あんスタ(過去編)


R-18(無理矢理表現あり)


【紅紫一年・立春】



立春が過ぎたばかりの日が傾き空が橙に染まる頃。人が逢魔が時という時間に自然と覚めるようになった目を開けると、目の前にあまり好ましくない黒髪が揺れてた。

『おはようございます』

にこりと微笑んだ顔はやけにわざとらしく、窓から入り込む日に照らされて影をつくっている。

仕方なしに体を起こすと眠っていたせいでかすこしばかり体がきしんだ。

「………なに用じゃ」

寝起きなのを除いたとしても、言葉は思ったよりも勢いがなく震えてしまう。相手もそれに気づいているだろうに微笑むだけで触れてこない。

くるくると毛先を指に巻きつけてる右手はそのままで、左手でいじってたスマートフォンをポケットに落とした。

『最近俺のおにんぎょうさんが忙しそうで、暇なんですよね』

にたりと笑みの質を変えた瞬間に肩を取られ床に勢い良く押し付けられる。ごりっと嫌な音を立てた肩の骨と打ち付けた顎。歯を食いしばるも冷や汗が出た。

『なんでちょっと穴貸してください』

ここまで最低な誘い文句も中々無かろう





顔を地面に擦り付けさせられ右腕を後ろに取られてるこの状態は、まれに訪れるこの嫌がらせでお決まりの体制だ。

下手に動こうものなら関節を外すと言われ本当に外されたのは記憶にある限り嫌がらせが行われた一番最初で、関節を外されたまま揺さぶられた時は痛みのあまり殺意を通り越して恐怖を覚えた。目を覚ました時には痛みは残っていたが関節ははめられていて、そういえばアレはこれがやったのだろうか

擦り付けられる、掃除をしていてもホコリの匂いがする床には汗が落ち湿っていて気持ちが悪い。

背を取られているせいで何が行われているのかもどんな表情をしているのかも見えないが、向かい合って嫌がらせをされたところで殺意を覚えることに違いはないのだから何も口に出すことなく甘んじる。ぐちゅりと粘度のある水音が響いてた。

『そうそう。二年のクラス割って知ってます?』

揺さぶられる体と意識の中でやけに楽しそうな声がとともに腕がひかれ、強制的に飛びかけてた意識を起こされた。

「っ、ンン、」

『まぁ知ってても知らなくても構わないんですけどね』

右腕、肘を支点に折りたたまれ背中に重みがかかる。自然と密着度が上がって律動が深くなった。

『来年のクラス割、見知った名前が同じクラスにあるんですよね』

普段よりも耳元で話され息がかかる。角度が変わり普段よりも中を抉られて意識が朦朧とした。

それでも楽しそうな声のせいで嫌な予感しかせず、さして動きもしない頭を回転させる。

わざわざ言ってくるということは俺の知ってる人だろう。

二年ならば、晃牙やアドニスくん、あとは、

『サクマリツっていうんですけどね?』

「な、ひ、アッ」

心底楽しくて仕方ないと言った声が鼓膜を揺らした瞬間、頭の中がごった返した挙句真っ白になる。

『アハハハ!めっちゃ締まりますね!』

「んあッぁぁあ!」

楽しそうな声も揺さぶられる感覚も、何もかもが思考を混ぜてしまいなんの意味も持たない言葉だけが零れだす。突き上げられて内蔵が吐き出されそうだ。開いたままの口から唾が零れ首を伝い床に落ちた。




目を覚ます。組み敷かれた体が、関節を決められてた腕が、無理矢理突っ込まれていた穴も叫んで枯れた喉も、何もかもが痛く悲鳴を上げてた。

霞む視界と思考の中で、鼻歌をうたう背中を睨みつける。

ちらちらと脳内に最近は話しすどころか顔を合わせてすらいない弟の笑顔がよぎった。

「りつ、りつには、手…だすな」

思ったよりも掠れ、小さかった声が聞こえたのか振り返る。

高笑いをして俺を揺さぶってたはずのその顔はすっかり澄まされていて、きちんとネクタイを締めたそいつは唇を舐めてから微笑んだ。

『仕方ないですね。…まぁ、暇だったらどうなるかわからないですけど』

それじゃあお疲れ様でしたと俺の頭を撫でて遠ざかっていく背中を睨みつける気力はなく、ばたんとしまった扉とともに体の力が抜けた。枕に頭が沈んでかけられた毛布と体温が馴染む。

毎度のことながら、気絶している合間に処理されてるらしく体は痛いが気持ち悪さは残ってないし棺桶に寝かされてる。

他者に嫌がらせが露呈しないようにか、はたまた罪悪感からか。後者はないだろうから保身のためなのだろうけど正直言ってあれだけ乱雑に扱われたあとでは瞼を上げることでさえ億劫だから手間は一つでも少ないほうがいい。

そうに決まってる。


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