ヒロアカ 第一部


『出久と勝己って俺達と同じ試験受けたんですよね??』

連絡をくれたのが相澤先生であることに首を傾げつつ、合流が保健室で送ったメッセージに二人とも既読がつかないことを考えれば二人が怪我をしたことは想定内だった。

とはいえ、ここまでぼろぼろで目を覚まさないことにどんな試験をしたのかと思わず非難じみた目を向けてしまえば先生は視線を落とす。

「試験内容は多少担当教諭によって変わる。今回二人を担当したのはオールマイト…」

『……つまり二人はオールマイト相手にやりあったと。…まぁそれから考えれば怪我は少ないんでしょうけど………』

手を伸ばして二人の髪を順に撫でる。

ぱっと見出久のほうが怪我は少ないように見える。けれど聞いた話では腰を酷く痛めたそうで、神経を傷つける一歩手前だったという。勝己は全体的に怪我だらけで真正面からやりあったのであろう。

一度出久は目を覚ましたそうだけど治癒を施したことでまた眠ってしまったらしく、怪我の量に対して二人とも穏やかな顔で寝てるから息を吐いた。

黙った俺に見守ってた相澤先生もリカバリーガールも口を噤む。特に話したいとこもなかったし二人を撫でていればそのうち出久が身じろいだ。

「…っ」

寄った眉根、小さく漏れた声に変わらず頭を撫でればまぶたが揺れて瞳が覗く。疲労からか蕩けた緑色の瞳は少しぼんやりしていたと思うと俺を捉えて口元を緩めた。

「にぃちゃん…」

『なぁに?』

「…ふふ、おはよ」

『ん、おはよう。良く眠れたか?』

「うん…」

撫でる手に擦り寄るように顔を傾けて目を閉じる。口元に力が篭ってふやけた笑みを堪えるような表情で、しばらく撫でているとまた目を開けた。

「かっちゃんは?」

『まだ寝てる』

「そっかぁ。だいぶ無理してたから…」

『勝己らしいけどね』

また目を閉じたと思うと出久はすぐにまぶたをあげて、じっと俺を見る。

「僕ね、兄ちゃんならどうするかなってずっと考えてたんだ」

『俺?』

「きっと兄ちゃんの言葉ならかっちゃんは聞いてくれるし、喧嘩になったりしないんだろうなって」

『んー、どうだろう。俺と勝己じゃ戦闘スタイル違うし纏まらないんじゃね?』

「少なくとも声をかけただけで殴られて黙ってろとは言われないと思う」

『あー…』

「気が立ってるかっちゃんに絶対勝てないから逃げよって言った僕も悪いんだけど、それでももっとしっかり話して作戦会議したかったのにかっちゃん全然話聞いてくれないんだもん…」

『相変わらずすれ違ってんなぁ』

「すれ違ってるっていうか層のズレさえ感じるよ…」

困り眉の出久に苦笑いを返す。出久は唇を結ってからでもねと続けた。

「かっちゃんの篭手を借りて代わりに撃ったんだけどたった一発肩が外れて、こんなの撃ってたかっちゃんの身体とか、オールマイト相手にもひるまない度胸とか、すごいなって」

『うん』

「きっとかっちゃんがあんなに無理して戦ったのは僕がペアだったからで、ペアが切島くんだったら、上鳴くんだったら、麗日さんや八百万さんだったら、かっちゃんは持ち前の思考力と攻撃力でもっと怪我も少なくクリアできたんじゃないかって思うんだ」

