Crows to you
name change
デフォルト:広瀬季都【ひろせ きと】烏野高校二年三組の帰宅部。嶋田マートをメインにヘルプ要員で色んなバイトをしている為、商店街に顔が広い。
最近の悩み:「バイト入れ過ぎて“友達居ないの?”ってよく聞かれるけど沢山居ますから!!」
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
サーブポジションに居るヒナちゃんへ、様々な視線が注がれる。
期待、心配、好奇、敵意、興奮、応援。
同じ烏野の選手や伊達工の選手のみならず、観客の視線までも一斉に集めているヒナちゃんは、緊張した面持ちでボールを伊達工のコートへ打ち放った。
大きな放物線を描くボールの行方を固唾を飲んで見つめていると......エンドラインを優に越えたところに着地し、線審の旗が上がる。アウトだ。
ヒナちゃんのサーブミスにより伊達工に点が入り、仕方がないと思いつつもどうしても落胆してしまう。
だって、もしかしたら今のサーブで烏野が勝ってたかもしれないのだ。
だけど、一番ショックを受けているのは当然ヒナちゃん自身で、可哀想なくらい頭を下げて謝っている姿が見えた。
「あ~、やっぱフカしたか~......!」
「ドンマイドンマイ!切り替えろよ~!」
滝さんと嶋田さんの声を聞きながら、すごすごと西谷君と交代し、コートの外へ出るヒナちゃんを目で追う。
その姿を見て、そういえばヒナちゃんは一年生なんだよなと改めて実感した。
あんな責任重大な局面に立ち、そこで成果を上げられないとなると、精神的ダメージはきっと計り知れない。
バレーボールを好きなら好きな程、そのショックは大きいものになるだろう。
大丈夫かな......と部外者ながらに心配していると、ヒナちゃんはベンチの山口君と菅原先輩と少し話した後、ユニフォームの袖で汗を拭きながら真っ直ぐな視線をコートへ向けた。
その先には、烏野のエースである東峰先輩が居る。
「.............」
その様子を見て、ああ、そっかと気が付く。
この試合は、三年生と二年生にとって敗戦のリベンジであり、そして、この鉄壁は東峰先輩が自分の力で越えなければならないものなんだろう。
一度烏野が崩壊する原因となったこの鉄壁を、今、自らの力で打ち砕かないといけない。
この局面、最後の一点を決めるのは、烏野を勝利へ導くのは、エースである東峰先輩でなくてはいけないんだ。
西谷君は、絶対に負けられないと言ってた。清子さんは、みんなを信じてると言ってた。
だから、私も、
「.......頑張れ......!」
祈りのような、願いのような想いがそのままするりと零れ落ちる。
ヒナちゃんや西谷君、マネージャーの清子さん、そして烏野全員の信頼を集めるエースは、確かな足取りでコートに立ち、伊達の鉄壁と闘っている。
「作並!」
「ハイ!」
「ナイスレシーブ!」
影山君のトスからのツキシマ君の攻撃は、鉄壁を潜り抜けたものの伊達工のリベロに拾われてしまう。
「コースは良いけどもう警戒されちゃってるな......」
顎に手を当てて静かに分析する嶋田さんの言葉を聞きながら、今度は伊達工の大きな7番からの攻撃に息を詰めた。
その勢いのあるスパイクを田中君が拾い上げ、セッターである影山君がトスを上げたのはレフトにいる東峰先輩だ。
「東峰さん!」
「オオ!!」
短いやり取りを交わして直ぐに東峰先輩の強烈なスパイクが炸裂するが、伊達工の3枚ブロックに阻まれボールは無慈悲に烏野のコートへ大きく跳ね返る。
エンドラインぎりぎりでコートに落ちそうになるボールを、リベロである西谷君が床に飛び込む形で上方へ弾き飛ばした。
「上がったァアア!」
「カバー頼む!」
西谷君の後ろに続くようにしてボールを追っていたのは影山君で、リベロが蘇生したボールを繋ぐべくアンダーレシーブの形を取った。
「レフト!もう一本!!」
「っ!東峰さん!」
東峰先輩の力強い声に惹かれるようにして、影山君はネットから背中を向けた状態でアンダーからのトスをエースへ寄越す。
「ほぼ真後ろからのトス......打つの相当ムズいぞ......!つーか元気リベロ戻んの速えっ」
「トス、ちっとネットに近いか......!」
「っ、またブロック3人......!」
不安定な形でのセットアップに固唾を飲んで見守る中、東峰先輩と伊達の鉄壁はほとんど同時に飛び上がった。
ボールを挟むようにして、スパイカーとブロッカーの一瞬の力比べになる。
