イナイレ


慣れた音楽が聞こえてきて、段々と大きく喧しく鳴る。仕方なく起き上がって手を伸ばし携帯を取って音を止めた。

「っ゙〜…」

大きく伸びをして布団から出る。立ち上がってもう一度伸びをして、体を解してから部屋を出る。支度を済ませて時計を見れば五時半の十分前。静かな隣の部屋の扉を叩いて、少し待ってみる。

もう一度叩いても反応がないそれに息を吐いて、ポケットからキーケースを取り出して差し込んだ。

「早速寝坊とはいい度胸じゃねぇか」

錠を解いて中に入る。まだ薄暗い部屋の中に手を伸ばして電気を付ければ、使われた形跡のないきれいな状態のベッドがあって、携帯も財布も見当たらないそれにさっと血の気が引いた。

「まさか、」

昨日の朝、帰ってきた来栖の横には栄垣と誠と呼ばれてる男が連れ添っていて、お互いに支えて立っていた。イタリアに行ったのか、それとも本当に辞めてしまったのか、不安に駆られて居ても立っても居られずに駆け出す。

向かうは一つ、彼奴の保護者でもあろう近親者で、扉を叩いた。

「おい!監督!起きろ!!」

どんどんと扉を叩いて声をかける。がたんと何かにぶつかったような音が向こうで聞こえて、扉の鍵が解かれて戸が開いた。

「………不動…、なんだ…?」

「来栖がいねぇ!」

「諧音…?」

寝起きらしく頭を押さえているのは監督は俺の言葉に首を傾げて、室内を見る。

「彼奴は睡魔と格闘中だが……そうか、朝練相手は不動だったのか…」

「………は?」

「アラームがうるさくてかなわん…連れて行ってくれ…」

ふらふらと部屋に戻っていく監督の向こう側、更に奥の扉の向こう側から聞こえてくる聞いたことのある音にもしかしてと足を進める。

「………まじかよ」

「好きに、連れて行け…」

ばたんとベッドに倒れ込んで眠り始めた監督に、その隣で携帯を持って眠る来栖。すやすやと眠ってるその様子に思わず手を上げて、下ろす。

『ん゙っ、』

「起きろ」

『っ〜…?』

息をつまらせたあとに目を開けた来栖にもう一度腕を振り下ろす。腹を叩けばぐっと声が聞こえて、のろのろと起き上がった。

『ってぇなァ…なんだよ…』

「朝練の時間だ」

『だからって殴んなよ…くそいてぇ…』

目は覚めたようだが痛みに呻いてる来栖はいつもより声が低い。寝起きのせいで掠れてる声に目を逸らして、再び鳴り出したアラームに来栖が止めるより早く飛んできた枕が被弾した。

『、んだよ、道也まで』

「うるさい…とめろ…」

『ったくどいつもこいつも…』

画面に触れて音を止めた来栖は息を吐いて立ち上がる。

眠ってる監督に布団を投げるようにかけ直して、伸びをすると目元を擦った。

『はよォ』

「………おはよう」

『あ?お前なんか機嫌悪くねぇ?』

「…そりゃあ朝練をすっぽかされそうになればな」

『あー、まだすっぽかしてねぇからセーフだろォ?』

「栄垣といい、お前ら寝坊しかしねぇのかよ」

『一回寝るとすぐ起きれねぇだけ』

「ガキじゃねぇんだし一人でしっかり起きろ」

『起きるときは起きんだよ』

もう一度伸びたところで来栖は近くに置いてあった自分の荷物を拾って、あーと俺を見る。

『先行ってんか?』

「…玄関で待ってるから五分以内に支度してこい」

『おー』

歩いて洗面所に向かった来栖に、しっかりと扉を閉めて玄関に向かう。

昨日、栄垣に言われたあれはおそらく助言。俺が今来栖としようとしていることを知ってるのか、それを完成させるための言葉を思い出して、腹が立つ。

自然とこぼれた舌打ちに口元を押さえる。

“「天使といるときはなにも考えるな、迷うな。意識を共有して、極限まで感じて、常に最良を望んで走れ。お前がなにをしようと、どこにいようと、天使はいつだって、必ず応える」”
“「天使にはね、見えないものはないの。心の底から天使を信じて、そして、天使から信じられるようになれ」”