鈍い動作で右腕を動かしてじっと手のひらを眺めはじめる。髪をなでていた手を離せば右腕が俺の手を取った。

「兄ちゃんがペアだったら、かっちゃんはどう動いたのかなぁ。兄ちゃんはかっちゃんとオールマイトを倒すか逃げろって言われたらどうしたの?」

『…どうしたんだろうね。俺そういう頭で考えてから動くの苦手だし』

「ふふ、兄ちゃんったら」

楽しそうに笑った出久が俺の手ごと右腕を顔の前に持っていって頬に触れさせる。目を閉じて手に寄り添った。

「いつか、また三人で戦ってみたいなぁ」

『…うん』

「三人で、ヒーローになって…かっちゃんと兄ちゃんがつっこむから、ぼくはこまっちゃうんだろうけど…」

暖かな右手。どんどんと緩くなっていく言葉に出久が瞼を下ろす。

「楽しみだね、兄ちゃん…」

『……そうだな。…おやすみ、出久』

「ん…」

言い切るが早いか、意識を手放した出久は満足げな表情で眠っていて一度目を閉じる。後ろから刺さる視線に息を吐いて振り返った。

『楽しみだね、勝己』

「……冗談じゃねぇわ」

『満更でもないでしょ?』

「デクなんか事務所いたところで茶一つろくに淹れられねぇだろ。シュレッダー係が関の山だ」

『うちの子は優秀だぞ?』

「俺とお前がいりゃ大抵なんとかなんだからデクの出番はねぇんだよ……ちっ、いてぇ」

痛みを堪えるためか眉根を寄せながら起き上がった勝己は口をへの字にしていて、リカバリーガールが目を瞬いた。

「いつ起きたんだい?」

「さっき」

「よく気づいたな、緑谷」

『出久が起きたならそろそろかなって思ったんで』

かけられた質問に答えて周りを見る。二人分の荷物がベッドの脇に置かれていて、勝己を見据えた。

『勝己、帰れそう?』

「はっ、楽勝だわ」

『おっけー。そうしたら帰ろうか』

「………今何時だ?」

『六時すぎ』

「…ババアに連絡する。ちっと待て」

すぐ取り出して操作される携帯に首を横に振る。

『え、いいよ。光己さんと勝さんに悪いし』

「俺が歩きたくねぇ」

もう発信したのか耳に携帯を当てた勝己は予想通り光己さんを呼びつけて携帯を下ろす。体制を変えてベッドに上げていた足を床におろした。

「荷物もあんだし、このラッシュの時間に帰れるわけねぇだろ」

『…ごめん、ありがとう』

「すぐ寝るそいつが悪い」

ベッド横の鞄を取ると荷物を確認してすぐに閉じる。勝己が眠る出久を見て舌打ちを溢して、立ち上がった。

「来週の土曜スニーカー見に行くっつっけ」

『うん。ありがとう』

繋いでる手を離して出久に背を向ける。慣れたように勝己が俺の背に出久を乗せたところで俺も立ち上がり、勝己が三人分の荷物を持ってくれた。

「つーか、出留も新しいウェア見に行くぞ」

『あー、そういやこの間の朝練で焦げたもんなぁ』

「久々に爆破食らってたな」

『勝己動き早くなってたから目算誤った』

「次は当てる」

『えー、こわ』

「ちっ。ぜってぇ当てる」

勝己が意気込んだところで携帯が揺れる音がした。光己さんがついたらしく校門外にいるらしい。

「行くぞ」

『うん』

「大丈夫かい?」

「っす。ありがとうございました」

『ありがとうございました。さようなら』

「さようなら」

「ああ、呼び出してすまなかった。ゆっくり休め」

『いえいえ、連絡くださりありがとうございました』

保健室を出て歩き始める。一階にある保線室からも校門までは五分もかからない。校門を出れば外に止まっていた車から人が出てきて勝己と同じ金髪の髪が揺れた。

「勝己、出留くん。お疲れー」

「ん、」

『お疲れ様。いつもありがとう、光己さん』

「気にしない気にしない。ほら、家まで送るから早く乗って!」

快活に笑った光己さんが後部座席を開けてくれる。一度背を向けて出久を座らせるように下ろして、そうすれば反対側から勝己が引っ張って車内に体が収まった。

五人乗りの車の後部座席に出久を挟むようにして勝己と乗り込んで、光己さんが運転席に座ると発車する。

運転中に音楽をかけない爆豪家の車内は静かで、微かな振動と疲れからか勝己がずるりと動いて出久の肩に頭を乗せて寝息を立てはじめた。

