DC 原作沿い



ベルモットに連絡を入れれば随分とあっさり許可がおりた。

必要なものはないと見舞い品も断られたため、スコッチと手ぶらでその場所に向かう。

入り口でベルモットが迎え出てくれて、挨拶もそこそこに先頭を歩く。パリジャンの部屋に通ずる扉の前で一度立ち止まると振り返った。

「大丈夫だとは思うけど、貴方達、私のわんちゃんの扱いには気をつけてちょうだい」

「ええ。もちろん。自身より丁重に応対いたしますよ」

「ああ」

一瞬目を細めて、扉を開ける。

いつかと同じように鍵がかかっていない扉は拒まれることなく俺達を迎え入れた。

広いリビングのような空間には以前そこに座ってぼーっとしていた背中はなく、隣の部屋に進む。

そこらかしこにお菓子や果物が置かれ、その中心に存在するクイーンサイズほどのベッドの上、パリジャンは枕を抱えて座っていた。

ベルモットは慣れたようにベッドに腰掛けて手を伸ばすとパリジャンの髪を撫でて、晒した額に唇を寄せる。短く音を立てて離れると瞳をのぞきこんだ。

「わんちゃん、今日はバーボンとスコッチが来てるわよ」

『んん…』

愚図るように枕に顔を押し当てて顔を上げる。とろりとした琥珀色は僕達を視認するとへらりと笑った。

『久しぶりー、来てくれてありがとうね』

「久しぶり。パリジャン、体調はどう?」

『んー、普通かなー。スーくんは?』

「俺も普通。なんならいいくらいだから、パリジャンに元気を分けてあげたいくらいだよ」

『スーくんってほんといい人だよね。ありがとー』

以前よりも確かにテンションは低く、抑揚も少ない。落ち着いて話すスコッチとパリジャンの様子にベルモットはもう一度パリジャンの髪をなでると立ち上がった。

『ベルねぇさん、どこいくの?』

すぐさま服を掴んだパリジャンにベルモットはふわりと笑って今度は頬に口付ける。

「貴方のご飯の準備よ。今日はアイリッシュも来るから用意する量を増やさないといけないでしょう?」

『じゃあアイくんと一緒に帰ってくる?』

「ええ。ちゃんと帰ってくるから、バーボンとスコッチと遊んで待っててね」

『んん、はーい』

仕方なさそうに手を離したパリジャンの髪を撫でるとこちらに視線を向けた。

「それじゃあ二人とも、私のわんちゃんをよろしくね」

「ええ、おまかせを」

「いってらっしゃーい」

『いってらっしゃい、ベルねぇさん』

頷いた俺に、ゆるく手を振るスコッチ。パリジャンに後ろ髪を引かれながらもベルモットは部屋を後にして、扉が閉まる音が届いたから視線を戻す。

先程までベルモットが座っていた場所をぼんやりと眺めているパリジャンに、椅子を引っ張ってきてベッドサイドに寄せるとスコッチはそこに腰掛けた。

自然と視界に入ったスコッチにパリジャンは顔を上げて目を瞬く。

『スーくん、今日仕事ないの?』

「一昨日まで詰め込んでたから二日間休みなんだよ」

『忙しいのに来てくれてありがとうね』

「うんん、俺もパリジャンのこと心配だったから、本当はもっと早く来たかったよ」

スコッチの物腰か話し方か、パリジャンはリラックスしているようで口元が緩んでる。

『スーくんもバーボンくんも、俺と仲良くしてくれてありがと』

振られた会話に思わず肩に力が入りそうになって、微笑む。

