ヒロアカ 第二部



手を引かれて、慣れたように向かった建物の中に思っていたよりも早くことが進みそうだなと思った。

連れられそのまま入った部屋の中は大きなベッドがひとつだけ鎮座していて、靴を脱ぐなり飛び込むようにして寝転がった一人にもう一人も鞄から何かを取り出しながらベッドに腰掛けた。

近寄って、ベッド近くの床に座って意図して目を丸くして瞬く。

『なにするの?』

「たのしいこと」

口角を上げたゆんに、みいは手を伸ばして抱きつくと口を開く。つままれた錠剤は資料で見たものと同じだ。

指ごと口の中に含んで、溜めてたらしい唾液と薬を指が混ぜる音が響きはじめた。

二人のやりとりにこれはいい拾い物をしたと内心笑う。

薬物の中毒者には独特の目をしている。そう言っていたのは先生で、彼女たちもその目をしてるとなんとなく思って声をかけた。

所詮は勘だけど、それでも初手で大当たりを引いたのだから案外俺の勘も捨てたもんじゃない。

指が抜かれて恍惚とした表情を見せてたみいは俺に気づいて、手を伸ばされた。

「ちょっとだけ、おすそわけしてあげるねぇ?」

にやぁっと緩んだ笑み。蕩けた目は焦点があってなかった。嬉々として触れてくる右手が頬に添えられて、反対の左手につままれたそれを自身の口に含んだと思うと愉しそうに表情が歪む。唇が押し当てられた。

『ん』

開いた口の中に飛び込んでくるあまったるい味と生暖かい不快感。眉間に皺を寄せないように気をつけながらそのまま舌を絡めてすでに小さかった薬を溶かす。

ついでに適当に弱そうなところを突いてから唇を離せば、両腕が首にかけられて潤んでる瞳と口元が緩んだ。

「やだぁ、ちょーテクニシャン」

『ありがとー。てか、彼氏いんじゃないのぉ?』

「いーの!彼奴アタシのことほったらかしたなんだもん!もーしらない!浮気する!」

『まじで?面倒に巻き込むのはやめてよ?』

「わぁ、甲斐性なしヤロー」

けらけら笑うもう一人の声。寝転んでぐでぐでのそれは頬を擦り合わせて、どろどろともう据わりきってしまってどこを見ているのかわからない焦点で俺を見つめる。

「ねーねー、うわきしよ」

『えー?やだぁ』

「ひどーい!もうチューした仲じゃん!」

『キスは挨拶だからセーフっしょ?』

「きゃはっ!最高!」

「やばいおもしろいじゃん!」

笑ってたもう一人も近づいてきて、口元を緩めてそれも薬を見せびらかすように色のついた長い爪の指で俺の前に振った。

「わたしは彼氏いないし、めんどくさないよ?ねぇ、もっと楽しくなろーよ」

唇を開いて舌に乗せて、手を引かれてベッドに誘われる。

ダルいなと思いつつ口を開いた。




『あー…』

帰ったら速攻歯磨きとうがいをしないと。まとわりついてる甘ったるい臭いに風呂に入るのもありだなぁと思いつつ、耳に触れた。

とんとんと二回、それから一秒の間を置いて三回続けて同じように指先で叩く。

手をおろして、十秒、二十秒と待ってみるけど返事がないから向こうは取り込み中なのかもしれない。

諦めて周りを見る。

ぶっとんでる女性が二人。面倒だからとまとめて意識を飛ばさせてしまったけど、片付けはどうしたものか。

とりあえず近づいて二人の携帯を取り出す。それぞれの顔を認証させてロックを外して、充電の差込口に持っていたイヤホン型のメモリースティックをつけてデータを吸い上げる。

一台五秒もあればすべてのデータが移るというそれに二つを移し終えたところでスティックを今度は支給されているスマホに差し込んだ。転送されているだろうそれはそのままにしてポケットにしまって、二人の携帯の履歴を見て、口角を上げた。