隠喩ばかりの曖昧で、威圧的な言葉。けれど彼奴は俺が他人を信じきれていないのも、相手の行動を考えて合わせようと錯誤しているのもわかっていたんだろう。

俺達を置いて走り抜ける来栖と栄垣は何一つ合図もしていないのにそこに居るのがわかっていて、そしてどこに行けばいいのかもわかっているかのように自由にフィールドを駆けていた。

栄垣が何度も天使と称していたように、栄垣が嬉しそうに飛ぶと言っていたように。来栖には羽根でも生えてるんじゃないかと思えるくらい身軽に早く走って羽ばいているようだった。

「彼奴を、信じる…」

散々煽り散らかされたけど、俺に栄垣が伝えたかったことは、きっとそれだけ。

緩慢な足音が聞こえて顔を上げる。あくびをしながら歩いてる来栖はいつもと変わらない顔をしていて、またせなーとこぼした。

『でェ?今日はなにすんのォ?』

扉に手をかけて外に出る。ここ二日ほど行っていたのは向き合ってボールを奪うこととパス回しの確認だけで、今日も同じことをしようと思っていたけど、気が変わった。

「お前目ぇ覚めてるか」

『あ?そりゃああんだけ殴られれば起きんだろ』

「ならいい」

ボールを一つ取り出して、コートではなく隅に立つ。ボールを丁寧に地面に置いて、向かい合った。

「いくぞ」

『あ?』

ぽんっと軽く蹴りだす。ゆるいパスに目を丸くした来栖は受け取って、は?と首を傾げるから鼻を鳴らした。

「パスだ。早く寄越せ」

『はぁ…?これでいいのかよ?』

同じように柔らかくボールが蹴りだされて返ってくる。受け止めて、もう一度蹴って、また返ってきて。不思議そうにしながらも同じようにパスを続ける来栖に転がってきた足元のボールを見て、止めた。

「…………お前、なんで怒らねぇんだ?」

『は?なににだよ』

「…朝練って言ってこんな早くに叩き起こされてつまんねーことさせられてんだぞ」

『今のコレのことォ?』

頭を掻いた来栖は不思議そうに零す。

『別に怒らねぇよ。つまんなくねぇし』

「、正気か?」

『んや、パスだって練習は必要だろ。相手がどんな奴かわかるし』

当たり前みたいに零した来栖に目を丸くする。一瞬動きを止めて、口を動かした。

「………例えば?」

ボールを蹴りだす。受け取って、来栖はんーと言葉と一緒にボールを出した。

「虎は集中すんとすげぇけど、持続性がみじけぇ。あと、結構心配症でびびり」

「他は?」

『立向居は周りをよく見てて、常に最悪を考えてて動き出すのは慎重だけど、始めたら必ず最後までやりきる』

ボールは変わらずお互いの間をゆっくりと行ったり来たりしてて、来栖は丁寧に言葉を続ける。

「飛鷹は見えてるもののことに一直線で根もまっすぐ。緑川はたまにから回るけど挽回するのがうまい。吹雪は一途で頑固、自分が納得しないと動かないし誰に否定されても無視できる。条助は興味ねぇことにはとことんどーでも良さそうだけど、ハマるとまじで依存するレベルでハマるから適度にガス抜きさせねぇと壊れる」

