イナイレ


親善パーティ(笑)

冗談でも全く笑えない。

机の上に鎮座したままの白色の封筒。道也が笑って押し付けてきた招待状は視界に入るたびにため息が出る。

初戦の相手ナイツオブクイーンをようするイギリス。

面倒だし拒否しても良かった。それでもこの時期にあの相手からの親善パーティーっつーのはつまりそういうことだろう。

『まだやってらァ』

外を見ればグラウンドで他国の奴らと球蹴りしてる円堂が目に入り、自然とため息をつく。

他の奴らは着方がわからないらしく食堂に集まって着替えているようだけど、俺は自室で一人着替えていて、最後にネクタイを締めた。

着るだけにどれだけ騒いでるのか、下では大声が響いてる。

『行きたくねぇ…』

わかっていたかのようにこんこんと響いた音にまた息を吐く。

開いた扉の向こう側にはふわりと裾を揺らしている冬花がいて目が合うなり微笑まれた。

「似合ってるね」

『冬花もな』

頭を撫でて離す。このために贈られてきたドレスに、いつもと変わらないストレートに下ろされた髪。

『冬花、髪どうすんだ?』

「このままでも良いかなって思ったんだけど…変かなぁ…?」

『変ではねぇけど…服装的に纏めたほうが無難だろ。飾りとかねぇの?』

「うーん、使わなかったお花の飾りなら部屋にあるよ」

『…まだ時間あるよな』

「大丈夫だよ。もしかして手伝ってくれるの?」

『簡単なのなら』

「嬉しい。ありがとう」

裾を翻して歩き出した冬花に俺も荷物だけ持ってついていく。冬花がノックした扉に不思議に思ったところで中から扉が開いた。

「あれ?来栖さん!」

『音無?』

「正装とっても似合ってますね!!かっこいいです!!」

『あー、アリガトォ…。つか、なんでいんだァ?』

「冬花さんにお洋服見てもらってたんです!」

「私も心配だから一緒に着てたの。秋ちゃんも準備はどうかな?」

「大丈夫だよ〜」

「諧音くん、こっち」

『………はあ〜。失礼します…』

マネージャー陣も一緒に着替えているのを知ってたら必要なものだけ持って来させれば良かった。この後の展開を想定しながら誘導された場所に向かって、鏡の前に立った冬花は個別に置いておいたらしいそれを持ち上げる。

「これなんだけど…」

『たしかにドレスにつけたら煩くなるな』

「うん。だから外しちゃったの」

『ふーん。ならこれ使うか。冬花』

「ふふ。お願いしまーす」

椅子に座った冬花に手を伸ばしてクシを取り、大まかに手で毛束を調整したあとに毛先から梳かす。元からストレートで絡みにくい冬花の髪に櫛の目が引っかかることはなかったから、ついでに持ってきてたオイルを髪につけて纏めやすくしてゴムとピンを借りる。

耳のあたりより少し上から両方三つ編みしておいて、いつもと同じようにハーフアップを作り、纏めたゴムの中に毛先を通して抜く。形を整えながら両サイドに垂らしてある三つ編みを真ん中でまとめて、毛先に手に余ったオイルをつけて巻きながら最後に花飾りをさした。

『こんなんでいいか?』

「うん!ありがとう」

嬉しそうに笑う冬花は小さい頃にお姫様ごっこで髪を結ってやったときと同じ顔で、思わず表情が緩めば鏡の中に輝いた目が映った。

「すっごい!!もともとすっごく可愛かった冬花さんが更に可愛くなって!お姫様みたいですね!!!」

「ほんと?ありがとう」

「来栖くんすごいね…お料理ができるのは知ってたけど、ヘアアレンジも得意なんだ?」

『簡単なもんしかできねぇよ』

「ええ?!あんなにささっ!ぱぱっとやってたのに!?お兄ちゃんが私の髪結ってくれたときなんて大惨事になりましたよ!!?」

『それはお前の兄が不器用なのか慣れてねぇんだろ』

「ううん、そうかもしれません…けど!でも!お兄ちゃんは頑張ってやってくれたんですよ!!最終的に三つ編みはできるようになりました!!」

『そーかよォ…』

音無の必死のフォローに息を吐く。冬花が楽しそうに笑っているから放っておいて、手にオイルが残ってるのか違和感があったから拭うためにティッシュを探そうとしたところで目の前の着替えのために乱れたらしい髪の毛が目に入った。

