Crows to you
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デフォルト:広瀬季都【ひろせ きと】烏野高校二年三組の帰宅部。嶋田マートをメインにヘルプ要員で色んなバイトをしている為、商店街に顔が広い。
最近の悩み:「バイト入れ過ぎて“友達居ないの?”ってよく聞かれるけど沢山居ますから!!」
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試合初っ端審判から注意を受けたものの、安定したプレーを見せた烏野は25対12で見事第1セットを先取した。
ハーフタイムを挟んでからも調子は一向に崩れず、第2セットの21対12になった時点で相手の常波高校が2回目のタイムアウトをとる。
「.............」
「.......“どうして変人速攻しないんだろう?”」
「!」
「......て、思ってるでしょ?」
両手を手すりに付き、両チームのベンチを眺めていると横にいる及川さんに考えていることをぴったりと言い当てられ、たまらず及川さんに目を向ける。
動揺丸出しの私を見て、及川さんは可笑しそうにふきだした。
「あははっ、キトちゃんって本当にわかりやすいね~。か~わい~」
「え、な、ど、どうして、わかるんです......!?」
「え~?俺、エスパーだから?」
「絶対うそ!」
にっこりと笑うその顔はとても爽やかで格好良いけど、今の私にはとても胡散臭いものにしか見えなくて思わず敬語を忘れて反論してしまった。
そんな私の無礼にも寛大な及川さんは、にこにこと笑いながら右手人差し指を立てる。
「ヒントはね、俺達を含むこのギャラリーだよ」
「え?」
立てた人差し指をそのまま下に下ろし、手すりをトントンと軽くつつく。
一瞬どういうことかと首を傾げたが、ヒントというのは私の疑問に対するものではないかと考えが追いついた。
及川さんがエスパーかどうかではなく、烏野の一年生二人がどうしてあの超速攻をやらないのか。
「.............」
ヒントはこのギャラリーにある。
今は常波のタイムアウトの時間である為、私はひっそりとギャラリーを見回した。
烏野の応援席には結局私しか応援する人は来ていなくて、あとは及川さんが所属する青葉城西高校を含む他校のチームの選手ばっかりだ。
その人達は応援なんて勿論しない。見物、という言葉が一番適切なのではと思う。
「.............他校のチームに、隠しておきたいから......?」
一つ一つの事柄をまるでパズルのように当てはめていくと、案外答えは早く出てきた。
答え合わせをする為にもう一度及川さんを見ると、及川さんはまたにっこりと笑って「はい、よくできました」とさながら家庭教師のように褒めてくれる。
「......俺らは1回烏野と試合してるから......って言っても、あのレフトやリベロが居ない状態だったけど。でも、トビオとチビちゃんのバケモノ速攻は見たことがある。あの妙なクイック......トスを見ない速攻は、初見じゃかなり強烈だからね。おそらく烏野はここぞという時まで隠しておくつもりなんだよ」
「.............」
「......目先のことしか見えてなかった烏野が、先々のことまで見通せるようになったのは......前は居なかった、あの金髪のコーチの影響かな?」
「!」
及川さんの言葉に、視線に、たまらずドキリと心臓が跳ねる。
ほんの僅かな変化も見逃さない、鋭い観察眼。
及川さんの勝利への執着を見せつけられたようで、その強さに負けて逃げるように視線を逸らした。
「......知恵をつけた烏ほど、厄介なものはないよねぇ......」
「.............」
隣りからぽつりと呟かれた言葉は私に当てたものなのか、それとも独り言だったのかはよくわからない。
だけど、臆病者な私を頭の天辺から爪先まで怖がらせるのには、十分な威力があった。
改めて、確信する。及川さんは、とても優しい人だけど......バレーボールに関してはきっと、とても怖い人だ。
▷▶︎▷
第2セットの終盤、烏野のマッチポイントであったものの、なかなかボールが落ちない長いラリーを制したのは粘りに粘った常波だった。
烏野が王手を掛けているにも関わらず、常波の選手はもぎ取ったその一点に歓喜する。
「.............」
もし私が常波の選手だったら、相手がマッチポイントである今こんなに闘志を燃やすことができるだろうか。
ああ、もうだめだと心が先に折れてしまわないだろうか。
「くっそがああ!!」
「!」
常波の選手の精神の強さに呆然としていると、西谷君の鋭い声が聞こえ、思わずビクリと肩が震えた。
「次は!ぜってぇ!!拾う!!」
「一本!!取り返すぞ!!」
「オオッ!!」
西谷君の言葉に澤村先輩が続き、烏野の威勢のいい返事が揃う。
その様子を見て、私がとんでもない思い違いをしていたことに気が付いた。
......そうだ、まだ勝負はついていないのだから、常波も烏野も必死になるのは当たり前のことだ。
この試合は、まだ終わってないんだ。
「......頑張れ......!」
咄嗟に思考が口から零れ、手すりを持つ手に力が入る。
あと一点、あと一点で烏野が勝つ。
祈るようにコートを見つめる中、先程得点を挙げた常波からサーブが放たれた。
そのボールをリベロの西谷君が丁寧に拾い、セッターポジションへ確実に返す。
セッターである影山君がトスのモーションに入ったところで、ヒナちゃんと澤村先輩が同時にネット際へ駆け込んできた。
常波のブロックが分散される中、影山君はすぐ近くのヒナちゃんを飛び越し澤村先輩へ長めのトスを寄越す。
