ヒロアカ 第一部


人目を避けるようにしてA組の寮に帰り、たまたまラウンジにいたのがランニング帰りらしい尾白くんと常闇くんだけだったから軽く挨拶をしてさっさとエレベーターに乗り込んだ。

フードを被ったまま何も言わないかっちゃんに二人は少し不思議そうにしていたけど、今は部屋に入るのが最優先で、止まったエレベーターから降りて廊下を歩く。

かっちゃんが横に立って迷わず鍵を開けたから二人で部屋に入って、整った部屋の中。ふらふらとかっちゃんは進んでベッドに飛び込んだから僕もついていってベッドに背を預けるようにして床に座った。

「かっちゃん、腕大丈夫?」

「…軽く掴まれただけだ。なんもねぇ」

「そっか」

低く小さな声に頷いて、携帯を取り出す。画面を指先で操作して、今日の明け方のうちに入れておいた連絡の返事を見る。

「あ、連絡大丈夫だって」

「………何時からだ」

「えっと…二時くらいに一旦休憩があるから、その時なら抜けられるみたい」

「彼奴仕事中かよ」

「夏休みだし日中も関係ないから仕方ないよ」

「……無理すんなって入れとけ」

「うん」

とんとんと爪の先が画面に触れる音が響く。お願いを聞いてくれたお礼と無理を言った謝罪を入れて返信して、それから息を吐いた。

「心操くんすごく怒ってたね」

「そりゃああんだけ有無言わさずにゴリ押したらキレんだろ」

「思ったより血の気が多くてびっくりしちゃった」

「手がはぇータイプなんだろ」

「かも。まぁ君ほどじゃないと思うけどね」

「あ?」

「ほら、そういうところ」

ばちばちと聞こえる後ろからの小さな爆発音にため息と一緒に肩の力を抜いて、なんとなく前を見る。

僕の部屋とほとんど同じ、元の間取りのままのかっちゃんの部屋は扉から見て右側にベッドが寄っていて、左の壁には勉強机がある。机の上には教材やパソコン。椅子に座った目線の高さにコルクボードが貼ってあって兄ちゃんと同じように時間割がくっついてる。その横には写真があって、目尻を下げた。

「かっちゃんはこの写真にしてるんだね」

「……悪いかよ」

兄ちゃんは僕と兄ちゃんの誕生日会にみんなで撮った十ニ年前の写真。かっちゃんは小学校六年生の時に修学旅行先で撮った写真で、よく見れば透明なシートできっちり保護されていて傷まないようにしてある。こういうところ丁寧なんだよなと思いつつ口を開いた。

「僕はね、かっちゃんが初めて個性を出した日のお祝いの時にみんなで撮った写真飾ってるんだ」

「あ?興味ねぇわ」

「ひどいなぁ」

「てめぇがこれ見よがしに飾ってんのがそれなだけで、他にもデータはたんまりあんだろ」

「もちろん。毎年の誕生日会から行事の写真、それから出かけた先とか、日常の写真もたくさんね」

「気持ちワリィ」

「かっちゃんだって後生大事にアルバム作ってるの知ってるからね?」

「…なんで知ってんだぁ?」

「光己さんと勝さんが知らないことがあるわけないよね」

「ちっ」

情報源にそれ以上何も言えなかったのか舌打ちの後に身じろいで、さっきは飛び込んだときにうつ伏せたままだったかっちゃんは体制を変える。ちらりと見れば壁に顔を向けていて、背中しか見えない。

「二時まで何する?」

「寝る」

「え、寝るの?」

「グースカ寝てたてめぇと違って、俺は眠れてねぇんだよ」

「目の下のクマすごいもんね」

「一日でこのクマとかぜってぇ見られたら馬鹿にされんわ」

「目元も腫れてるしね。終わったらすぐ冷やして整えないと…。ほんと購買が24時間営業で助かったよ」

昨日は結局、僕はすぐに寝落ちたけれどかっちゃんは中々寝付けなかったらしい。それどころかまた泣いたのか朝に顔を見れば目元はクマと腫れが共存していて普段のきりりとしすぎてる目つきはどこかにいってしまってた。