ちょうどよく、室内に備え付けの電話機が鳴り響き始めた。

二人の携帯をそっと元あった場所に戻して、携帯の情報が転送されきったのを確認してイヤホンをスマホから外した。

響いている着信音に二人を揺すった。

『二人とも起きてー』

「うっ、…な…の音…?」

『電話鳴ってんだよねぇ』

「んー、なに…?もう出る時間…?」

『じゃない?』

気だるそうながらも目が覚めたらしい二人に、手を伸ばされる前に受話器を取った。

『はーい』

「お時間ですが延長なさいますか?」

『いーえ、もう出まーす』

「かしこまりました」

ぷつりと通話が切れたのを確認して受話器を置く。

ベッドの上で呻いて体を起こした二人はあくびを零して、自分たちの格好を確認して俺を見た。

「意気地なし〜」

『浮気はしないって言ったもん』

「ふーん?」

二人は顔を見合わせて笑って、それから立ち上がった。

「ならご飯食べて帰ろー!」

「いいね。お腹空いた」

『いこいこー!』

別になにも散らかしてないから来たときに置いたままの荷物を持ち上げる。三人で部屋を出てエレベーターで降りて、廊下を歩きエントランスを抜けた。

「何食べたーい?」

『んー、しっかりしたものかなぁ』

「アタシは麺がいい!」

「こんな時間にやってるのファミレスかラーメン屋くらいじゃない?…っていうか今何時…?」

テンションの高い片割れにもう一人がかばんに手を伸ばして。さりげなく人気の少ない方に誘導してた甲斐あってかずっと刺さっていた視線が近寄ってきて気配が後ろに立つ。

ヒュッと何かが風を切る音が後方から響く。あえて今気づきましたと言わんばかりに振り返って避けないで当たれば頭に衝撃がはしって、そこそこ痛いものの別に致命傷ではなさそうなそれにわざと倒れた。

短く高い悲鳴があがる。それからげらげらと響く低い男の笑い声が二つ。

「俺の女に手ぇ出すからこうなんだ!」

「やだやだ!死んじゃってないよね?!」

「嘘…でしょ」

俺に触れる小さな手は二つ。肩を揺らしてくるから気絶したふりを続けて、そうすれば乱雑に引っ張り上げられて担がれ、少しするとどこかに放り投げられた。

「ちょっと!!どこ連れてく気なの!!」

「ねぇやめて!頭から血出てる!!病院行かないと!!」

「騒ぐな!黙れ!!」

わかりやすいやりとり。回されてきたのか近くで止まった排気音と開いたドアの音。

「ねぇ!返して!!」

「うるせぇ!!」

「みぃ!」

がっと音がして、悲鳴。どさりと倒れる音とみいのゆんちゃん!と泣きが入った声が響いて体が乱雑に持ち上げられて車の中に投げ込まれた。

こつこつとイヤホンを叩く。やはりなにも返ってこないからもしかして壊れてるんじゃないかと思いつつもう一つの機械のスイッチを入れた。

「この間と同じとこまででいいんですか?」

「おう」

聞こえる会話。この間がどれのことを指すのかわからないけど俺達の目的とあっていればいい。

しばらくしてようやく止まった振動にバタンと扉が閉まる音がする。また扉が開いて引きずり出されて、再び乱雑に運ばれたところで投げ出され、固くて冷たい床に投げ出された。

そのまま足音はさっさと扉を閉めていってしまう。離れていった足音に耳を澄ませる。

室内の気配は五つ。どれも呼吸音が小さく苦しそうで、ゆっくりと1000数えたところで息を吸った。

『…いっ…?』

今、目が覚めましたと言うように瞼を上げて言葉をこぼす。じくじくとしてる頭にわざと呻いて頭をおさえ、それでも何もかえってこないから多分この場にいる人間のほとんどは意識がない。

