ヒロアカ 第一部


代休も終了して通常授業に戻った。課題の量は減っていたのを取り戻すように以前よりも増えており、こんなことなら体育祭中も別に一定量課題をくれればよかったのにと額を押さえる。当面はまた昼を潰しながら課題をする必要があり、出久や勝己との昼食はお預けだ。

体育祭が終わると次は職業体験らしい。一応全学科の全生徒にその体験権限はあり、大体が体育祭の活躍に応じてヒーローから出された指名を元に選ぶという。

例年ヒーロー科にしか指名はこないのに、今年は人使を気になったヒーローも指名を雄英に出したそうで、ヒーロー事務所の名前が書かれたそれを受け取った人使は大変嬉しそうに目を輝かせながら俺に一番に教えてくれた。

朝一のホームルームで受け取ったそれを大切そうに抱える人使にクラスメイトもどこか嬉しそうで、体育祭の試合以降、優しいクラスメイトの視線は慣れそうにない。

「あ、心操くん、緑谷くん、放課後時間あるかしら?」

「出留は?」

聞こえた声に顔を上げて人使がこちらを見るから首を横に振る。

「大丈夫です」

「そう、それならちょっと時間もらえるかしら?」

「わかりました」

「放課後、生徒相談室Gにお願いね」

にっこり笑って自身の受け持ち教科の授業のため出ていった担任に言われた内容を反芻する。相談室がGなんて、何個部屋があるのか気になったものの、忘れないように携帯の画面にメモをつけておいた。

「なんの話だろうな」

『時期的に体育祭の講評とか?』

「今更?なんのための間だよ?」

『さあ?』

すぐに始まった一時間目に話はうやむやになって切れる。授業を消化して、課題を終わらせて、放課後になり人使と朝に言われた相談室に向けて足を進める。

『そういえば最近筋トレどう?』

「軽くなってきたから重りを増やした」

『お、いい感じだねぇ』

「筋トレはいいよな。したらしたぶんだけ返ってくる」

『筋トレに目覚めたの…?』

「そうだな。もっと早くからしておけばよかった」

着実に体力がついてることにか嬉しそうな声は聞いていて楽しい。

教えられた相談室にたどり着いて顔を合わせてから手を伸ばして扉をノックする。三回叩いて一呼吸置く間の後、どうぞと聞こえた。

返ってきた声が男性だったことに二人でまた顔を見合わせて首を傾げ取っ手に手をかける。

『失礼します』

なんとなく先に入った俺に人使も続いて同じ言葉を吐いて中に足を運ぶ。

中は相談室というだけあって、壁にはホワイトボード。それと机と椅子が並べられていて簡易的な会議室のようだった。

いくつがある椅子の、そのうちの一つに腰を掛けている人物はここ最近体育祭で見た覚えのある男性で俺達を見ると座るように促してきた。

「わざわざ悪いな。俺は一年A組担任の相澤だ」

記憶に違わない名前。なんのために呼ばれたのか全く心当たりのない俺達は曖昧に返事をして、それから相澤先生は目の前に紙を置いた。

「君たちを呼んだのは他でもない、職業体験についてだ」

朝のSHRでも言われた次のイベント名は強いて言うのなら人使が関連してるものだった。

「朝、指名くださった事務所のリストはいただきましたが…」

「ああ、心操には十三の事務所から指名が来ていたのは知っている。うちのクラスも含め大半の生徒は指名が来ないことも多いのに心操はそれだけ期待値が高いということだろう」

「期待…」

「そこでだ。今日は君たちに一つ提案をしたくて今回C組担任に取り次いでもらった」

息を吐いて、相澤先生は俺達を見据える。

「職業体験期間中、俺に指導をさせてもらいたい」

「………え」

『それは指名ってことですか?』

「わかりやすく言うならそうだ。雄英の教師であることも一因ではあるが、俺はそもそも事務所を設けていないフリーのヒーローだ。本来指名は事務所を持つプロヒーローがその生徒の人となりを見て有望株かを見極めつつ、もてなす言わば勉強会。もてなす事務所を持たない俺は指名を出すことは普通はない」

