ヒロアカ 第二部


「緑谷くーん!」

『ん?』

昼時。人使と話しながら弁当を広げようとしてれば呼ばれて顔を上げた。

『委員長?』

「緑谷くんにお客さん来てるよ!」

『客??』

向かいに座る人使を見てみるけど俺が知るわけないだろ?と首を横に振られたから立ち上がる。

指されたのは後ろの扉で足を進める。わざわざ閉めてある扉を開ければ見覚えのある髪色が揃っていて目を瞬いた。

『あれ?四人ともどうしたの?』

「緑谷さん!ちわっす!」

「ちわ!飯時にすんません!」

「「こんにちはー!」」

『うん。こんにちは?』

にこにこと楽しそうに笑う四人は半日くらい前にも見た面子で、首を傾げる俺にはい!と葉隠さんが持っていたものを差し出した。

「お兄さん!昨日は本当にありがと!」

『え、』

「みんなで選んだの!お兄さんが好きなもの!」

『俺の…?』

「緑谷さん!まじお世話になりました!おかげで今日エクトプラズム先生に褒められました!」

「緑谷大先生!まじありがとうございました!!ホント気持ち程度で申し訳ねぇっすけどどうかお納めください!!」

「「「お納めください!」」」

『ええ…?』

渡された袋は程よく重い。ちらりと見えた袋の中身にはペットボトルとビニール包装されたお菓子らしきものが三つほど入ってて、目の前の四人と見比べる。

『えっと…ほんと、全然気にしないでいいからね?その、これはみんなで食べな?』

「だめっすよ!昨日も言いましたけどお礼はちゃんと受け取ってください!」

『でも俺が手伝ったのは少しで…』

「緑谷くんもそうだけど兄弟揃って自分の価値を低く見積もりすぎ!お兄さんの頭脳は国宝級って言っても過言じゃないんだからもっと自信持っていいんだよ!」

『うんん、それは過言だよ…?』

「お兄さんが頭がいいのは自分でいっぱい勉強して努力した結果でしょ!その結果を分けてもらってるアタシたちが今までのお兄さんの努力に感謝してるの!」

「いーからもらってください!緑谷さん!」

『んん…』

困ってしまって目を逸らそうにも向かいに四人いると空いてる先はない。

困り果てていればとんと肩に手が置かれて横を見た。

「もらっとけ、出留」

『でも…』

「みんな言ってるけど、出留は自分の能力を低く見すぎ。自分が与えてるものの価値は正しく見積もらないと食いつぶされちゃうぞ」

『そんなことにはならないよ。ちゃんと相手は見てるし、そもそも嫌なことはしない主義だもん』

「…わかった。じゃあ相手に優しすぎだ。このままだと俺達は出留に頼りすぎて頼ることに慣れて一人で生きてけなくなるからきちんと対価をもらえ。対価が払えない相手からはいくら自分の知ってる人間でも与えすぎるな」

『ええ…??』

大混乱な俺に芦戸さんと葉隠さんがそのとおり!と大きく頷いて切島くんも対価!と続く。上鳴くんが一瞬人使に視線をやって、すぐに俺に視線を戻すとにぱっと笑った。

「ならこれは緑谷さんのやさしさに感動した俺達からのプレゼント!」

『え、』

「いつも優しくしてくれてありがとうございます!これからもよろしくお願いしますっ!」

『??』

「じゃあこれ以上時間もらっちゃうのもあれなんで!お邪魔しました!」

「お兄さんばいばーい!」

「本当にありがとっ!」

「緑谷さん!あざいました!」

手を振って走り去っていくみんなに目を瞬く。手元に残ってる重みにはっとして、もう姿がないことに戸惑う。

『…これ、どうしよ…』

「プレゼントならもらっとけばいいんじゃないか」

『プレゼント…もらう理由がないし…』

「出留の日頃の行いがいいから返ってきたものだろ」

『…………』

なんだかすっきりしなくて、でも誰になんて言ったらいいのかわからなかった。

手元に残された炭酸のジュースとお菓子たち。

俺がよく食べて飲んでる商品なことからきっとあの四人は出久か勝己か、もしくは二人にわざわざ俺のことを聞いて用意してしくれたんだろう。そう考えると出久と勝己には俺がこれをもらったということは知ってるはずだ。

