Crows to you
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デフォルト:広瀬季都【ひろせ きと】烏野高校二年三組の帰宅部。嶋田マートをメインにヘルプ要員で色んなバイトをしている為、商店街に顔が広い。
最近の悩み:「バイト入れ過ぎて“友達居ないの?”ってよく聞かれるけど沢山居ますから!!」
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本日のバイト先、嶋田マートで鼻歌交じりで品出しをしていると、外に見覚えのある烏野高校の制服が見えた。
烏野特有の真っ黒な学ランを着た黒髪の男子は、店の入口の自動ドアがギリギリ反応しないところで立ち往生している。
スマホでも弄ってるのかなとぼんやり思ったが、よく見てみると彼の手元には何も無い。
他のお客さんには気を使ってくれてるようで、お店の出入り口の邪魔にならないところでただ突っ立っている男の子が気になってしまい、私は今手を付けている納豆を全て出し終えてから、そそくさとその男の子の元へ向かった。
「いらっしゃいませ、こんばんは~」
「うわぁッ!?」
自動ドアが開くと同時にスーパーの店員の常套句を口にすると、黒髪の彼は大きく肩をビクつかせて二、三歩後ずさる。
背が高く、男の人にしては少し長い髪にそばかすが印象的なその男の子は、私に声を掛けられたのが気まずいのか何とも微妙な反応を返してくる。
......まさか、万引きとかそういうんじゃないよね......?
そわそわとする男の子に思わず不穏な考えが脳裏を掠めた矢先、彼は私の顔を見て少しだけ目を丸くさせた。
「......あれ......?も、もしかして、この間試合見に来てた人ですか......?」
「え?」
男の子の言葉に、今度は私の目が丸くなった。
この間の試合、という単語に思い当たる事柄はたったひとつだ。
「......もしかして、男バレの人ですか?」
質問に質問で返す形になってしまったが、男の子はパッと顔を明るくさせて「はい」と肯定してくれた。
「あ、俺、一年の山口忠といいます。嶋田マートの方だったんですね」
「うん、まぁバイトだけどね。二年の広瀬季都です。この間はお邪魔しました~」
礼儀正しく挨拶してくれる山口君が年下とわかり、こちらも緩い口調になりながらも挨拶を返した。
「それにしても山口君、私の事よくわかったね?一回きりだし離れてたのに、すごい記憶力」
「......あー......実はあの後、広瀬先輩のことちょっと話題になったんですよ。西谷先輩と田中先輩が“あの女子、俺らの友達なんだぜ!”って凄くはしゃいでました」
「え、なにそれ知らないんだけど......」
山口君からのタレコミに思わず口元が引きつる。
先日の件で男バレには身元がバレてしまっただろうとは覚悟していたが、そんな風に拡散されていたとは知らなかった。
なんでそんなにはしゃぐ必要があるんだろうと考えたが、そういえば前にウタちゃんと一緒に男バレ二年生の3人とお昼ご飯を食べた時、女子の応援があるとうんたらかんたらみたいな話を西谷君と田中君が話していたのを思い出す。
こうやって自分の知らない所で情報は広がっていくのかと内心でうっすら焦りを覚えていれば、山口君はまたそわそわとしながら嶋田マートの方へ顔を向けた。
彼の様子を見る限り、うちに買い物に来た訳ではなさそうだ。
烏野男バレと嶋田マート、この二つに共通するものと言えば、自然と答えは一つになる。
「......嶋田さん、呼んでこようか?」
「え!?」
烏野高校男バレのOBである嶋田マートのご子息、嶋田誠さんに用事があるんだろうと踏んで先回りして聞いてみれば、山口君は焦りと驚きが一緒くたになった反応を見せた。
これじゃあストライクなのかボールなのかよくわかんないな......。
「あ、ごめん、違った?」
「え、あ、いいえ!そうなんです、けど......」
私の言葉にしどろもどろという感じでいまいち要領を得ない山口君に首を傾げていると、彼はゆっくりと深呼吸をしてからおもむろに私に瞳を向けた。
「......俺が、嶋田さんの所に行きます。お仕事中に申し訳ないんですが、案内して貰えますか?」
「.............」
先程までの様子とは一変、覚悟を決めたような強い瞳を見て、やっぱりバレー男子は揃いも揃って格好良いなと改めて思った。
「嶋田さーん、ご指名入りました~」
後ろに山口君を連れ、棚の商品を前出ししている嶋田さんを呼ぶと、訝しげな顔をしながらこちらへ振り向いた。私の後ろに居る山口君を確認すると、眼鏡の奥の目がきょとんと丸くなる。
「......え、何?まさかとは思うけど、季都ちゃんの彼氏とかじゃないよね?」
「あはは、違いまーす」
