Crows to you
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デフォルト:広瀬季都【ひろせ きと】烏野高校二年三組の帰宅部。嶋田マートをメインにヘルプ要員で色んなバイトをしている為、商店街に顔が広い。
最近の悩み:「バイト入れ過ぎて“友達居ないの?”ってよく聞かれるけど沢山居ますから!!」
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審判のホイッスルが鳴り響き、公式ウォームアップが終了する。
コートのエンドラインに沿って各校の選手が一列に整列し、二度目のホイッスルの音と共に両チームの元気な挨拶と応援団の力強いエールが体育館いっぱいに響き渡った。
烏野の第二試合の相手である伊達工は、一試合目と同じようにあっという間にコート内の空気を伊達工一色に染め上げる。
大きく鳴り響く応援に多少怖気付きながらも、唯一の烏野の応援である私も負けてられないと心を奮い立たせ、大きく深呼吸をしてから力強く手摺を掴んだ。
「ん?」
両手の感触が普通の手摺と違うような気がして思わず覗き込むと、いつの間にか手摺には真っ黒な横断幕が垂れ下がっている。
そこには白文字で力強く「飛べ」とだけ大きく書いてあり、どうやらこれが烏野のスローガンのようだ。
「.......“飛べ”......」
無意識にその文字を口に出すと、不思議なことに何だかここに居るのはひとりじゃないような心地になった。
きっとそれは、この横断幕を提供した烏野高校男子バレーボール部OB会の方々の意志や想いが、この「飛べ」という文字に沢山詰まっているからに違いない。
「“鉄壁”を切り崩してやれ!!」
「烏野ファイッ!!」
「オォッス!!!」
烏養さんの力強い声を最後に、主将の澤村先輩が掛け声を上げ、烏野全員がそれに応える。
円陣の後、コートに入ったのは先程の常波戦と同じメンバーのようで、三年生主将の澤村先輩、同じく三年生でエースの東峰先輩、私と同じ二年生の田中君、リベロとしてベンチに控える同じクラスの西谷君、一年生のヒナちゃん、影山君、まだ話したことの無いツキシマ君がそれぞれの持ち場へつく。
「.............」
ボールは伊達工の1番が持っているので、どうやら烏野は後攻のようだ。
前衛にヒナちゃん、田中君、影山君、後衛に澤村先輩、東峰先輩、ツキシマ君が配置している。
これまでの試合を見る限り、リベロの西谷君と交代するのはヒナちゃんとツキシマ君であるから、おそらくツキシマ君の位置が西谷君に代わるはずだ。
そうなると、烏野は一番レシーブ力のあるフォーメーションでスタートすることになる。
......伊達工は、きっとサーブも強いんだ。
ここまで黙々と考えていると、審判のホイッスルが鳴り響き、伊達工の1番の力強いサーブが烏野のコートへ放たられる。
「大地さん!」
「ッシ!」
「ナイスレシーブ!」
ボールを真正面から捉えたのは安定したレシーブ力のある澤村先輩で、ボールはフワリとセッターである影山君の元へ運ばれた。
影山君からのトスを受けたのは、真っ先に空中に羽ばたいていたヒナちゃんで、伊達工のブロックは1枚だけだ。
これなら躱せる!いけヒナちゃん!
力を込めて握り拳を作ったところで、心臓がドキリとざわついた。
セッターの影山君がヒナちゃんにトスを上げてから数秒、影山君についていた身体の大きい7番が、あっという間にヒナちゃんに追いついたのだ。
瞬く間に2枚ブロックに変化した相手の壁に圧倒されながらも、ヒナちゃんは何とかコースを変えてスパイクを放ち、威力は根こそぎ削がれたものの烏野の初得点をあげた。
「.............」
やった!と言うよりも、ほっとした気持ちの方が大きくてたまらずため息を吐く。
今のは、一体何だろう?ヒナちゃんは囮としての役割も担う選手であり、スパイカーとしての脅威はエースである東峰先輩や田中君の方がずっとあるはずだ。
それなのに、今のはまるでヒナちゃんにトスが上がるのを確認してからブロックにきていたような...