お菓子とジュースをどうしたらいいか聞いたとして、二人から得られる言葉はなんだろう。

夕食入浴を済ませてみてもなんだかもやもやしてて、人使からはあんまり深く考えることじゃないぞと首を傾げられた。

課題をする気にもなれなくて電気を早々に消して布団に入ってみたけど一向に眠気はやってこなくて、携帯を取る。

遅いような早いような、日付は変わってないくらいの微妙な時間が画面には表示されていてメッセージアプリを開く。

起きてる?と入れてみて、三分待っても返事がない。もしかしたら寝てるのかなとダメ元でもう一度、今度は別の人に問いかけを入れてみればすぐに既読がついて返事がきた。

お迎えにあがりますと書かれたそれに体を起こせばすぐ部屋の中に靄が広がり、迷わず中に進む。

広がった先は見覚えのない部屋で目を瞬いた。

『ここは…?』

「こんばんは、出留さん」

『あ、こんばんは、黒霧さん。急に連絡してすみません』

「いえいえ。お気になさらず」

閉じた靄の向こう。穏やかな笑みをこぼすと黒霧さんはふわりと揺れた。

「出留さんがこちらにいらっしゃるのは初めてでしたね」

『はい。なんていうか、普通の部屋みたいに見えますけど…』

「ええ。ここは今までとは違い普通の住居ですよ。キッチンもあり、布団を敷いて眠ったり、ベランダがあったりするアパートです」

『え、そんな場所あるんですか…?』

今まで廃工場やら居抜き風のバーやらと生活感のない場所に案内されていたものだからあっさりとうなずかれて戸惑うしかない。

「元はトゥワイスさんのご名義で借りていらっしゃるアパートなんです。近頃は死柄木弔が眠るときにお邪魔しておりまして…」

『あ、そうなんですね…。そうするとやっぱり…』

「はい。死柄木弔はすでに就寝しております」

『ですよね…』

肩を落とす。

慣れない仕事でばたついてる上に、弔は夜はしっかり眠くなるタイプだから夜ふかしをあまりしない。

『こんな時間じゃ寝てますよね…。本当にすみません』

「いえいえ。それにしても出留さんからこの時間にご連絡いただくのは初めてですね。死柄木弔になにかご相談でしたか?」

起こしてまいりましょうかと揺れる黒霧さんに首を横に振って視線を落とす。

『あー…、わざわざ起こすほどじゃないんで…』

「おや…?」

俺の返事にか不思議そうな黒霧さんの声が聞こえる。

『…あの、せっかく連れてきてもらったんですけど俺やっぱ、』

「出留さん」

とんと肩に手が置かれて顔を上げる。近くにいる黒霧さんは左手でベランダを指した。

「もしまだお時間がございましたら、トゥワイスさんとMr.コンプレスが居りますのでお話されてみてはどうでしょう?」

『あ、えっと、』

「話してみると、解決しなくても落ち着くものですよ」

さぁさぁと背が押されて歩き出す。まっすぐと窓際に向かって、カーテンを開けた黒霧さんに向こう側が見えて、ベランダでタバコを咥えてるトゥワイスと火のついたタバコを持ってるコンプレスが俺を目視するなり目を瞬いた。

窓が開く。

「出留?」

「こんな遅くにどうしたんだ?」

『えっと…』

「死柄木弔にご相談があったようなのですが、生憎と眠りについてしまっていてお話をすることができないんです。もしよろしければ、お二人が出留さんのお話を聞いてくださいませんか?」