「それがどうして…」

「お前たち二人を指導してみたくなったからだ」

『はぁ。人使はともかく、俺までですか?』

「心操の個性自体は強力だが個性の凡庸性がまだ低く、更にそれ以外の特に身体能力は不安が大きい。逆に緑谷は個性がないのにもかかわらずその体の使い方や判断力はトップヒーローにも劣らない。つまりお前ら二人はお互いが欠点を補える状態の関係だ」

「それで二人まとめて指名して育てようってことですか」

「ああ。まずは一週間、時間をもらえないか?職業体験期間中みっちり訓練をしたい。その後指導を継続するかどうかは二人が決めればいい」

朝から訓練となると自由時間は皆無だろうか。とはいえ、元々職業体験期間中は出久も勝己もその指名されたヒーローの元に行ってしまう可能性が高く、自由な時間があったところで暇を持て余すだけの可能性が高い。

指名が来ておらず雄英と提携している事務所から適当に選ぶ予定だった俺からすれば若干とはいえ性質のわかっている人に教授されるほうが気は楽で、この申し出は願ってもないものだった。

俺は頷いてもいいけれど、他の事務所から指名を受けている人使は視線を落としていて、迷っているように見える。

それに気づいているだろう相澤先生は、今日は声をかけたかっただけで、返事は通常通りの期間で構わないから検討してきてくれとファイルを渡され相談室を出た。

晴れない表情の人使は黙ったまま昇降口まで歩き、急に顔を上げる。

「この後時間あるか?」

『いーよ。どこいく?』

「それなりに騒いでも怒られなくて勉強道具広げられるスペースがあって、金がかからず静かすぎなくてうるさくないところ」

『希望の難易度高すぎんね??』

「俺ん家でどうだ?」

『お、友達っぽい。でも人ん家にお邪魔するの緊張するんだよな〜』

「両親とも仕事で遅くまで帰ってこないし、安心してくれ」

『緊張するのにかわりはないかな?』

人使の出した条件に当てはまりそうな場所は他に思いつかずお邪魔することになった。

電車を乗って、普段降りる駅二つ前で乗り換えて一つ目の駅で降りる。学区は違うものの、割と家と近いその場所にもしかしたらすれ違ったことくらいはあったかもしれないなと目を瞬いた。

手土産は要らないからと押されるまま誘導されて人使の家にたどり着く。オフホワイトの綺麗な戸建ての家で、ポケットからキーケースを取り出すとそのまま鍵を差し込んで回した。

『お邪魔します』

「誰もいないし気にしなくて平気だ」

靴を脱いで端に寄せる。差し出されたスリッパを履いて、こっちとの声についていき扉をくぐった。

自室なのか壁に沿うように勉強机が置かれ、その反対側にベッドが置いてある。本棚にはいくつかの参考書があって、クローゼットにはたぶん洋服が収納されてるんだろう。

ちょっと待っててくれと人使が出ていく。

人使の部屋はカーテンも布団カバーも淡めの黄緑色に統一されていて、物が少ないからかとてもシンプルだ。

足音が近づいてきて振り返るとトレーにカップを二つと大きめのペットボトル。それからお菓子を載せて戻ってきていて、勉強机に置いた。

「座っててよかったのに」

『どこに座るのが正解か悩んでた』

「あー、そうだよな」

勝己の部屋もそうだけど、ラグが敷いてない状態で、椅子が一つしかない部屋は二人の場合どこに座るのが正しいのか。三人以上なら開き直って床に座るのだけど、二人だと部屋の主を地べたに座らせることになる。