すぐさま兄ちゃんのパーカーを借りて羽織って隠したはいいけど、顔を上げればすぐにバレてしまいそうなそれを隠すためとはいえずっと俯いてたかっちゃんはおとなしくてちょっと不気味で、たぶんそれが先生たちと発目さんを心配させて心操くんを怒らせた一因になってるだろう。

「はぁ。結局言い訳も思いつかないし、もやもやするし、飛び出してきちゃったね。…どうする?かっちゃん」 

「………こういうのは俺らじゃなくて彼奴に聞いたほうが名案出るだろ」

「それもそうだけど…だから連絡入れたんだし…。でも、それにしても僕らもなにか考えとかないと全部任せるのは申し訳ないなって…」

「俺はんなもん考えるより寝てぇ」

「えー…」

「寝不足だとロクでもねぇことしか考えつかねぇから寝る。だから静かにしてろ」

「もう、わかったよ」

パーカーを深く被りなおしたかっちゃんはそのまま静かになってしまって、やることがない僕は仕方なく携帯を取り出してイヤホンをつける。

操作して最新のフォルダを開き、再生した。

携帯が揺れる音のあとに布が擦れる音が響いて、足音が遠ざかっていく。扉が開いて、しまって、それからしばらく無音が続いた。

おそらく十分は動きがないはずだからと画面を変えてニュースを眺めていれば予想通り十三分後。布の擦れる音がした。

なにか確かめるような間のあとにまた布が擦れて、微かな足音が聴こえる。ジャラリと特徴的な音がして、数十秒後にバンっと勢い良く扉が開いた。

「緑谷!」

響くのは焦った先生の声で、足音のあとにジャラリとまた音が響く。

「緑谷、何故サポートアイテムを?」

怪訝そうに、それでいて窘めるような声。

「治らないだろう、無駄に動くな」

『……………』

持っていたサポートアイテムはかっちゃんが聞いた話のとおりなら先生が取り上げたと言っていて、そのときに詰問したとも聞いてる。

数秒の間のあとに先生が息を呑む音がして、その後に布が擦れる音が続いた。

「すまん、キツイ言い方をしたな。そもそも離れて悪かった。…今の君は体調が悪い、悪化してしまっては周りと悲しむだろうから今は治すことに専念して眠ったほうがいい」

更に先生は大丈夫と口にする。

「君はよく頑張っている。だが今は力の使いすぎて疲れているから休む時間だ。俺は君の活躍をいつでも見ているし、君が休んでいるその間、俺はずっと一緒にいると約束するから…今は眠ろう」

優しく宥めるような声。不規則に聞こえる布の擦れる音。

少しの間聞こえてたそれはやんだと思うとさっきよりも重く大きい足音が響いて、ベッドが軋む音がした。布が擦れてたぶんこれは先生がパーカーを脱いだ音。タオルケットまでかけたところで息を吸う音がした。

「すまない。緑谷から、」

そこで再生を止める。この後は記憶してるし聞く必要はないだろう。

聞いていたとおり長時間離れてしまったことにより兄ちゃんは起きてしまって、持っていたサポートアイテムに行動理由を聞いた上で安静にするように伝えた。

そこでたぶん兄ちゃんが泣き始めたから先生は慌ててしまって、苦肉の策で頭を撫でながら言葉を吐いたんだろう。

息を吐きながらいつの間にか前かがみに丸めてしまってた背を伸ばして後ろに倒れ込む。ベッドの高さがあるせいで背中が止められて首くらいしか倒せなかったけれど、天井を見上げるだけでちょっと気分は変わる。

