DC 原作沿い


タイミングが悪かった。ヒロだけならまだしも、得体のしれないロン毛男は僕とはひどく合わず、事態が事態じゃなければ顔を合わせたくもないし同じ空間にいたくもない。

それなのに同じ組織に入り、トリオとして組まされたせいで任務はほぼ固定メンツで、やりづらくてしかたがなかった。

ハニトラ、諜報メインの僕、クラッキング、ハッキングメイン、時折スナイパーとして後方支援のヒロ。そして、どっぷりスナイパーのライこと諸星大。

僕とヒロはもちろん、ライも顔は悪くないから諜報員として潜入をさせられることも多く、今回のここもその一つだった。

ど変態が屯うシ高級ショーバー。客は目元を隠す仮面をつけるのが流儀で、演者の大半は際どい衣装を纏っていて、ショーが終わればその演者を客が買い、一夜、場合によっては終身雇用として身が買われる。そこは人身売買の巣窟だった。

「くっそ!!」

僕の何がだめだというのか。思いっきり叩きつけた右手は痛むがそれよりも苛立ちが勝つ。

ヒロは眉尻を下げているし、ライはぼーっとタバコをふかしてる。

今回の任務、ターゲットに近づくのは僕だけの予定だった。しかしながら僕は好みではなかったのか中々引っ掛けることができず、更にはヒロ、ライも参戦するも相手が捕まらない。

「あの変態じじい…!!」

「まあまあ、落ち着きなよバーボン」

「なんなんだ…!あのクソジジイはなにが好きなんだ…っ!」

自分の顔が整っている自覚はある。それにヒロも、悔しいがライだって、この組織は顔面で人を取ってるのかと思えるほど面がいい人間が集まってる。

そんな僕達がそれぞれのアプローチをかけても今回のターゲットは釣りきれず、目的が達成にひどく時間がかかっていた。

「バーボンの見た目は気に入ってそうだったんだけどなぁ」

「そうだ!あのジジイ僕の髪とか必要に触ってくるしいけるとおもったのに!」

「ライもすごい態度気に入られてたっぽいし」

「君もケツ揉まれてなかったか?」

「…………」

にこやかな表情をデフォルトにしてるヒロの口の端を痙攣させて引きつらせる。ヒロのケツが揉まれたときには思わず殺そうかと思った。

それもこれも僕が一発で射止められなかったのが原因で、苛立ちと悔しさで眉根を寄せればライが息を吐く。

「今日はどうする」

「もちろんあのジジイを一本釣りしますよ」

「具体的には」

「それは……」

ショーに出る人間の格好は自由だ。全裸とまではいかずともそれなりに局部だけを隠すような際どい格好の人間が多く、華美な装飾がついたものから飾り気の少ないボンテージまで幅が広い。

今のところ僕の格好はどれもあのジジイのお眼鏡にかかっていないようで、爪を噛もうとしたところで携帯の揺れる音がして顔を上げた。

ヒロが携帯を取ったところで、操作すると目を瞬く。

「ベルモットからだ」

「ベルモット?」

「何の用です?」

「任務の期限の確認」

今回の任務に限らず、ほとんどの任務には期限が設けられている。潜入して今は五日目。期限は一週間であったから後二日しかない。

コードネームを貰ったからと言って、ここで任務を失敗すれば即処刑の危険性だってある。聞いてきたのがジンではなくベルモットなのはまだ救いがあるが、これからどうするか。

ヒロが携帯をしまって、ライが眉根を寄せた。

「なんて返したんだ」

「期限日と、ちょっとキツイっていれた」

「ほう」

会話を終えるなり二人はこちらを見る。ヒロの悩ましげな表情と、ライの窺うような目。

歯を軋ませて、目をつむった。

「僕に、考えがあります」

「、大丈夫なのか?」

「ええ!もちろん!明日で一本釣りしてみせますよ!」

ヒロの戸惑うような声に大きく返して、必要なものを取り寄せるために部屋を出た。



出番は順番制だ。事前に自らを売り込み、用意した曲をかけてもらうタイミングを確認してからステージに上がる。

もう六回目となればスタッフとのやりとりも手慣れたもので、予定の時間になったから準備を終えて舞台袖に立って、力の入らない膝にしゃがみこむ。

纏ってるコートを握りしめて目を瞑る。

やりたくない。見せたくない。こわい。

震えて仕方ない手に唇を噛んで、みだれてる呼吸を整えようとしても短く息を吐き出すことしかできない。

照明が落とされて暗くなった視界は、僕の出番を指し示していて、つけているインカムがざっと音を立てた。

『そこでじっとしてて』

「は、」

ヒロでもライでもない。軽やかに、それでいて安心させるような甘い声。ふわりとした安堵感に包まれて、耳に手をあてる。

「はな、」

「っ、スコッチ」

「ジャックされて、」

警戒心顕なライの声と慌てるヒロの声。ジャックされてるの言葉は不穏だけれど、それよりも安心感が強くて、震えていたはずの手は止まってた。

中心に光の筋がさす。ショーが始まるのだろう。はっとして顔を上げれば、金の糸が揺らめいた。

「あれは、」

白に近い金の髪は片側だけ上から編み込まれて耳を晒してる。毛先はあえて解いているのか、反対側と同様に動けば揺れて、身を包むのは黒色のキャットスーツは袖は肩口まで、裾は二分ほどの丈しかないけど黒色のピッタリとしたロング手袋と編み上げのブーツで露出は極端に少ない。その代わりに体側は透けていて、首元で、同じく黒色の革でできたチョーカーの金具が光ってた。

