ヒロアカ 第一部



二泊三日の小旅行。頼まれたものを入れて帰ってくることも考えてスーツケースを用意した。

絶対見送ると譲らなかった人使、それからアイテムを渡すために来てくれていた発目さん、担任が大きく頷いていってらっしゃいと含みを込めた笑みで言うから同じように笑って、出久と勝己にいってきますの挨拶をし、無表情な相澤先生にも頭を下げて雄英を出た。

雄英までの移動は電車と新幹線で、向こうへは二時間もかからずにつく予定だった。

新幹線では指定の座席について、携帯を取り出す。予想通りの内容で出久と勝己からの連絡が入ってたから思わず笑って、そのまま誤魔化しといてと返した。

一人だと広島への道のりは程よい暇がある。三日間どうなるかわからないから持ってきた課題を片していって、聞こえたアナウンスに顔を上げた。

初めて降り立ったその地に、出入り口から少しそれて体を伸ばす。二時間で固まった体を解して、手を下ろすと同時に息を吐く。

携帯を見てもメッセージが入ってなくて、たどり着くまでに来るはずだった待ち合わせ場所の連絡はいつくるのか。

とりあえず外に出ればいいかと人の波に沿って改札を抜けて、携帯に目線を落とそうとしたところで、びりっとした感覚がしたからスーツケースを掴みとびのいた。すぐさま襲ってきた脚に腕で弾くように勢いを逃し、相手を確認して目を瞬いた。

『出迎え物騒すぎません?』

「はははっ!本当によく動けるガキだ!!」

『はあ。ありがとうございます』

「生意気な奴はいい!シゴキ甲斐がある!」

『これからよろしくお願いします』

「ああ!みっちり鍛えてやんから安心しろ!」

にかっと笑うミルコはなんとなく切島くんと似たタイプだなと思う。明朗快活。わかりやすいから一緒にいて裏を考えないで済む。

「時間がもったいねぇからどんどん行くぞ!!」

『せめて着替えさせてほしいですけど…わかりました』

走り出してしまったミルコに仕方なく追いかける。

制服で動きづらくてもお構いなしの速度に、これからずっとこれだと死にそうと思いつつ姿を見失わないように駆ける。

ミルコの走りは直線的な速さはもちろん、鍛え抜かれた脚力で地を蹴って跳ねる。俺が飛べなかったらどうする気なのかと思いつつ宙を蹴り、追いかけっこは戸建てについたところで終わった。

