イナイレ



「あれ?何買ったの?」

『菓子』

「本当に全部お菓子だね…?急にどうしたの…?」

『不動が教えてくれた。楽しそうだからやる』

「ふふ、そっか。食べすぎないように気をつけてね?」

『ん』

道也に見つかったら怒られるかもしれない。食べるなら道也が部屋にこもってるときか、もしくは俺が部屋にこもってる食べるべきだろう。

『条助、不動、荷物おいたら俺の部屋集合な』

「お、早速やるのか!」

『やる。不動、必要なもんなんだ?』

「水くらいだ」

『500ペットで足りるか?』

「足りる」

『わかった』

「ふふ。楽しそうだね、諧音くん」

くすくすと笑う冬花に足早に寮に戻る。

虎や豪炎寺は俺の生活態度を風丸から聞かされるのに盛り上がってるらしく、鬼道はそれを横目に本当に来栖は問題児だなと呆れた顔をしてる。

風丸にバレたら文句を言われそうだからと寮につくなりまっすぐ自室に菓子を置いて、一度手を洗いに戻った。

「はい、諧音くん」

差し出されたペットボトルをありがたく受け取って、代わりにポケットからそれを出す。

『冬花』

両手でしっかり受け取った冬花は首を傾げてから不思議そうに俺を見上げた。

『さっきグラス片付けてもらったから。もしよかったら使ってくれ』

「なぁに…?」

『見ればわかる。じゃ、道也には内緒で頼むぞ』

「ふふ、うん。楽しんできてね」

手を振られて部屋に向かう。階段を登りきったところで部屋の前にいた紫色に足を止めた。

『飛鷹?』

「あ、来栖さん、お疲れ様です」

『お疲れェ…?なんかあったか?』

「はい、実は鈴目と唐須からもらったこちらをと思ったんですけど…もしかしてお忙しかったですか?」

ちょうど隣の部屋から出てきた不動と、たっと聞こえた足音にピンク色が飛びつく。

「諧音!はやくねるねるねしようぜ!!」

「ねるねるね…?」

ぱちぱちと目をまたたいて、首を傾げる。

「どこかのチームの名前ですか?」

『もしかしてお前も知らねぇのか』

「はい、お恥ずかしながら浅学で…」

『…よし、やるぞ飛鷹。来い』

「え、はい」

扉を開けて中に入る。くっついたままの条助と言われるままついてくる飛鷹、それから不動がついてきて扉を閉めた。

『夜飯の前に食い切って片付けるぞ』

「食べ物なんですか?」

『らしい』

「あれ?来栖さんが買ったんじゃないんですか?」

『買ったのは俺だけど初見だ。つーわけで不動、教えてくれ。水はある』

「教えるも何も開けて混ぜるだけだっつーの。どれからやんだ?」

『これから』

最初に不動から渡されたものを差し出せば封を切る。開けられた袋からは平たい小袋が三つと、くぼみのある白色のプラスチック、それからスプーン。

不動は何をさせられてんだ…?と小袋の一つを開ける。さらさらと粉を出して、水を入れるとスプーンに持ち変えてかき混ぜ始める。

水と粉が混ざって、白かった粉は青色になり、だんだんと粘度をもって重みが出てくる。

「んで、次にこっちの粉入れる」

『「……………」』

さらさらと足された粉にまたスプーンでかき混ぜて、真っ青だったそれが紫に変わる。

「おお…!」

『膨らんだ…!』

「お前らまじ初見なんだな…」

くるくると混ぜるうちに白っぽく、それからふわふわと泡立ち体積を増したそれに不動は手を止めて、隣のくぼみに最後の小袋の中身を入れた。

「ほら、完成」

スプーンで少し掬って、隣のくぼみに入れた粒をつけた不動がこちらにスプーンを向ける。

『あ』

「………ん」

口の中に入ったスプーンに乗っていたものを食べる。メレンゲみたいに軽くて、それからたまにぱちぱちと音がして、口に広がる甘さに飲み込んで目を見開いた。

『んまい』

「ただの知育菓子だろ…」

『初めて食った。おもしれぇ…!』

「んな目を輝かせるようなもんじゃ…」

『不動、すげぇな…!』

「、」

「飛鷹も食ってみろ」

「あ、はい。では、いただきます」

一礼して受け取ったスプーンを口に運んだ飛鷹は目を丸くして、うん!と表情を明るくした。

「おいしいですね!」

『だな…!もっと買ってくればよかった』

袋から他の味も出して並べて、さぁどれから食べるかと飛鷹と味を選ぶ。





『このマジカル味はやばそうだから最後だろ』

「やばいからこそ先にやってしまったほうがいいんじゃないですか…?あ、でもこっちのこれは三色に変わるらしいですよ!」

『三色…!』

飛鷹と顔を突き合わせて次の味を選ぶ来栖はいつもの仏頂面はどこにいったのか、目は丸く、光っていて空気もゆるく声も少し高い。

「ガキかよ…」

「諧音、こーゆー普通知ってることを知らねぇことが多いんだよ」

聞こえた声にそっちを見る。動画撮影をしてるらしく携帯を構えてにこにこしてる綱波は楽しそうで、眉根を寄せた。

「教養はありそうなのにな」

「なんつーか、一般人の人生経験すくねーって感じ?」

「……………」

言われて納得してしまう。来栖の言動はちぐはぐなことが多い。妙に訳知り顔で達観していて、テーブルマナーのような普通には身につかない教養があるくせに、小さな頃に誰でも食べたことがあるような菓子一つに目を輝かせてはしゃぎ、他人を信じてない目をするくせに変なところで警戒心が緩い。

今も飛鷹との距離は近くて、パーソナルスペースが極端に狭いんだろう。人が近寄っても気にしないというより、誰かが隣に居ることが普通みたいな、人と居るのが安心するなんて、俺とは正反対だ。