「…………」

『パスしたことあんのそいつらくらいだから後は知らね………あー、でも、豪炎寺はうざいし、鬼道もうぜぇ。円堂はうるさい』

「………栄垣は?」

『ようたァ??』

ぴたりと足を止めて、眉根を寄せる。それから来栖の口元から笑みがこぼれて、またボールを蹴った。

『能天気を装った排他的なお調子者』

「、お前彼奴の猫かぶり知ってたのかよ」

『ったりめーだ。彼奴と何年一緒にいると思ってんだよ』

ボールを止めてしまった俺に早く寄越せと催促が来て、仕方なく蹴りだす。

『ようたは認めた相手にしか懐かねぇ。あれでもだいぶ落ち着いたけど、昔はまじでクソ生意気で血の気が多くてキレやすいからすぐ喧嘩してた』

「え、お前とか?」

『おー。なんか俺らが気に入らなかったらしい』

返ってきたボールをまた返す。意外な栄垣の一面に来栖は懐かしいなぁと零して、そのまま優しく言葉を紡ぐ。

『まぁ悪い奴ではねぇ』

「…………」

『そんで?』

ボールが蹴りだされる。

『お前と鬼道、彼奴に何言われたんだァ?』

「、」

受け止めそこねたのにボールは俺の目の前でピタリと止まった。回転がかけられていたらしいそれにそっと足を乗せて、前を見る。

「お前を信じろってよ」

『俺?』

「お前は必ず俺を見つけられるから、最善を信じて走れって。疑うことなく、迷うことなく飛び込めって言われた」

『ふーん』

足の裏でボールを確かめる。数cm、前後に動かして、来栖と視線をぶつけた。

「…本当に、お前は俺を見失わねぇのか」

『あ?』

「……俺を、見捨てないか」

『そーだなァ』

頭を掻いて、来栖は俺の足元を指す。

『ボール』

「…………」

少し、強く蹴り出す。浮いたボールも来栖は難なく受け取って、仕方なさそうに笑った。

『さっきの続き』

「?」

『お前はすぐ人のこと疑ってかかる面倒くせぇやつ』

来栖はすっと爪先でボールを拾い上げて、とんとんと一定のリズムでリフティングを始める。

『でもそれは試し行為で、どこまでのわがままが許されんのか、自分を見限らない人間を見極めてる』

「、」

『許されなければ自分のレベルについてこれなかった人間だって、自分から切り捨てたことにして、必要以上に傷つかねぇように保険をかけてる』

ぱんっとボールを蹴り上げた来栖は落ちてくるボールの芯を捉えずに、掬うようにこちらに向けて下方を蹴った。

ふわりと十分な時間を含んで落ちてくるボールに、来栖は微笑んだ。

『合ってんか?』

「っ」

咄嗟に足を振り抜いて強くボールを蹴り飛ばす。さっきとは比にならない速さでも難なくトラップした来栖はまたこっちに蹴り返してきて、ヤケになってもう一度強くければくつくつと喉の奥で笑った。

『大正解みてーだなァ』

「、ちげぇよ!」

『はいはい。ほら、パース』

「ちっ」

緩いそれに受け取って、最初よりは強く、でもさっきよりは落ち着いたパスを渡せば来栖は最初と同じ安定したパスを返して、そんでと続けた。

『俺はお前を見失わねぇし、見捨てねぇよ』

「、」

『おい、ボール』

「…………ほんとか」

ボールを蹴らずに向こうを見る。来栖は深々とわざとらしく息を吐いて、目尻を落とす。

『疑い深い奴。俺は本心だが信じらんねぇなら隣で見張ってりゃーいーんじゃね』

「…うざくねぇのかよ」

『俺のゲームと睡眠の邪魔しなきゃ気になんねぇ』

「………それ、お前の日常生活の半分以上を占めてんじゃねぇか」

『あー、まぁ、今度からは気持ち入れ直して練習も出んし、もうちょい起きてる時間は増えると思う』

ぱちりと、まばたきをする。

前髪を押さえて伸ばすように顔を隠す来栖は目をそらして、それからそっと俺を見据えた。

『そんときは、お前に一緒にいてもらいてぇんだけど、駄目か?』

「、」

暴虐無尽で節操無しで、口も悪いし手癖も悪いし寝起きも悪くて、でもサッカーと料理だけはうまい。人としては割と最低な部類のくせに俺をまっすぐ見てくる目だけは透き通っていて、なんとなく、こいつの周りに人が寄ってくる理由がわかってしまう。