「兄ちゃんは、どの言葉が聞こえてたのかなぁ…」

反応したということは聞こえて認識してるということ。先生の言葉を一つ一つ区切って思い出して、それから目をつむる。

叱られたこと、褒められたこと、受け止められたこと、約束されたこと。どれも可能性としてあり得るから外せないし、今の今試してみるわけにもいかないから八方塞がりだ。

息を吐いているうちに意識が遠くなって、手の中の携帯が揺れたことにはっとして起き上がる。

首だけ後ろに倒した妙な体制でいたせいか背中が痛くて、関節を鳴らしながら手元を見れば受信してたから慌てて画面に触れ耳にあてた。

「ご!ごめん!寝ちゃってた!出るの遅かったよね!!」

「あ、うんん、大丈夫だよ。出久くんこそ、そっちは大丈夫?勝己くんは?」

「あ!今起こすね!!」

立ち上がってベッドを見る。最後の記憶と同じく壁に顔を向けて寝てるかっちゃんに手を伸ばして思いっきり揺すった。

「かっちゃん!約束の時間!!起きて!!」

「ん゛…」

ぎゅっと眉根が寄って、ゆっくり瞼が上がる。不機嫌そうにねぼけてる赤色が僕を睨みつけるから携帯を見せつける。

「かっちゃん!」

「…………ちっ」

仕方なさそうに起き上がって、目元を擦ったかっちゃんに空いた隣へ座ってお待たせと声を掛ければ向こう側で笑い声が転がった。

「おはよう、二人とも体調は平気?」

「うーん、僕はまだ普通な方かな」

「眠い」

「ふふ、そうなんだね」

また小さく笑って、それで?と落ち着いて聞かれる。

「大体の内容は聞いたけど…俺は何を手伝えばいい?」

「あ、えっと、話を聞いてほしくて」

「うん」

「ついでに言い訳も一緒に考えてくれ」

「うん??どういうこと?」

「えーと、実は…」

昨日の夜から今日の朝のことを伝える。今朝送ったメッセージよりも詳細なそれに聞いてくれていた向こう側は、話を聞き終わるなりんーと困ったように言葉を選んだ。

「二人ともだいぶ切羽詰まってたんだね」

「なんかもうどうしたらいいかわからなくて」

「出留の存在は偉大だからなぁ。…それに、慣れない環境で二人も自分が思ってる以上に参ってるのかもしれないね」

「………………」

「俺はよく知らないけど、平和の象徴が居なくなった事件、二人も関係してるんでしょう?それもロクに片付かないうちにこれは、出留だけじゃなくて勝己くんと出久くんも精神的に厳しいんじゃないかな」

思わないところから引っ張ってこられた事象に目を丸くする。

隣のかっちゃんは唇を噛んで俯いていて、僕も知らないうちに手を握りしめていたから目をつむって呼吸を落ち着かせてから口を開く。

「そう、なのかも…」

「深く関わってる人ほど影響は出るものだよ。それが出留はいつもの症状として表に出ただけ。二人の場合は内側にためてる最中だったからその影響が滲んできてるだけ。一度吐き出して片付けないと改善はされないだろうね」

「………………」

「まぁ俺の言ってることは一つの可能性だから、無理に当てはめなくていいからね?」

「うんん、いつもありがとう」

「こういうんは一歩離れて冷静に見れる奴がいねぇと気づかねぇからな」

「二人の役に立てたみたいで良かったよ」

「いつも支えてくれるね」

「そりゃあ三人は大事な友達だからね。…今朝の出留の様子はどう?」

「特に変わりねぇ」

「昨日一度目を覚したイレギュラー以外は普段通り。夜中も朝水分補給した時も問題なかったし…」

「本当に一時的ないつものだったんだね」

「…だからこそ、昨日のアレは看過できない」

僕の言葉にかっちゃんも小さく頷いて、向こう側も悩ましげな声を零す。

「出留の行動に関してはちょっと謎だけど…出久くんと勝己くん独占欲強いよね」

「僕たちの兄ちゃんだもん!」

「俺らの兄だぞ」

「あー、ほら、誰も出留を取り上げたりしないから安心して?落ち着こうね、二人とも」

僕達の声に困ったような声を出すから少し申し訳なくなって二人で深呼吸をする。息を軽く落ち着けて画面を見れば見計らったように話し始めた。

「まぁ出留も甘えられるのが好きなわけだから二人の存在に支えられてることは確かだし、君たち二人が出留を作ってるんだからそのスタンスは変えなくてもいいと思う。でも、俺が仲良くなったときみたいに排他しようとするのは駄目だからね?」

「…ん」

「う、うん」

「出留は出留なりに過ごすために築いてる関係があるだろうし、二人だって仲のいい友達が出来たでしょ?まず、家族と友達は別ものだよ。それを忘れないこと」

「はぁーい」

「うん、小言はこのぐらいにして…。正直、今回のことは相手よりも言葉か時期じゃないかなって俺は思うよ」

「根拠は」

「そもそも年々軽症化してる。二人が見つけ出した法則を元にしてることで発症自体が少なってるのはもちろんのことだと思うけど、発症してから治るまでの期間も、目を覚ますまでのラグも短くなってる。それってそもそもこの症状自体が軽症化してるって言えるでしょう?」