世話を焼かれなれてるのも、恐らく昔から人と居るのが当たり前なんだろう。

「…お前、彼奴のことどんくらい知ってるんだ?」

「ん?諧音のことか?俺は一緒にいる時の諧音しか知らねーぞ?」

「は…?」

綱波はあーと頭を掻くと目を逸らす。

「諧音、あんま昔のこと聞かれんの好きじゃなさそうだし、俺も嫌がってること聞くほど野暮じゃねーっつーか…まぁ話してくれたら嬉しいけど……」

頬を掻いて、綱波はいつも通り、にかりと笑った。

「俺は今、諧音が一緒にいてくれるならそれでいいんだ!ああやって楽しそうに笑ってくれるなら、それがいい!」

「、」

「不動だって、諧音が楽しそうな方がいいだろ?」

「……………」

綱波の屈託のない笑みに目を逸らして、その先にいた二人は顔を上げた。

「不動さん!綱波さん!」

『不動!条助!次やんぞ!』

「お!決まったんだな!どの味にするんだ??」

『ソーダ味!』

「今度は青か!いいな!海の色だ!」

「不動さん!お願いします!」

「……………」

「不動さん?」
『不動?』

きょとんとした飛鷹と来栖に思わず笑って、袋を開けた。

「わかってねぇなぁ、お前ら」

『「?」』

「これはねるのをやるから楽しいんだ。ほら、やるぞ」

「い、いいんですか!」

『やっていいのか…?』

「当たり前だろ、ほら、」

渡したトレーに二人は目を輝かせて、そわそわと袋を開けてスプーンを持つ。

綱波がうんうんと頷き、来栖にくっついた。







ばんっと音がする。勢い良く開けられた扉に全員で肩を揺らした。

「夜飯の時間だぞ…って、なにやってるんだ?」

扉に手をかけてる風丸は俺達を見て、それから手元のそれとゴミを見て、目を釣り上げた。

「夕飯前になにお菓子食べてるんだ!?しかもなんだその量!!」

『うわぁ』

「まさか帰ってきてからずっと食べてたのか?!部屋にこもって!?」

『あー』

「来栖!お前そんなにお菓子食べて!ただえさえちゃんと食事取らないのになにをやってるんだ!」

『…食うっつーのォ』

「言ったな??お前今日も俺の隣だからな!!」

『げ』

「残すのは許さないし、今日は大盛りよそってもらうぞ!!」

『待て、流石に大盛りは無理だ』

「だめだだめだ!許さないぞ!」

怒り狂ってるらしい風丸のあまりの怒号に耳をふさぐ。

不動と飛鷹は、あー、これ小さい頃に俺も親に怒られた奴だと目を合わせて、条助はにかっと笑った。

「まあまあ。みんなで分けて食ったし、諧音も普通に一人前は食えるって!」

「甘やかさないでくれ!ここで許したらまた同じことを繰り返す!ちゃんと食事をしてから食べるならまだしも、このままじゃ菓子がメインになって体を壊すのも秒読みだ!」

「あはは!かーちゃんと同じこと言ってやがる!」

「来栖!食堂行くぞ!」

『うわ、やめろ、引っ張んな』

「さっさと歩け!」

服を持たれて立ち上がれば腕掴まれて引っ張られる。風丸は歩きながら忘れてたと一度振り向いた。

「お前たちも!食事の前にお菓子を食べるんじゃない!来栖を甘やかすな!わかったな!!」

『お前ほんと、俺のなんなんだよ…』

「保護者だ!」

『口うるせぇのは道也だけで十分だ…』

ずるずると引きずられるように歩いて、先頭の風丸が扉を開ける。怒ってる風丸と、引きずられてる俺、それから苦笑いの条助に不動と飛鷹の存在を確認した冬花は笑った。

「ふふ、見つかっちゃったんだね」

『ノックなしに開けやがった…』

「なんだ、久遠も知ってたのか?」

「諧音くん楽しそうだったから。どうだったの?」

『ねるねるねはまじやばかった』

「ふふ、そっか」

『今度冬花もやろうぜ』