ぱちぱちと目を瞬いた二人はすぐに口角を上げた。

「人生相談か!俺に任せろ!ばっちり解決してやるぜ!人の話とか興味ねぇっての!」

「おじさんたちのところにおいで、出留。お話聞かせてよ」

トゥワイスがさっと間に椅子を用意してくれてコンプレスがとんとんと表面を叩く。

少し迷ってしまって振りかえろうとすれば背中が押された。

「出留さん。夏は夜が短いです。朝が来てしまいますよ」

『………ん、はい』

「私は中に居りますから、何かあればお声掛けくださいね」

椅子に座ってみる。黒霧さんは窓をしっかりと閉めてカーテンも直していく。

コンプレスとトゥワイスはタバコを片手に首を傾げた。

「そんで?元気ねーじゃん出留、どーしたんだ?」

『んー…』

「いやなことでもあった?」

『うんん、いやなことはなくて…』

なにから話すべきか。どう切り出したらいいかもわからなくて、顔に力が入ればとんと眉間に指が置かれた。

「そんなに皺寄せてちゃあ、かっこいいお顔が台無しだぜ?」

茶化すみたいに語尾を上げてるけど目は心配してくれてる。

最近もこんなことあったなと目を瞑って、息を吸って、吐いた。

『……昨日ね、出久と勝己のクラスメイトと勉強してたの』

「勉強かぁ!なにやったんだ?」

『数学』

「数学!俺大好きだった!証明なんて特に嫌いだ!!」

『ん。俺も証明はあんま好きじゃないや』

「だよな!」

「おいおい、トゥワイス。相槌はいいけどそれじゃあ話が逸れちまうだろ??」

「あ!そうだった!わりぃ出留!」

『うんん、平気』

「えーと、出留は弟くんたちのクラスメイトと勉強したって、教えてもらってたの?それとも教えてたの?」

『一応教える側だよ』

「お、さすがだねぇ。何人で勉強したんだい?」

『四人…あともう一人、俺のクラスメイトもいて六人でいたかな』

「大先生だなぁ」

『うんん、俺は手助けくらいしかしてないから…それに最後まで見ないで帰っちゃったし…』

「お!俺わかったぞ!教えたところが間違ってたんだろ!」

『んーん。あってたって。先生にも褒められたって喜んでた…』

ぐ、はずれたか…!と悔しがるトゥワイスにコンプレスはタバコを一度口にして、煙を吸い込んで吐き出した。

「仁よぉ、出留の話最後まで聞いてからにしてやんなって」

「んん、相談乗んの初めてでテンションあがっちまった…!難しいなぁ…!すまねぇ、出留…!」

『あ、大丈夫だよ。話聞いてもらってるのは俺なんだし謝んないでよ』

「出留は優しすぎるねぇ。…ほら、出留。話してごらん?」

トゥワイスは注意されたとおり、話を聞くことに専念する気なのかタバコを咥えて口を挟まないようじっと俺を見る。

二人分の視線に少しだけ緊張するなと両手を握った結んで言葉を吐く。

『今日、みんながお世話になりましたってお礼くれたの』

「うん」

『たぶんわざわざ出久と勝己に聞いてくれたのか俺のよく食べるものとかまとめて持ってきてくれ、すごく助かりましたって』

「おお、礼ができるいい奴らじゃん!」

『……でも、俺それ受け取っていいかよくわかんなくて』

「、ん?」

不思議そうなトゥワイスの声。言葉を続けようとした気配にかすぐさまコンプレスがトゥワイスの右足を蹴って防いで、静かな空気に代わりに口を開く。

『お礼ってさ、すごくいい物貰ったりしたときにするものじゃん?』

「うん、そうだねぇ」

『俺はただ勉強を横から見てただけで何としてないのに言葉も物も貰えないなって』

「…………」

『みんなはすごく助かったからって言ってたけど、俺は最後まで見てたわけでもない。人使は俺が与えすぎって、そんなんじゃ食いつぶされちゃうぞって言われたんだけど、ちゃんと相手見てやってることだし、誰でもいい訳じゃないから、大丈夫って思ってる相手にあげたものが返されると困る…』