わかってしまったから、唇を噛んで、ボールを蹴る。

ふわりと、力を込めすぎないよう細心の注意を払って、丁寧に。来栖の足元で止まるように調整したそれはきちんと止まって、眉根を寄せた。

「………仕方ねぇから、俺が暇なとき…ペア練の相手くらいなら…してやん、よ…」

『……………、…素直じゃねぇのォ』

「うるせぇ。早くボール寄越せ」

笑った来栖は楽しそうにボールを蹴って、それをすぐに受け取って返す。

ぽんぽんと緩いパスをしているうちに携帯が鳴って、いつものアラームにもうそんな時間かとボールを止めた来栖に一度携帯に近寄って画面に触れる。

ここで寮に戻って二度寝するか、立向居の訓練に引きずられていくかの来栖にどうする気かと目を向ければ、ボールが差し出された。

「あ?」

『もーちょい付き合え』

「………、お前が俺の練習についてくるんならいいぞ」

『じゃあそういうことにしてやんよ』

俺の心のうちなんてすべて見透かしたみたいに笑った来栖に携帯のアラームをセットし直してまた戻った。







不動と緩い練習をして、なんだかんだと迫っていた朝飯の時間に荷物を片付けて一緒に食堂に向かう。

ぎりぎりになってしまった時間に足早に廊下を進んで扉を開ければ、ばっと顔を上げたのは円堂と鬼道と豪炎寺で、突き刺さる視線を無視するよりも早く円堂が俺の前に立ってぱぁっと笑った。