「バテてねぇか!」

『まだ平気です』

「お!つーことはやっぱあの仮免のときは嘘ついてたなぁ?」

『嘘も方便ですからね。それで、ここはどこですか?』

「アタシの家!」

『家』

「事務所兼用にしてんだ!ほら!入れ!!」

鍵を開けて進んでいくからまた背中を追う。あまり人の話を聞かないその人。

これからの三日間は忙しくなりそうだ。




「兄ちゃん今頃何してるのかなぁ」

「知らね」

仮免の補講を終えたかっちゃんと轟くんはもぐもぐと作り置きしてあった煮物やらを温めて食してて、僕の呟きをかっちゃんは息を吐いてぶった切る。

ごくんと口の中のものを飲み込んだ轟くんは首を傾げた。

「出留どっか行ってんのか?」

「兄ちゃん広島に行ってるんだよ!」

「広島??なんでだ??」

「インターン」

「…出留もインターンいってんのか…早く追いつかねぇといけねぇな」

顔をきりっとさせているのに摘んでるのは飾り切りされたにんじんで、普通なら格好がつかないはずなのに轟くんの顔面でやられると一枚絵みたいになるからイケメンはお得だ。

今もそれを見てしまった峰田くんがこれだからイケメンはと目を見開いて、葉隠さんが眩しいと零した。

あれ?と上鳴くんと麗日さんが目を瞬いてそろって首を傾げる。

「緑谷さんのインターン広島って…職場体験のとき相澤先生じゃなかったっけ?」

「でも相澤先生、今日学校いたよね?」

「うん、職場体験は相澤先生。今はインターンでミルコにお世話になってるんだよ」

「「ミルコ?!!!」」

「なんで?!」

「どっから出てきたミルコ!?」

「あのなにもかもが際どいミルコ?!」

「峰田ちゃん、そろそろ自重覚えて」

「うっるせぇえええ!!!飯食ってんだから静かにしろや!!!!」

「あ、ははは…」

ボンッと誤爆したかっちゃんにみんなは一瞬落ち着いて、少し離れて、耳郎さんが僕の方に近寄る。

「ねぇ緑谷、まじでどこからミルコが出てきた訳…?」

「えっと、兄ちゃんが受けてた仮免許の二次試験、あっちの会場はミルコとシンリンカムイが敵役だったみたいで、その時戦ってた兄ちゃんをミルコが興味持った感じで…?」

「ミルコが興味!?」

「お兄さんなにしたん!?」

「さぁ…?僕もそこまでは…かっちゃん知ってる?」

「ミルコの攻撃いなしながらシンリンカムイ押さえ込んで雑魚敵役確保してた」

「は?お兄さん無敵か??」

「どういう状況??」

「なんでかっちゃん知ってるの!??」

「だからうるせぇ!!飯食わせろや!!」

「かっちゃんんんんん!!教えてええええ!!!」

「うるせぇ!!」

ぶん投げられたスマホを顔面で受け取って床に落ちる前にキャッチする。

「二個目のフォルダ」

「うん!」

指を画面に置きロックを外して、指定されたフォルダを開く。

「え、なんで緑谷が画面ロック指紋で外せんの…?」

「やめとけ、触れたら爆破されんぞ」

聞こえてくる声に言葉を返さず動画再生を始めた。

「十五分」

「うん!」

ささっと動画再生中のラインを動かして十五分少し前のところで止める。

「……―の個性あんなふうにも使えるのか…」

「ふふっ、私のベイビーも役立ってます…!…ですがあれならもっとポーチの内部構造変えた方がいろいろ使えそうですねぇ」

「あ、たしかに。注射器とかあったら出留なら薬液用意して投与できて便利そう」

「ですよね!さっきみたいに麻酔薬をハンカチに染み込ませての添付は効率が悪そうです!」

「それなら緑谷くんには医療系の免許とかも取ってもらわないとねぇ」

「出留はこれから大変そうだ」

「バックアップは万全ですよ!」

嬉々としてる声だけが聞こえる。どうやら定点カメラで会場を映してるらしく、カメラ自体はHUCの人間を救護をしてる兄ちゃんを自動で追いかけて撮影してた。

「あ!また緑谷さん救助しましたね!」

「出留すごいなぁ。これなら、」

ドカンっと大きな音が響いた。がしゃんとカメラがぶれて、兄ちゃんの姿を追ってたはずのカメラの位置が衝撃でかずれて、下の方を映し始めた。

「な、なんだ?!」

「すごく大きな音がいたしましたけど…!」

「っ、敵!!」

「ええ?!救助活動だけじゃなかったんですか!?」

「なんて難易度なの、この試験…!」