ぎゅっと指に力が入る。

『俺のあげたものが要らなかったのかな』

「えー、そうは思わねーけど…」

『でも返されたよ』

「そりゃーそいつらも言ってたとおり、出留のくれたもんがすげぇから、感謝しててのお礼だろ?」

『勉強見ただけじゃん』

「勉強を教えてくれるってすげーことだと思うけど…出留はそう思わねぇの?」

『うん。だって俺は免許を持ってて絶対正しいって訳でもないからあくまでも手助けくらいしかできてない。そもそも俺が持ってるものを人にあげるのは当然のことでしょ?』

「当然…??」

トゥワイスの戸惑うように揺れた視線がコンプレスを窺う。コンプレスは横一文字にしてた口元を解いた。

「出留はどうして自分の持ってるものをあげるのが当然だと思ってるの?」

『お兄ちゃんだもん』

「…兄だと全部あげないといけないのかい?」

『うん。違うの?』

「うーん。俺はそうは思ってないけど…出留はいつからどうしてそう思ってた?」

『いつ…?』

明確な時期はわからない。ただ、周りを見ているうちにそのほうが兄らしいと思った。

『正しい兄は自分の持ってるものを与えるのに惜しむことはないし、見返りを求めない』

「…なんだかステインのヒーロー観みたいだねぇ」

『言われてみれば、たしかに?』

ステインが説いた、ヒーローというのは見返りを求めず、自己犠牲の果てに得る称号であるべきという思想は現代社会の根底を揺るがすものだった。

人を救うのは目的なのか、名声を得るための手段なのか。ステインは後者を偽物と断定して粛清と処刑を繰り返してたらしい。

粛清にあたって犠牲になったのはステイン自身。つまりステインは、社会を正すために自らを省みず、ヒーローになろうとしてたことになる。

『そっか、自己犠牲…』

かちりと、何かがはまる。

『俺の求めてる正しい兄はステインなんだ』

「んぇ…出留が変なこと言い始めたぞ、圧紘」

「…うん、やばそうだ」

二人の声は遠い。

ステインが成そうとしたことは社会なんて大きな枠組みだったからわかりにくいけど、俺がやってることと同じだ。

正しさを求めるために自分が犠牲になるのは当然のこと。

『そっか…。なんかすっきり。先生が変なこと言うからこんがらがってたんだな、うん、なら、』

「はーい。出留くーん。一人で解決しようとしなーい」

とっと額を突かれて顔を上げる。

あわあわと心配そうなトゥワイスと困り眉のコンプレスに笑った。

『解決しそう!』

「こらこら、勝手にお話終わらせないの。おじさんたち置いてけぼりじゃない」

『話聞いてくれてありがとう、二人とも。夜遅いのにごめんね』

「うんうん。お礼言えるのはいいんだけどせっかくここまで聞いたんだからそれならちゃんと最後までお話してくれるかな?途中で終わりじゃおじさん気になって眠れなくなっちゃうからさ??」

「おおお俺も!俺も気になって夜もねれねぇ!」

『そうなんだ…?』

焦って賛同するトゥワイスに首を傾げる。コンプレスがとんとんとまた額をつついて手を下ろした。

「なにに納得したんだい?出留」

話さないと帰さないぞという目にさっきまとまったことを口に出す。

『俺もステインも、正しく在ろうとしたってことでしょ?』

「ん…?」

『俺は正しい兄に。ステインは正しい社会に。正しいものに創るためには犠牲が必要だけど、その犠牲は自分であったっていい』

「え…?」

『正しいもん創るのって大変だもん。ステインだって創ってる最中に横槍入ったし、俺も先生とかがおかしいって言ってきてたりとかしたけど、そもそもヒーローって自己犠牲の称号なんだ。俺の正しい兄になるまでの道のりだって犠牲があるのは当たり前だよな』

「やばいやばい、これやばいぞ、圧紘」

『自分を削るのは悪いことじゃないならもっとたくさん与えて、そうすれば俺は正しい兄に、っ、げほっ』

目の前に煙がかかる。甘いような苦いような、妙な臭いを吸ってしまって思わずむせてから顔を上げれば、タバコを口元から外してるコンプレスが反対の手を俺の頭に置いた。

「落ち着きなさい」

『こほっ、んん。急になに…?』

すらすらと出てきていた言葉が途切れて涙が滲む。がっつりと吸ってしまった煙は喉の奥でとどまってるのか違和感があって、もう一度咳払いをしても治らない。

コンプレスは深々と今度は普通に息を吐くと俺の頭の上の手を左右に動かしながら眉根を寄せた。

「出留は正しい兄になりたいんだろ?」

『うん』

「出留の考える正しい兄って、どんな人?」

『頭良くて運動もできて優しくて安心感のある人』

「スーパーヒーローみたいな人だねぇ」

『だってそれが正しいじゃん』

「んー、正しいというより、それは理想的な兄なんじゃないかなぁ」

『理想…?正しいと、一緒じゃないの?』

「違うかなぁ」

えーっとと一瞬言葉を探すように詰まって、まとまったのか、うんと頷く。

「俺の理想のお兄さんはね、俺と一緒に楽しいことをして笑ってくれるような人」

『うん?』

「俺の見せるマジックで喜んでくれたら嬉しいし、マジックの種を見破ろうって真剣に見てくれてもいいし、一緒に公演見に行ったりとかしても楽しそう」

『うん、素敵だね』

「仁の理想のお兄さんは?」

「んー、俺は元気でちょっとずる賢い人だったらいいな!」

『、ずる賢い?』

「ああ!ほら、俺はあんまり頭よくねぇからさ。人のこと見抜いたりとか得意じゃないしすぐ信じまう!だからそういうのを注意深く見てて俺に教えてくれるようなそんな人だったらいい!」