信号待ちで止まった車に光己さんが振り返る。

「あれ?もしかして勝己寝た?」

『疲れてるみたい』

取り出した携帯で写真を数枚撮ってグループに追加する。一緒に光己さんにも送れば口を開けて笑った。

「いつもありがとね!」

『可愛い子の写真は共有したいから』

「そっかそっか」

変りそうになる信号に前を向いて、少しして車は動き出す。学校からどんどん遠ざかる車はあっという間に近所にたどり着き、うちの前で止まった。

『光己さん、ありがとう』

「いーっていーって!勝己!二人とも降りるから起きな!」

「ん〜…」

眉間に力を込めて、それからゆっくり目を開けた勝己は枕にしていた出久を見て嫌そうな顔をしてから起き上がる。

「ついたんか」

『うん』

「ちっ」

扉に手をかけて開けた勝己にならって俺も扉を開け、出久を軽く引っ張り背に乗せる。車から出れば荷物を持った勝己がいて一度振り返る。

『本当にありがとう』

「あはは!ほんとその礼儀正しさ勝己に見習ってほしいわ!」

「うっせ!」

舌打ちをかまして吠えた勝己に出久を背負い直して家に向かう。いつもどおりチャイムを鳴らしてくれた勝己に少し待てば扉が開いた。

「おかえり」

『ただいま』

「はぁ、もう、出久ったらまた…。勝己くん、いつも本当にごめんね。ありがとう」

「いえ…」

いつかと同じように勝己と一緒に入ってもらい鞄を置いて、出久を寝かせる。あまり待たせるのもなんだからとすぐに部屋を出て、挨拶をするという母と三人で車の元まで戻った。

「光己さん」

「あ、引子さん」

手を振る光己さんに母さんがいつもありがとうと謝礼を口にして、二人が話してる間に隣の勝己を見る。

『ありがとう、勝己。助かったよ』

「迎えに来たのはババアだろ」

『呼んでくれたのは勝己だから礼を言うのは普通じゃない?』

「けっ。土曜日忘れんじゃねぇぞ」

『うん。出久にもちゃんと言っておく』

「また遊ぼうね!」

「ありがとう!」

向こうも話が終わったのか挨拶をして、勝己が助手席に座る。大きく手を振る母の横で手を振って、離れていく車を見送った。




結果発表するから放課後集合と朝一番に声をかけられて人使と指定されてる相談室に向かう。

朝から筆記試験を返され結果にあわあわしてた人使は今日一番に緊張した面持ちで相談室の扉を叩いた。

「し、失礼しますっ」

上ずった声で挨拶をするから思わず笑えば脇腹が突かれる。軽く謝って中にはいるといつかと同じように相澤先生と担任がいて手元には書類が置かれていた。

「来てくれてありがとう!さぁ!座って座って!」

促されて向かい側にかける。担任の前に人使が座ったから俺は相澤先生の前に座った。

「それじゃあまずは!試験お疲れ様!各学科、テストが返ってきたと思うけどどうだったかしら?」

『いつもと同じでした』

「物理が前回よりも点取れて良かったです」

「ふふ!仲良く勉強してたものね!」

「え、見てたんですか…?」

「日頃から貴方達予習復習してるじゃない?テスト勉強も一緒にしたんだろうなって。違わなかったみたいね?」

楽しそうな担任に相澤先生が香山さんと声をかけて、そうねと手元の資料を俺達に差し出す。

「香山さんに任せると話が進まないからさっさと行くぞ。まずこれは今回の実技試験の結果だ」

『口頭じゃないんですね』

「それぞれの結果が出ているからな。多少雑然としているかもしれんが数人分、監視官含めた教師からのコメントもある。君たちの将来に役立つであろうから目を通してくれ」

「ありがとうございます!」

丁寧に両手で受け取ったと思うと表紙をじっと見つめてから俺を見る。

『せーので開ける?』

「ああ」

緊張した様子からして一人では開けたくないだろうなと思って首を傾げれば迷いなく頷かれた。

上端を止めてある日めくりカレンダーのような冊子に、表紙部分をつまんで向かいを見る。

『それじゃ、準備はいい?』

「っ、ああ」

『「せーの」』

ぺらりと、薄くもしっかりとした紙をめくる。ページ一面を使い、縦にデカデカと赤字で合格!と書かれたそれに、思わず吹き出して笑えば人使はキラキラした目でこちらに自分の分の紙を見せてきた。