向こうも僕達のところと同じように唐突な形で敵役が現れたらしい。

「おせぇおせぇ!」

乱入してきた敵役のヒーローはミルコ。まっすぐ避難所を狙い走り出して、腕に自信があるらしい受験者が足止めに向かっては蹴り飛ばされた。

「し、試験ってこんなにやばいんですか?!」

「………いいえ、例年よりも何十倍も難しくなっているわ。要救助者を避難させながらの戦闘。こんなの現役ヒーローだって戸惑うし大変よ」

ミッドナイトの険しい声が聞こえる。戸惑うような心操くんと発目さんの声。

乱入したミルコに受験者は蹴り飛ばされて、シンリンカムイは追いかけるように走り、二人が避難所に近づいていく。

「まずは人質を取る作戦でしたよね!?」

「向かってくる蝿を蹴散らしてるだけだ!そっちはそっちでやれ!」

「全く…!」

シンリンカムイの照準が避難中の救助者に向けられる。必殺技を放つときの構えだった。

「ウルシ、」

ぱちんと音が響いて炎がうねった。蛇のようにしなやかに素早くシンリンカムイを囲い飛び出そうとしてた技を押さえ込んだ。

そのままシンリンカムイを球体状にした炎で覆って無効化。

飛び降りてきた人影は受験者の一人を蹴り飛ばそうとしたミルコの足を受け止める。

『今忙しいんで、空気読んでご退場願えませんかね』

「お!イキがいいのがきたな!」

即座にもう一本の足で蹴り上げようとしたミルコに、攻撃を読んでいたのか視認して目の前で小爆発を起こして退かせた。

「いいねいいね!骨がありそうじゃん!お前!好きだぜ!」

『はあ。どうも』

攻撃を捌きながら雑談を交わす兄ちゃんに息を呑む。ミルコの攻撃は早く重く、敵をたやすく倒すくらいなんだから受験者なんて簡単に飛ばせる。

兄ちゃんは脚が直撃しないよう勢いを逃しているようで、後ろの避難所の様子を伺いつつ、炎を調節してシンリンカムイの制圧をしてた。

「はやく救助者の避難を!」

「重傷者の移動を手伝ってくれ!」

避難所は残っていた受験者や騒ぎに駆けつけた受験者によって大移動してるけどまだ完了しそうにない。

「このまま出留一人でなんて…」

「緑谷さん…」

心操くんと発目さんの心配そうな声が聞こえる。

ミルコの攻撃に対応して、常時発動してる個性はシンリンカムイが動こうとすれば調整して、他の敵役が救助者側に行こうとすれば更に個性を使って炎で壁を作り、怯んだ隙に金属で拘束をかけ無力化して数を減らす。

兄ちゃんの表情がわかりやすく険しくなっていくから、ミルコが笑った。

「スピード遅くなってんぞ!」

『あー、そうかもしれませんねー』

兄ちゃんのわかりやすく嘘をつくときの喋り方。ミルコが鼻で笑った。

「もう息切れか!」

『早く来てほしいものですよね』

「ははっ!ヒーローが他人を頼ってんじゃねぇぞ!」

『そんなこと言われても辛いもんは辛いじゃないですか』

「いつまで一人で守れんか見物だなぁ!」

『勘弁してほしいですね』

顔に向けて放たれたハイキックを右腕で防御して、兄ちゃんが美しく笑う。

『俺が、いつ独りだって言いました?』

「あ?」

「〜♪」

「あ、…?」

『やっと来たか』

聞こえてきた歌声にえ、と声が思わず漏れた。

画面の中のミルコの膝が抜けて、頭を抱えようとした瞬間に手足に鈍色の金属がまとわりついて拘束される。

「炎が消えたぞ!」

「今だ!」

ミルコに個性をかけるため目を離した隙に揺らいで開いた道から、避難所に向かおうとしてた戦闘兵はにゃあの声とともに現れたその子に蹴り飛ばされて吹き飛んだ。

「おまたせ!」

「第二避難所を設立し、皆さんの避難は完了しました」

『来てくれてありがと。こっからは任せていいか?』

「まかせて!!一匹も、」

「デク、そこで終わりだ」

「あ、うん、わかった」

ストップがかかったから三人、白色の影が増えた動画を止める。

いろいろ驚いたことはあったけど、とりあえず携帯をかっちゃんに返して、息を吸った。

「兄ちゃんが死ぬほどかっこいい!!」

「あ、久々のブラコン緑谷だ」

「これ早口雄弁モード入んじゃね?」

「みんな見たよね!?ミルコの攻撃止めに降り立ったときの姿!なびく髪といい横顔といいイケメンすぎて無理!纏ってる炎とかクオリティ高いフィギュア装飾にあるやつ!!あの姿絵1/1スケールフィギュアとタペストリーでほしすぎる!!」