『、どこここ、頭痛いし、なんなの、だれか起きてよ』

緩慢な動きで起き上がり手を伸ばす。一番近くに転がる人に触れて動かす。体は温かいし暴行を受けたあとのためか痣やなにやらで見目は酷いけれど生きてはいるらしい。

『ねぇ、』

「にいちゃん、そいつはそのまま休ませてやってくれ」

『、』

聞こえた声に横を見る。壁に凭れるようにしてそこにいるのはもう一人の目的の人間で、先にいなくなったはずの人間だった。

『なんでっ、ねぇ、俺、きづいたらここにいて、』

「教えるから、横になれ。頭の傷見てやる」

『いや!いいからはやくおしえてよ!』

わかりやすく警戒心を出せばそのヒーローは息を吐いて、わかったから落ち着きなさいと諭される。

「話はするから息をゆっくりするんだ、興奮すると血が止まらない。そのまま騒ぐと死んじまうぞ」

『…、…………』

「よし」

穏やかに、安心させるように笑ったその人は顔が腫れている。赤黒いくこびり着いたそれから目を離せないとでも言いたげにじっと見ていればヒーローは視線を落とした。

「わりぃな、坊主。俺達も拉致られてここに来てて、ここがどこなのか、検討もついてない」

『っなにそれ!』

「俺と、あと最初に声をかけてたそいつは仕事中につれて来られて、あとの三人は日常生活を送っている最中らしい。坊主もよかったらなにがあったか教えてくれないか」

『やだ!もしアンタがアイツらの仲間だったら俺殺されるかもしれないじゃん!』

「俺は、」

『早く逃げないと!』

立ち上がろうとして、ぐらりと体をふらつかせて膝をつく。頭を押さえて見せればヒーローは心配そうに表情を歪めた。

「大丈夫、大丈夫だから落ち着け。騒ぐと本当に死んじまう」

『ここにいたらアンタらみたいにされるんでしょ?!それなら今すぐ逃げなきゃいけないじゃん!』

「大丈夫だ」

『さっきから大丈夫大丈夫うるさい!なにが大丈夫なのさ!なんも大丈夫じゃないよ!』

「…わかった。きちんと説明するから話を最後まで聞いてくれないか」

なだめるように俺を見つめて逸らされない真っすぐの瞳。あからさまに動揺したように肩を揺らしてから唇を噛んで、うつむいて座り直せばヒーローは小さく頷いた。

「ありがとう。まず俺はヒーローだ。今はこうして拉致られているが、俺を探している仲間のヒーローがいるからいずれはここも突き止められて助けが来る」

『、アンタ…ヒーローなの…?』

「ああ。俺が来た時点でここにいたのは二人だ。それからそこの増えて五人。全員生きてはいる。今は皆疲れから眠っているがもうしばらくしたら目を覚ますだろう」

『………ここから、出ようとは思わないの』

「残念なことに出入り口はそこの一か所のみ。奴らの誰かが来たときしか開かない。それから、ここには俺のわかる限りで二十人以上の人間が存在していて見張りもいるようだ。一度扉に近づこうとしたが失敗した」

『……………』

「そのときに負った怪我が原因で俺は走ることはできないし、ここにいる全員が走って逃げられるとは思わない。だから今はこちらから逃げ出すよりも確実な助けが来るのを待っている」

『…………待ってる間に、殺されるかもしれないじゃん』

「大丈夫だ。アイツらは俺のことを目の敵にしている」

『…それじゃ、アンタが死んじゃうよ』

「………かもな」

ヒーローは頷いて、笑う。

「俺はヒーローだ。助けたい人を助けられて死ねるのなら、本望だ」

『……殴られすぎて、頭おかしくなってんじゃないの、俺は感謝なんかしないからね』

「ああ、それでいい。君は君が生き延びることだけを考えなさい」

だからまずはその血を、と手が伸ばされそうになって、瞬間、扉の向こう側から乱暴な足音が響いて近づいてきた。

「っ、来るのが早い」

ばんっと扉が勢い良く開く。姿を現したのは俺を拉致ったときの二人と、後は見覚えのない奴が五人ほど。どれもこれも身につけているものは棒状だったりと物騒なものが多くてにんまりと笑ってた。

「おーおー、もう目ぇ覚ましてんじゃん」

「おっさんも起きてる!まだ遊べんなぁ!」

ギャハギャハと耳障りな音。それらに眉根を寄せてヒーローのその人は手を伸ばすと俺の肩を引っ張って後ろに隠した。

「お前たち、こんな子まで連れてきて一体何がしたいんだ」

「別に目的なんてねぇよ」

「目についた奴をぼこぼこにしてぇだけ」

「とりあえずおっさん、そこどけや!」

特になんの目的もない。わかりやすい破壊衝動を抑えることのできない愉快犯。それがなんであの薬と繋がっているのかはわからないけど、理由がないのならもうこんな茶番を続ける必要はないだろう。

ヒーローに向けて振り上げられた棒状のそれ。咄嗟に持っていた物を扉側に投げてぶつけて音を出し、全員の視線がそちらに向いた瞬間にヒーローの腕を引いて後ろにやった。

「は、」

『なるほどなぁ』

「…あ?」

視線が向ききる前に足払いをかけて、身近な人間を引き倒して気絶させる。そのまま床に指をこすりつけて、充満させておいたガスへ引火させて小爆発を起こせば悲鳴が上がったからその間に耳に触れた。