「出留!出留!」

『うんうん、見えてる。合格だな…ぶっ、ふっ、ははっ、このセンスやべぇ』

「緑谷くんって案外ツボが浅いわよね?」

「あの通知書を見たら大半の人間はセンスを疑いますよ」

「あら、私は好きよ?あの派手加減。一目瞭然で楽しいじゃない」

相澤先生と担任の声を聞き流して、興奮してるのか口角を上げたまま通知書を見せてきている人使に頷く。

『これでヒーロー科へまた一歩近づいたな?続きのコメント読まないの?』

「読む!」

くるりと向きを変えてまたページをめくった人使が文面を目で追う。真剣な横顔を眺めて手元の書類の表紙を元に戻して横の鞄にしまった。

「緑谷くんは見ないの?」

『家に帰ってからゆっくり見ます』

「楽しみは取っておく派なのね」

『食事も好きな物は最後に食べたほうが満足感が上がると思うんで』

「なるほど」

にこにこと微笑んでくる担任から目を逸らして人使を眺める。人使はじっくり文を読んでいるらしく、一喜一憂を繰り返していてそんな姿を担任がこれが男の子の反応よねぇとまた微笑んだ。

ぺらりと捲られていくページ。文字を追う速度は早くないし、読解しながら読んでいるためか時間もかかってる。それでも眺めて待っていれば最後のページまで読んで、人使は息を吐いたと思うと即座に横の鞄からペンを取り出す。書類をテーブルに置き、ページを開いた。

かりかりと丸をつけたり何か書き込んでいたと思うと顔を上げる。

「出留、ここどう思う」

『んー?』

勉強会のときのようにわからないところに丸をつけたところを指されて目を落とす。全文読んでから改めて指摘された箇所を眺め、求められているであろう答えを返していく。

言葉をそのまま書き込んで、腑に落ちないところや解釈違いの部分は意見を出し合って、最後のページが終わったところで人使は満足そうに息を吐いた。

「なるほど。ありがとう、出留」

『おー、気にすんなー』

書き込んだ書類を手に取り、ペンと一緒にしまったところで人使が向かいを見る。ずっと楽しそうに俺達を眺めていた担任はどのあたりからか目を丸くしていて、相澤先生は怪訝そうに俺達を見てた。

