Crows to you
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デフォルト:広瀬季都【ひろせ きと】烏野高校二年三組の帰宅部。嶋田マートをメインにヘルプ要員で色んなバイトをしている為、商店街に顔が広い。
最近の悩み:「バイト入れ過ぎて“友達居ないの?”ってよく聞かれるけど沢山居ますから!!」
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6月2日。全国高等学校総合体育大会、通称インターハイ。
バレーボール競技宮城県予選、1日目。
6月といえば雨が多い月だが、今日は打って変わって晴れ晴れとした青空がどこまでも広がっていた。
スリーカラーのマウンテンパーカーにスキニージーンズで群青色の原付バイクに跨り、地図アプリを見ながら目的地である仙台市体育館を目指す。
昨夜に同じクラスの西谷君から連絡があり、烏野高校の試合開始時間や試合会場等を事前に教えてもらった。
運動部でもない私がまさか休日を使って市民体育館に行くことになるなんて、一年前の今日の私はきっと夢にも思わなかったに違いない。
「......あ、ここかな......バイクどこ停められるんだろ......」
仙台市体育館の看板が見えた所で少しばかり停車させ、原付バイクを置ける場所を携帯で探す。
この前の烏野対音駒の練習試合を見た烏野総合運動場では普通に停められたので、ここも大方そんな感じだろうと考えていた私の目に「駐車は御遠慮下さい」の文字が映る。
慌てて体育館のホームページを見ると、どうやら大会等の大型行事の時期は、混雑を避ける為に駐車禁止にしているらしい。
よく考えてみれば普通そうだよなと今更ながら納得し、体育館に停めることは諦め近場でどこか停められる所はないか再検索をかけた。
なるべく駐輪代が安い所で探すと、体育館から最寄りの仙台駅の隣りである富沢駅の駐輪場を発見する。
富沢駅から体育館まで歩いてもそう時間は掛からないみたいだし、駐輪代は100円だ。
地図アプリの目的地を富沢駅の駐輪場へ変更し、私は一旦仙台市体育館から離れることにした。
無事に駐輪場にバイクを停め、富沢駅から仙台市体育館を目指す。
滝さん達はもう着いてるかな、まだかな等と考えていた矢先、タイミングよく本人から着信が入った。
「おはようございます~」
《あ、おーすキト!今大丈夫か?》
「はい、大丈夫です」
《悪ィ、ちょっと一試合目行けなくなった。仕事で一人休みになってよォ》
「え、そうなんですか?私行きましょうか?」
《ばかやろ、お前のことだから多分もう体育館着いてるだろ?だったら俺の分も応援しといてくれ》
二試合目には必ず間に合うようにするから!という言葉を最後に電話は切れる。
じゃあ初戦は嶋田さんと二人で観戦かぁと考えていれば、今度はその嶋田さんからの着信だ。
......何となく、嫌な予感がする。しかし電話に出ない訳にもいかないので、通話ボタンに触れて携帯を耳に当てた。
「......おはようございます」
《あ、季都ちゃん?おはよ!今大丈夫か?運転中?》
「いえ、大丈夫です」
《そっか、あのさ、申し訳ないんだけど一試合目ちょっと間に合いそうになくて。パートさん1人休みになっちゃってさぁ》
「じゃあ、」
《あ、季都ちゃんは今日は休みだから来ちゃダメな。烏野応援してやってよ》
「......さっき、滝さんからも全く同じこと言われました......」
《......え、うそ、たっつぁんのとこも?》
嫌な予感ほど、よく当たる。
自然とテンションと声が低くなってしまう私に、嶋田さんは電話越しで驚いた声を返した。
仕事先で欠員があったそうですと伝えれば、嶋田さんは「なんでよりによって今日なんだよ......」と思いきり落胆する。私も全く同じ気持ちです。
《......季都ちゃん、一人で大丈夫か?なんだったら、俺らが会場着くまで外居てもいいよ?》
「.............」
嶋田さんの言葉に、一瞬心がぐらつく。
この人はふざけてるように見えて、実は結構優しいし気が利く人だ。
そう言って欲しいと思う瞬間に、欲しい言葉をくれる。
「.............」
今までは年下であることに託けて、それに甘えてしまうことが多かったけど......今回ばかりは、そうはいかないだろう。
烏野の応援に行くと先日男バレに言った以上、それなりの責任というものがある。
それに、本気で烏野を応援したいと考えた私の気持ちを、所詮その程度のものなのかと相手に見切られるのも大変心外だ。
前回は滝さんと嶋田さんと観戦したから、今回が私一人だけというのはだいぶ心細いことは確かだが、それ以上に最優先される気持ちが私にはあった。
「......大丈夫です。烏野のバレー、見たいから」
《.............》
嶋田さんに伝えると共に、思考を口に出したことで自分の中でも答えがストンと落ちてきた気がする。
あの烏野のバレーがまた見たい。願わくば、勝つ瞬間が見たい。
一人だろうがなんだろうが、彼らを応援し、観戦する許可が降りているのであれば行かないという選択肢はないのである。