『………………』

「ふふ。諧音くん、悩んでるね」

『んや…悩むっつーか…』

「どうしたの?」

うーんうーんと唸ってる音無はともかく、冬花の笑みに木野も俺を見てしまって目を逸らす。

「ねぇ春奈ちゃん」

「あ、はい!なんですか!」

「もしよかったらなんだけど、諧音くん手にヘアオイルが余っちゃってるみたいだから春奈ちゃんヘアアレンジに使ってもいいかな?」

「え!?」

「もちろん春奈ちゃんがよかったらなんだけど…」

「いいんですか?!ぜひ!お願いします!!わー!楽しみです!!」

ぴょんぴょんと跳ねる音無に冬花が目を合わせて頷いた、木野が悟ったように微笑む。

「お手数をおかけしますがよろしくお願いします!!」

『お前…ほんとにいいのかァ?』

「え?なにか駄目なんですか?」

『あー、こういうのって…』

「??」

『………冬花』

「本人が良いって言ってるんだから。せっかくこんなに楽しみにしてくれてるんだもん。私も諧音くんが楽しそうなところみたいな」

『……後で鬼道に詰められたらフォロー頼んだぞ』

「ふふ。任せて」

「私もお手伝いするわ」

『…はあー。音無、座れ。髪触るぞ』

「はい!」

冬花と入れ替わるように椅子に座った音無の髪に触れる。冬花とは違い少し癖のある髪に鏡越しに目を合わせた。

『添えるかはわかんねぇが、なんか希望はあるか?』

「えっと、私もすっごい癖っ毛で時間が立つとぶわってしちゃうので、パーティー中は落ち着いててほしいなって思います!」

『…そういうのは風呂上がりの髪を乾かし方でだいぶ変わんぞ』

「そうなんですか?!」

『時間があったら冬花に伝えとくから聞け』

「え?来栖さんが冬花さんに伝えてくださるなら来栖さんから教えていただいたほうがお手間をかけないで済むんじゃないですか??」

『話してるとこ見つかったら鬼道に難癖つけられるだろうからムリ』

「んん!お兄ちゃん…!!!」

顔を顰める音無に髪に触れていく。オイルと一緒に持ってきてたワックスを顔周りの毛束に軽くつけて、ある程度の毛束の量で捻りながら交差させていき耳の横に流して留める。

『冬花ァ』

「はい」

渡された飾りのついたピンで留めてそれから前髪も横に流せば音無は目を見開いた。

「すごい!私かわいいです!」

『正しく自己評価できて偉いなァ。似合ってんじゃねぇのォ』

「えへへ!来栖さんに可愛いって言ってもらえたならバッチリですね!!ありがとうございます!!」

ぱぁっと笑う音無に冬花も安心したようににこにことして、ふと、一人俺達を見守ってた木野に視線を向ければ木野はゆっくり口を開いた。

「ねぇ、来栖くん」

『…お前もやるか?』

「うんん。私はカチューシャで留めちゃうから大丈夫。気にしてくれてありがとう。…でも、そうじゃなくて、ね?」

にっこり、更に笑みを深くした木野になんだか嫌な予感がして足を引く。後ずさろうとしてその先に冬花がいたから動きを止めて、伸ばされた木野の手が俺の肩に置かれた。

「こんなに久遠さんと音無さんを可愛くしてくれたお礼に、私も来栖くんのこともっとかっこよくしたいなって」

『遠慮し、』

「さぁさぁ、座って座って。私ずーっと来栖くんの髪が気になってたんだよね!」

『は、待て、落ち着け木野』

「音無さんもいつもと違う来栖くん見たいよね!」

「はい!見てみたいです!」

『っ、冬花』

「ごめんね、諧音くん。私も見てみたいの」

『……………』

椅子に座らせられて向かいに木野が立つ。きらきらした両サイド二人の目に、なにも言い出せなくて、数秒木野と見つめ合ったあとに息を吐いた。

『あんま派手にすんなよ…』

「任せて!!」

「「やった!」」

冬花と音無が手を取り合って跳ねるから、諦めて伸びてくる手を受け入れる。

「風丸くんもそうだけど、長くてきれいな髪なのにいつもおろしてるか簡単に結ってるだけなの気になるなって。それにせっかく顔も整ってるんだからもっと見せていかないと。なんで二人とも半分隠しちゃうの?もったいない」

淡々と感想を告げながら手際よく髪が梳かれていって纏められてく。いつも見えてる左側は更に編み込むようにして後ろに流され、右目側はいつも重たくおろしてるのにワックスをしっかりと揉みこまれて空気を入れるようにしてサイドに流しながらふわりと上げられてしまった。