「当たり前です。貴方は僕達にとって大切な人なんですから」

『……?俺バーボンくんにもスーくんにも何かした覚えないんだけどなぁ…?』

ぱちぱちと目を瞬く。困惑した声色に先程までよりも普段のパリジャンが戻ってきたことに気づく。

ヒロが息を呑んで、こちらを見たから言葉を重ねた。

「僕達は貴方のことがとても大切ですよ。…もしも貴方が僕達の前から唐突に消えてしまったとしても、何年でも探し続けて見つけだす」

『―――?』

パリジャンの目が丸くなって、口元を動かす。音にはならなかったそれにヒロと僕は固まって、パリジャンは頭を押さえた。

『っ゙』

「、大丈夫か!」

くぐもった声は苦しそうでヒロが立ち上がり手を伸ばす。肩に触れた手を気にすることなく数秒堪えるような間をおいたと思うと顔を上げた。

『んー、大丈夫』

「でも痛そうだし、苦しそうだ」

『最近よくあるから気にしないでー?』

緩く笑う姿にヒロはもどかしそうに眉根を寄せる。きっとその頭痛は予兆で、もっと誘引させたほうがいいのは確実だ。

口を開こうとしたところで先に彼奴が音を零す。

『なんでかわかんないけど、二人といるとすごく落ち着く。たまに苦しいのがあるのは嫌だけど、こうやってずっと話してたい』

穏やかな口調はパリジャンよりもしっかりとしてる話し方でヒロが顔を歪める。僕も唇を噛んで、不思議そうな顔をする彼奴にポケットからそれを取り出した。

「これ、貴方のですよね」

『あ!ずっと探してたんだー!どこにあったの??』

「病院ですよ。見舞い客の一人が拾っておいてくれてたのを受け取ってきました」

『そっかー!ありがとー!』

手中に収まったクローバーに嬉しそうに笑う。それから、もう一つ、今度はヒロがずっと持っていたそれを手のひらに乗せた。

『スーくん?』

「これは俺達から」

『折り紙だね!…あれ?これ…?』

「桜だよ」

『…さくら』

大きな瞳を溢しそうなくらいに丸くして、手のひらに乗った淡いピンク色で形作られた桜を見つめる。

苦戦して作り上げた、同じ形の花弁を五つ組み合わせたそれを眺めて、嬉しそうに口元を緩めた。

『俺、きれいでかっこよくて、桜の花が一番花の中で好き』

―『桜はきれいで強いから、一番好き』

聞こえた幻聴に手を伸ばして、肩を掴む。気づけばヒロも手を取っていて、丸くなった琥珀色に僕達が映った。

「桜、見に行こうよ」

『……え?咲いてるとこあるの?』

「あ、えっと、」

「春になって暖かくなったら、みんなで桜を見に行こう」

ヒロが慌てるから言葉をつなげる。僕達を見比べるように見つめて目元を赤くした。

『うん!行く!』

にぱっと小さな子どものような裏表のない素直な笑顔。淀みの一切ない強い肯定に目頭が熱くなって、鼻の奥がツンとする。

『えっとね、お花見するならおっきいシートにみんなで座って、お弁当食べたい!』

「っ、うん、たくさん作るから残さず食べてくれるか?」

『スーくんご飯作ってくれるの?!やったー!すごく楽しみ!』

明るい声に血の気の戻った顔色。ふわふわとした雰囲気にヒロは涙ぐんでいて、それに気づいたらしく折り紙を丁寧にサイドテーブルの上に乗せるとヒロの目元を指先でなぞった。