「押し合い......!負けんなロン毛兄ちゃん!!」
滝さんの声援が聞こえるや否や、伊達工の7番の手によりボールは再び烏野のコートへ弾き返される。
────駄目だ、堕ちる。
ボールの落下速度に誰もがそう思い、どんな攻撃も遮断する伊達の鉄壁の強靱さに恐れをなした。
“その瞬間”は、まるでスローモーションのように見えた。
鉄壁によって弾き飛ばされた東峰先輩のボールを、唯一オレンジ色のユニフォームを着た小さなヒーローがコートに堕ちる寸前に片脚で救い上げたのだ。
コート内で誰よりも小さな身体を巧みに使い、誰よりも真っ先に反応し、床とボールの何センチ、何ミリという僅かな間に滑り込んだ。
『烏野の男バレの子......そう、西谷夕君。ちょっと事情があって今は部活出られないんだって言って、私達のところに来ててねぇ。前の試合で全然駄目だったから、兎に角ブロックフォローを練習させてくれって。なんでもエースの子と喧嘩中?らしくていっつも文句言ってるけど、毎日毎日青アザ作って必死に特訓してるから、きっとそのエースの子が大好きなんでしょうねぇ』
西谷君の足で上げるという強烈なブロックフォローを見て、以前嶋田マートお得意様のママさんバレーをしているマダムが話していたことを唐突に思い出した。
その時の私はバレーボールのことも烏野男バレのこともよく知らなかったので、西谷君は本当にバレーが好きなんだなぁくらいにしか思っていなかった。
だけど、今は違う。バレーボールの面白さに触れて、烏野男バレの魅力を知ってしまった私には、ママさんバレーのマダムのその言葉が痛い程心に突き刺さった。
あの時期、西谷君はどんな気持ちで男バレを離れて一人で特訓していたのかとか、だけどその日々があったからこそ今の鮮烈なブロックフォローが出来たのではないかとか、兎に角色々な思いが堰を切ったようにどっと溢れてくる。
『あんな神業、一朝一夕で出来るもんじゃないべ。鬼のように練習しても、その1回出来るか出来ないかだ』
烏野商店街チームとの試合の翌日、バイト先で嶋田さんはブロックフォローの難しさを教えてくれた。
.......だからきっと、三月の敗戦からの全ての事は、今この瞬間を迎える為の大事な肥料だったんだ。
「────」
「っ足......っ!」
「足ィーーーーーッ!!!」
気持ちが溢れて声が出ない私を他所に、道宮先輩の驚いた声と西谷君のスーパープレーを見た観客の興奮しきった歓声が上がる。
西谷君によって息を吹き返したボールを影山君が追い駆け、その間に東峰先輩は素早く助走距離の確保に走る。
瞬く間に滲んでいく視界が勿体なくて急いで目元を擦っていると、嶋田さんの「次、誰に上げる!?」という鋭い声が響いた。
「立て続けに一人が打つのはキツイし────」
「レフトです」
「え?」
滝さんの言葉が言い終わらない内に、思考がするりと口から零れた。
滝さんと嶋田さんの戸惑いを含んだ声は聞こえていたが、私がなにかを言う前にベンチに居る菅原先輩がギャラリーにもよく聞こえる程の声量で「もう一回!!!」と叫ぶ。
「もう一回!!!」
「“決まるまで”だ!!」
「!」
再度同じ言葉を繰り返す菅原先輩に、東峰先輩が力強い言葉を繋ぐ。
二人の先輩の声に導かれるようにして、影山君はネットから少し離した高めのトスを上げた。
「......レフトじゃなきゃ、......エースじゃなきゃ、多分ダメです......」
「.............」
影山君が高く上げたボールを見ながら感じたままの言葉を零せば、東峰先輩は助走をつけて高く高く飛び上がった。
「行け!旭!!行け!!!」
「ブチ抜け旭!!」
三年生の菅原先輩、澤村先輩の想いを乗せた言葉に後押しされるかのように、今日一番の強烈なスパイクが伊達の鉄壁に撃ち放たられる。
大きな重低音を轟かせ、ボールは伊達工の6番と7番の手に当たり、不安定な起動を描いた後でネットの上へ一度不時着した。
その、数秒後。ネットを越えてボールが落下した先は......鉄壁を切り崩された、伊達工のコートだった。
烏野25点、伊達工22点。試合終了の合図であり、烏野の勝利を伝えるホイッスルが鳴り響く。
「オオオオっしゃあああああッ!!!」
接戦の末、見事勝利を手にしたカラス達の咆哮がコートいっぱいに上がった。
今まで見たことがない程喜ぶ彼等の姿を見て、心の底から祝福の拍手を送る。