『…そういうのも、ありだね』

「あ!あと一緒に悪さしたりするのもいいな!地獄のドン底まで一緒にいてくれるような兄貴!」

「最後まで自分の味方っていいよねぇ」

「だろ?!」

『……………』

俺の考えていた兄とはだいぶ違う。

コンプレスの趣味を共有できるような目線の同じ兄も、真っ直ぐじゃなくてしっかりしてる悪さもしてくれる兄も、どちらも間違っているようには思えない。

『………二人にとっての理想がそうなら、他の人も全然違う…?正しい兄ってなに…??』

「さぁねぇ。…正しいってさ、なんに対してでもすごく難しいと思うよ、出留」

コンプレスの下がった目元。トゥワイスも正しいってなんだろうな?と宙を見て、こてりと首を傾げた。

「出留の理想はさっき聞いたけど、出留はどんな兄になりたかったんだ?」

『どんな…?』

「おう!出留の将来の夢ってなんだ?」

『将来…』

ぐるぐるする。さっきまであんなに何かが繋がったようにスッキリしてたのに、今は息が苦しい。

詰まった首元に指をかけて、ひっかきながら息をする。

『しょう、ら…い、は…わかん、ないけど…俺は、ちゃんと宝物を、護れる、人間にならないと…いけな、くて…』

「宝物って弟と爆豪か!相変わらずだなぁ!」

『そ、う。ただ、しい…お兄ちゃんに、ならないと…二人が…』

ぐらぐら、視界の端にちらつく黒いもの。苦しい息に締め上げられているそれを外そうと指先が皮膚を掻いて、痛みが走る前に右手に大きな手が重なった。

「大丈夫、大丈夫。落ち着いて息をしてごらん、出留」

『、はっ、』

「うん。そうそう。ゆっくりね」

『ん、っふ…んん…』

「上手だねぇ。…よし、出留。じゃあこうしよう」

俺の手を取ってにっと笑うのはコンプレスで、目がのぞき込まれた。

「俺達と一緒に、理想を見つけようか」

『、どういうこと?』

「はい、ここで問題!」

『え、うん』

「出留は何歳?」

『じゅ、17…』

「正解!では次の問題!」

『あ、え?』

「俺と仁の年齢は!」

『え?し、しらない…』

「お、まじか!出留俺らの年齢知らなかったっけ!?」

『う、うん。自称おじさんってことしか…』

「圧紘のせいで不詳になってんのか!」

唐突なクイズに思考が止まって、答えられなかったところでトゥワイスが驚く。コンプレスが自慢気に笑った。

「では正解を発表します!なんと31歳!三十路超えてるおじさん!」

『同い年、なんだね??』

「圧紘の誕生日が秋で同い年なだけで圧紘のが一個上な!」

「俺が最年長!実は本当におじさんなの!」

『三十代って別に言うほどおじさんじゃないと思うけど…?』

「では最後の問題!」

大きな声で宣言したところで俺の手を取ってた右手をおろして、両手が俺の頬に添えられた。

「兄であるための絶対条件はなんだと思う?」

『……いい人であること?』

「ざぁんねん。不正解」

親指の腹が目の下をなぞって、一瞬目を瞑ってから開く。

「歳上であることだよ」

『…あ、たしかに…?』

「ということで三問中一問正解した出留くんには賞品として、お兄ちゃんが二人ついてきまーす!」

「お!やったなぁ出留!おめでと!!」

『ん、え?待って、意味分かんない』

「俺もわかんねぇ!そういうことだな!圧紘!」

けらけら笑いはじめたトゥワイスが俺の横に立って肩を組んだ。

「俺のことは仁ニキって呼んでくれ!」

「俺は圧紘兄さんでいいよぉ、出留」

『は、え、うんん?ぜ、全然わかんな、なんもよくないんだけど!?』

「そうだよなぁ、いきなり二人も兄貴増えたら驚くよなぁわかるぜーその気持ち…。マグネはおねぇさんだ!姉もゲットだぜ!出留!」

『トゥワイスっ!!!』

「こらこら、仁兄さんだぞぉ、出留〜」

ぽんぽんとあやすみたいに頭が撫でられてコンプレスを睨む。へらりと笑ったコンプレスは俺の髪を乱す。

『俺は兄になりたいんであって、兄が欲しいわけじゃねぇわ』

「んー?でもその正しい兄の定義を見つけるには人としっかり触れ合って、たくさんの理想と現実を見ないと話が進まないと思うんだけど、違う?」

『…………そんなん見てる間に、宝物になんかあったら、俺は…』

「そうならないために俺達がいるんだよ」

手が離れて、向かいのコンプレスは優しく笑う。

「大丈夫。出留が探してる間は俺達が守るからね。ゆっくり色々見たらいいんだよ、出留」

『………けど…』

「まだまだ出留は若くて時間があるんだから、そう急がなくていいんだよ」

「急いで生きててもいいことねぇからな!」

二人の表情にいつの間にか息苦しさはなくて、あったはずのもやもやもどこかに消えてた。

訳がわからないことを言われてるはずなのになんだかほっとして、思わず口元が緩んで肩の力が抜けた。

「出留が弟だったらまずは海に飛び込みとかしたいな!」

『、なんで海?』

「そりゃあワイワイ遊びたいだろ!海サイコー!山でキャンプしてぇ!」

『キャンプ…?』

「あとは夜遊びとか程よい悪さも教えてあげないとねぇ」

『なんで??』

「お兄さんは年上だぜ?大人の遊びを教えてあげるのも役目だよ」

にっこり笑ったコンプレスは悪い顔をしてる。

わはわはと笑ったトゥワイスが組んでた肩から腕を退かして、すっかり忘れ去られていたタバコに火をつけるためか箱から取り出す。口元に運ぼうとして、トゥワイスと目があった。