「.......もしかして、音駒がやってたリードブロック......?」
思わず、思考が口から溢れ出る。
確か、先日見た音駒との練習試合でも何度かこのブロックに捕まっていた気がする。
滝さんと嶋田さんが言うには、トスをある程度予測して跳ぶ“コミットブロック”と、トスがどこに上がるか見てから跳ぶ“リードブロック”という二種類のブロックがあり、“リードブロック”の方は囮になかなか引っかからないのだと話していた。
トスを見てから動くのでその分出遅れてしまうそうだが、あの7番の体格を考えると、歩幅がとても大きい上に縦にも横にも大きな身体だ。多少出遅れたとしても、それを補うには十分な身体能力がある。
「.............」
及川さんが言っていたように、やはりここが烏野の正念場なようだ。
ごくりと固唾を飲んで見守る中、影山君が強烈なサーブを放った。
しかしそれは伊達工のリベロに拾われ、セッターである2番のセットアップから7番の力強いスパイクがまるで大砲のように打ち込まれる。
そのボールを烏野のリベロ、西谷君が上げると「うお、拾った!」「すげっ」とギャラリーにいる他校生から賞賛の声が上がった。
「スマン!カバー!龍頼む!!」
「よっしゃ!」
しかしボールを上げるのに手一杯だったようで、セッターポジションには届かず田中君がフォローに入るようだ。
「バック!!」
「っ、旭さん!!」
ここで手を挙げたのは烏野のエースである東峰先輩で、田中君のレシーブを受け、ネットから離れた後衛から力強いスパイクを打った。バックアタックだ。
あれも確か音駒がやっていた攻撃だったなと思い出している最中、伊達工の3枚ブロックに阻まれ、リベロの西谷君がブロックフォローへ入っていたもののボールは虚しく烏野コートへ落ちてしまった。
「.............」
まるで本当に透明の高い壁があるように見える伊達工のブロックに、思わず心臓がきゅっと縮こまる。
向こう岸に掛かる青緑色の横断幕の「伊達の鉄壁」というスローガンが、正に伊達工というチームを表していて、自由に飛びたい烏野の選手をじわじわと苦しめているようにも見えた。
このチームに、このブロックに、今年の三月の公式戦で烏野は敗れたのだ。
東峰先輩と西谷君がバレー部を離れてしまい、烏野が一時的に崩壊するきっかけになった相手が今、目の前にいる。
「.............」
再び私の中で不安の渦がぐるぐると発生する中、試合の展開は一進一退を辿る。
伊達工のタッチネット、東峰先輩のブロックアウトと続き、点数的には烏野が一歩リードしているものの、烏野は辛うじて伊達工のブロックから逃れているような現状だ。
そんなギリギリの状態の中......伊達工のブロックが綺麗にハマってしまう、その瞬間がきたら。
「ナイスブロック!!!」
「青根もう一本!!!」
......その均衡は、一気に崩されてしまう。
ヒナちゃんの速攻を伊達工の7番がシャットアウトし、烏野得点へ繋がるはずだった攻撃を一瞬で伊達工の攻撃へ切り替えてしまった。
「.......ブロックって......“守り”なんじゃないの...?」
伊達工のリードブロックを見て、頭がどんどん混乱していく。
てっきり今までブロックは攻撃を防ぐものとばかり思っていたが、伊達工のブロックはあからさまに違う。
相手の攻撃を最速で自分達の攻撃にしてしまう、言わばブロックリターンに近いのかもしれない。
光が鏡に反射するように、その力が強ければ強い程、敵陣に打つはずの攻撃が力強く自分のコートへ跳ね返ってきてしまうのだ。
伊達工にとって、もしかしてブロックは守備の一環ではなく攻撃の一つとして捉えられているのではないか。
「.............」
相手の攻撃の威力を利用し、自らの攻撃にしてしまうチームになんて、一体どうやって戦えばいいというのか。
こんな時に、滝さんと嶋田さんがいればとても心強いのだけれど、あいにく二人はまだここに到着していない。
どうすればいい?どんな作戦を考えれば、伊達の鉄壁を切り崩すことができる?
きっと何かあるはずだ。思考を止めたらダメだ。考えることをやめたら、きっと伊達工には勝てない。三月と同じ結果になってしまう。
「.......、あ......」
必死に脳ミソをフル稼働しつつ俯いた私の目に、烏野の真っ黒な横断幕が映る。
ただシンプルに「飛べ」とだけ書いてあるそれを見て、思考が一気に回り出した。
......そうだ、忘れてた。三月の烏野にはなかったもの、今の烏野にしかないとっておきの隠し武器を、まだ使ってないじゃないか!
攻撃を跳ね返されるなら、それに捕まる前に“速く”飛び立てばいい話だ!
咄嗟に顔を上げると、影山君のトスが上がる直前であり、ヒナちゃんが空中に高く飛び立っている姿が見えた。
「───いっけえええ!!!」
たまらず叫んでしまうと、影山君とヒナちゃんの変人速攻が伊達工のコートへ勢いよく叩き付けられる。
その脅威のスピードに、伊達工のみならず会場中が一斉に静かになった。
───訳が、分からない。
彼らの隠し武器に視線を奪われ、思考すら奪われた大勢の人達を前にして、私の身体にゾクゾクとしたものが走る。
「............なんだ今のオオォ!!?」
まるで止まっていた時が動き出したかのように、ギャラリーのそこかしこから混乱と驚異、賞賛と興奮の歓声が上がる。
烏野の攻撃を目にした誰もが驚きの顔を向ける中、私は爽快感に満ち溢れてたまらず声援を送った。
「ヒナちゃんナイスキー!!影山君ナイストス!!」
伊達の鉄壁を見事に切り崩した一年生コンビに、嬉しさのあまりぴょんぴょん飛び跳ねながらそう叫ぶと、私の声が聞こえたようで二人は揃ってこちらに顔を向ける。
「あざっす!!」
息ピッタリにそう返し、右の拳を私に向かって上げる二人に私も笑いながら両方の拳をヒナちゃんと影山君へ突き出す。
二人はニッと歯を見せて笑い返してから、直ぐにネットの方へ顔を向けた。
「.............」
二人の背中を見ながら、烏野にこの二人が来てくれて本当によかったと心の底から思った。
ヒナちゃんも、影山君も、紛うことなき烏野の救世主だ。
「.......あっ」
しかしここでヒナちゃんが勢いよくサーブをミスしてしまい、思わず苦笑がもれてしまったのはヒナちゃんには絶対に秘密である。
鉄壁を切り崩して、飛べ!
(烏ってのは、自由に飛ぶもんだ!)