「ほんとお兄さんのこと好きだね…」

「その後のミルコとの応酬!あのミルコの蹴りだよ!?あんな完璧に捌いちゃう兄ちゃんさすが!直接受けないで力を受け流す方向も自分に負荷がかからないようにしてあるし次の動きにも移行しやすいようにしてある!!ていうかシンリンカムイの制圧しながら周りの敵役を拘束してくなんて視野広すぎてもう言うことなくない!!???」

「ああ、出留、ほんとすげぇな。……早く追いつかねぇと」

「うん!ほんと兄ちゃんすごい!!そりゃああれだけ動いてたらミルコどころか誰だって興味出ちゃうよね!!え?!ミルコの体の使い方取得をメインに行くって言ってたけど兄ちゃんあれ以上に動けるようになるってこと??!もう最強だよ!兄ちゃんの練習光景を見守る壁になりたい!!!!」

「み、緑谷、床割れるからその叩きつけんのやめろ??」

「あ、ごめんね」

切島くんの言葉にはっとしていつの間にかうずくまって叩きつけてた手を外す。体を起こして立ち上がると視野が広がる。

みんなの視線が僕に集まっていて、苦笑いが混じってるものの、さっきの動画にか感心したような顔をしていて、特に麗日さんや飯田くん、八百万さんは目を輝かせてくれてる。そんな中で轟くんはどこか悔しそうな顔をしてた。