「やっぱ、ハジメテの悪さって言やぁタバコか酒じゃね?」

「おお、わっるいやつだねぇ、仁」

『え、』

すっと口元に新品のそれが差し出されて、一本どうだ?と首を傾げられる。

まばたきの後に隣を見れば自分の分のタバコに火をつけ、煙を吸い込んだコンプレスがふぅと吐き出して口角を上げた。

「出留、タバコの経験は?」

『あるわけねーじゃん??』

「高一で?真面目だねぇ、出留」

「兄弟祝いに一本やんよ!」

『えー…要らね…』

「まぁまぁやってみろ!うめーから!」

受け取ったタバコはまだ火がついてない。どうしたらいいのかと顔を上げればコンプレスが嫌じゃなきゃやってみたら?と笑って、仕方なく唇に挟んだ。

差し出されたライターの火が近づく。

「よし!出留!勢い良く吐け!」

「ゆっくり吸ってみ」

『んん…』

乾燥した紙が唇に触れてる感覚はなんだか不思議だ。言われたとおりに空気を吸い込んで、先端に火が灯ったところで視線を上げた。

「息はいて、もっかい吸ってごらん」

『んー…ふ、げほっ』

「おー、盛大にむせたなぁ!!」

『うぇっ』

噎せた瞬間にトゥワイスは笑って、コンプレスが俺の口からタバコを抜いて避難させる。

体の中に入り込んだ重い煙にくらくらして吐き出す。まだ中にあるみたいな違和感に咳払いを続けて勢い良く顔を上げた。

『煙い!苦い!!』

「トゥワイスのタバコはきついからねぇ」

「おう!初めてじゃなくても重いし苦くてまずいだろーな!」

『え?わかってて吸わせたの??なんで??俺を殺す気??』

「わははは!!」

『ぜってぇ許さねぇ…』

「物は試しってやつよ。苦いのがやだったなら、出留、俺のやつにしてみる?」

軽いしフレーバーついてるから吸いやすいんじゃない?と差し出されたタバコを見据える。

『また俺騙されるやつじゃん』

「圧紘のはがちで甘いやつで吸いやすいぜ!俺は好きだ!あれはタバコじゃねぇ!!」

「ひっどー」

コンプレスから受け取ったタバコを口にして笑ったトゥワイスを横目に、コンプレスが俺の横に屈んだ。

「ほら、騙されたと思って」

『だから騙されてんだけど…?』

口元に添えられたタバコに諦めて口を少し開く。差し込まれたタバコはさっきよりも少し細い。頬に触れる手に視線を上げればコンプレスは笑ってる。

「肺に入れるように深く、優しく吸うんだよ」

『…………』

これでさっきと同じくまずかったら二人とはもう仲良くしてやらない。

決意を新たに、言われたとおり空気を吸えば肺に煙が流れ込んで、静かに吐き出した。

抜けていく匂いと味に目を瞬く。

『……あまい?』

「でしょー?」

『なんの味だろ…コーヒー…カフェオレ?』

「お、よくわかったねぇ。お口にあった?」

『…嫌いではない…?』

「初めてのタバコで嫌いじゃないは素質あんな!やったな圧紘!喫煙者人口増えんぞ!帰れ帰れ!」

「このご時世どこでも愛煙家の肩身が狭いから歓迎するよ〜」

『歓迎されても…??』

盛り上がる二人に息を吐く。添えられたままの手とタバコに少し考えてから手を伸ばして自分で持った。

少し吸って、吐き出す。

甘い味と軽やかな煙。最初に吸ったものとはだいぶ違う。

「気に入ったようでなにより」

コンプレスは笑って、ポケットから箱を取り出して新しいタバコを抜き出すと咥えて顔を近づけた。

「火ぃちょうだい」

『?』

「じっとしててねー」

俺の咥えてるタバコの先端に自分のタバコの先をあてて、じっと眺めていれば火が移る。コンプレスが離れて、息を吸うと煙を吐き出した。

目を細めてから笑いをこぼす。

「いやぁ、喫煙する出留って中々にレアだねぇ」

『レアっていうか初めてだからね?』

「非行少年出留の爆誕だな!お祝いしようぜ!」

『非行少年って言い方…』

「今度からはマグネも入れて四人で吸えるぜ!」

『そもそも俺買えないし継続して吸うなんて言ってないんだけど…?』

「俺達があげるんだから買うことなんて気にしなくていーのよ」

「無理強いはしねぇけど、吸いたくなったら一緒に吸えばいいんだよ!なぁ!圧紘!」

「そうだねぇ」

ふわふわと煙が揺れる。二人の表情に視線を少し落とす。

自分の口に刺さってる同じ白色。揺れる甘い煙に顔を上げた。

『未成年喫煙する兄って正しい?』

「やんちゃでかっけー!」

「間違いがわからないと正しさもわかんないでしょ?」

『つまり正しくないんじゃん。やっぱ騙された…』

「いーじゃん!この間読んだ漫画で兄貴が“デキが良くでも悪くても、兄は弟の手本。兄が間違えた道を行くなら弟は別の道を通れる”って言ってた!」

『別の道…』

「仁は漫画好きだねぇ」

「マグネとトガちゃんも教えてくれんだぜ!」

なんの漫画読んだの?と会話を続ける二人を眺める。

兄は一度たりとも間違っちゃいけないと思ってたけど、そういう考え方もあるのか。

「出留、危ないよ」

『ん?』

すっと口元からタバコが抜き取られる。慣れたようにタバコを指先で叩いて上下させて、先端がほろりと落ちた。

「灰は定期的に落とさないと。火種ごと落ちると火傷する」

『そうなんだ…』

口元に返ってきたタバコを咥える。短くなったタバコが少し残念だ。

「ほんとに吸ったことないんだな。出留の家族は全員吸わねぇのか?」

『うん。周りにも吸ってる奴…居たなぁ』

「居たのかよ!なんだ、ダチか?」

『勝己の友達。勝己が内申点に響くから俺達といる時には吸わせなかったけど…』

「あはは!内申点!爆豪みみっちぃ!」

『内申点大切だかんね?』

「学生には死活問題だよねぇ。懐かしい」

肩を揺らす二人に、彼奴の吸ってたタバコの匂いは苦かった気がすると記憶がよぎって、そういえば、彼奴にお礼の連絡と約束の勉強会、アイスと約束してたのを思い出す。勝己にも予定を確認しないといけなかった。