「あ、急にすみませんでした」

「大丈夫だ」

「ちょっとびっくりしちゃって…貴方達本当に仲がいいわね」

「えっ…?」

「……ふふ。これだけ将来を見据えて動いているんだもの。貴方の努力はきっと報われるわ、心操くん」

「っ、はい!がんばります!」

力強い返事に担任は満足そうで、相澤先生もどこかほっとしたように口元を緩める。

「夏休みはみっちり指導するからそのつもりでいろ」

「よ、よろしくお願いします!」

大きな動きで頭を下げて人使がテーブルに頭を打つ前に手を差し込む。案の定妙な痛みが手を襲うから息を吐けば人使が慌てて顔を上げた。

「わ、悪い」

『いーよ。平気平気』

ひらひらと手を払うように振って痛みを飛ばし、先生に視線を動かす。

『夏休み中のスケジュールってもう決まってますか?』

「二人の予定を聞いてから組み立てる予定だった。もしわかるなら教えて貰えれば今からでも組み立てるが…」

「あ、俺はわかります」

「そうか。そうしたら先に教えてもらおう。緑谷はどうだ?」

『あー、微妙ですけど…とりあえず林間合宿で二人がいない間は暇です』

「本当に二人基準だな、お前…。まぁいい。林間合宿はこの週に行われる。心操、どうだ?」

「大丈夫です。えっと逆に駄目なのがここの辺りとこの日で…」

どこからか取り出した紙のカレンダーにバツをつけていく人使。俺も一応携帯を取り出してスケジュールを開く。

すでに出かけようと約束していた日や盆休みで母が帰省する可能性のある日はバツをとりあえずつけて、そうすれば自ずと日程が固まった。

「多少の変更はあるだろうが、まずはこれが仮日程だな」

「うふふ、かなりがっつりね」

「少ないくらいですよ」

「あらあら、相澤くんったらやる気満々ね」

担任に笑われながら決まった仮日程を写真に取り、人使に送る。

嬉しそうに笑う人使もきまり悪そうな顔の先生もどこか楽しそうで、響いたチャイムに顔を上げた。

「最終下校の時間ね。時間を取らせてごめんなさい。帰りましょうか」

見送ると言われて四人で相談室を出る。担任に話しかけられて返事をする人使を眺めていれば横を歩く先生がちらりと俺を見た。

「昨日、彼奴らを任せてしまったが大丈夫だったのか」

『出久と勝己ですか?はい。勝己のお母さんが迎えに来てくれたのですぐ家に帰りましたし、出久も一時間くらいしたら起きてきて夜飯むっちゃ食って風呂入って寝ましたよ。勝己も体の痛みはないみたいなんで平気だと思います』

「そうか」

今日出席していたから知っていたはずだろうに問いかけられてすぐに返す。気になる点はなかったのか頷くと相澤先生の視線がまた俺に移った。

「一つ聞きたいことがある」

『なんですか?』

「昨日弟が言ってたがまた三人で戦ってみたいって、前回はいつ戦ったんだ?」

『あー…』

視線を上げて記憶を探る。出久の言う戦うがどれに当たるのかはわからないけど、俺が思う日付を口にした。

『たぶん小学校のときの話じゃないですかね』

「ほう。どんな状況だったんだ?」

『あんま面白い話じゃないですけど』

「…言いづらいことか?」

『んー、別にそうでも。ただオチがないってだけで。小学校のとき出久と勝己が変質者に攫われたんですよ』

「は?」

『んで、俺が見っけてそいつぼこぼこにして、ついでに来た仲間も勝己と応戦して出久は応援係を務めて…たぶんそんときのことかと』

「出留、前提が謎すぎないか??」

『ん?そう?』

「貴方達そんな事件に巻き込まれてたの?」

『事件ってほどでもないですよ。俺達以外誰も知らないですし』

「………大人に伝えなかったのか」

『あー、済んだ事ですから必要性を感じなかったんですよね』

いつの間にか話を聞かれていたらしい。振り返って目を丸くしてる人使と担任、眉根を寄せる相澤先生に笑う。

『それにあの頃はそういうことに遭遇するプロみたいな感じで、二人だけじゃないですけど小学生時代は割と頻繁に巻き込まれてましたから。気にしてたらきりがなくて』

「最悪な生活じゃんか…」

『ん?別に普通に楽しい学校生活だったよ?』

「嘘つけ…」

『ほんとほんと』

出久と勝己は傍目から見てもとても可愛らしかったし、活発で行動範囲が広かった。人目を引きやすい言動も多かったから自然と標的になってしまって吸い寄せられるように敵が寄ってきたものだ。

