イナイレ

先日の豪雨が嘘みたいな晴天。雲がない空を仰いでから目を閉じる。

今日はサッカーバカ共からしたら絶好のサッカー日和ってやつだろう。俺は暑いのは嫌いだからテンションが下がるだけで何も嬉しくない。

「諧音くん」

冬花が近寄ってくる。周りに誰もいなかったから目を合わせた。

「私とお父さん、手続きの関係で早めにつかないといけないから別に出るの。一緒に行かない?」

『…冷房きいてそォでひかれんけどやめとくわ。一応登録選手だし』

そうだよねと断られた割に嬉しそうに笑った冬花は頷く。

「じゃあ会場でね」

『おー』

ひらりとスカートを翻した冬花を見送り、バスの中で聞く用の音楽を探そうかと携帯を出した。

「あ、諧音くん」

『なんだァ』

「試合頑張ってね」

はにかんだ冬花に思わず固まる。

『急にどうしたんだ、あいつ、』

「来栖くん、冬花さんと仲いいんだね」

後ろ、視界の端の方、急に現れた赤色に柄にもなく驚いてから息を吐いてイヤホンを耳にかけた。

「来栖くん?」

『なに』

「この試合、終わったら少し時間もらってもいいかな」

最近多いこの問いかけにはいい加減飽きがきてる。

『忙しいから無理』

「少しだけでいいんだ」

『なんで俺がお前に時間さかねーといけねぇんだァ?』

携帯に触り時間を見ればもう時間でバスに向かおうと足を進める。後ろから基山がついてきた。

「お願いだよ」

『嫌だってんだろォ』

「聞きたいことがあるんだ」

『俺はねーよ』

「来栖くんっ」

ぐっと掴まれた右手首に眉間に皺が寄った。

なんでこんな必死に俺なんか構うのか意味がわからない。しかたなく目を合わせると基山は大きく息を吸った。

「僕は君と会ったことあるかな?!」

俺を見る顔が切羽詰まってて、それに負けたような気持ちになる。

しかたなく記憶を探ってみるがこんな赤色に覚えがなくて、眉根を寄せた。

『俺はお前なんて知らねぇ。会ったことないっつーのォ』

睨みつければあっさりと手を離し、歩いて行っても後ろからついてくることはなかった。






最近腹立つことばっかでキレそうだ。

いつもよりデカイ音量は音漏れしてるのか隣に座る飛鷹が心配そうにちらちらこっちを見てきてる。

バスの中は地味に暑いし、それだけで気分が落ちる。音楽が遮られてなにか受信した。

見るのがだるくて目をつむった瞬間に体が前につんのめって頭を打ち付ける。じんっとした痛みが額に襲った。

『っ…』

痛みをこらえて紛らわせようと手を握る。爪が手のひらに刺さって白んだ。

くっそいらいらする。

顔を上げれば隣の飛鷹は消えていて、全員が外を見てた。

盛大に舌打ちをかまし席から立ち上がる。

「来栖?」

鬼道が声をかけてくるが無視して階段を降りた。

『なにやってんだっつーの、くそが』

外には円堂と飛鷹と、三人くらいの不良ってやつ。その一番前、飛鷹と円堂に話しかけてるそいつを見たことがあった。

『あァ?』

「え」

「あ、」

「え?」

名前と顔を思い出してにたりと笑った。

『唐須チャンじゃねーのォ』

「な、なんで、っ」

「来栖知ってるのか?」

聞いてきた円堂は無視。その向こう側、顔色が芳しくない飛鷹を見据えた。

『ふーん、元ヤンは大変だなァ』

「来栖さん…皆さんにもご迷惑をおかけして申し訳ないです」

唐須チャンと飛鷹を見比べたあとに鼻で笑った。

『で、どーすん気ィ?』

「俺はここに残ります」

「ダメだ!仲間の飛鷹置いてくなんて絶対!」

「………」

すっかり戦意喪失してる唐須チャンに誰か気づいてやってあげてほしい。友情を確かめ合うお仲間ごっこの最中らしいこいつらは周りが見えてない。

繰り広げられる茶番に頭が痛くなって、耐え切れなくなったのか唐須チャンは目を泳がせながら口を開いた。

「…飛鷹センパイ、俺」

「飛鷹は俺達の仲間なんだ!だから殴るなら俺にしてくれ!」

それを遮ったのは何を勘違いしたのか正義感に駆られてる円堂で、見てるこっちは更にイライラしてきた。

唐須チャンの仲間も、唐須チャンの様子と円堂の存在に戸惑ってる。

「だから、」

「俺が残ります」

「ダメったらダメだ!」

大きく息を吐いて、まだ封のあけてないガムをポケットから取り出しす。オレンジ色のバンダナめがけて投げれば的中した。

「く、来栖?」

『……うぜぇ、お前ら一回話し「飛鷹さん!」

言葉を遮り、勢い良く視界の端に映り込んできた小さい3つの影に飛鷹も唐須チャンも驚いてる。

「ここは俺達に任せてください!」

どこだかで見たような、ちっこいやつ。飛鷹に対して胸を張ったそれに合点がいった。髪が似てると思ったのは間違いじゃなかったらしい。

「鈴目、」

「はやくいってください!」

「だ、だが」

『…だる』

「来栖?!」

「来栖さんっ」

まだぐだりそうな円堂と飛鷹をバスの中に押しこめ、さっさと出発しろと運転手を睨みつけて扉を閉めた。ロックをかけたのかがちゃがちゃなにか円堂と飛鷹がやってたがバスは発車して遠ざかってく。