これが勝己の部屋なら許可も出てるしでベッドに座るけど、流石に制服の姿で他所様の家のベッドに座るのは気が進まない。

少し悩んだ人使は机から椅子を引っ張ってくると留めて、自身はベッドに腰掛ける。そういうことだろうと迷わず椅子に座れば正解だったようで人使が鞄を開けた。

「相澤先生の誘いは正直、俺のレベルアップにつながると思う」

『体育祭の活躍とか入試の履歴とかも見てる分データは十分ありそうだもんね』

「とは言っても、選べる状態にあるし、事務所ならではの強みもあるだろうから見比べたいのが本音だ」

『相澤先生もそれくらい込みで誘ってるし今日中に調べちゃおうか』

「ありがとう」

ヒーロー事務所は大抵サイトを構えていて、そこに実績や活動地域、指針が色濃く出る。人使が誘われた事務所の名前を片っ端から打ち込んで検索し、まとめていく。俺はスマホとタブレットを使い、人使はスマホとノートを使ってそれぞれ同じ事務所を開いて気になる点を抜き出していった。

時間効率を考えれば手分けしてまとめるのが一番だけれど、俺と人使が重視している部分に違いが出てしまうとまとめ直しになるから同じサイトを漁っていってた。

大体一時間くらい経って向かいの人使が伸びをする。

「どうだ?」

『もう終わるよ』

最後にファイルを置いて首を回す。音を立てた関節に人使も腕を回していて、早速とノートとタブレットを見せた。

「ここの事務所は創立してから浅いけど都心にある分解決数はそれなりだ」

『ただ、ここの事務所は荒事担当だから体力面で不安かもね』

意見を出し合いながら事務所を見比べて、旨味の少ないものは消していく。十三個の事務所を見きったところで最後の個人名を指した。

「最後は相澤先生だが…」

『まぁ予想してたことだけど、俺達の事見て考えたプランっていうのがよくわかる』

「事務所と違って体作りと個性の多様性を促す授業、それから訓練…」

『未来へのコネを作るって点では外に行くのがいいけど、確実に今後のことを見据えて力をつけれるのはここだろうね』

「むずかしいな…」

最初に用意されて放置されていたお菓子に手を伸ばしてカステラを食べ始めた人使にお茶をもらう。

相澤先生から渡されたファイルには個別分析と伸びしろ、具体的な対策が纏められていて人使の分しか見てないけれどきっと俺のも似たように書かれてるんだろう。

体育祭から一週間もなかったと思うけれどよくまとめられてるそれに一発目に感嘆の息を溢してしまった。

「訓練場所は学校メイン。いざとなったらサポート科に装備も相談しやすいか…」

でもと他にまとめた事務所の要項を確認しはじめる人使は真剣そのもので、ヒーローになるための未来を見据えて苦悩してる様子だ。

揺れた携帯を確認すると弔からのメッセージで、今度会いたいなんて内容に日取り決まったら教えてと返す。

「出留はコネと実力ならどっちをとる?」

不意に投げられた問いかけに顔を上げる。資料からこちらに向けられた視線が本気で悩んでるから少し考えて口を開いた。

『俺は実力かなぁ。学生目線であまえてるかもしれないけど、体育祭は後二回ある訳だし、今焦ってコネを作りに行ってだらだら過ごすより、着実にレベルアップして次に更に上を目指す』

「そうだよな、焦って中途半端もよくないか…」

『妥協は一番良くないって勝己もよく言ってるし』

「なんとなく、爆豪らしいな」

久しぶりに笑った顔を見せる。体育祭前後くらいでしか会ってないのにらしいと言われる勝己は努力家で一番に強くこだわる天才だ。

もう一度見比べた資料に息を吐いて、人使が何か言おうとしたところで電子音が響く。アラームのようなそれは人使の携帯からで、メッセージが届いたらしく確認して息を吐いた。