きょろきょろとすればかっちゃんは食べ終わった食器を下げて洗っている最中で、僕に視線も向けてなくて駆け寄った。

「あの動画僕もほしい!」

「勝手にしろや」

「ありがと!!」

「撮影してた心操と発目に礼」

「うん!今度菓子折り持っていくよ!」

許可が出たからもう一度かっちゃんの携帯を借りて指定の動画を共有する。

新しい動画にか心の中が暖かくて、表情を緩めたまま振り返ればみんなはさっきの動画について意見を交わしてるらしかった。

「あっちの会場はお兄さんがメインで防衛してたんだね」

「お兄さんの個性すごいよね!シンリンカムイ完封ってやばくない!?」

「あの火の渦のコントロールといい、周りの敵の捕縛といい、緑谷さんほんとまじかっこいいよな」

「個性の使い方うますぎねぇ!?緑谷さんも才能マンかよ!折寺出身こぇーよ!」

「それ言ったら体の使い方もやばかったよな!ミルコの蹴りあんな風に受け流せんとかすごすぎね??」

わいわいとみんなが兄ちゃんのことで盛り上がってる。概ね好意的な感想に嬉しさで頬を緩めて、視界に入った影に一人難しい顔をしてた轟くんが顔を上げた。

「先生」

「なんの騒ぎだ?」

「あ!先生!!」

「今お兄さんのインターンの話聞いて、みんなで仮免のときの映像見てたんです!」

「お兄さんの体の使い方!体育祭より強くなってるし!ほんとあのミルコがインターン受け入れるだけあるって感じ!」

きゃっきゃとしてるのは芦戸さんで、そういえば芦戸さんは体育祭のときに兄ちゃんと対戦してて身近で戦った分違いを感じ取れたのかもしなれい。

一緒に葉隠さんと麗日さんがミルコのところでもっと強くなっちゃうの!?とはしゃいで、先生が目を逸らす。

つい数時間前にも見た姿にかっちゃんと目を合わせて、かっちゃんは首を横に振った。

「つーか俺達も早くインターン先見っけねぇと!!」

「ほんとそれな!緑谷さんに負けてらんねぇよ!」

「緑谷はとりあえず明日通形先輩とサーナイトアイんとこ行くんだろ?」

「う、うん、許可してもらえるといいんだけどね…」

「デクくんなら大丈夫だよ!」

「ああ!緑谷くん!応援しているぞ!」

「うん!ありがとう!」

みんなの言葉に大きく頷く。

洗い物を終えたかっちゃんは手を拭って僕から携帯を取り返すとポケットにしまった。

「デク、余計なこと言うなよ」

「もちろん!」

念押しされて笑う。あの兄ちゃんからのお願いなんだから誠心誠意努めて必ず成功に導いてみせる。

「あ!これお兄さんじゃない?!」

「え!?兄ちゃん?!!なになに!?」

聞こえた声に芦戸さんへ突進する。芦戸さんは携帯画面を見やすいように向けてくれ、再生を始める。

一般投稿らしいそれはスマホのカメラで撮影されてる動画で、動き出した映像には雑踏の声と投稿者らしき人物の声が入ってた。

「ミルコだ!」

「パトロール中かな?」

「てか後ろなんかついてってね?」

「え、制服…学生??」

「ミルコの追っかけ?」

「ミルコについてってるとかやばくない?」

右から左に向けて、空を跳ぶように走るミルコに後ろからついていく灰色のブレザー。ミルコがビルを飛び越えれば後ろも宙を蹴ってついていく。

そこで終わった短い動画に目を見開いた。

「芦戸さん!これどうやって見つけたの!??」

「ヒロスタでミルコって検索したら出てきた!」

「そうか!SNS投稿!ありがと!今すぐ調べるね!」

すぐさま携帯を取り出して調べだす。ミルコのワードで最新から。そうすれば同じような投稿が上がっててかっちゃんが下から見てるから僕は上から再生してく。

どれも数十秒だからさくさく見て保管していって、隣が動く気配に視線を向ける。差し出されてる携帯の画面にくっついて画面を覗き込めば迷い無く動画再生された。

「ミルコ!応援してる!」