ヒナちゃんへブロックが寄っていた為、澤村先輩はフリーで力強いスパイクを打った。
影山君の状況判断力と、ヒナちゃんの本気の囮と、澤村先輩の安定したスパイクの決定力が見事に繋がり、烏野の勝利を知らせるホイッスルが鳴り響く。
「......勝、った......!勝った!やったー!」
選手達の整列、25対14と示された得点板、嬉しそうな、ほっとしたような顔をする烏養さん。
どれもこれも烏野の勝利を実感できて、拍手を送る手に力が入る。
「勝っちゃったねぇ、おめでとう」
すごいすごいとはしゃぐ私の横で、及川さんは小さく笑って「よかったね」と呟いた。
「まぁ、実力差は顕著だったし、この組み合わせだったら烏野が勝つだろうけど......きっと次が正念場だね」
「え?」
及川さんの言葉に目を丸くすると、及川さんは綺麗な指で烏野とは別のコートをゆっくりと指し示した。
その先を追うと、青緑色の横断幕に大きく書かれている「伊達の鉄壁」という文字が見える。
第一試合中、ひときわ大きな応援をしていたチームだ。
「あの伊達工が、次の相手だよ。......ちなみに烏野は三ヶ月前、あのチームに負けてる」
「!」
突然の情報に思わず及川さんの顔を見ると、及川さんはその端正な顔に至極優しげな笑みを浮かべた。
「リベンジマッチ、ってところかな?変人速攻も、いよいよ次でお披露目だろうね」
「.............」
「......さ、俺達も試合だ~。そろそろアップしに行くべ~」
呆然とする私を他所に、及川さんは組んだ両手を上にあげ、グッと身体を伸ばす。
ストレッチをするだけでも絵になるなんて凄い。
「じゃーね、キトちゃん」
「あ、はい......試合、頑張ってください」
「うん、ありがと」
頭の整理が付かないままではあったものの、この場から去ろうとする及川さんへそう声を掛けると、及川さんはまたにっこりと笑った。
「でも、他校の選手に簡単にそんなこと言っちゃダメだよ?」
「え?」
優しく笑う及川さんの言葉が聞き取れなかった訳では無いが、その内容が少し分からなくて思わず聞き返してしまった。
小さく首を傾げる私を見て、及川さんは苦笑に近い笑いを零した。
「......このブロック、烏野が勝ち上がってくれば...俺達と戦うことになるんだから」
「!」
「......キトちゃんの希望を、願いを、祈りを、全て叩き潰す悪い男に、頑張れなんて言っちゃダメだよ」
「.............」
「......じゃあ、またね。ギャラリーは少し冷えるから、風邪引かないように気を付けて」
静かな声で最後にそう締め括り、及川さんは緩く手を振ってこのギャラリー席を後にした。
及川さんと青葉城西の方々が居なくなると、次の試合のチームの関係者と思しき方々がギャラリー席へ入って来て、慌てて私も荷物を纏めてこの場から退散する。
ワンショルダーバッグとヘルメットを抱えて階段を昇り、少し拓けた所まで移動してから力無く溜め息を吐いた。
「.............」
鈍器で、頭をガツンと殴られた気分だ。
そんな経験は勿論無いものの、先程の及川さんの言葉はそれくらいの衝撃があったように思う。
......軽率な発言、だったんだろうか。
以前嶋田さんから青葉城西高校は宮城県でトップを争う程のバレー強豪校だと聞いたことある。
遅かれ早かれ、烏野の脅威になることは目に見えて分かることだ。
「.............」
だけど、仮に烏野が及川さん率いる青葉城西に適わなかったとしても、決して勝者は悪ではないと思う。
そもそもスポーツの試合に善悪があるなんて、考えたことも無い。
なのに、及川さんは自分のことをさも悪人のように私に言ったのは、一体何でなんだろう。
烏野の応援で来ている私に、頑張れと言われたのが癇に障ったんだろうか。
勝負の世界に身を置く人の感覚とそうでは無い人の感覚というのは、もしかしたら計り知れない溝があるのかもしれない。
「.............!」
ぐるぐると答えの出ない疑問を考え込んでいたら、バッグに入れていた携帯が着信を伝えた。
一旦思考が途切れ、相手を確認すると画面には西谷君の名前が表示されている。
「お、お疲れ様!広瀬です!」
《おー!よかった!出た!》
慌てて通話ボタンをONにして耳に当てると、西谷君の明るい笑い声が聞こえて心の底からほっとする。
《広瀬、今どこ居る?次の試合まで少し時間あっから、ちょっと会えねぇかなって龍と力と話しててよ!》
「あ、えと、まだギャラリー席の方にいて......西谷君達はどこに居るの?私そっち行くよ」
《そっか、悪ィな!ここは......ん?何処だ?あ、力!ここ何処!?あ?中央ホール?え、ロビー?まぁ、なんだ、あの変なでっかい銅像あるとこ!え?彫刻?どっちでもいいだろー!》
電話を介してもわいわいと賑やかな様子を見せる西谷君に思わず笑ってしまうと、西谷君は言ってる場所がわかるかと再度確認をしてきた。
今の会話でおおよその予想がついたので多分大丈夫だと答えれば、じゃあ待ってるな!という言葉を最後に通話が切れる。
いつもの待受画面に戻ったスマホの角を指でなぞりながら、今のやり取りにすっかり気が抜けてしまい、小さく溜め息を吐いた。
......及川さんの言葉の真意は、どんなに考えても私にはわからないのかもしれない。
もしかしたら嫌な思いをさせてしまった可能性もあるが、これから試合の準備をしている人に謝りに行くというのもだいぶ気が引ける。
とりあえず、この件は一旦保留にしておこう。
「......よし、」
携帯をマウンテンパーカーのポケットへしまい、愛用のヘルメットを抱えて西谷君達が待つ中央ホールへと歩き出した。
勝って兜の緒を締めよ。
(しっかり、覚悟をしてからおいで?)