「来栖!おはよう!!」

『……はよ。…なんでんなにテンション高ぇんだァ?』

「早く昨日の続き話したくて!!今日は一緒に飯食べようぜ!!」

『やだ』

「えー!なんで?!」

『飯くらい落ち着いて食え』

「ご飯中も来栖と話したい!」

『俺は物食ってるときに話したくねぇ』

朝からやかましい円堂に耳を痛めつつ、横を抜けて、そうすれば冬花が楽しそうに微笑んでるのが見えた。

「おはよう、諧音くん」

『ん、はよ』

「今日からがんばってね」

『……は?』

「来栖」

ずっと円堂と一緒に近寄ってきたうずうずとしてた豪炎寺が口を開いて俺を見つめてくる。

顔をしかめながらそちらを見ればこてりと首を傾げられた。

「苦いものを食べたような顔をしてどうしたんだ?」

『嫌なもん見た顔してんだよ。なんの用だァ』

「一緒に食べよう」

『やだ』

「なぜだ?」

『ぜってぇ円堂がうるせぇから』

「静かにしてるってー!」

『過去一度でもお前が静かに食事してるところを見たことがねぇから却下。お前単体の同席も許さねぇ』

「なぜ…!!」

『口開くと匂いの話しかしねぇから飯のときまでそんな話聞かされたくねぇ』

匂い以外の話もするが?!と抗議してくる声を無視して、先に歩いていった不動を追いかけるように歩いて席につく。

向かいの不動に哀れみを込めた目を向けられて頬杖をついた。

『なんだよ、その目』

「早速絡まれてんな」

『ちょっと話してやったらこれだから彼奴らと絡むのやなんだよ』

「…話したのか?」

『昨日道也の部屋に来たから次の試合の話ちょっとした』

「へー…!」

微かに輝いた瞳にこいつもサッカー馬鹿だったと視線を落とす。

賑やかな室内に俺達が最後だったのか、すぐに号令がかけられて食事がスタートする。

黙々と食事を進めて、副菜、主菜、主食と食べているうちに突き刺さる視線が我慢できなくて、一度箸を置いて口元を拭ってから向かいを見た。

『なんだよ』

「…ど…どんな話、したんだ…?」

『…………、はあ〜』

「…んだよ。俺には話せねぇのか」

『んや、飯時までサッカーのことしか頭にねぇ奴がここにも居たのかと思って』

「、」

拗ねたように視線を強めようとしてた不動が慌てて目線を迷わせる。

「べ、別に、そんなんじゃ、ねぇし」

『今更取り繕っても遅いだろ』

まだ少し残ってる手元の料理に息を吐く。

『物食ってるときに喋れねぇから、食い終わるまで待てんなら話せるけどォ?』

「ま、待つ…!」

『ん。ならお前も食えるとこまで食え。話しだしたら手ぇ止まるだろ』

「…お、おう、」

箸を持ち直して食事を再開する。不動も残すところあと少しだったからほぼ同じくらいに食べきって、口元を拭ってから視界を広げて周りを確認する。

誰も彼もまだ会話をしながら食べているし、食べる量が多い人間が多いからか皿に料理が残ってる。そんな中で二人抜けたら目立つかとそのまま口を開いた。

『次の相手がユニコーンだろ。それで主戦力の確認と、彼奴らが持ってきた提案聞いて茶々入れてた』

「助言してたんだろ…?」

『道也はそうだけど俺はちげぇ。つーか眠くてほとんど考えねぇで話してたし、たぶんまじでなんの役にも立ってねぇ』

「へー…?」

『とりあえずユニコーンの主力がマーク、ディラン、そこにあと彼奴らの元チームメイトの一之瀬で、ゴボウがいる』

「、ゴボウ?」

『そのゴボウは俺が試合で料理する』

「料理…?………お前、もしかしてまだ寝ぼけてんのか?」

『目は覚めてるし彼奴はゴボウで料理されることは確定してる』

「はあ…?」

混乱してる不動にまぁそれは置いておいてと頬杖をつく。

『一之瀬は、あー、ようたと似た感じ。技術力が高くて個人技も得意。んで、ディランとマークののってるときのワンツーはだりぃし、そこにゴボウがいるとたまにいい仕事して見せ場つくってる』

「………お前も雷門なら一之瀬とゴボウ?と仲間だったのか?」

『全然。雷門生だけどサッカー部にはノータッチだし、エイリアン騒ぎんときも普通に学校に行って勉強したりしてた』

「…まぁ、真帝国のときお前いなかったもんな」

『真…?なんだそれ』

「…なんでもねぇ」

息を吐いた不動はそれからと視線を落としたまま質問を続ける。

「なら一之瀬とゴボウについては資料通りの内容しか知らねぇって感じか?」

『あー、そうだな。俺は昔の彼奴らのプレーしか知らねぇし、今の彼奴らのことならずっとチームメイトしてたらしい円堂とかのが詳しいんじゃね?』

「……ふーん」

目を細めた不動は、なら、と口を開く。

「アメリカ側にとっても、俺やお前は未知数ってことだな」

『そうだなァ』

数カ月一緒に練習をして全国制覇にエイリアン退治をしていたのなら、お互いの手の内や思考回路はある程度理解してるだろう。

把握されている者同士、裏を書くにも隙をつくにもやりずそうなそれにキーマンは今回から投入されてる俺や不動、虎、飛鷹、基山かなと思ったところで不動を見据えた。

『とはいいつつ、彼奴ら昨日一之瀬とゴボウとの対決、くそほど楽しみにしてるって騒いでたぞ』

「へー、血も涙もねぇな」

『昨日の友は明日の敵なんじゃね』

「違うぞ、好敵手とかいてライバルだ」

『…さっきからずっと見てくると思ったらやっぱ聞き耳立ててやがったか』

「ああ。随分と楽しそうな話をしていると思ってな」

静かに、椅子一つ分の距離を開けて俺の隣に座った鬼道はすでにトレーが片してあるし、同席していた佐久間が早い?!とこちらを睨みつけていて円堂と豪炎寺が先を越されたか!と慌てて食事を掻き込む。