『どうしたの、スーくん?』

「……元気になってくれて良かったなって」

『うん。心配かけてごめんね。ありがとう。俺早くよくなる』

手のひらをヒロの左肩に添えると顔を近づける。ヒロの右頬に自分の左頬をくっつけた。

「、」

目を見開いてびしりと固まったヒロに気にすることなく擦るように柔らかく触れると離れて不思議そうに首を傾げた。

『スーくん?』

「……………」

『え、どうしたの??大丈夫??なんで?バーボンくん?』

ショートしたのか完璧に思考が止まっている様子のヒロに不安そうな顔でこちらを見てきて、痛くなってきた頭を押さえながら息を吐いた。

「貴方が急に触れるから驚いてるんだと思いますよ」

『ええ…?感謝の気持ちはこうやって表すんじゃないの…??』

「一体誰に教えられた文化ですか…」

『アイくん』

「はぁ。誰彼構わずしてはだめだって教わらなかったんですか?」

『教えてもらったよ!大切な人だけにでしょ!』

「ふぐぅ」

『うええ!?スーくん変な声出てる!』

「はぁ〜…」

トドメを刺されたヒロがベッドに顔を突っ伏して呻く。具合悪くなったの!?と心配して、そうだ!と立ち上がった。

『困ったらアイくんとベルねぇさんに相談!呼んでくる!』

「それは止めろ」

『ええ?なんで??』

思わず素が出てしまい両肩を掴んで座らせる。力が強い…!とアホ面でぼやくから額を弾いて、痛みにか体に入ってた力が落ち着いたから手を離した。

「貴方がそれを言ったら僕達との花見はできなくなります」

『なして??』

「なんでもです。ですから、今のチークキスのことは僕達三人だけの秘密です。わかりましたか」

『えー??』

「返事」

『ういーす…?』

納得いかなそうな顔にもう一度額をはじけばじわりと涙を浮かべて頬を膨らませた。

『バーボンくんいじわる!』

「はいはい、なんとでも。ほら、スコッチはいつまで寝てるんですか」

「四年越しの破壊力…」

「馬鹿なことを言える元気があるなら大丈夫ですね」

首を左右に振って息を吐く。若干回復したらしいヒロは顔を赤くしてる彼奴の背を撫でて宥めていて、その手を甘受しながら眉間に皺を寄せた。

『バーボンくんいじわるだから嫌っ!』

「はぁ?」

『み゙っ』

空いている頭に右手を広げて乗せ、掴む。

「誰が、意地悪だ…?」

『バーボンくんこわいー!!』

「だから怖がるなって言ってるだろ」

『優しくないー!』

「俺ほどお前に優しい人間がいるか!!」

『なんて過大評価がすぎる自己肯定人間っ!!』

ひょぇと妙な鳴き声を溢しながら騒ぐ姿にヒロは目を丸くして、あははっと大きな口を開けて笑い出す。

あまりに楽しそうな笑い声に彼奴はもちろん僕も固まって、僕達に見つめられたヒロは目元に浮かんだ涙を拭いながら息を落ち着けた。

「二人とも仲がいいな。羨ましいよ」

「正気か?」

『俺とバーボンくん仲良し??』

「うん、すごくなかよし。俺は安心したよ」

「あのな…」

『俺、バーボンくんと仲良し…?!』

きらきらとした目が期待に満ちていて、あまりに嬉しそうな表情にもう一度息を吐く。

「ええ、仲良しです」

『〜!』

明確な発音もなく、瞳が、表情が、空気が幸せそうに綻ぶ。

『俺!仲良し!スーくんとバボくんと仲良し!わーい!!』

「バボくん??」

「あははっ、嬉しそうだなぁ」

ベッドに立ち上がって跳ね回る姿はクリスマス朝の小さな子と同じで、一通りぴょんぴょんしていたと思うと僕達の手を取った。

『あのね!あのね!アイくんとベルねぇさんがね!言ってたの!』

「ん?なにを?」

『いろんな人と仲良くなれって!』

「その理由は聞いたんですか?」

『んっ!』

大きく頷いて、口を開く。

『ジンくんの言うことだけ聞いてたら悪い子になっちゃうから!』

「「ぶっ」」

予想外の返事に思わず吹き出して顔を押さえる。ヒロにいたっては肩が大きくゆれすぎて地震のようだし、そのうち顔を覆うのを諦めてベッドに突っ伏して笑いを布団に溶かしはじめた。

僕も息を必死で落ち着かせながらそうですねと口角を上げた。

「アイリッシュとベルモットはいい事を教えてくれてますから、今後もよくお話を聞いた方が良さそうです。言うことはきちん聞いて、守れますか?」

『うん!俺ちゃんと話聞けるよ!』

「では僕達と約束しましょうか」

『するー!』

「ほら、スコッチ、起きてください」

「ふ、ぶふっ、ぐ、まって、もうすこしまって」

机の上ならがたがた言いそうなくらいの揺れ具合に足を蹴ってみるけど一向に起き上がる気配はない。

ぺたりと布団の上に座って大丈夫?と笑い袋のヒロのつむじを押し始めたその姿に口を開こうとして、聞こえた扉を開ける音と増えた気配に顔を上げた。

「あ?なんだ、元気になってんなぁ」

『アイくんっ!!』

勢い良く立ち上がって飛び跳ねる。僕達の横を抜けてベッドから降りて、アイくんと呼ばれたとても体格のいいその男に抱きついた。

『アイくん!アイくん!あのね!俺元気!』

「そうか、よかった」

『心配かけてごめんね、ありがと!』

慣れた様子で頬をすり寄せて、アイリッシュはそれを受け入れる。ぽんぽんと頭を撫でてあげるその姿と体格差にまるで親子のようにも見えて目を丸くすればその後ろから小さな足音が駆け足で近づいてきた。