それから勝己と出久にあの子達にもらったお菓子を分けようと思って、はて?と顔を上げる。

『結局俺がお礼もらっていいのかな?』

「「あ、」」

わかりやすく二人して忘れてたと顔に出るから自然と眉間に皺が寄ってしまった。へらへらと二人は笑って俺の頭を撫でる。

「もらっちゃいな。弟が美味しいお菓子もらって喜んでるとこを兄さんは見たいよ」

『…俺がもらって喜んでるの見てどうすんの?』

「ん?どうもしないよ。ただみんなと仲良くできてるんだなぁって安心して嬉しくなる」

『………』

「出留も爆豪と弟が周りと仲良くしてたら嬉しくね?ちげーのか?」

『……ん…嬉しい』

「なら俺らも一緒!兄だから貰わねぇってのは違うぜ?出留とそいつらが対等であるから契約して得た対価だろ?」

『…………』

「出留は難しく考え過ぎだ!出留にはよ、ぱーっと遊んで、んでもって遊びすぎて怒られてって経験が必要だな!うん!」

『遊んで怒られるの?』

「おう!どこまで遊んだら怒られんか、一緒に知ろうぜ!」

『………うん』

「よしきた!いい返事だ!」

わしゃわしゃと頭が撫で回される。口元のタバコと俺達を包む煙。手が止まったから顔を上げた。

『タバコは遊び?怒られる?』

「セーフ!」

『なるほど…?』

「ははっ、法律的にはもちろんアウトだけど、俺達といる時点でアウトだから今更だよね〜」

「たしかにな!」

「表立っちゃって迷惑かけないようにしないとねぇ」

「体裁良くねぇからなぁ!」

「出留の未来に傷はつけたくないからねぇ」

「だな!」

気にせず笑い合う二人は敵で、敵の所在を知っていて隠匿することも、そもそも個性を不正に使用することも法律違反だ。

あまりに常識的なことを言って笑ってるから、持ってたタバコを横に置いた。

空になった両手を伸ばして、二人の洋服を掴む。

「「出留?」」

不思議そうな二人を見上げた。

『…なんで俺から離れる相談してんの?二人は俺のお兄ちゃんなんだから、ずっと一緒に居てくれるんじゃないの?』

「「、」」

ぼとりと二人の口と手からタバコが落ちる。丸くなった目に少し不安になって強く服を握った。

『駄目なの…?』

「……これが弟系出留…っ」

「…破壊力の化身だねぇ」

二人は顔を見合わせるとすぐに手を伸ばして俺に触れる。

「兄弟が一緒に居ちゃいけねぇ理由なんてねーよ!遊びまくろうぜ!出留!」

「もちろん。ずっと一緒にいようね、出留」

『…うん』

体から力が抜けて、暖かい気分で包まれれば笑みが溢れる。

『…仁、圧紘』

「おお…!新鮮!」

目を丸くして心底嬉しそうに笑う仁と頬を掻いてから照れたように笑んだ圧紘に俺もなんだかむず痒くて、横のタバコを取って食めば二人は思い出したようにタバコを拾った。

「こんな可愛い弟ができるなんて、人生捨てたもんじゃないねぇ」

「だな!」

『俺もお兄ちゃんができると思ってなかったや』

三人で顔を見合わせて笑って、そうすれば物音がして振り返る。

開いたカーテンの向こう側、目を瞬いたマグネが窓に手を掛ければからりと音が響いた。

「あら…?出留くんってタバコ吸ってたの?」

『うん。今から初めたところ』