決まった回数叩いて、そうすればようやくぴっと音がしたから口元を緩める。

『やぁーっと返事してくれましたね。無視されてちょー寂しかったんですけど??ちゃんと迎えに来てくれるまでぜってー許さないですから。…待ってますよ、せーんせ』

「ああ、もちろんだ。いい子で待っているように。…やりすぎんじゃないぞ、緑谷」

『はぁーい!』

聞こえた声に大きく返事をして立ち上がる。振り返れば後ろで目を見開いているヒーローがいて、口元を緩めた。

「きみは、」

『もうなにも心配要りませんよ』

「下がりなさい!危ない!」

『大丈夫。今までよく一人で堪えてくださいましたね。後は俺たちに任せてください』

肩を押して、保護対象者はまとめてつくりあげた金属の壁の向こう側に。元より牢屋のような部屋の造りは逆に守りやすくて、金属の壁を背にして向かってくる敵をとにかく気絶させていって、拘束する。

減らした分だけ増えていく敵に段々と楽しくなってきて、不意に向けられた銃口が俺の後ろに向けられようとしたからぱちんと指を鳴らして銃を爆発させた。

『だぁめ。俺だけ見ててよね』

炎で誘導して動きを制限して、一気に叩く。どれだけ繰り返したかも覚えないけどあちこちに気絶者の山ができたあたりで、コツコツと音がした。同時に破裂音がして向こうから喧騒が近づいてくる。

バタバタと聞こえるそれに最後の一人も拘束したところで構えた状態の人間たちがなだれ込んできて耳を見せた。

『緑谷です』

「っ君が!!そうか!!」

「状況を」

『保護対象者二名、それにプラスして以前から拉致されていたと思われる人間を三人まとめて保護していて五名はあちらに。意識がはっきりしてるのは一人だけです。敵に関してはこちらに来たものだけを拘束してあります。こちらは全員意識はありませんが一時間前後で目を覚ますはずで重傷者はいません。まずは救助者の保護をお願いします』

「ええ!」

「要救助者の移動を!」

人が増えて賑やかになってきた室内に視線を逸して用意していた金属の壁を霧散させる。

向こうから現れた五人のうち、予想通り意識がはっきりしていたその人は状況に目を瞬いて、目を覚していたらしいもう一人は顔見知りなのかサイドキックなのか、保護にやってきたヒーローの一人に飛びつかれて涙を滲ませてた。

「君もはやく手当を!」

『あー、俺のは見た目が派手なだけなので大丈夫です。それよりも彼らを。栄養失調の気が見られますし、長期間暴行を受けてます』

「しかし、」

「イレイザー!こっち!」

聞こえた声に顔を上げる。呼ばれてか近づいてきてる足音に口元を緩めて、扉に現れた影に口を開いた。

『先生!』

「みど…っお前その血!!?」

『ぐぇっ』

目が合うなり速攻捕縛帯で捕まって、先生の前に引っ張られた。簀巻状態で立たされ、真顔で見据えられれば苦笑いしかでない。

「またやったのか」

『違いますよ。拉致られたときに殴られて切れたんで自分からやってません』

「お前なら避けられただろ」

『当たり前じゃないですか。だから掠って血ぃ出る程度にしときました』

伸びてきた手が髪に触れた。

「目眩、吐き気は」

『ありません』

「まったく…」

傷を見ているのか目を細める先生はしばらく髪に触れてたと思うと手を離す。

「すぐにばあさんに見てもらうぞ。後回しは許さん」

『事情聴取はいいんですか?』

「君が入れてくれてた定期連絡と残された録画、録音、それから保護された人たちの証言があれば充分だ。行くぞ」

『はーい』

緩んだ捕縛帯に締められてた体が楽になったから息を吐く。歩き出した先生についていくために足を踏み出して、そうすれば君!と大きな声が聞こえて振り返った。

「本当に、ありがとう…!」

恐らく知り合いなのだろう。救助に来ていたヒーローの肩を借りているその人は涙ぐんでいて、何もしてないと首を横に振るか悩んで、代わりに笑った。

『どういたしまして!』

「君、名前は」

「緑谷、置いていくぞ」

『え!先生待ってくださいよー!』

「現場ではイレイザーと呼べ」

『先生は先生ですもん』

「はあ。全く」

息を吐いた先生の捕縛帯が操作されたと思うと俺の腹回りに巻き付いて、くいっと引っ張られる。はやく歩けという合図に犬のリードっぽいなと思いつつ、もう一度だけ振り返った。