「うん」

「……来栖、お前反省してないな」

腕を掴む手に力が入って、低い声が這う。わかりやすく怒ってる風丸に冬花があららと笑って、風丸は冬花の手元を見た。

「久遠、こいつの分も円堂と同じくらい盛ってくれ」

「え?守くんと同じくらいって…」

「菓子を食べて夕飯が入らないなんて許さない。それくらい食えるなら最初からしっかりと食事を取るべきだ」

「………んー、」

円堂と同量と言えば茶碗の米は山盛りになるし、おかずもいつもの三倍ほどになる。主菜が魚ならまだしも、肉なことに目をそらして、冬花は困り顔で俺を見上げた。

「無理はしないでね?」

『………』

円堂と同量とまではいかずとも普段よりも多めによそわれた食事に、トレーの重みが手にかかる。

重いそれに普段なら最終的に苦しいと思う程度で済むかもしれないけど、そこそこ朝から遊んで食べている俺に今この量は厳しい。

「来栖、こっち来い」

目が強制してくるから仕方なくついていって、前回と同様に小暮と土方の居る席についた。

「お?なんだなんだ、またかーちゃん怒らせたのか?」

「来栖ご飯の量すごくない?この間より増えてるよ?」

『……………』

「夜飯前に大量に菓子を食べれるんだ。これくらい食べ切れるよな、来栖」

『……がんばる』

「あー、まああんまり無理はすんなよ」

「うっしっし。来栖って完璧に風丸の尻に敷かれてんねぇ」

がんばれーと二人の声援を受けて、かけられた号令に仕方なく箸を持った。




『……………』

「これに懲りたらご飯前の菓子は控えるように。わかったな」

『…ん…』

口元を押さえて机に突っ伏す。前かがみも苦しいけど、普通に座ってるのも辛い。

今までにないくらい腹が重たくて、結局残ってしまった分は風丸が怒りながら食べきった。

「あれ?来栖どうしたんだ?大丈夫か?」

『……………』

「いーんだ円堂、こいつのは自業自得だから放っといてくれ」

「自業自得?」

「いいか、円堂。お前も食事の前に菓子を食べるんじゃないぞ」

「お、おう…?」

円堂の戸惑い気味の声と、まだ固くちょっと冷たい風丸の声。茶を飲んで息を吐く風丸はまだ隣の席にいる。土方と小暮は随分と前に、無理すんなよーと席を立っていた。

「円堂さーん!お風呂行きませんかー!」

「おう!風丸と来栖も行かないか?」

「俺はまだ飲んでるからいい。あとで行くよ」

「そっか!来栖は…んー、いまお風呂は無理そうだな!じゃ、あまり無理するなよ!」

軽やかな足取りだ食堂を出ていった円堂に静かになる。

茶の入っているカップを置くと深々と息を吐いて、ぽんっと頭に手が乗せられた。

「菓子を食べるなとは言わないが、かならず食事を取ってからにするように。菓子は食事の代わりにならない」

『…ん』

「はあ。……胃薬は飲めるか?」

『……無理』

「まったく…まぁ普段よりは食べてたからまだいいけど…」

ぽんぽんと頭が撫でられて手が離れる。つむってた目を開いて、顔だけそっちに向ければ目があった。

まだ寄ってる眉間の皺。俺を見おろす目に口を動かす。

『………ごめん』

「ん、わかったならいい。同じことはするなよ、来栖」

もう一回頭が撫でられた。まったく、手がかかると零されてすでに空のカップにタンブラーから茶を注ぐ。

半分ほど入った液体に風丸は透明の紙をセットして、小袋の封を切った。さらさらと中身を入れると持ってたそれを閉じる。

「ほら、一口だったら行けるだろ。がんばれ」

『…あ』

体を起こして、口を開く。入れられたそれに口元にカップを添えられて受け取り茶で飲み込んだ。

胃に落ちたそれに口元を押さえて、カップを渡せば受け取られた。