「おう!ありがとな!」

走ってたミルコが降り立って、ファンサを始める。数秒のラグもなしに近くに降りた兄ちゃんがスーツケースを掴み直して、笑顔を振りまき終わったミルコが顔を上げた。

「まだいけんな!」

『着替えてない上に荷物持ってるんですけどまだ走らせる気なんですか??』

「んなもん知らん!」

『そうですか…』

息を吐いた兄ちゃんは疲れてはいないようだけど物言いたげで、ミルコはわははと大きく口を開けて笑うと手を伸ばしてばしりと兄ちゃんの背を叩いた。

『ぃって』

「まだ半分だ!気合い入れてけ!」

『一時間は走ってんですけど??』

「パトロールは何時間したっていいんだよ!行くぞ!」

『はーい、わかりましたー』

ミルコがじゃあな!とファンに手を振り飛び出す。残された兄ちゃんは息を吐いてから会釈して、同じように駆け出したところで動画が止まった。

「んんんんっ!兄ちゃんかっこいい!!」

「耳元で叫ぶなうるせぇ」

「あ!送ってくれたんだね!ありがと!!」

届いた動画に口元を緩めてまた続きを確認していく。ヒロスタの次はヒロッターかなとSNSを巡回する算段をつけつつ顔を上げる。

「いつもんとこ」

「うん!全部集めないとね!!」

「ったりめーだわ」

かっちゃんがぽんぽんと動画を飛ばしてくる。仮置き場に飛ばされてるそれは後で精査して見やすいようにまとめることを考えると時間が足りない。

「あーもう、兄ちゃん初日からこんなに情報あるとあと二日のデータ量が心配だよ…」

「スペース増やすか」

「だね。絶対足りないもん」

「行くぞ」

「うん」

作業はかっちゃんの部屋のパソコンからになりそうで、歩き始めたかっちゃんについていこうとして、振り返る。

「みんな教えてくれてありがとう!明日は頑張ってくるね!」

「おう!がんばれ!」

「はい、応援しておりますわ」

「こっちこそお兄さんのこと教えてくれてありがとーねー!」

「デク」

「はーい!」

「彼奴ら、ほんとは仲良くね??」

「お兄さんが絡むとあの二人はああじゃない?」

呼びかけに走り出せば後ろで上鳴くんの声に耳郎さんが答えて、たしかにと尾白くんも同意する。

エレベーターに乗り込んでみんなに手を振って、葉隠さんが再生している動画を見せられている相澤先生の表情を目視したところで扉がしまった。

スムーズに上がったエレベーターから降りて、予想通りかっちゃんの部屋に入る。かっちゃんがパソコンの乗った机の向かいにある椅子に座るから、僕はベッドに座って、思わず笑いが溢れる。

「なに笑ってんだ気持ち悪ぃ」

「うん、ごめんね。でも止まらなくて…やっぱり兄ちゃんが褒められてるのを見るのってすごく嬉しいね、かっちゃん」

「…ああ」

「兄ちゃんが頑張ってるのもすごく嬉しいし、それを見てみんなが目を輝かせてくれると誇らしい。兄ちゃんのことをこんなに認めて求めてくれる人がいるんだ。僕、兄ちゃんが雄英に来てくれて本当によかったと思ってる」

「……そうだな」

ぱちんとキーを叩いたかっちゃんは顔を上げる。

「更新したぞ」

「あ!ありがとう!かっちゃん!」

「端寄れ」

「うん」

パソコンはもう使う気がないらしく携帯を持ってこっちに来たかっちゃんはベッドに上がると寝転がる。

携帯を触ってることから僕と同じように情報収集してるのは間違いなくて、僕も同じように寝転がって携帯を見せる。

「兄ちゃん楽しそう」

「相性良さそうだもんな」

「ミルコってかっちゃんに似てるもんね」

「は?どこがだよ」

「そういうところ?」

見つけたばかりの動画には逃走する銀行強盗を蹴っ飛ばしたミルコの後ろで同じように逃げようとしてた仲間を金属で拘束した兄ちゃんの姿があって、ミルコはにかっと笑うとわしゃわしゃと兄ちゃんの頭を勢い良く撫で回して次だ!と走り出してた。

