目を丸くする。
でも、これは絶対に譲れない。最初はなんとなくの流れでやり始めたことだけど、今ではちゃんと私の意志に基づいてここでバイトをしているのだ。
音駒との練習試合を観た日、烏野男バレを裏方サポートすると心に決めた。
私に出来ることなんてとても小さなことだろうけど、とにかく今は、烏養さんの休養時間、もしくは明日への作戦準備の時間を確保する事が第一優先である。
「......烏養さんこそ、今日はお疲れでしょうから早く休んでくださいね。閉店作業終わったら声掛けますので、施錠だけお願いします」
「.............」
自分の考えをしっかり告げてから、一先ず出入口に閉店の札を掛ける。
その際外にいるヒナちゃん達がこちらに手を振ってきたので、それに笑って手を振り返してからそのまま閉店作業に取り掛かった。
「.......じゃあ、帰り送ってや」
「バイクで来てるので大丈夫でーす」
「.............」
どこか腑に落ちない顔をする烏養さんの言葉を途中で遮断すると、あからさまに顔を顰められた。
だけど、本当に大丈夫なのだから仕方無い。
夜は人も少ないし、いつもより少し飛ばして走るから家までそこまで時間も掛からないし、走ってる原付バイクを襲ってくる輩もなかなか居ないだろうと思う。普通に危ないし。
「.............」
「.............」
「.............」
「.............可愛くねーの」
しばらくの沈黙の後、舌打ちと共に負け惜しみに近い言葉を吐いてきた烏養さんに、ついふきだしてしまうのだった。
烏と弱虫の決戦前夜
(可愛くないのは、存じております。)