《......季都ちゃん、天使かよ......》
電話越しのため息の後に言われたいつものよく分からない冗談に、たまらず笑いながら「人間です」といつも通りの返答をした。
《......じゃあ、頼んだ。試合結果、教えてくれると嬉しい》
「かしこまりました~、嶋田さんもお仕事頑張ってください」
《ありがと。二試合目は絶対行くから、待っててな》
わかりましたと返し、嶋田さんとの通話が終了する。
携帯を手に持ったまま一度全身を大きく伸ばし、朝の澄んだ空気を存分に体内に取り入れた。
......もう大丈夫。迷いはなくなった。
「いざ、出陣っ」
周りに人が居ないのをいいことに、小さく口に出してから歩き出す。
実際戦うのは烏野男子バレー部であり、私はその観客に過ぎないのだけれども、今の気分をそう言わずにはいられなかった。
▷▶︎▷
仙台市体育館に到着すると、先ずは人の多さに目を丸くした。
見慣れない他校のジャージを纏った軍団や、応援に来たであろう各々の選手の関係者等が体育館の外まで溢れかえっている。
知らない人ばかりの空間に一人という状況に気圧されつつも、私はゆっくりと体育館入口へ足を進めた。
入口付近には「全国高等学校総合体育大会 バレーボール競技男子宮城県予選 A・B区画及び決勝戦 試合会場」と書かれた看板が立て掛けてあり、改めてこれから行われる試合が公式戦であることを実感する。
ひとつ深呼吸をしてから館内へ入り、真っ直ぐ進むと中央ホールという一際明るい場所へ出た。
一面に連なった大きな窓からは陽の光が存分に室内へ入ってくる仕組みのうえ、二階まで吹き抜けの天井が開放感を与えてくれる。
周囲の人にぶつからないように気をつけながら、初めて来た場所を興味深く見回していると壁際の大きな彫刻に目を奪われた。
大きな満月のような造形に、人の顔のような模様が付いている。
怒っているような、笑っているような、何とも捉えづらい表情だ。
「.............」
これ、なんだろう?
周囲の人は見慣れているのか全く気に掛けていない。しかし初めて来た私は俄然気になってしまい、どこかに説明文はないかロビー内をキョロキョロと散策した。
目的のものは案外早く見つかり、この彫刻が「燦 Sun」という作品名であることを知る。
どうやら月ではなく太陽を表現していたようだ。
大会会場のロビーの、大きな太陽。
何となくぼんやりと眺めていると、以前ウタちゃんの家に泊まりに行った時、ウタちゃんのお母さんがタロット占いをしてくれたことを思い出した。
私が選んだ一枚の中に「太陽」のカードがあって、そのカードの内容は確か、明るいものだったはずだ。
気になって携帯で調べると、答えは直ぐに出てくる。
「太陽」からのメッセージは、「生命力」「活力」「成長」「喜び」「輝く」......そして、「成功」。
他にも沢山ある様だが、大会会場のロビーのオブジェにはピッタリなメッセージだ。
きっとこれを製作した方も、今後この体育館で戦う選手達一人一人に対し、大きな太陽のオブジェという形でずっと応援しているのだろう。
「.............」
これまでも、いまも、これからも、色々なスポーツの試合がこの体育館で行われて、それらを全部見守る太陽さんだ。
そう考えたら、自然と顔の前に手を合わせて小さく頭を下げた。
(......どうか烏野が勝ちますように。御力添えをお願いします)
目を瞑り、まるで神社での神頼みのようなことをしてしまったが、私一人で応援に行くよりずっとご利益がある気がする。
とは言っても、こんな所でこんなことを長々とやっていては周囲からおかしな奴だと思われてしまう恐れがある。
もしかしたらもうすでに手遅れかもしれないが、さっさと二階の観客席へ行こうと早々に目を開け姿勢を崩した。
「......これって何?そういう系の何かなの?」
すぐ近くで聞こえた声に、ぎくりと身体を震わせる。
私に対して言われた言葉なのかが判断できない為、怖々と声のした方へ顔を向けると......背の高い茶髪の男子がいつの間にか隣に居て、壁際の太陽のオブジェを興味深そうにじっと見ていた。
白地に綺麗な青緑色がよく映えるユニフォーム姿のその人は、おそらく他校のバレー部の人だろうと直ぐに予測できた。
けれども驚きが先に出てしまい、ただ呆然と相手を見たまま固まっている私に、その人はおもむろにこちらへ顔を向ける。
「......あんたに聞いてんだけど。聞こえなかった?」
バッチリと目を合わせられ、心臓がキュッと縮こまる。
知らない人に話しかけられたことはまだいいとして、先程の行動を見られていたのかと思うと急に恥ずかしくなり、身体中の熱が顔に集まっていく。
うわ、や、やらなきゃよかった!
「いっ、いえ、あの、単なる思いつきというか、一種のゲン担ぎみたいなものでっ、効力あるかは全然わかんないです!すみません!」
一人で大混乱の中、早口でそう伝え頭を下げる。
「なんだ、そうなの」と少しテンションの下がった相槌が頭の上から降ってきて、余計に居た堪れなくなった私は「すみません」と再度頭を下げてから早足でこの場から逃走するのだった。
日はまた昇る
(インターハイ予選、開幕!)