「早速事件かよ。治安わりぃ」

「そう?僕達のところでも銀行強盗くらいいたしどこも同じじゃない?」

「地方でこれだと都心にヒーロー事務所置いたらやべぇだろうな」

「だからこそ強いってことでしょ。かっちゃんもベストジーニストのところにいたときそうだったんじゃないの?」

「逆だ。彼奴がいるから統治されててほとんどなんもなかった」

「そうだったんだ」

話しながら動画をかき集めて、いつもどおりかっちゃんが回収を担ってくれ始めたからある程度集まった動画を仕分けてく。

分けていく最中に一際長い再生時間のある動画を目にしてあ、と声が漏れた。

「そういえば兄ちゃん、あの子達と同じ会場だったんだね」

「彼奴らも免許一年で取りいってたんは意外だったな」

「白色の軍服…あれ制服かなぁ?どこの学校だろう」

「聖愛ってポニーテールと耳と蛙が言ってたぞ」

「あれ?会ったことあったのかな?」

「試験中に敵対した奴らが同じ制服だったんだとよ」

「いつそんな話してた??」

「動画再生してんとき。テメーそういうとこだぞ」

「えへへ、だって兄ちゃんがかっこよすぎたんだもん!」

「だって言うなクソデク」

息を吐いたかっちゃんは目元を擦って、眠たいときにするその仕草は小さい頃から変わらない。

「続きは集めとくよ。補講大変そうだもんね。明日も頑張って」

「ん」

携帯のアラームをセットして目を閉じたかっちゃんに、起き上がって布団をかける。

「それじゃあおやすみ、かっちゃん」

一瞬目を開いたかっちゃんは手を上げて、すぐ下ろす。

「インターン、気張れよ」

「うん!」

滅多にもらえない激励に大きく頷いて部屋を出る。しっかりと鍵を締めて歩きだして、エレベーターに乗り込み、自室のある階数を押そうとしてロビー階を選んだ。

今日は作業が長引きそうだし、せっかくだから兄ちゃんがかっちゃんと轟くん用に作り置いてるおかずを一品拝借していくことにする。

ついたロビーは人が疎らで、残ってるのは轟くんと八百万さんに芦戸さん、上鳴くん、先生だった。

「あれ?緑谷戻ってきたの?」

「うん、必要なもの持ってこうと思って…珍しい面子だね?何してるの?」

「今は緑谷さんのお兄様の動画を見つつ、仮免試験の振り返りをしているところですわ」

「兄ちゃんの?」

「ほら、俺落ちちまったから。補講に向けてどこが足りなかったのかもっとしっかり確認しようと思って」

「俺も勉強になりそうと思って!」

「資料を持ってるのが俺だから残っているところだ」

「そうだったんですね」

だから先生のタブレットをみんなで囲んでるのかと納得してテーブルを見る。流れるのは先程も少しだけ見た兄ちゃんの二次試験の様子。それからその横には僕も持っている評定シートがあって、一番上の点数に目を見開く。