「そっか、よかった〜。季都ちゃんに先越されたらどうしようかと思ったわ~」
「あはは、何言ってるのかちょっとよくわかんないです~。とりあえずお黙り頂いてもいいですか~?」
嶋田さんの適当な冗談を軽くいなしてから、後ろに居る山口君に顔をむけると、山口君は肩にかけてるサブバッグを降ろしながらおずおずとお辞儀をした。
「......あの、烏野バレー部の、山口と言います」
山口君が律儀に名乗ると、嶋田さんはやっとピンときたようで「......ああ!どっかで見たと思った!」と合点のいった反応を見せた。
ここらで退散しようかなとゆっくりと後ずさる最中、山口君の次の発言を聞いて思わず足を止めてしまう。
「あの......ジャンプフローターサーブ、教えてもらえませんか」
聞き覚えのある単語だったことと、今から教えてほしいという内容に引っかかりを覚えてしまったのだ。
......今の時期は確か、全国大会、インターハイの予選が近いと田中君と西谷君、縁下君達が話していた気がする。どうして“今”、そんなことを頼むか不思議に思ったのはどうやら私だけではなかったようで、嶋田さんも山口君の発言に首を傾げた。
「......けど、インターハイ予選てもうすぐでしょ?それまでにできるようになるのはちょっと無理じゃない?」
「......だと思います。多分俺は今回は出られないし......三年生が居るのに一年が出るなんて普通は無理だし......」
「.............」
嶋田さんの言葉を、山口君は案外素直に受け入れた。
反面、私は今の山口君の言葉にかなりの衝撃を受けていた。
考えなかった訳では無いけど、試合に出られるのは6人だけ、リベロを合わせても7人しか出られない訳で、そこには当然控えの選手というものが存在する。
同じ時間、同じ練習をしても、試合でコートに入れる選手と、入れない選手が居る訳だ。
「でも、これから先も、一年で俺だけ試合に出られないのは嫌だから」
「.............」
同い年ならきっと、より顕著にそのラインは引かれる。
合理的なラインであればある程、それは残酷さを増していくのだろう。
「............季都ちゃん。悪いけど、ちょっと裏に行ってきてもいい?」
「!」
思考が沈下し始めた矢先、嶋田さんに呼ばれてハッと意識をこちらへ戻す。
売り場じゃ落ち着いて話が出来ないと嶋田さんは判断したんだろうと思い、それなら私も協力しなければと直ぐに頭を切り替えた。
「どうぞどうぞ。発注と品出しはほとんど終わってるので、前出しと見切りなら私やっときますよ」
「お、マジで?じゃあ任せちゃっていい?」
「かしこまりました~。なんなら閉店準備もやっておくので、どーぞごゆっくり」
嶋田さんから見切りをする為の器具を受け取り、簡単に引き継ぎ事項だけ確認する。
「こんなとこかな......じゃあ、悪いけど頼んだ」
「はーい。山口君、またね~」
嶋田さんの後を着いていく山口君に笑って挨拶をすれば、山口君は「ありがとうございました」と礼儀正しく頭を下げてくれた。
二人の背中がバックヤードへ消えると、何となく身体から力が抜けて軽いため息が出る。
『でも、これから先も、一年で俺だけ試合に出られないのは嫌だから』
先程の山口君の言葉は、帰宅部の私の心でさえ痛い程突き刺さった。
スポーツと言うのはきっと、キラキラとした部分だけではないのだ。
勝ち負け白黒ハッキリつく競技なのだから当たり前なんだろうけど、結果が決まるその過程の中に、様々な葛藤や苦悩など、ドロドロとした部分も存在するに違いない。
試合に勝つ、負ける。その試合自体に出られるか、出られないか。
まるで自分の存在意義を秤に掛けられているようで、もし私がその立場に立ったら直ぐに心が折れてしまいそうだ。
「.............」
だけど、山口君は闘う意志を見せた。
今は選ばれなくても、強くなるにはどうすればいいのか考えて、新しい武器を手にして、もう一度秤に掛けられることを選んだのだ。
きっと怖くない訳では無いだろうし、店の入口で立ち往生するくらいだから迷いも懸念も沢山あるのだろう。
「.............」
見切りの機械を持つ手に、自然と力が入る。
だったら私は、自分の持てる力を全て使って応援してあげたい。支えてあげたい。背中を、押してあげたい。
山口君のことを、烏養さんのことを、烏野バレー部のことを。
私に出来ることなんて数少ないけど、多少でもいいから何かのメリットになれるように頑張らなければ。
今すべき事は、嶋田さんが山口君と落ち着いて話せる時間を作る事だろう。
先程の一件で俄然やる気が湧いてきた私は、パートのマダムに「あらまぁ季都ちゃん、いつになく気合い入ってるわねぇ」と笑われる程の仕事振りを発揮するのだった。
向上心は何にも優る
(泣き寝入りするには早過ぎる!)