「ふふ。やっぱり思ったとおり。顔出してたほうがいいよ」

『…………』

「諧音くんとってもかっこいいね。王子様みたい」

『……ホストの間違いじゃねぇのォ…』

「私、来栖さんがホストだったら毎日通っちゃいます」

『その台詞ぜってぇ鬼道の前で言うな…』

満足げな木野に嬉しそうな冬花。それから目をぱちくりとさせる音無に髪を混ぜようとした堪える。せっかく手間をかけてもらったのにすぐに崩すのは申し訳ない。

上げようとしてた手を落ち着かせて、椅子から立ち上がる。

『世話になったな、木野。ありがとう』

「どういたしまして」

『とりあえずカチューシャ貸せ』

木野の髪も軽く流してカチューシャをつけて整える。揃いも揃って頭からつま先までしっかりとまとめたところで携帯が揺れた。

『時間ぎりぎりじゃねぇか』

「は!バスが来ちゃいますね!」

「みんなの様子も見に行かないと」

「諧音くん、行こう」

『手ぇ洗ってから行くから先行ってろ』

全員で揃って部屋を出て三人と一度別れる。手洗いに寄って手を拭い、オイルとワックスを部屋に戻して、それから賑やかな一階に向かう。

「本当か?!来栖が触れたのか?!!許せん!!」

既に顔を合わせたくない温度感で叫んでる鬼道に頭が痛い。

それでも近寄らないといけないから足を進めた。





「みんなすごくきれいっす…!」

「な、なんか照れちゃうでヤンスね」

「なんでお前さんたちが照れんだよ」

一年生たちの浮ついた声。それをた土方が快活に笑い飛ばす。

準備を終えて降りてきた女子マネージャー陣に、いつもとは違うドレスとほどよく華やかに合わせられた髪型に目を奪われた奴らがほとんどだった。

その筆頭として鬼道が妹に駆け寄る。

「とても似合っているぞ、春奈」

「でしょ!来栖さんがアレンジしてくれたの!来栖さんも可愛いって言ってくれたし、お兄ちゃんもそう言ってくれて嬉しい!本当にやってもらってよかった!」

褒められた妹が自慢するように告げた言葉に鬼道は目尻を釣り上げた。

「…待て、今なんて言った春奈、それは本当か?!本当に来栖が触れたのか!???」

「え?うん」

「許せん!!」

「ど、どうして?!」

怒りのままに叫んだ鬼道に音無はまばたきをして、隣を見る。久遠と木野がやっぱりこうなっちゃったかと零してまぁまぁと木野から宥めに入った。

「ちゃんと私達もいたし、来栖くんも音無さんに再三大丈夫か確認してからやってくれてたから鬼道くんの心配するようなことはなかったよ?」

「それは違うぞ木野!春奈の髪に触れた時点で有罪だ!!」

「でも春奈ちゃんすごく似合ってるし、喜んでるのに…」

「もちろんかわいい!が!!来栖に触らせたのはだめだ!何もされなかっただろうな!!春奈!!あのケダモノに!!なにも!されなかったんだろうな!!??」

『ケダモノって時代錯誤すぎんだろ。つーか冤罪も甚だしいんだがァ?』

当事者の呆れた声が届く。ようやく現れた来栖に視線を向けて、怒鳴りつけようとしてた鬼道どころか俺も、たぶん豪炎寺も風丸も、その場にいた全員が言葉をつまらせる。

いつもはラフなシャツか大きめのパーカーが多いのに、サイズの合ったタキシードは他と違って着られている感はなく、胸元の三つ山を作ってるチーフも首元のタイもよれの一つもない。

俺達と違って腹回りのみのベルトではなくジャケットの下にはベストが仕込まれているらしく、圧倒的に黒色の面積が多いのに、普段は隠すようにしてる右側の前髪が横に流すように整えられてて、反対の左側もきっちりと上げられてることで晒された目元は鮮やかなオレンジで、不機嫌そうに寄せられた眉間の皺ですら装飾の一部にしか感じなかった。

