あんスタ(過去編)


【紅紫一年・晩秋】


ようやくついた会場に駆け込む。そこには地面に膝から崩れ落ちて俯いてる泉さんがいて、声をかけようと思えば先に向こう顔を上げた。

「しろくん、」

ぐらぐらと揺れる瞳、震えてる手を取って引き寄せればあっさりと腕の中に収まって顔を押し付けられる。

崩れるようにもたれかかってきて、更に細くなって軽くなった体に少しだけ、心が締め付けられたような苦しい気持ちになった。

「もう、おれたち…だめなのかな」

『………少なくとも、月永さんはもう、ダメでしょうね』

「……どうして、どうしてこんなことになっちゃったんだろ」

学園の作ったルールに沿ってただただ活動してただけの彼らは今じゃ学園内の敵として針のむしろにいて、何をやっても正当な評価を与えられることもなく終いには地位を落としてた。

傷だらけの泉さんの近くにはあの明るかった王も近衛も誰もいない。たった一人で弱って死んでいってしまいそうになってる泉さんに唇を噛んでから息を吐く。

『泉さん、大丈夫』

アイスブルーの瞳を覗いて、無理やり視界を押さえつける。見つめ合えばぼろりと大きな粒を零してから頷いた。

「っ、うん、大丈夫」

流れる涙を拭うために繋がれた手を離せばこのまま泉さんが消えてしまう気がして、涙をこぼす泉さんと見つめ合いながら大丈夫と声をかける。

目に光が戻ることどころかいつもの調子に戻すにも時間がかかるだろう。

鼻を啜ったところで俺の肩に額を押し付けた。

「俺は…もう、誰も信じない」

『俺もですか?』

「……しろくんは最初から信じてないから論外、だよ」

『…そうでしたね』

小さく下から聞こえてきた声はどこまでも震えてて、つないだ手は力が入りすぎて痛みを感じる。

二秒、三秒、しばらく間が空いて声が搾り出された。

「しろくん、俺を助けて」

『それは、お願いですか?』

「依頼。たすけて」

『……対価はどうする気なんですか?』

「……―なおった俺を、全部あげる」

『、それじゃあ貰うものが大きすぎますよ』

このままじゃ彼は悪意に潰されてしまう。

『貴方が救われたら、その時に何を貰うか伝えるので…今は助けられることだけを考えていてください、ね?』

覗きこんだ青い目はどこまでも曇ってた。

はやく、あの青を取り返さないと



痛いくらいに握られていた手はどうやら爪が立てられていたようで、きつい爪痕を通り越して血が滲んでいたから絆創膏を泉さんの手に貼った。

無言で絆創膏を貼られていく泉さんはいい子で、頭を撫でてみるけど濁った目は自分の手をみつめてる。

ちょっと様子を見たあとに目を放しても平気かなともう一枚取り出して自分にも貼ろうとすればひったくられた。

「手、出しなよ」

『…ありがとうございます』

「……別に」

慣れた手つきで包装を剥がして俺の手を取る。一瞬俺の手を見て固まったようにも見えたけどてきぱきと絆創膏を手に貼っていった泉さんは最後に絆創膏の上から傷を撫でて離れた。

その手が伸びて俺の首に回った。

「つかれた」

『お疲れ様です。もう帰りましょうか』

「うん」

力のこもった腕に少し笑ってしまって、仕方なく呼び出したタクシーに乗り込むまで担いで歩いた。

呼んだタクシーは案外早く来ていたようで外に止まっていて、乗り込んで目的地は俺の家の住所を告げる。隣で俺にもたれかかって目を瞑ってる泉さんは寝てもいないのに何も言わなかったから行き先に問題はないだろう。

見慣れた景色が流れていくのを窓から眺めてると隣の泉さんが控えめに握ってた手の力を込める。ぽつりぽつりと窓ガラスを叩くように雨が降り始めて目を閉じた。

耳に入ってくるのは雨音と流れてるラジオの音。そのうち走る車のスピードが遅くなっていって目をあければ家が見えてきてた。

『すみません、ここらへんで大丈夫です』

周りの車と見合わせてハザードをたき端に止まった車。提示された金額より多く、端数のない金額を出して泉さんを支える。

『つきましたよ』

「うん」

車の中で繋いてた手を引けばゆっくりとした動きで降りて、運転手に礼を告げ歩き出した。

いくつかのロックを外してエレベーターに乗る。黙ったままの泉さんに不安を抱かないわけもないけど止まったエレベーターに足をすすめることを優先した。

施錠をといて開いた扉を押さえれば靴を脱いだ泉さんはふらふらと家の中に入っていって、俺も中にはいる。

電気もつけず部屋の中に入っていったらしく、俺の部屋の扉だけが開かれてる。流れるように俺も入れば何故か風を感じて、開け放たれてるベランダに続く窓に思わず駆け出した。

手すりに触れて強くなり始めた雨に打たれてる泉さんは何を考えているのか全くわからなくて背筋に冷たいものが流れた。

息を一度のんでから冷静にを心がけて口を開く。

『…―泉さん、雨が冷たいですから、一緒に温まりましょう?』

「…………」

『紅茶かソイラテならどっちがいいですか?』

「………―紅茶」

ゆるりと伸びてきた手を取って部屋に入る。鍵をかけるのは後にして、クローゼットから服とタオルをひっぱり出して濡れて冷たくなった服を着替えさせた。

頭からタオルを被せればほんの少しだけ肌に赤みが戻って、手を繋ぎリビングに向かう。ソファーに座らせて上からブランケットをかけた。

『すぐ用意してきます』

キッチンに向かう一分にも満たない距離で背を向けるのも躊躇われて早足でキッチンにはいる。カウンターキッチンのような作りのこの家は顔を上げれば、リビングにいる泉さんが見えて、視界からなるべく外さないようにして準備して戻った。

『泉さんの分です』

少し冷たい手に握りこませるようにマグをもたせる。温かさにか虚ろだった目を瞬かせて、そのうちぼろぼろと涙が溢れ始めた。

「ごめ、んね」

『なにも謝られるようなことはされてませんよ。…これを飲んだら寝ましょう。明日はお休みですよね?たまにはお昼まで寝ちゃいましょうか』

「っうん」

涙と一緒に曇りも流れたのか俺の好きな青い目が輝く。たとえ涙で歪んでいたとしても光がさしたことに安堵を覚えて、手を伸ばして溢れる涙を拭った。


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