一度敗れた鉄壁を見事に乗り越えた烏野の勇姿に感極まりぽろぽろと涙が溢れているが、今は拍手する手を止めたくなかったので、完全に泣き笑いの状態になっていた。
「......おやおや、季都ちゃんマジ泣きじゃないの。大丈夫か?ティッシュ要る?」
「可愛いヤツめ!お兄さんが胸貸してやろうか~!?」
「......大丈夫です......っ......滝さん、セクハラやめてください......」
「前言撤回。やっぱ可愛くねぇ!」
一人泣いている私に嶋田さんは親切に気をかけてくれるが滝さんは完全にからかいにきた為、こちらも少し強気な返答をすると加減されたデコピンを食らった。
一気に気の抜けたやり取りに思わず笑ってしまえば、烏野男バレ一同がギャラリー席側へ整列しているのが見えてとっさにそちらへ顔を向ける。
「応援、ありがとうございました!!」
主将である澤村先輩の力強い声に続いて、選手一同が「ありがとうございました!!!」と一斉に頭を下げる。
「二回戦突破おめでとう!」
「リベンジ成功やったねー!」
「明日も頑張れよー!」
ギャラリーからは女バレの方々の祝福や応援の声が掛かり、田中君と西谷君は嬉しそうにガッツポーズを決めていた。
相変わらずお調子者の二人にまた笑いながらも拍手を送っていれば、「キト先輩ー!」と元気な声に呼ばれ、涙を拭ってから顔を向ける。
「ヒナちゃん!お疲れ様!格好良かったよー!」
こちらにぶんぶんと両手を振っているのはヒナちゃんで、それに応えるように声を掛ければ、ヒナちゃんは嬉しそうに笑いながら高くジャンプした。
試合中の獰猛さは何処へやら、ヒナちゃんの可愛い行動にたまらずきゅんとしていると、隣りに居る影山君から「マッチポイントのサーブミスったくせに浮かれてんじゃねぇよボケ」としっかり釘を刺されてしまい、瞬く間に喧嘩に発展してしまう。
そんな元気な烏野一年生コンビを縁下君と成田君、木下君が大きな騒ぎになる前に止めてくれた為、思わず胸をなで下ろしていると再び別の声が私の名前を呼んだ。
「広瀬!!そこ動くなよ!後で行く!!」
「え......」
私を呼んだのはどうやら西谷君だったようで、よく通る声でそんなことを言われた。
いつの間にかこちらに来ていたことに思わず目を丸くすると、西谷君の隣りに居る田中君まで「勝手に帰んじゃねぇぞコラ!」と指をさして忠告してきた。
突然の展開に驚きつつも「わ、わかりました......」と了承すれば、二人はフンッと鼻を鳴らし駆け足でベンチへ戻っていく。
「あんだけ動いてたのにめちゃめちゃ元気だな...流石現役男子高校生......」
「.......本当、凄い体力......」
烏野の選手がベンチへ戻っていくのを見送りながら、嶋田さんと殆ど同時にため息を吐く。
あれだけ凄まじい試合をした後だと言うのに誰一人疲れた顔を見せず今もテキパキとベンチの荷物を片付けている姿を見て、男バレの底抜けの体力に改めて驚異と尊敬の念を感じた。
「いやでも、伊達工のブロックまじ怖かったわ~...戦いたくない......」
「だな」
「全くです......」
嶋田さんの言葉に、滝さんと一緒にうんうんと頷く。
あの強烈な鉄壁はもう暫く頭にこびりつきそうだ。夢に出たらどうしよう。
「それにしてもよ、烏野一年コンビのトンデモ速攻と普通の速攻、どうやって使い分けてたと思う?」
「え?」
伊達工の話からふいに烏野の話へ変わり、思わず聞き返してしまうと滝さんは顎に手を当てゆっくりと言葉を続けた。
「トンデモ速攻の方はチビスケがボール見てないから、予め“トンデモ速攻をやる”って決めてないと使えないだろ」
「......あ......確かに......!」
滝さんに言われて、気付く。
スパイカーが完全に目を閉じて飛ぶ変人速攻は、コンマ一秒でも遅れたら致命的なミスに繋がるため、きっとやる前には二人の間でなんらかのサインや合図があったはずた。
「......でも、ラリー中にそれらしい合図とかなかったよなぁ??」
「......ヒナちゃんと影山君だけがわかる何かがあったんでしょうか......?」
先程の試合をよく思い出してみても、二人とも何かサインを送りあっているようには見えなかったし、見ている側もいつ変人速攻がくるのかを予測することが出来なかった。
「う~~~ん......??」
嶋田さんも滝さんも検討がつかないのか、不思議そうに首を捻っている。
どうやら烏野一年コンビの変人速攻は、まだまだ奥が深い代物みたいだ。
飛べない烏が再び飛んだ日
(鉄壁の向こう側の景色はどうですか?)