不動が目を見開いてからすぐに顔をしかめた。

「盗み聞きとはいい趣味してんなぁ、鬼道クン」

「話しかけるタイミングをはかっていたんだ。邪魔はしていないだろう?」

『不動と話してたんだからしっかり邪魔だわ』

ぴくりと眉が動いて、手を握りしめた鬼道に息を吐く。

『そんで?なんの用だァ?』

「………来栖に、相談があって」

『はぁ?なに』

「……………」

黙ってしまった鬼道は何か言いづらいことでもあるのか言葉を迷っていて、しばらく眺めていれば不動が堪えきれなくなったのか席を立った。

『どこ行くんだ?』

「片付けて先行く。グラウンドいるから練習遅れんなよ」

『おー』

「部屋戻って二度寝なんてすんじゃねぇぞ」

『とりあえず今日はしねぇ』

「いつもすんな」

トレーを持って離れていく不動の背中を見送って、隣に視線を戻す。

俺と同じように不動を見つめてた鬼道の横顔を眺めているとハッとしたように視線をこっちに戻して、目が合うなり俯いた。

「……………」

『………はぁ〜』

びくりと肩を揺らした鬼道はなんでか怒られる直前の子供みたいで、あまりに小さな姿に目を細めた。

『用がねぇならもう俺は行くけどォ?』

「ま、待ってくれ」

『さっきから待ってんだよ。不動も行っちまったし、ここに残ってんのてめぇと、話すのに夢中でまだ飯食いきれてねぇ馬鹿ぐらいだわ』

「、………」

息を詰めて、また吐いて。考えがまとまってないのか、それとも余程に話しづらいことなのか。もう一度ため息をついてトレーを持って立ち上がった。

「くるす、」

『ついてこい』

「………?」

トレーを返して食堂を出る。あー!と円堂と豪炎寺から声が漏れたのが聞こえたけどしっかりと戸を閉めて、廊下を少し進んで出入り口の前で一度止まった。

『俺の部屋かてめぇの部屋か外か、選べ』

「は…?」

『は、じゃねぇわ。早くしろ』

「…………、…外」

『んじゃ外行くぞ』

戸を開けて外に出る。目の前にはグラウンドが広がっていて、先に食べ終わっていたり暇だったりしたらしい数人がすでに柔軟やボールを使った軽いウォーミングアップをしているのが見えた。

「…………」

鬼道の視線が迷って、ひと気のない方で長く止まったからそっちに向かう。少し遅れてついてくる鬼道に適当な場所で止まって、振り返った。

『で?なに』

「…………」

『まだだんまりかよ』

緩やかな坂になってるそこに座り込んで、後ろに倒れる。背を草むらに預けて空を見上げていればさくりと草を踏みしめる音がして、視界に鬼道が映る。

じっと俺を見てるらしいそれに視線が煩わしくて、睨み返した。

『見下ろすな。座れ』

「あ、ああ、すまない…」

おとなしく正座をした鬼道に目を瞑る。遠くから聞こえるボールを蹴る音のほうがよっぽど近くにいる鬼道よりも賑やかで、不動が待ちくたびれそうと目を開ける。

『最終確認だ。なに』

「…………」

ぐっと握りこまれた手のひらに開こうとして閉じられる口。音無が絡んだ時の鬼道はあれだけうるさいのに静かすぎて調子が狂う。

『お前が話さねぇならこっちから一個聞きてぇことあるんだけど』

「、なんだ?」

『ようたとなに話したんだァ?』

「、」

また固まった鬼道に話題選び失敗したかなと空を見上げる。晴天のそれに今日のイタリアとイギリスの戦いは滞りなく行われそうだなと目を細めて、そうすれば鬼道が息を吸った。