息を忘れて静まってる室内に、ぱっと動いたのは音無だった。

「来栖さん!」

『…とりあえず寄るな。これ以上鬼道がうるせぇと耳が死ぬ』

「そんな〜!」

『点呼は終わったのかよ、そろそろ時間やばいぞ』

「あ、そうだった!えっと…」

木野も通常運転らしくさっと周りを確認して首を傾げる。

「もしかして円堂くんがいない?」

『はぁ?…もしかして彼奴、まだ外いんのかァ?』

「ええ…?!私見てくる!来栖くん、誘導よろしくね!先行ってて!」

『なんで俺が…』

裾を汚さないようにか布を少し持って走って出ていってしまった木野に来栖が深く息を吐いて、すっと室内を見渡す。

目が合った瞬間にあからさまに肩を揺らしてしまったのは俺や宇都宮、立向居、風丸で、豪炎寺や基山、それから鬼道もハッとしたように硬直から抜け出すと目を逸した。

「諧音まじかっこいい!正装似合いすぎだろ!!」

「諧音さんすっっつごくかっこいいです!写真撮りましょ!!」

「は、はい!あの!俺も取りたいです!一緒に撮りましょ!諧音さん!」

『時間ねぇっつってんだろ。後で聞いてやるからとりあえずバス乗れ、置いてくぞ』

「「「はーい!!」」」

元気に返事をした三人にもとよりまとめ役をしている鬼道と基山も咳払いを零して一年生たちを先導していく。

寮から出た外には迎えのバスが来ていて、見慣れないそれは送迎のために手配されたイギリスのものだからだろう。

近づいていった来栖に相手は目を見開くと手を差し出して、来栖は嫌そうな顔をしながら手を取る。握手をするかと思えばそのまま少し屈んだ相手が来栖の指先な唇を寄せて、来栖の眉間の皺が更に深くなった。

手を離すと相手が緩んだ表情でなにかを紡いで、その言葉に来栖は短く答える。相手はえらく上機嫌に扉を開けていて、仕方無しに一番に乗り込んだ来栖は振り返ると久遠と音無を見据えた。

『段差あるから気をつけろよ』

「うん」

「はい!」

ヒールを履いている二人への配慮か、慣れたように手を差し出した来栖に久遠はそっと手を重ねて乗り込み、音無も続けて手を取って、その後ろにわくわくとした表情の三人が並んだことで来栖は額を押さえた。