「わんちゃん!」

『ベルねぇさん!おかえりなさい!』

「っ…よかった」

一瞬瞳に光が強く集まって、涙ぐんだ目元を隠すように微笑む。

『ベルねぇさん、心配かけてごめんなさい。一緒にいてくれてありがとう』

頬をすり寄せて少し離れる。労るような視線に、ベルモットは嬉しそうに額に唇を寄せた。

「いいのよ、貴方が元気なら。…調子はどうなの?」

『すっごく元気!』

「ふふ、よかった」

「元気になったんなら腹減ってんだろ、ほら、飯食うぞ」

『ん!』

慣れたように飛びついて背負ってもらい、アイリッシュはさっさと歩き出す。背負われた状態でばいばーいと手を振ったパリジャンが消えて、残された僕達は顔を見合わせ、それから一人残ってたベルモットを見つめた。

ベルモットは俯いていたと思うと顔を上げて、髪を払った。

「今日はご苦労さま。もう帰ってくれていいわよ」

「、ですが…」

「期待以上の働きをしてくれたことに関しては後でお礼をするわ。でも、これ以上貴方たちに割く時間は今ないから帰ってちょうだい」

眉根を寄せたベルモットに食い下がるのは諦める。怪しまれたり敵意を持たれるほうが面倒だ。

「お役に立てたようで何よりです。また何かありましたらいつでも相談ください」

「ええ、何かあればね」

ヒロを見据えてから歩き出す。後ろには理解したのかついてきてるヒロがいて、仕方なさそうに見送りに来ていたベルモットと出口で向き合った。

「一応聞いておきたいんだけど、貴方たち何をしたの?」

「折り紙をしていたというお話を聞きましたので子供からもらったというのと同じく、折り紙をあげただけです。よくわかりませんがそれで回復したようですね」

「……まぁ、わんちゃんは不思議な子だからそれもありかもしれないわね」

深く息を吐いて、ベルモットは口元を緩める。

「ご苦労さま。ゆっくりと休むといいわ」

「ありがとうございます」

「お邪魔しました」

閉じた扉にまっすぐと車へ向かって、乗り込む。記憶と違わない車内に頷いてエンジンをかけ、走り出した。

「……ヒロ」

「ゼロ、いいんだ」

「…………ヒロは探してただろ?」

「俺はずっと彼奴を待ってるよ。…でも、無理矢理引っ張りだすのは危険が大きいと思う」

「……………」

「…それに、………」

「あまり、無理はさせたくないな」

「…うん」

記憶が引きずり出されようとしたところで引き起こされる痛みによって歪んだ表情は見ていて楽しいものではなかった。

ヒロも同意してくれたから僕の感覚がおかしいわけではないことに安心して運転を続けた。

「これでベルモットとアイリッシュからはある程度の信頼は得られたかな」

「たぶんな。パリジャンからの好意も寄せてもらえただろうし、一つ不安なのはジンだ」

「…ジン」

きゅっと眉根を寄せたヒロはとても複雑そうで、それはパリジャンとジンの関係性のせいだろう。

組織に入って少し内情を知れば、パリジャンがベルモットの子飼いとすぐ知れたように、パリジャンとジンの関係も把握できた。

「彼奴男の趣味悪くないか?」

「よりにもよってジンか…」

ヒロが頭を抱える。昔から拗らせている面子の一人だからヒロにはいろいろ堪えるものがあるはずだ。

「引き抜きの前にもう少し関係性を確認しておきたいな」

「今まで通り、カルバドスやキャンティ、コルンからは俺が、ベルモットからはゼロ、頼んだよ」

「ああ、任せておけ」

たどり着いたセーフティハウスの一つに停車する。わかっていたように扉を開けたヒロはすっかりスコッチの空気を纏っていて、ドアを締めると合図のように手をひらりと振られたから走り出した。

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