ヒロアカ 第一部


朝食を終えて出久と勝己を引き渡し、人使と新学期を迎える。

始業式では校長が皆が無事であったことへの喜びと残留してくれたことへの感謝、これからの展開を伝えていた。人使が言っていたハウンドドッグ先生という生活指導担当からは昨夜の施設と個性の無断使用の厳重注意がなされる。

隣から突き刺さる人使の視線には心当たりしかなかったから目を逸らして、また再び、学校が始まった。




「緑谷」

一日の授業を終えて、外に出たところで手招かれた。近寄れば、もう何度か使用していて慣れ親しんだ相談室に誘導され向かい合って座る。

「まずは…仮免修得、本当におめでとう」

『ありがとうございます』

「香山さんからもとても判断、動き、共に良かったと聞いている。流石だな」

『…別に、そんな褒められるようなことはしてませんけどね…』

先生の言葉がむず痒くて、目を逸して否定してみれば微妙な間が開く。言い淀んでるような時間に珍しいなと視線を戻せば、ばちりと音でもなるんじゃないかというほどにしっかり目があった。

「緑谷、君は雄英入試と同様、競争率の高い仮免試験に合格したんだ。自身の力を認めて甘やかせ。自分を、もっと、誇れ」

『……検討しておきます』

納得のいく返事ではなかったらしくて、首を横に振った相澤先生は仕方なさそうにさてと前置いて空気を変えた。

「仮免試験をうちの学校から受けに行った一年生はヒーロー科のA組とB組、それから緑谷、お前だけだ」

『はい』

「その結果を知ってるか?緑谷」

『いいえ。昨日終わったばかりですし出久と勝己があんな感じだったのでなにも聞いてません』

「なるほどな」

先生は息を吐くと横に置いてあった資料を差し出してくる。見ろという意味だろうと目を落とせば、一番上に雄英一年A組と書かれていて、名簿らしかった。

名前の隣には同じ高さの欄に合格と書かれていて、パッと見た限りほとんどが合格してる。

『合格ばかりですね』

「合格以外のやつの名前を見ろ」

『……………あれ?』

不合格の文字は他が二文字で済んでいるためそこだけ出っ張るようにして書かれてる。二つだけ膨らんだ文字が書かれた呼応する名前を視認して目を瞬いた。

『勝己と轟くんがですか?』

「ああ。彼奴らは今回不合格…正確には補講後の再試験で判定される保留組にあたる」

『補講…どんな補講なんですか?』

「仮免修得にあたりだから恐らく人命救助や人に寄り添える思考ができるようにと戦闘以外の内容になるだろう」

『そうなんですね』

二人がなにが足りなくて試験を落ちたのかわからないけど、あれだけの火力を持っているのに落ちたことを考えれば、戦闘以外の部分が原因なのは確かだ。

補講内容は気になるものの、それよりこの結果を見せてきた先生の意図が引っかかって顔を上げる。

『俺にこれを見せて…なにをさせたいんですか?』

「……補講はすぐに始まる。決められた会場で一定時間の訓練を終え、帰ってくるわけだが補講は毎回放課後に行われ、場合によっては食堂が開いていない可能性もある」

『なるほど、勝己は自炊できますけど補講終わってからじゃ体力的にもキツイですよね。飯食わせればいいですか?』

「……察しが良いのも考えものだな」

『なんとなくそうかなと。二人には伝えてあるんですか?』

「話が固まってもいないのに伝えるわけがないだろう?まずは君の意思確認からだ」

『俺はもちろん大丈夫ですよ』

「………わかっているのか?緑谷」

眉間にうっすら皺が寄る。目を瞬けば相澤先生の左手が上がって二本指を立てた。

「お前には既に心操のクラスアップに向けての訓練補助を担ってもらってる。そこに彼奴らのフォローとなれば負担が増す」

『それくらい負担でもないですよ。元々家でも料理の手伝いくらいはしてましたし、寮でもたまに作ってます。それなりにバランスに気をつけて腹に溜まるものを用意するだけでしょう?余裕ですよ』

「はあ〜。…わかった。では君に頼むことにする。…とはいえ毎日でなくていい。ランチッシュもいるから何かあればすぐに教えてくれ」

『はーい』

そんな風に返したのがつい三日ほど前の話で、決められた時間に向かった先、C組の食堂には普段見ることのない二人の姿があって、二人は俺を目視すると目を瞬き、先生が口を開いた。