『お前らにエスコート要らねぇだろ…』

「えー!なんでですか!」

「俺も気をつけてって言われたい!」

「や、やっばり駄目ですよね…」

抗議する二人と最後に肩を落とした立向居に来栖は諦めたように手を差し出す。

『足元に気ぃつけて乗れ。降りるときはちゃんと一人で降りろよ』

「はーい!」

「おう!」

「はい!」

わいわいと乗り込んだ三人が席について、来栖は呼びかけられたことでイギリスの人間と話し始めてしまって、その間に全員が順番に乗り込んでいく。

最後になったのは俺と飛鷹で、話が終わったらしい来栖と目が合った。

『………手ぇ貸すか?』

「は!?要らねぇよ!」

「お手を煩わせるわけにはいきませんから大丈夫です。ありがとうございます」

反射的に悪態をついてしまった俺と、丁寧に辞退した飛鷹に来栖は安心したように息を吐いて、車が動き出そうとするから決められた場所に腰掛ける。

何時もどおり一番後ろの奥に座った俺達には対して、来栖は話すためか前にいて、隣の久遠が時折話しかけては楽しそうに笑う姿を眺めてた。


×


「来栖、かっこいいな。後で一緒に写真を撮ろう」

『やだ』

「ふむ。これこそ馬子にも衣装か…」

『ゴーグルかち割んぞ。…つーかそのクソゴーグルつけたままで行く気かァ?』

バスの中で豪炎寺に話しかられ、余計なことを言う鬼道に言い返せば、その隣にいる佐久間が睨んでくる。

「こら、来栖!人の持ち物にクソとか言うな!」

『どう考えても格好に似つかわねぇだろ』

「そうだけどそれとこれは話が別だぞ!」

豪炎寺の隣から叱ってくる風丸が面倒になって息を吐いて外を見る。

「それにしても…円堂くんは間に合わなそうだね…」

基山が話題を変えた。すでに出発した車と傾いてる陽。日本エリアとイギリスエリアの距離からしてどう足掻いても遅刻は確定してる。

『音沙汰のねぇ円堂は救いようのねぇアホなことが確定したなァ』

「ふふ。守くんはサッカー始めたら一途だもんね。…でも、秋ちゃんは大丈夫かな?」

『先行ってろっつわれたけど足あんのか?』

「さあ…?」

こてりの首を傾げた冬花に今更どうにもならないかと会話をやめた。

大体20分。静かにバスに揺られてたどり着いたのはイギリスエリアの中心地で、悠々とした門の向こう側には庭園が広がっていて中では客人らしき人間たちが談笑してる。

「わぁー…っ!すごい!」

「美味しそうなものがたくさんあるっす!!」

「食べたらだめですよ!壁山くん!またボタンが弾けとんでしまいます!!」

バスを降りるなり目を輝かせて中に駆け込んでいく数人に、ゆっくりと降りて、まずはドリンクをもらって辺りを観察する人間。

独特の発音で呼びかけられていやいや振り返ればさっきから妙に視線を送ってきてた案内役がぺらぺらと話し始めて、気づけばその間に全員がバスを降りていた。

そいつから解放された頃には一人だったから、このまま一人になれそうな場所を探しに歩く。適当な壁に背を預けて広場を眺めることにした。

ここに来たときからずっと、遠巻きに機会をうかがっていたロン毛が飲み物を片手に笑みを携えて近寄ってくる。

「楽しんでいただけておりますか?」

慣れたような笑顔は社交辞令だろう。

『こんな場所で、どう楽しめとォ?』

このパーティーは名目上は親善がメインで、それに合わせて選手である日本とイギリスの人間が呼ばれてる。けれどこの会場内にいる奴はそれだけじゃない。

イギリスのスポンサーらしい奴らも存在してる。さっきからちょこまかしてる小暮、それを窘めるのに喧しい音無、その他の面々に意味有りげな視線を向けていて、それに気づいてるのは不動や基山みたいな敏い一部のやつだけ。