『俺を守ろうとしてくれてありがとうございました!おだいじに!』

返事は待たずに走り出す。先に進んでいたけど俺が見える位置で足を止めていた先生に駆け寄って、隣に並んだところで一緒に歩く。破壊された跡の残る壁やら廊下を進んで、数分とかからずに表に出た。自然に吹いている風が肌をなでる。

『ん〜!解放されたぁ…っ!』

大きく伸びをして、それから吸い込んだ風の香りに目を瞬く。

『てか、ここ海ですか?』

「ああ、海が近い。ここは工場の一つだ」

『へー』

「車に乗る。こっちだ」

『はーい』

とてとてと歩いていれば外で救護班らしき人たちがした慌ただしく動いていて、俺を見るたびに手を伸ばそうとしては先生に断られてを繰り返す。せめて止血しなさい!と誰かが先生を叱って、洋服で傷口を拭った。

『大丈夫です。血はもう止まってます。お騒がせしてすみません』

「そういうことじゃないと思うんだけど!?」

なにが悪かったのかわからず首を傾げる。先生を見れば深々と息を吐いて、リカバリーガールが待機してるのでと横を抜けていく。腹に巻き付いたままの捕縛帯がつられて引っ張られたから俺も歩き出した。

出てきて二分とかからず、停められているいくつもの車の中から先生は一つ黒色の車の扉を開ける。開かれた後部座席に捕縛帯が引っ張られて促されるままに腰掛けた。

「傷口を見せなさい」

『んー、ほんとにそんな深くないですよ?』

下から髪を持ち上げて傷口を晒す。先生は目を細めてじっと見据えてから写真を数枚、角度を変えて撮った。

「もう大丈夫だ」

かつかつと何度か指を動かして画面に触れ、たぶん誰かと連絡を取る。そのまま先生は俺の頭を撫でて目を合わせた。

「お疲れ様、緑谷。すぐにリカバリーガールが来るから治療が終わったら雄英に帰ろう」

『はーい』

傷に触れないよう注意をはらいながら頭が撫でられて、目を閉じていればどこか聞いたことのある電子音が聞こえてきたから目を開ける。

先生も手を止めて顔を上げたようで、専用の機械に乗ってこちらにやってきた養護教諭は俺を見るなり呆れたように息を吐いてから手を伸ばした。

「今回のこれはなんで怪我したんだい?」

『拉致ろうとした奴らが後ろから殴ってこようとしてたんで、気絶したふりするのにわざと当たりました』

「はぁ〜。まったく…まぁでも深くはなさそうだねぇ」

「出血する程度にしたらしいです」

『痛くないように頑張りました』

「そうかい。教訓が活かされているようで安心したよ」

ぽんっと頭に手が置かれ一往復。離れた手が代わりに肩に置かれて、ちゅーという声と触れた唇。途端に体が重たくなってふらついて、シートに体を預けた。

「はい。これで終わりさね。緑谷はあんまり治癒に耐性がないからこれ以上一気に施せない。後は傷口にシート貼って、しばらくはネットか包帯で固定しなさい」

「わかりました。ありがとうございます」

まぶたが重くて、二人の声がだんだん遠くなっていく。額に触れるなにかやなにかが巻かれてる感覚。抗おうとしてるのにまぶたが上がらない。ぽんぽんと頭が撫でられた。

「雄英につくまで寝ていなさい」

『で、も…』

「大丈夫だ。ついたらすぐに起こしてやる。安心しろ」

運転をしてくれるのは先生なのだろうか。目を開けて、手を伸ばす。

『せんせ…』
 
「緑谷」

ふわりと前髪が撫でられて、一度目を瞑る。包帯に目を細めてから前髪が戻された。

先生の空気が緩んで、口元が綻ぶ。

「よくやった、緑谷。おかりなさい。本当に…お疲れ様」

『んへへ…』

「今日はゆっくりおやすみ」

『はぁい…』

頷いたところであっさりと意識が落ちた。






相澤消太の懸念

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