「よくできました」

『んー』

残りの液体を飲みきって、立ち上がった風丸に俺も立ち上がる。

体が重い。

ふらふらと歩いて、階段に足を掛ければ大浴場に向かうらしい風丸とは分かれることにはなる。

「うつ伏せで寝るなよ」

『んー』

一歩ずつ踏みしめて階段を登りきったところで息を吐く。たどりついた自室は俺が出ていったあとに片付けてくれたのか、最初に菓子を持って帰ってくるために入れておいた袋にゴミがまとまってた。

菓子を作るのに使った残りの水を拾って、ベッド横の棚に置く。そのままベッドに転がって、服を緩める。息を吐いて、目を瞑った。







「わぁ!冬花さんそのピン可愛いですね!」

「変えたのね?前のも好きだったけど、新しいのもすごく似合ってる」

「ありがとう」

聞こえてくる会話にそういえばと目を向ける。

「ふゆっぺ新しいの買ったのか?」

「ふふ。ううん、もらったの」

「へー!そっか!」

ふゆっぺの髪の毛を束ねるのに光ってるピンは今までと同じようにシンプルだけど、羽根のような形をしていて、俺は詳しくないけど凝ってるっていうのはよくわかった。

「………冬花」

動きを止めたのは目が怖い監督で、ふゆっぺは楽しそうに笑う。

「大丈夫だよ。諧音くんからのお礼だから」

「…ならいい」

監督はすぐに視線を落とす。

あ、そうだとふゆっぺは横に置いてあった袋を音無に差し出した。

「春奈ちゃん、これ」

「え?なんですか?」

「トラベルセットだから少なめなんだけどね、使ってみて合ったら継続してみてねって」

「………あ!もしかしてこれ!」

ぱぁっと笑う。嬉しそうに受け取った音無に秋は不思議そうにして、音無はふふっと持ってたそれを覗いた。

「早速今日から使ってみます!」

「うん。それから髪を乾かす時の注意事項はこっちだよ」

「わかりました!!」

元気な音無の返事に秋がああ!と納得したように頷いて、微笑む。

「後で来栖くんにお礼言いに行かないとね」

「はい!来栖さんが食堂にいらっしゃったときにでも必ず!!」

「春奈、いま来栖と言ったか?」

「あ、」

「待つんだ春奈、一体来栖となんの会話をしたんだ。お兄ちゃんは許さないぞ!」

「あーあ、また始まったよ…」

「鬼道、流石に来栖を目の敵にし過ぎなんじゃないか?」

「しすぎなんてことはない!!今日改めて風丸に聞いて、彼奴の自由すぎる私生活を目の当たりにし、春奈にはふさわしくないと判断した!」

佐久間の言葉に鬼道が強く言い放った。

風丸と来栖は一年のときからずっと仲が良いから、今日は皆で出かけてたらしいし、そのときに鬼道は風丸と来栖の話をしたのかもしれない。

「あれ?そういえば来栖いないよな…?」

食堂にまだ揃ってない顔に辺りを見渡す。

来栖、飛鷹、不動、綱波。綱波は立向居と一緒にいることが多いけど見当たらない、飛鷹は必ず時間通りに来てるのに、遅れるのは珍しい。

「はあ。もしかして来栖が迷惑かけてるんじゃないだろうな…」

ちょっと見てくると立ち上がったのは風丸で、食堂を出ていく。

四人が来たら全員が揃うから、みんなも箸やお茶の準備をして、ばっと扉が開いた。

「あ、かぜま、」

「今日という今日は許さないからな!!」

めちゃめちゃ怒ってるらしい風丸に引っ張られてる来栖と、その後ろであーと笑ってる綱波に頬を掻いてる飛鷹、それから呆れ目の不動。

あまりにも風丸が怒ってるから流石に俺も音無も声をかけるのを諦めて、この間と同じように同じ席に向かう風丸と来栖を見送った。


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