「……アンタたち、無理やり吸わせたんじゃないでしょうね」

「待って待って!誤解だ!合意だぜマグネ!」

「ほんと?!出留くん!」

なんでか怒ってるマグネに横を見る。焦るような二人の顔にふと、さっきの仕返しを思いついて頬を膨らませた。

『吸ったのは合意だけど、騙されて苦いやつ吸わされた。すげー苦しかったしおいしくなかった』

「「あ、ちょ、」」

「は?!……テメェら…覚悟できてんだろうなぁ…!!」

ぷつんと音がして、目が据わったマグネの地を這うような低い声に二人があからさまに顔色を変えてこちらを見る。

タバコを持ち直して、空になった口元からべっと舌を出せば二人はわかりやすく表情を固めた。マグネの正座!!の言葉に反射的にベランダに座り込んだ姿は仲が良く見えて、なんだか面白い。

タバコを咥え直し、怒るマグネの背に隠れて笑っていればからりと窓が開いた。

「皆様、あまり賑やかですとご近所迷惑…は?」

黒霧さんから聞いたことのないような語尾の上がり方。ぶわりと黒色の靄が膨らんで、次の瞬間には俺の目の前に顔があった。

『へ、』

「出留さん?嗜まれているそれはなんですか?」

『た、タバコです…』

「…自前ですか」

『も、もらいました…』

「………どっちだ」

『え、』

「どっちに唆された」

ぎらりと光った金色の瞳があまりに鋭くて心臓が悲鳴を上げる。

『ふ、二人に教えてもらって吸いました…』

「ほう…?……マグネ」

「なぁに、黒霧さん」

「少々お二人とお話をしなくてはならないことができてしまいましたので、そちらのお話が終わりましたら次は俺にその二人を貸してもらえますか??」

「ええ、もちろんよ」

「「く、黒霧??」」

視線を向けられて驚いて固まる二人。思わず腰を上げて離れようとすれば、肩に手が置かれた。

「出留さん?誰が貴方にお話がないと言いましたか?」

『、』

「貴方にもお話がございますから、マグネの話が終わるまで俺とお話しましょうね」

『ま、まって、黒霧さん、』

「問答無用。どうぞおかけください」

ゆっくり話しましょうかと揺れる黒霧さんの目は今までのいつよりも鋭くて、背筋が伸びた。





「んん…?何やってんだ?お前ら」

『とむら…っ!』

聞こえてきた寝ぼけたような声。不思議そうなそれに顔を上げれば目が合うなり首を傾げられた。

「出留?いつ来たんだ?」

『昨日の夜…!』

とてとてと歩いて弔が俺の隣に座って顔をしかめた。

「ふーん…って、うわ、タバコくさっ。なんだよ、ずっと三人といたのか?臭い移ってんぞ、服ファブってこい」

『そんなにおいする??』

「する」

「シャワーを浴びてから帰ったほうがいいんじゃない?出留くん」

「そうですね。洋服は死柄木弔のパーカーを借りられたほうがよろしいですよ」

『は、はい…』

二人の言葉に姿勢を正す。不思議そうに首を傾げる弔は地面で正座中の仁と圧紘に目を瞬き、ソファーに足を組んで座ってるマグネと黒霧さんを見たと思うとまぁいいかと考えるのを放棄した。



上鳴電気の困惑

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