「え、97点?!」

「ああ。緑谷の成績だ」

「あ…て、え、横の1/500って兄ちゃんまさか!」

「緑谷さん今回の試験トップなんだってよ!」

「お兄さんやばいよね!」

「好成績だと思っていのに…悔しいですわ」

「せせせせ先生!この評定シートください!」

「血縁でも渡せるわけがないだろう。原本は本人が持っているからコピーしてもらうか写真を取る程度に留めなさい」

「んん!!帰ってきた兄ちゃんに見せてもらわないと…!!」

取り出した携帯で写真を撮ってかっちゃんにも送る。かっちゃんは明日の朝にでも見てくれるだろう。

じっくりと査定内容を見て、三角がついているところだけを確認して、息を吐く。

「はあ。兄ちゃんほんと最強。かっこよすぎる」

「あ、出た。緑谷のブラコン」

「こんなにかっこいいんだもん。ブラコンにもなるよ…。はあ…兄ちゃんすき…」

「これはブラコンの範疇で収まってるのか…?」

相澤先生の言葉を聞かなかったことにして視線を落とす。タブレットの中で人を救助してる兄ちゃんの動きは迷いがないし、相手への心遣いがある声かけも素晴らしい。

「兄ちゃんがヒーローになったら管理が大変になるなぁ」

「管理ですか?」

「うん…」

「事務所の運営のお話でしょうか?」

「うんん、ファンクラブ…」

「ファンクラブってなんだ?」

「兄ちゃんのファンクラブ…かっちゃんと管理方針の見直ししないと…」

「え、緑谷さんファンクラブあんの…?」

「なにそれ楽しそう」

やることがまた増えたからやっぱり今日眠るのは遅くなりそうだ。目的のものを少し皿に移して、ラップをかけて持つ。

「緑谷、夜食か?」

「うん。夜にお腹すきそうだからちょっと貰ってくね」

「ああ、出留の煮物か」

「なんでお兄さんの煮物あるの??」

「え?兄ちゃんが作ってってくれたからだよ?」

「緑谷さん料理できんのか!あ!もしかして轟と爆豪が食ってたうまそうな飯って!」

「うん。兄ちゃんが作り置きしてってくれたやつだよ」

「えー!なんでなんで!いいなぁ!私も食べたい!」

「お前らが食べたら二人の夕飯が無くなるだろう」

「そういえば、どうしてお二人のお夕食をお兄様が作られてるんですか?」

「仮免補講中、遅くなって食堂で飯が食えないときに出留が世話してくれることになったんだ」

「、緑谷さんハイスペックすぎね??」

「お兄さん大変じゃない?」

「爆豪もおんなじこと言って胸ぐら掴んでゆさぶってた」

「胸ぐら??」

相変わらず物騒と上鳴くんと芦戸さんが苦笑いをして、ほんとうに大丈夫ですの?と八百万さんが心配するようにこちらを見る。先生も見てくるから笑った。

「兄ちゃんが平気って言ってたから大丈夫だよ!」

「本当か?」

「はい!駄目だったら理由つけて濁してさっさと躱してると思うので!」

「……そうか」

心当たりがあるのか先生は頷いて視線を落とす。

その様子には上鳴くんが目を瞬いて、先生と僕を見比べたあとに首を傾げ、口を開こうとした瞬間に芦戸さんが立ち上がった。

「私も食べたい!!」

「お?ちょっとならいいんじゃねぇか?」

「やったー!」

「わ、私もお相伴に預かってもよろしいでしょうか…?」

「おう」

「あ!じゃあ俺も!」

「お前らこんな夜に食べて体に響くぞ」

「あー!先生そういうこと女子に言っちゃうんだーっ!?」

芦戸さんは頬を膨らませながらも冷蔵庫に駆け寄って、タッパーに詰められてる料理を見つけると目を輝かせた。

「わ!いろいろある!!」

「煮物と伺っておりましたけど、常備菜などもございますのね…!」

「煮卵!たまごくいてぇ!!」

「あ、上鳴くん、煮卵と辛子和えはいっぱい食べたらかっちゃん怒るから気をつけてね」

「まじか!ちょっとにしとこ!」

「芦戸さん、もしカロリー気になるならピーマンのおかか和えか、ガッツリならヨダレ鶏にしたらいいんじゃないかなぁ」

「どっちも食べる!!」

「こちらのさつまいもが入っているのは…?」

「多分牛肉とさつまいもの甘辛煮だと思う!」

「甘辛煮…!」

みんなが好きなものを小皿にとって、甘辛煮だけレンジで温める。それからみんなは手を合わせた。

「「「いただきます!」」」

「んー!」

「おいしい!!」

「まぁ…!初めていただきましたけど深みのあるお味ですわ…!」

「たまごとろっとろっ!うんめぇっ!」

「鶏肉やわらかぁい!」

「…見てたら腹減ってきた。俺ももう少し食べる」

「全員食べすぎるなよ」

息を吐いた先生は流したままだった映像をタブレットに触れて止める。隣に置いていた資料も閉じて、視線を落とすと堪えるように唇を横一文字に結んだ。

その横顔に目を細めて、それから笑顔を繕う。

「兄ちゃんミルコのところで元気にしてるといいですね!」

「、ああ」

「ミルコの技まで身につけちゃったらもう兄ちゃん無敵ですよ!」

「……ああ、そう、だな」

ぐっと歯噛みした先生があまりに辛そうだから、さすがに煽りすぎたかなと頬をかいて、夜食を乗せた皿を持ち直して横を抜けた。

「兄ちゃんは線引き厳しいですけど、薄情ではないですよ」

「、緑谷…?」

「さっきの資料ありがとうございました!続きは兄ちゃんに見してもらいますね!芦戸さん!上鳴くん!轟くん!八百万さん!おやすみなさい!」

「あ!緑谷もう行っちゃうの?おやすみ〜!明日頑張ってねー!」

「おうよ!あ!ごちそうさん!緑谷兄弟ありがとうな!」

「ご馳走様ですわ!お兄様によろしくお伝えください!」

「おやすみ。がんばれ、緑谷」

「うん!」

驚いた先生から三人に意識を移して手を振りロビーを離れる。

さっきのあれは、バレたらかっちゃんには軽く爆られるかもしれないけど、煽ったのが僕なんだから多少の爆られも甘んじよう。

踵を返したとき一瞬窺った先生の表情は目を丸くしてから眉根を寄せていて、きっと僕の言葉の真意はまだ伝わってない。

兄ちゃんを悲しませたのだから、精々あと二日間、みんなに振り回され、悩み倒したらいい。



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