「母親から買い出し頼まれた」

『じゃあそろそろお暇しようかな』

時間を見ればそれなりに太陽も傾ききってる時間で、遅くなると連絡してあるとはいえまだ包帯が取れたばかりの出久と母さん二人は少し心配だ。

立ち上がって二人で家を出る。電車に乗る俺と買い物に行く人使は目的地が違うため、駅で別れた。




家に帰るといつもどおり母はご飯を作っていて出久は家で課題をこなしていた。今日は冷やし中華だよの声に礼を返して先に荷物をおいてから着替えを済ませリビングに戻る。

「兄ちゃんおかえり!」

『ただいま』

ソファーで広げてたのは何かの資料らしく、ご飯が出来上がるの声にそれをまとめて片す。

出てきた料理を三人で食べているところで出久が口を拭いた。

「そうだ、兄ちゃん職業体験もう決めた?」

『ん?うんん、まだ。出久は決まったのか?』

「うん、僕指名を一つもらえて、そこに行こうかなって」

出久へ指名を出したグラントリノというヒーロー名は全く聞き覚えのないもので、あの出久でさえ首を傾げているからマイナーヒーローか、メディア嫌いなのかもしれない。

勝己や轟くん、他のクラスメイトの話を聞いていれば実はねと顔色を明るくした。

「今日ヒーロー名を考える授業があったんだ!」

「あら!楽しそうね!出久昔からたくさん考えててあまりにも多いから全部繋げるとか言ってたのよね!」

「それは昔の話!!」

赤くなった出久ににこにこと懐かしいわと笑う母さん。

『ヒーロー名、何にしたの?』

「あのね、僕はヒーローデク!」

『デク?』

あんなに嫌っていた呼び方をヒーロー名にしたことに目を瞬く。陰りのない明るい表情に首を傾げれば箸を握りながら出久が大きく口を開いた。

「頑張れって感じのデクなんだ!」

『おおう??』

「頑張れ…?」

言葉のイメージの話だろうか。もれなく不思議そうにする俺達に出久はとても嬉しそうにしているから幸せそうならいいかなと頷いて話を流す。

ご飯を食べきり、風呂に入って、部屋に戻った。先程荷物を置いたときと変わらない室内に椅子へ腰掛けて、鞄を開く。

相澤先生から渡されたファイルを取り出し開けば人使のときと同様、ワードでベタ打ちしたような言葉が並んでいて眺めていく。個性のくだりは無いものの、代わりに体力、技術面について深堀されていて判断力に関しては五行分くらい書かれてる。

二行分の間をおいて、俺の指導内容を見つめる。人使は基礎となる体作りや個性について考えるだった部分は、俺の場合方向性がかなり違って見えた。

行動原理の帰結と始められたそれ。読みすすめていけば体育祭の最終戦での行動理由を当てられていて、目を瞬く。

担任や人使ですら気づかなかったというのに、この人はどこでそれに気づいたのだろう。

タブレットをひっぱり出して片手で検索をかける。イレイザーヘッドの名前はそんなに当たりがなかったものの、最低限の情報は得られそうだった。ついでに取り出した携帯で勝己にメッセージを送る。少しの時間を置いて返ってきた言葉は人を肯定する言葉で、勝己からの信用も厚いようだ。

妙な事務所にされたくもないお客様扱いされるくらいなら、ここでじっくりと相手を観察するほうがよっぽど有意義かもしれない。

理解されたことに高揚からくる興奮が身を包んで、それから眉根を寄せる。もしかしたらいつか、この人に俺は邪魔をされる可能性がある。

寄ってしまった眉間を押して解し、手放しで喜ぶことはできないけれど新たな楽しみに笑って、それから電子機器をすべて充電器にセットしてベッドに転がる。

目を閉じて、そのまますぐに眠りについた。



いつもどおり登校すれば人使はすでに学校に来てていて目の下には少しだけくまを作ってた。椅子を引いた音で俺に気づいたのか顔を上げて、目が合うとあくびしながら挨拶を零す。