それが見えている俺が招待客として楽しめるわけもなく、ここに来てからずっと吐き続けてる息にそろそろ酸素が足りなくなりそうだ。

「ふふ、それはホストとして由々しき事態ですね。よろしければ私にもてなしのチャンスをいただけないでしょうか?」

『お好きにどーぞォ』

「光栄です」

ふわりと笑うと手が差し出された。

「改めまして、本日は参加してくださりありがとうございます。私はエドガー・バルチネス。ナイツオブクイーンのキャプテンを務めています」

『…来栖諧音。イナズマジャパン所属。お招きありがとうございます』

仕方なく右手を差し出して重ねれば握られて少し上下に振られる。右手から抜けない力に目線を上げれば微笑まれた。

「ふふ。貴方にお会い出来て嬉しいです」

『……………』

「こうして顔を合わせて話すことができるなんて…子供の頃の夢が一つ叶いました」

『………手ぇ離せ』

「そうですね。失礼いたしました」

そっと離された手のひらに右手を下ろす。近寄ってきたボーイから二つグラスを受け取ると片方が差し出された。

「飲み物はいかがですか?」

差し出されたオレンジジュースに視線を下ろすことなく会場内を眺める。

『自分で飲めばいいだろ』

「これは君のために用意した物ですよ」

また息を吐けば、手が伸びてきて一歩退いた。

「ネクタイが緩んでます」

『緩ませてんだ。触んな』

「ガードが硬いですね。諧音」

勝手に名前で呼ぶなと言いたいが、文化の違いってやつもあるし否定しきれない。とりあえずこれ以上こいつの相手はしたくない。

視界の端に、いつの間にか一人ぼっちのすみれ色を見つけて相手からオレンジジュースを取った。

『バルチネス』

「気楽にエドガーと呼んでください」

『………はあ〜。…エドガー、タダ飯はありがてぇけど余計なことはしてくれんじゃねぇぞ』

釘を差してすみれ色に向かう。

きょろきょろしてた冬花は俺に気づいて眉を下げた。

『飲めねぇもんもらってふらふらしてんなよ。誰かと一緒にいろ、危ねぇなァ』

「少し前までは綱波くんとか飛鷹くんがいたんだけど逸れちゃって…」

冬花の持ってたジンジャーエールを取って、オレンジを渡してため息を付く。

向こう側で水色の髪が揺れた。

『華やかな場なんだ。無理しない程度楽しんどけ』

「ありがとう、諧音くん」

すっかり調子を戻した冬花がグラスに口付けたのを見て、ジンジャーエールを一気に飲む。

冬花は周りを見て近くのテーブルに目を落とす。

「とってもおいしそうなのに、色々食べたくてもお皿とグラス両方持つのって難しいね」

『あー、こういうのは…』

グラスを片手に、その底の部分を支えるように皿を乗せて、右手にフォークを持つ。

『なにか飲むときはフォークを皿の上に乗せて押さえて、右手でグラス持てばいい』

「なるほど…!」

「へー!そうやって持つんですね!」

「これでお皿を置いて食べないで済むね!」

いつの間にか寄ってきてた音無と小暮、それからへーと頷く土方、染岡、風丸に視線を集めすぎたと一歩引く。

ずっとこっちを眺めてるエドガーと、視界の端でも鮮明に映る赤いフリルに息を吐いた。

『エドガー』

名前を呼んだ瞬間に繕われた笑顔に感心する。ゆったりとこちらに寄ってきたエドガーは俺を見て表情を緩める。

「なにかな、諧音」

『お前、パートナー居ねぇならこいつのエスコート頼んだわァ』

「「え」」

『俺の大切なお姫様だ。花よりも丁重に扱えよ?』

その笑顔が固まり、冬花も目を見開いてるが気にせずその場を離れる。

あまり近くにいるのを見られるとまずい。

空いたグラスをテーブルに置いて、近くの基山、豪炎寺と鬼道、ついでに一緒にいる佐久間がこっちを見た。

「来栖、エドガー・バルチネスと話したのか」

『話してねぇよ。突っかかられただけだ』

「お前から突っかかったんじゃないのか?」

『なかすぞてめぇ』

「来栖が言うと意味が…」

『黙れ』

豪炎寺の言葉は無理やり区切って、佐久間の片方だけ見えている右目がぱちぱちとまたたかれる。

「そういえば…来栖、さっきの立食パーティーの振る舞いとかもそうだけど…パーティー慣れしてるんだな?」

「ああ、たしかに…。俺もさっき鬼道に教えてもらって知ったばかりだし…来栖はパーティーに出たことがあったのか?」

佐久間の言葉を拾って豪炎寺が俺を見る。基山と鬼道も確かにねと頷いて、会話が聞こえていたのか不動も言葉の先を待ってた。

「来栖?」

答えない俺に不思議そうに目を瞬いて、手が伸ばされそうになって、こつりとヒールの音が響いた。

中心でずっと視線と挨拶を集めてるやつがゆっくり進めば、それに従い賑わいが近づいてきて、自然と全員の視線がそちらに向いた。

「―あれは、」

鬼道がそれを見て、ゴーグル越しでもよくわかるくらい目を見開き言葉を失う。

ノースリーブの赤いドレス。ふんだんにあしらわれてるフリルは歩くたびに巻かれて右サイドに流したミルクティーブラウンの髪と同じように揺れてる。

ドレスよりも赤く艶かしい口紅のひかれた唇が弧を描いて、俺と目が合った。

「会いたかったよぉ、かいと」

『俺は別に会いたかねぇけどォ』

「もう、ひどぉい。あいな、泣いちゃうよぉ?」

言葉と真逆に笑ったそいつは高めのヒールに足を取られるでもなく、優美に歩いて俺の隣に並ぶとするりと腕をとった。

横に立ってた人間のうち二人がカタカタと揺れる。

「く、くるす、お、おま、お前、蜜月のご令嬢」

「あら、鬼道くん、佐久間くんまで奇遇ぅ、御機嫌よぉ?」

なにかのパーティで顔合わせしたことでもあるんだろう三人の表情はそれぞれだ。