ほんのり熱を孕んだ瞳に相対して口元はしっかりと弧を描いて挑発的で、そして妖艶な雰囲気が漂ってる。

かかる音楽はアップテンポで比較的エスニックだったりムードな曲がチョイスされやすいバーの中では異色な部類だ。

「パリ、」

かっとヒールがステージの床を叩く。音にあわせて踊り始めたパリジャンは普段の緩さなんて感じ取らせないほど気の強そうな表情をしていて、音に合わせてきっちりと踊っているのも要因だろう。

会場の空気が変わってる。普段であればもっとヤジがあったり、そもそも興味のない人間には視線を向けないのに。さっきダンサーを買った人間ですらパリジャンを獲物を狙う目で見据えていて、はっとして見た先のターゲットも同じ視線を向けていた。

「なんでここに…」

呆然としたようなヒロの声。ライの声は聞こえては来ないがきっと同じことを思ってる。

身体を晒してるわけでも、視線が露骨に媚びてるわけでもない。観客に見せつけるような踊りと視線は激しいのに一切の疲れもブレも見えない。

くるりと回れば金の髪は靡くし、腕を上げれば薄い布越しに肌が見えて、間奏に入り近くのポールに近寄ったパリジャンは右手でポールを掴んだと思えば逆上がりの要領で足を上げて逆さになる。流れた髪によって晒された白い項としなった背筋にわかりやすく人は息を呑んだ。

すぐさま体を起こして左足をかけてするすると回りながら落ちていく。その最中にばちりと視線があって、パリジャンは目を細めて笑った。

俺を見て安心したような、そんな表情にぶわりと体温が上がって心臓が痛む。

自然と視線が外れてまた踊りはじめてしまったのが何故かとても残念に思えて、唇を噛んで手を握りしめれば音が止まった。

すっと身体の前に右手を置いて腰を折るように頭を下げる。髪が流れて、二秒ほどで顔を上げた。

「10!」

すぐさま響いた声に周りの人間ははっとして12、15と続く。競売のシステムが適応されているこのショーは、演者のレベルにもよるが大抵5万前後で叩き売りされるのに、最初から10万スタートなことに目を見張った。

パリジャンは何も考えてからいないような静かな視線をどこかへ向けている。

20、30、35。釣りあがっていく金額。だんだん躍起になっていっている参加者たちに司会は愉しそうに笑っており、緩やかになり始めた金額に、パリジャンが唇を動かした。

『70』

よく通る、甘みを含んだ声。にっこりと弧を描いた口元と垂れた瞳から覗く強く美しい琥珀色。出ていた金額よりもはるかに上乗せした額に誰もが息を詰めた瞬間、ターゲットが笑った。

「100だ」

このバーに潜入して最初に聞いた、この競売のルール上限額。百万を上限とし、一番にコールしたものが落札者となる。今までこの金額を達成した人間は一人としていなかったらしく、存在しないも同然のルールに司会ですら固まって、それから目を見開いて笑った。

「百万ですね!!今よりこの人間は貴方様の物です!ありがとうございます!!」

最高額を叩き出したパリジャンは足を踏みだして、軽やかにステージを飛び降りる。カツンとヒールが音を立てて、まっすぐと落札者の前に立つと目を細めた。

「…その目…」

ターゲットの男は目をギラつかせて、笑うと歩き出す。ついていくパリジャンが一瞬こちらを見て、耳に髪をかけた。

『V』

つけてあるインカムから吹き込まれた声を最後に視線が外れてパリジャンはターゲットと共にフロアから消えた。

はっとしてすぐさま舞台を降りて二人のもとに駆け込む。

「スコッチ!ライ!」

「聞こえていた。今スコッチがベルモットに連絡を取ってる」

ぱちぱちとパソコンを触りながら通話しているヒロの目は焦ってる。仕事の失敗よりもパリジャンが代わりに連れて行かれたことに対してであろうそれに、僕も心臓が強く早く音を立てていて、投げられたそれを咄嗟に受け取った。

「とりあえず着ろ。移動するのにその格好は目立つ」

「…ええ。そう…ですね」

渡されたらしい僕の服に息を吐いて、すぐさま着替える。増えた布面積に温み以外の理由で安堵感に包まれて、ヒロが顔を上げた。

「ベルモットからパリジャンの位置情報が共有されたよ」

「、パリジャンは今どこに?」

「予想通り、彼奴がもっているホテルの中だ」

ターゲットを調べるにあたり、このショーバーの近くにはあのジジイが買った人間を連れ込む場所になりうる場所をすべてピックアップしていた。

私有してる場所はホテルが三つ。目をつけていたとおりの場所だったようで、ヒロの顔は険しかった。

「ベルモットから一時間後に迎えに行くようにって言われた」

「、今から行ってもパリジャンの仕事の邪魔になるだけということですか」

「始末の指示は?」

「なにもなかったよ」

ヒロの悔しそうな顔の意味はよくわかる。

買われた彼奴がホテルに連れ込まれて何をされているのか、考えるだけで吐き気と怒りで気が狂いそうだ。

「………一時間か。長いな」

ぽつりとライが溢した言葉に奥歯を噛み締めて、息を吐いた。

「任務を横取りされ形になってしまいましたが、これは失敗の扱いになるんですかね」

「…後でベルモットに確認するしかないな」

眉根を寄せたままのヒロは言葉を取り繕って、ライが一時間後ならばここを片付けてしまおうと拠点にしていた部屋から必要なものをまとめ始める。

僕を見て不安そうに揺れるヒロの瞳に首を横に振って、僕らも立ち上がった。

今は別のことをしていないと気が狂ってしまいそうだ。

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