『随分眠たそうだね』

「あの後ずっと考え事してたら全然寝れなかった」

目元をこすりながらまたあくびをしたと思うと机の中からノートを取り出す。昨日も見たそれは事務所についてまとめてたノートだった。

「期限は明日までだし、どうせどれだけ考えても悩みそうだからもう決めちゃおうかと思って」

『それで?人使はどこにすんの?』

「相澤先生んとこ」

『へぇ。最後まで悩んでたあっちの事務所じゃなくていいの?』

「すごく迷ったけど、今の俺に足りないものを補ってからのほうが絶対いいと思って」

『なるほどな。それじゃ職業体験中もよろしくね』

「ああ」

俺が相澤先生の指名を受けるのは想定内だったらしく迷わず頷かれる。丁度やってきた担任によりホームルームがはじまって、終わると昨日同様に手招かれて廊下に出た。

「相澤くんと話はできた?」

「はい。職業体験について伺いました」

「よかった。相澤くんたまに言葉ったらずになるから心配だったのよ」

にこにこと笑う担任は相澤先生と仲が良いのだろう。教師同士も学生時代は同じ高校を在籍していたりする場合もあるしらしいから、それだろうか

将来ヒーローになったら出久の昔の話に勝己が出てきたりしたら可愛いなと思ってるうちに話が進んでたらしい。

突かれて横を見ると人使が呆れたように息を吐いた。

「飛んでるぞ」

『あー、ごめん。今なに話してた?』

「職業体験先決まったか聞かれてた」

「緑谷くん、しっかりしてるのにけっこうぼーっとしてることが多いわよね」

担任が困り眉になるから適当に笑顔を繕って目をそらす。

『俺も相澤先生にお世話になります』

「ふふ、相澤くんとっても喜ぶわ!」

小躍りでもするように次の授業に向かった担任の背を見送る。息を吐いたところで服が引かれた。

「もしかして寝不足か?」

『んー、遠からずってかんじ』

「課題増えたのそんなにきついのか?」

『全然?昨日は調べものしてたらテンション上がっちゃって寝るの遅くなっただけ』

「…そうか」

一瞬顕した心配気な雰囲気を霧散させて首を横に振られる。一応授業に関係があることを調べていたのだけれど、それは言う必要はないだろう。

近くにいたクラスメイトが次の授業に遅れるよと声をかけてくるから頷いて荷物を取り移動することにした。




返事は早いに超したことはないだろう。職業体験専用のフォーマットを不備無く埋めて、担任に提出する。目を輝かせて早速渡しとくとガッツポーズを決め、放課後の職員会議に向かっていった。

「これで来週からは職業体験と言う名の猛訓練が始まるな」

『だねー』

規則を守り、授業中はポケットにしまっている携帯を取り出す。メッセージをチェックすると珍しい名前からメッセージが入ってて顔を上げた。

『今日寄り道しない?』

「どこに?」

『サポート科』

画面を見せる。文字を追うように視線が動いて目を丸くすると勢い良く顔を上げた。

「行こう」

『じゃ今から向かって入れちゃうよ』

メッセージを返して歩き始める。広い校内を迷いなく歩いていき、体育祭前にサポートアイテムの調整に何度も足を運んだ工房にたどり着いた。

インターホンを押してみて少し待つ。全く聞こえない返事に諦めて部屋の扉を開けた。

『お邪魔します』

「失礼しま…おおう、」

中はたくさんのアイテムが床にも机にも転がっている。初めて足を踏み入れた人使は言葉を失って、顔を引きつらせ、足を進めていく。

バーナーの音が聞こえる方へ向かえば予想通り床に座り込んでなにやら作業をしている発目さんがいて、バーナーの火が収まるのを待つ。火を止めてから息を吐き、防火マスクを外すと不意にこっちを見てばちりと目があった。

「お二人とも!いらしてたんですね!!」

「返事待たずに入った、悪いな」

「いえいえ!ちょっとお待ちくださいね!すぐお持ちします!」

『ゆっくりで大丈夫』

駆け足で奥に消えていった発目さんは両手にアイテムを持って戻ってくる。

二週間ほど相棒をしていた、少しだけ形の変わったように感じるグローブとブーツ。それと見覚えのないものが一つ。

目を輝かせる人使に発目さんがにんまりと笑ってそれを持ち上げた。

「こちら!ご注文いただいていた変声機能付きマスクです!」

「おぉ…!!」

「こちらのノズルを調節することにより声が変わります!もし設定したい方の声がある場合はこちらのマイクで音を拾うと声質がデータ化されますので表示されたデータと同じものに設定していただくことでほぼ同じ声にすることが可能です!」

『高性能すぎない??』

「そうでしょうそうでしょう!私も自分の才能にびっくりです!!とりあえずは取り外しする可能性を考えて首元にもかけやすく長さの調整がしやすいタイプにしてみました!よろしければつけてみてください!」