「君たちの補講中、食堂が開いていない時間になることを加味して調理補助を頼んでいる。食事は体の資本。食いっぱぐれることのないように」

『ということで、よろしくね?』

「は、」

「お、そうなのか。わりぃな。よろしく」

固まった勝己と迷いなく頷いた轟くん。先生が連絡は個々でも取れと伝えて、改めて俺を見る。

「どんな些細なことでも気づいたことはすぐに教えてくれ」

『何もないと思いますよ』

「……毎食何を作ったのか連絡しろ」

『それはめんどくさいですね』

「連絡を怠るなよ」

『はーい』

妙に念押しをされたから返事をする。これは連絡を忘れたら乗り込んでくるかもしれない。

「出留!」

聞こえた軽い怒り混じりの声。振り返るより早く腕を取られた。引っ張っていこうとするからついていって、驚いてるらしい二人から少し離れる。

『どうした?』

「どうしたじゃねぇわ!!何こんなクソダリィこと安請け合いしてんだバカ!」

『だるくねぇよ?』

「アホか!!毎回遅ェ時間にわざわざ飯作るなんてダルいの極みだろうが!しっかり考えろ!思考放棄してんじゃねぇ!」

いつの間にか掴まれてた胸ぐらにぐらぐらと頭が揺らされる。

せっかく離れたのにあまりに勝己がでかい声を出してるから向こうにも聞こえてるはずだ。

ぽんぽんと俺を揺さぶってきてる手を叩けばはっとしたように勝己が手を離す。それでも鋭い目つきは変わらなくて、苦笑いを浮かべた。

『心配してくれてありがとうな。でも大丈夫。ちゃんと考えて引き受けてるよ』

「…本当か」

『元々飯作るのは嫌いじゃないし、今だって作ってる。勝己たちが補講してる間に勉強だって終わるし負担はないよ』

「……他に、やんことあんだろ」

『勝己より優先することなんて何もないから安心してよ。…それに、こうすればもっと勝己に会えるでしょ?』

髪に触れれば唇を結って、むにむにと感情を堪えるように動かす。視線が左右に揺れ、伸びてきた手が俺の服を小さく摘んだ。

「流されんわ」

『そう?』

「………なるべく自分で作んし、どうしてもキチィときだけ頼む」

『はいよ』

落ち着いたらしい勝己が鼻を鳴らして手を離す。そのままさっき離れていった二人のもとに帰れば、ぽかんとしてる轟くんと小難しい顔の相澤先生が俺達を迎え入れた。

「…いいんだな、緑谷」

『はい』

再三されてる確認に頷く。何をそんなに心配されているのか謎で首を傾げるより早く、轟くんが爆豪と勝己のことを呼んだ。

「お前、心配性なんだな」

「ああ!?」

「心配してんのはわかったけど、緑谷さんの胸ぐら掴んで引きずるのは怖いぞ」

「怖くねぇわ!!ぶっ飛ばされてぇのか半分野郎!!」

ぎゃんぎゃんと騒ぎ始めた勝己に、轟くんはきょとんとしていて、これからこの二人で毎回補講に行くらしいけど、これは道中賑やかそうだなと頬を緩める。

また始まったと呆れたように息を吐いてる先生を見上げた。

『初回はいつになりそうですか?』

「明日が最初の補講だ」

『じゃあ明日もう用意しちゃおうかなぁ。轟くん、アレルギーとか苦手な食べ物とかある?』

「ねぇ」

『味付けとかも?』

「ああ」

『へー。和食派?洋食派?』

「どっちも食えるけど、家では和食が多かったから、和食だと嬉しい」

『そっか。りょーかい』

作っていくうちに好みが分かれば御の字だ。

勝己がぎっとこちらを見てくるから笑みをこぼす。和食と、勝己の好きな食べ物の間の子はと考えて口を開いた。

『初回はカレーうどんとかにしようかなぁ』

「、そばじゃないのか…」

『ん?そばでもいいけど、轟くんそば好きなの?』

「ああ。冷たいそばが好きだ」

唐突に目が煌めいたから笑う。

『ならそばで用意するよ。とりあえずあったかいのだけどいい?』

「いいのか…!」

『うん、もちろん』

前に会ったときは随分と荒んだ目をしていたはずだけど、こうして見るととても表情は豊かだし、なにより目がよく喋る。

「明日の補講、がんばる…!ありがとう、緑谷さん…!」

『がんばれ。あ、あと出留って呼んでね』

「お、わかった。これから世話になる、よろしくな、出留」

左右色の違う瞳のどちらも嬉しそうに輝いてるから頷いて、勝己を見た。

『勝己も、明日頑張ってきてね。待ってるよ』

「…ん」

手を上げて一度だけ、頭にのせて髪を撫でてすぐ下ろす。

満足そうに緩んだ口元に轟くんは目を瞬いて、ずっと見守ってた先生が息を吐いた。



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