あの頃は俺達だけじゃなく同級生の子たちも一緒に巻き込まれていたし、俺の中では普通だったけれど人使の表情と妙な空気感からしてどうやら一般的ではないらしい。

その証拠にいつになく真剣な表情を浮かべた担任に向き合われ、同じく真剣な顔の相澤先生にじっと見つめられた。

「緑谷くん。もし次に同じようなことがあったら絶対に大人に伝えること」

『え、』

「自分たちだけで対処しようとするな。敵は狡猾だ。いつ報復されるとも限らない」

『えー…はあ、わかりました』

あまりの気迫のある表情にしかたなく首を縦に振る。

「もう!そのとりあえず頷いとけ感!本当に絶対よ!?」

『はーい』

「……弟と幼馴染にも明日伝えておきます」

「そうしてちょうだい!」

叫ぶように答えた担任に首を傾げる。人使からも呆れたような目を向けられて不思議に思いつつ、ついていた昇降口に靴を履き替えた。

『それじゃ、今日はありがとうございました。さようなら』

「ええ!さようなら!絶対に言うのよ!!」

『まぁそんなこと早々ないですよ』

「フラグ立ったな」

「心操くん!!縁起でもないこと言わないでちょうだいっ?!」

何故かテンパってる担任と険しい顔の相澤先生に手を振って人使と校舎を出る。

隣を歩く人使は道の分かれ道で何かあったら先生に言うんだぞと言葉を残していき、よくわからないまま別れた。

まっすぐ家に帰り、今日は母が用意してくれていたから晩飯を食って出久と風呂に入り部屋にこもる。

鞄の中から書類を取り出して、紙を捲った。

一枚目の合格通知をまた見て思わず笑い、2枚目に移る。右上にレーダーチャートが置かれ、その左側にはそのレーダーチャートの説明、下半分を講評で埋められているらしい。

最後の最後、一番下の行に講評担当の教師の名前が書かれているようで、根津と書かれていたそれに校長じゃんと頭を押さえた。

『初っ端校長からの講評とかエグくね…』

息を吐いてからもう一度上に視線を戻して内容を読み込んでいく。

校長がどんな人か、確か面接のときに顔を合わせたはずだけど全く覚えていない。文面から見てかなり頭の回転が早そうな人とはわかるけど見た目が鼠だったような気もする。

大まかに見て、俺がパワーローダー先生の軌道を覚えて走ってたことを褒めているらしく、加えて人使の補佐に回ったことに対し今後も訓練に励んでくれという内容だった。

次はブラドと書かれていて理科の担当教諭で、几帳面にまとめられた内容は判断力、行動力素晴らしいからもっと表出て活躍するように。そのままハウンドドッグ先生、セメントス先生、パワーローダー先生、担任と続き、最後の一枚に入る。

予想していたとおり最後は相澤先生で、まずどの先生からもほぼ天井で返されていた五角形のレーダーチャートが三角形な上に一点を抜いて低いことに目を瞬いて横の説明を見る。他の先生が判断力、行動力といった内容で埋めていたそこを相澤先生は何故か違うものが入っていて、唯一高めなのはパートナーへの貢献度と記された項目だった。

説明一発目にどうせ他の教師が褒めるところは褒めるだろうから指摘箇所を重点的に書くとあってまた目を瞬く。

レーダーチャートの項目はパートナーへの貢献度。試験への本気具合。体力の消費度。後はないと三項目しか作られなかったそれに苦笑いを浮かべる。

まずは試験合格おめでとうと形式的に書かれ、流れるように人使に手錠を持たせていたことへのお叱りが飛ぶ。パワーローダー先生を捕まえた時点でさっさと施錠しとけとまとめられてた。下も読んでいく。あれだけ走り回ったのに息切れ一つしなかったこと、パワーローダー先生を上に飛ばしたことへもっと早い段階で引っ張り上げられただろうとか、力が拮抗してたのは演出だろうとか痛いところばかり突かれる。

本当によく見てる人だなと頭を掻いて、目を動かす。

試験への本気度の項目へはもっと表立って自分の価値を見せつけるようにと連ねられていて唇を噛み、一応先を読む。自己承認欲が低いことへ言及されていたけれどその理由までは流石に先生にバレなかったのか答えは出ていなくて息を吐いた。

最後に書かれたどうすれば本気を出そうと思うのか、今後の基準にするから考えてくるようにの言葉。考えることなく書類を閉じる。まさかの宿題に息を吐いて、ベッドに体を投げ出した。



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