バスが見えなくなったのを確認して、呆けてるちっこいのと唐須チャンを見た。

『……なぁ…お前らの、どォでもいい後継争いに巻き込まれた俺ってなに?つーかぁ、俺の邪魔するお前ら、何様だァ?』

びくりと肩を跳ねさせたのはその場にいる全員で、唐須チャンの目が泳いだ。

『そんなに飛鷹が恋しいならもっと頭使って手回せよ。周りから囲ってけばあいつだって逃げらんねーだろ』

頭が悪いのか、単にそこまでするほどじゃないのか。一歩、二歩と足を踏み出して目の前に立ち、後ずさろうとした唐須チャンのフードを掴んで耳に口を近づける。

『あんまりにも目障りだと、またナカセんぞォ』

「っ、ぁ」

恐怖やら羞恥やらが目に現れた唐須チャンに満足して、いつだったかやったみたいに頭に手を二度乗せて撫でた。

「あ、あのっ」

後ろからちっこいのがぷるぷるしながら声をかけてくる。立向居よりも小さい犬…チワワっぽいそれは意を決したように俺を見上げた。

「こ、この間!助けてくれた人、ですよね!」

チワワの目線は俺の目の上。目立たないように貼ってある絆創膏だった。

「あのときは本当にありがとうございます!おかげで怪我もそんなひどくなくて、ああ、でも本当にごめんなさい!」

喧嘩も不完全燃焼で、なんか謝礼されて、さっき打った額がじりじりとまた痛み始めた。

息を吐いてから携帯を出す。新着のものを全部後回しにして、ダイヤル。

『ニ台。早急に』

「え」

ぽかんとした唐須チャンとチワワとその仲間たち。空を仰げば馬鹿みたいに騒がしい太陽が照りつけてきてる。やっぱり今日は厄日だ。

息を吐いて目線を向ける。

『あんだけ迷惑かけたんだ、お前ら俺に付き合え』

「えっ」

『拒否権はねーからァ』

言葉を失ってるそいつらを無視して顔を上げれば、見慣れたタクシーがこちらに向かってきてた。









「うああああ!!来栖ぅう、わぁぁぁぁ」

「どうしよう…俺のせいで来栖さんが…」

予定より遅い到着を不思議に思って外に出て待ってると、すごいスピードでバスが飛び込んできた。流れるように開いた扉からから雪崩落ちてきたのは守くんと飛鷹くんだった。

「、諧音くんが、どうしたの?」

不安になってバスを見上げればいつも座ってる窓際の後ろから二番目に諧音くんの姿がなくて、降りてきた虎丸くんと立向居くんが焦ってて、綱波さんがすみっこで錯乱してる。

「ど、どうしよおおおふゆっぺっ!!」

「ええと、まずは諧音くんになにがあったのか教えてくれないかな?」

比較的落ち着いてて状況の把握を出来てそうな豪炎寺くんと鬼道くんに質問すれば、二人共眉を寄せたまま答えてくれた。

「来栖がバスを降りた」

「…え?」

「鬼道、誤解を招く言い方は良くない。来栖は飛鷹と円堂を助けたんだ」

鬼道くんと豪炎寺くんは何故かそこで口論になって、断片的な状況しか伝わってこない。

埒が明かない。そう思って携帯を取り出して、諧音くんの番号を呼び出す。

一回、二回、三回、いつもよりも長いコール音に焦りが生まれる。

十回目、やっと音が切れた。

『どうした』

向こう側からはいつもの諧音くんの声が聞こえて安心する。

知らないうちに止めてた息を吐いた。

「今、みんなが来たんだけど姿が見当たらなかったから心配で…諧音くん、今どこ?」

さっきまでの騒ぎが嘘みたいに静かになって私の方に視線が集まる。なんだか変な感覚がして電話に集中した。

『もーつくけどォ?』

「…そっかぁ。良かった。入り口から控室までの道は大丈夫かな?」

『ヨユーだっつーの。いーから先入っとけ』

そこで切れた通話にずっと入ってた肩の力を抜いて、どうしようと頭を掻いてる守くんに近寄った。

「諧音くんもうすぐつくみたい、大丈夫だって言ってたよ」

「ふふるふゆっぺ!!ほんとか?!!」

「うん。あと、先に入って準備しといてねって」

守くんはぱぁっと顔色を明るくしてみんなに声をかけ先導する。

諧音くんが無事で、みんなの気持ちも戻ってよかった。

間違って引率し始めた守くんの前に出て代わりに道案内を始める。

今日はいいことがあるって

そんな気がする。




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