鬼道は絶句して、佐久間は卒倒しかけてる。あいなだけがくすくすと笑って、俺の腕に絡んだ。

「かいと、あっち行こぉ?」

『はァ?急に何言ってんだ?』

「おおおまえ失礼は働くなあほ!」

『眼帯野郎そんなになかせられてぇんだなァ』

「かいと構ってよぉ」

『うぜえ』

「来栖うううっ!!!」

『鬼道の声帯死にそォ』

それはそれで面白いけど、そのうち来るであろう円堂がここ来たら面倒だし、冬花が不安そうにこっちを見てきてる。

近寄ってきたボーイから飲み物をニつ受け取った。

『行くぞ』

「あいなねぇ、ケーキ食べたぁい」

『ならとっとと歩け』

「うん、こっちぃ」

腕を引いて引かれて鬼道たちから離れた。

「かいと、あれもぉ」

『自分で持てばいいだろ』

「やぁだぁ。かいとがあいなの分持ってぇ、あいながかいとの分持つのぉ」

なんでか知らないけど、ひどく上機嫌なこいつとちらほら刺さる視線にため息をついて食べ物が乗った皿を持つ。

その間も腕に絡みついてにこにこと笑ってるんだから、なにがしたいのか理解できない。

「あの赤いのぉ」

指されたケーキを取れば今度は私の分と擦り寄ってくる。

目についた色を口に出す。

『きい、』

「すみません!遅れました!!」

会場内に響き渡った声に視線が一気にそっちに集まり、俺の隣の奴は俺を見たまま首を傾げた。

「聞こえなかったぁ」

『……そのピンク』

「かいとったらかわいぃ」

『俺に可愛いもなにもあるか』

ケーキを取って満足したらしく、人の少ない端に移動する。

向こう側に執事に連れられて屋敷に入っていく円堂を視認して、ぴとりとくっついてたあいなの持つフォークが、皿に乗ったケーキを刺した。

「そうだ。かいと、この前ゴシップ載りそぉだったよぉ、気をつけなきゃぁ」

『構わねぇ。どうせ、お前か彼奴が圧力かけんだろ』

「そのとぉり。はい、あーん」

話は終わりなのか、ケーキを差し出されて口に運ばれる。一口サイズながらもしっかりとした味に、適度に味を楽しんで飲み込んだ。

「かいと、私にもぉ」

『ほら』

食べさせたり、食べさせてもらったりのなにが楽しいのかよくわからないけど、繋ぐようにして手を重ねて渡されたフォークを受け取り、皿の上に残ってるピンク色のケーキを口に運んでやった。

「ふぅん。おいしいねぇ」

『そうだなァ』

「かいと」

すっと上がった顔と少し背伸びしたあいなに寄って口を塞がれ、心中で息を吐く。

ケーキを飲み込みながら周りを見れば、ちょうど着替え終わったのか戻ってきた円堂に見られていたのか目を丸くされた。

タキシードが全く似合ってねぇ。七五三かよ。

少しだけ付き合って、口を離す。違和感が残るのはいつものことだ。

「ほんとかいとは赤が似合うねぇ」

『またつけやがったな』

いろんな種類がある口紅の中で、会うときだけわざと色移りするタイプを身に着けてるあいなにはにんまりと笑う。

借り物のジャケットも、ワイシャツも、拭うなんて論外だ。ハンカチを取り出したいのに右手には皿とフォーク、左腕にはあいなが寄り添ってるから何もできない。

「だってかいとはぁ、赤が似合うからぁ。いっーぱい身につけてほしいのぉ」

『そーかよォ』

ずっと一緒にいろと、そう直接は言ってこないところは成長した。

向こうから冬花とエドガーが近づいてきてる。周りでは堪えきれないのかこいつに挨拶をしようと機会を伺ってる奴らがじりじりと距離を縮めてきているのが見えた。

『…、またあとで構ってやんから、顔見せ行ってこい』

「はぁい、わかったぁ」

えらくあっさりと頷く。笑んで、頬にキスをひとつ贈られた。

間近まで来てた冬花とエドガーが固まり、あいなが満足したように口角を上げてフリルを揺らし離れていく。頬にもついたであろう赤い口紅を拭くため、目的のハンカチを出した。

「来栖、お前…」

「場所をわきまえようよ…」

呆れたような声は近寄ってきていて一連を見てた風丸と基山から。気にせずハンカチで頬と口を拭えば、口もかと察したようで基山が頭を押さえる。

冬花とエドガーが気を取り直したように近寄ってきて、笑顔を繕った。

「諧音、話をしてもいいかい?」

「私もエドガーさんも、諧音くんと話したいなって」

一気に寄って来られて眉をひそめる。

見知らぬ男とずっといさせるのも冬花には負担だろうけど、ここで冬花だけ回収していくのは目立つ。どうにかして断れないかと考えていればオレンジ色が会場内に現れた。

「円堂さん!」

向こうから聞こえてきた声にエドガーだけじゃなく周りの奴も顔を上げた。

オレンジのバンダナとタキシード。

露骨に眉をひそめたエドガーに気づいた人間は最初からこのパーティーの真意を察してた人間くらいだろう。

鬼道と豪炎寺に挨拶を交わして、こっちを見た二人に弾かれたように顔をあげる円堂。

「あ!ふゆっぺ!来栖!」

『大声をあげんのやめろ』

痛む頭に息を吐く。冬花はいつもと変わらない笑顔で円堂に手を振り、迎え入れると隣のエドガーを紹介して、エドガーは目を細めた。

「…とてもお似合いです」

嘲笑。

「今のは聞き捨てなりませんね。うちのキャプテンに失礼じゃありませんか」

わかりやすく声を上げたのは目金だったが周りの血の気が多い連中もピリついていて、額を押さえる。

俺の仕事が増えることが確定したことに、舌打ちがこぼれた。







すっかりやる気満々のサッカー馬鹿共に、横槍入れたのナイツオブクイーンの監督だった。

形式的にとはいえ誘ってあげた客が好き勝手に勝負なんて許せないだろう。おまけにこっちは監督不在。せめて責任者を出せの言葉に、俺の肩に凭れたあいなは持っていたそれを見せびらかして笑った。