目を輝かせながらマスクをつけてみてる人使。とりあえずと発目さんが声を出して、それを拾ったマイクのデータを見て変声させた状態で息を吸って、吐く。

「こんにちは」

「こんにちは!」

元気よく返事をしてぴしりと固まった発目さんに、人使はすぐに個性を解いた。

「すごいな。ちゃんと個性がかけられる」

「ご所望の通り拡声器やマイクは通しておりませんので!」

「本当にすごい…」

マスクを外して両手のひらで大事そうに持ち、きらきらとした目でマスクを見て微笑んでる人使はクリスマスプレゼントをもらったときの出久みたいだ。

感動から帰ってのない人使に発目さんはささっとこちらに来てグローブとブーツを並べた。

「修復と一緒に改良を行ったものです!」

体育祭も終わり、また来年まで使わない可能性があると伝えてあるのに、本当に用意してくれたらしい。

『ごめんね、俺の分までありがとう』

「私がしたいだけですから!グローブのアーム部分は長め切り替えたので前回よりも回避や攻撃の際の衝撃を和らげられます!ブーツは緑谷さんの攻撃力に粉砕されないよう、ヒール部分を強化しております!少し重みが増したかと思いますので一度確認ください!」

『ありがとう』

いくつか改良された部分は体育祭での戦い方を見てだろう。

前回はグローブさ手首までで、攻撃をいなしたりする際は手のひらか手首にあてるようにしていたから、確かに腕で受け止められるようになるのは動きの幅が広がる。ブーツの強化は最後のコンクリートを叩き割ったときの話だろうけど、普段はあんなことをしないから念には念を入れてというところだろうか。

数日ぶりに身につけたグローブは変わらず関節の可動に違和感はないし、ブーツは言われれば重くなったかもしれないが気になるほどでもない。

『ブーツの重さは気にならないな。グローブのアームも同じ素材なら強度は不安視してない…けど、少し材質変わった?』

「よくお気づきになりましたね!」

ぐっと勢いを増した発目さんに目を瞬く。

「表面の仕上げに使う塗装を変えております!耐火性能が更に優れ、大体3000℃まで耐えられます!」

『んん…?俺は一体なにと戦わされる予定なんだ…?』

苦笑いの俺に発目さんは気づいていないのか、気にしていないのかにこにこと笑っているから曖昧な表情を浮かべざるを得ない。

感動から帰ってきたらしい人使がマスクを大事に抱えながら近くの椅子に座った。

「ほんと、感謝してもしきれない…今度何かお礼をしたいんだが、何がいい」

「私のベイビーを愛してフルにスポンサーに見せびらかしてくだされば結構ですよ!」

「それは礼になるのか…?」

『ヒーローになったら発目さんのスポンサーになれば万々歳じゃない?』

「なるほど、たしかにそうだな」

『あ、でも発目さん、好きな食べものは?』

「チョコですね!ひと粒でカロリーが取れますし味も大変おいしいんです!あ、今も持ってますよ!食べますか!?」

『ありがと。でも腹減ってないし大丈夫。それは発目さんが食べてよ』

「はい!」

放っておいたらご飯も食べずアイテムを作っていそうな発目さんは近くにあった箱からチョコレートを摘んで咀嚼し始める。

人使を見れば親指を立てて頷いてくるから礼の品は決まったらしい。

グローブとブーツは一度試しに持って帰ってくれと言われてそのまま身につけておく。人使も家で少し触りたいらしく一緒に渡された専用のケースに入れて鞄と一緒に持った。

『発目さん、そろそろ帰んないの?』

「そうですね。帰らないと先生に工房出禁にされてしまうので今日のところは帰るといたしましょう」

工房出禁の条件が与えられるなんて、普段どれだけ中にこもってるんだろう。

人使と発目さんという珍しい顔ぶれで下校を始める。時折すれ違う見回りの教師は意外そうに俺達を見送って、たまに発目さんが目についた機械に立ち止まってしまうというトラブルを越えながら帰宅した。



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