「来栖、」

『んー』

「話を、聞いてもらいたくて、」

『おー』

「その、………星を、」

『?』

「…アルディートステラを、」

『ステラ??』

「アルディートステラを、一緒に、打ちたい」

『…………………』

目をまたたいて固まるのは俺の番だった。鬼道の肩は力が入りすぎて震えてて、どれくらい勇気を持って話しかけてんだこいつと息を吐きながら起き上がった。

『それ、ようたが言ったのか』

「……貸して、くれると」

『ふぅん』

あのようたが他人に技を貸すなんて天変地異の前触れかもしれない。

あれだけ独占欲が強くてプライドが高くて喧嘩っ早いのに、と思ったところでそういうことかと息を吐いた。

『この間話してた内容それか』

「、…ああ」

『んー…』

アルディートステラはようたと俺が作ったシュート技の中でもわりと古い部類に入る。ずっとしまいこんでた古い記憶を探って、頭を掻く。

『どうやって練習したっけなァ』

「、いいのか?」

『あ?』

信じられないと口も目も開けてる鬼道に眉根が寄った。

『ようたが許可してんならいい。あの技は彼奴が作ったもんだからな』

「そう、なのか」

『んー、元は違うことしてたときに出来た副産物で…まぁこの話、関係ねぇしいいや。お前なら打てるかもしれねぇ』

立ち上がって服を払う。短い葉が落ちきっても鬼道は座ってぽかんとしたまま俺を見上げてるから首を傾げた。

『いつまで間抜け面晒してんだよ。そろそろ練習始まんぞ』

「あ、ああ」

『ほら』

手を差し出せば一度肩を揺らした後に手を重ねて力が込められる。引っ張り上げれば難なく立ち上がって、少しだけ低い位置にあるゴーグルの向こう側は視線が揺れていた。

繋いだままの左手が握りしめられる。

「ほんとうに、いいのか…?」

『わざわざ撤回したりしねぇよ』

「…ほんと、うに…」

噛みしめるようにつぶやいた鬼道に、出入り口に道也が見えたから右手を上げて額を押した。

「、?」

『始まんだけどォ?』

「あ、ああ、」

『ったく』

解けた手と動き出したらしい頭に鬼道が近くの時計を見上げて、それから向こうに揃い始めたイナジャパに慌てて足を踏み出したから息を吐いてついていく。

『鬼道』

「、なんだ?」

『いつから練習すんだァ?』

「ぁ、えっと…そうだな、可能ならなるべく早く…今日は時間あるか?」

『時間によんけど…あ、』

「、どうした?」

思い出したそれに鬼道がわかりやすく肩を揺らす。不安そうなそれに笑った。

『んや、こっちの用事のこと。気にすんな』

「そ、そうか」

ほっと息を吐く鬼道になんとかたどり着いて、円堂たち主要メンツから若干外れたところにいる不動が目線を上げたから足を踏み出す。

『話あんなら適当に声かけろ。次はさっさと話せよ』

「あ、っ待、ってくれ」

『?』

離れようとする俺に鬼道は手を伸ばして、その、と今度はすぐに口を開いた。

「今日は、一緒に練習しないか」

『不動と約束してるから無理』

「、」

『先約居ねぇときにしてくれ。じゃ』

ぽかんとした鬼道に背を向けて歩いて、ぷるぷるとしてた鬼道はがっと顔を上げると俺の視線の先を見据えた。

『おまたせェ』 

「……すげぇ鬼道に睨まれてんだけど、お前なにしたんだ」

『あ?なんもォ?』

「………なんか言われたんじゃねぇのか」

『あー?…あ、練習誘われたから不動とするって言った?』

「………………」

『彼奴居たほうが良かったか?』

「…いや、少なくとも今日は居ねぇほうがいい」

めんどくせぇと零した不動に理由を聞くより早く、道也が集合と声を出して、全員の視線が前を見たから俺もそちらを見た。





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