「あいなが思うにぃ、招待状に署名入りで委任するぅって書いてあるから、諧音が日本代表の責任者なんじゃないのぉ?」

「え、来栖?」

『お前…いつスリやがった…』

「んふふ。さっきぃ。誰かからのラブレターだったら始末しなきゃって思ってぇ?」

『たとえそうでも勝手に持ってくな』

指の間に挟んでる招待状を取り上げて、ジャケットの内に仕舞う。キラキラした目が俺に向けられてきて心底嫌に思いながら目線を落とした。

「来栖!」

『ダリィ、ふざけんな』

断られる通ってなかったのか、目を丸くした円堂に助け舟を出したのは今まで見てるだけの当事者と発端者だった。

「中々ない機会だから、ぜひとも交流させてもらえないだろうか」

「なにか問題になりそうならあいなとアイツでどうにかするから、遊ばせてあげたらいいんじゃないのぉ?」

あいなの指が俺の髪に触れ、撫でる。くるくると毛先が弄ばれてる感覚に本日何度目かのため息と一緒に言葉を落とした。

『………好きにしろ』

「来栖さんきゅっ!」

にぱっと笑った円堂はそれから!と隣を見る。

「助けてくれてありがとな!」

「ふふ。気にしなくていいわ。あいながこの方が面白くなりそうって思っただけだからぁ」

円堂が笑い掛ければあいなはふふっと口元を緩める。相変わらず鬼道も佐久間もカタカタと震えていて、風丸と豪炎寺と染岡、それから基山は心配そうに見つめてた。

「俺!円堂守!」

「丁寧にありがとぉ。蜜月哀奈よ」

「おう!よろしく!蜜月!」

「あああ!!!えええ円堂!!!」

「ん?どーしたんだ?佐久間?」

こらえきれなくなったのか佐久間が悲鳴を上げて、青白い顔で鬼道は腹を擦る。

くすくすと笑っているあいなはわかっていてもフォローする気はないらしく、手を差し出した。

「あらあら、日本代表のキャプテンはとても素直なのねぇ??諧音をよろしく頼むわ?」

「おう!」

にかりと笑う円堂と握手を交わすあいなに鬼道はふらついて豪炎寺に支えられて、佐久間が視線を泳がせる。あまりの二人の不審さに風丸が顔を上げた。

「来栖、どういうことなんだ?」

『知らね』

「嘘つくなよ?」

「ふふ。あいなもまだまだってことかしらぁ?ねぇ、諧音?」

『化粧品でピンとくる奴がいねぇだけだろ』

「「化粧品?」」

ぱちくりと目を瞬くのは冬花と木野で、音無もこてりと首を傾げる。

「どうしてお化粧品が出てくるんですか?」

『こいつん家が化粧品メーカーだからだ』

「「「「え」」」」

「ふふ」

口元を緩めるあいなに全員が目を見開く。

「社長令嬢…ってことっすか…?」

「じゃあ、大金持ち…?」

「お、俺達、やばいでやんすか…?」

慌て始めた一年生たちに息を吐いて、目を逸らす。あいなも笑って俺に寄り添い人の髪に触れながら微笑んだ。

「諧音を悲しませたりしなければあいなは怒らないし興味も持たないから気にしないでちょうだい?それよりもぉ、円堂守くん?貴方、そろそろ準備しないと、せっかくの機会が流れちゃうんじゃないかしらぁ??」

「あ!そうだった!!」

ぱっと顔を上げた円堂は走り出して、案内されるがまま着替えにいった円堂とエドガーはすぐに帰ってくる。

今はユニフォーム姿でコートに立ってた。

あいなの持ってきたジンジャーエールを傾けながら、適度な距離を保ち眺めていれば、こちらを気にしているのは不動や鬼道で、その中でも不動からの視線が煩かったから話しかける。

『なんか用かよ』

「……なんで来栖が責任者なんだ?」

『俺が聞きてぇ』

べたべたくっついてきてる奴に怪訝そうな目を向けながらも隣に立った不動はコートの状況を眺めてる。

取り出した携帯で道也に短く状況を説明したメールを送って、顔を上げる頃には勝負がついてた。



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