「んー。でもそれって対応方法が明確になったからその結果じゃないの?」

「それもないとは言えないけど…俺は軽症化だと思うな。自我がなくなって倒れるまでもだいぶ意識保てるようになってるし、今回もぎりぎりまで起きてたんでしょ?」

「ああ。訓練も普通に受けてたし、倒れる直前まで受け答えもできてた」

「え、予兆出てたのに訓練してたの?すごいね??」

困惑した声。たぶん向こう側で首を傾げてるんだろうなと笑ってから視線を落とす。

「……でもそっか。たしかに、兄ちゃんのこれは軽症化してる可能性は高いかも」

「うん。幼児退行が小さい子に起きやすいのはストレスの耐性が少なかったりしてキャパオーバーになるから。出留もその原理で言うなら経験を積んだ分軽減されたり、そのうち発症すらしなくなる可能性は高いよ」

「………治るんか…?」

かっちゃんが目を丸くして、向こう側でうんと強く頷かれる。

「出留だっていつまでも爆弾持ったままじゃ君たちと一緒に居られないと思ってるから、俺も相談受けてるし本人も色々対処しようとしてるんだ。出久くんと爆豪くんのサポートもあるんだよ?治るに決まってる」

「………………」

目尻を下げたかっちゃんはとても嬉しそうで、僕も口元を緩めて、笑い声を零す。

「兄ちゃんが頑張ってるなら、僕達もいっぱいサポートしないとね」

「そうだね。出留をたくさん支えてあげてね、二人とも」

「うん!」

「ああ」

返事をしたところで一度振動音が響く。僕の携帯に通知は来てないから向こう側だったようで、少しの間のあとにねぇと呼びかけられた。

「この後三十分くらい時間ある?」

「え?うん。僕とかっちゃんは寮室に篭ってるだけだから…」

「そっか」

「……なんだ?てめぇ仕事中だろ?」

「うーん、仕事中といえば仕事中だけど…ちょっと友達のために頑張ろうかなって」

「は?」

「え、何する気?」

「ふふ、持つべきはコネと権力だよね」

「は??」

「二人とも、準備しといて」

それじゃあと言葉を結んでぶつりときれた通話に目を瞬いて、顔を見合わせる。あの言葉と様子。それから意味深な準備を促す台詞にまさかと二人で口の端を痙攣させて、揺れた携帯の画面を恐る恐る見て同時に立ち上がった。

「彼奴まじ行動力が馬鹿!!」

「待って待って待って!僕なんの準備もしてない!」

「俺もこんなんで外出れねぇわ!!」

「ほんともう急すぎるよ!」

とりあえず二人で着ていたパーカーのフードをかぶって、携帯と財布の所在を確認する。そこでもう一回携帯が揺れたからすぐさま靴を履いて飛び出した。

エレベーターのボタンを連打して、ようやく来たエレベーターに乗り込みラウンジを指定してまた閉めるボタンを連打する。動き出したエレベーターに足踏みして、開いた途端走り出した。

「うぇ!?デクくんと爆豪くん!?」

「二人とも寮内を走るんじゃない!」

「今は見逃して!!!」

「ってどこ行くんだ!?」

思った以上にラウンジには人がいて注目を浴びてしまったもののそのまま走り抜けて寮を出る。

最速で向かうならとすぐさまフルカウルを5%で発動させて、かっちゃんも同じように両手を後ろに向けて爆発させる。全力で風を切って走る僕達に時折すれ違う人に驚きの目を向けられたり声をかけられそうになるものの全部無視して走り抜けて、聞こえた独特の排気音と見つけた影の前で止まった。

バイクのエンジンを切って、バイクから降りてフルフェイスマスクを脱ぐ。その下は不織布のマスクをつけて顔を半分隠した状態だったけど、それでもよくわかる、にっこりと笑った。

「ふふ、来ちゃった」

「急すぎるよ!!」

「あほか!!」

「えー?」

頬を軽く膨らませて、あ、と言葉をこぼすと人差し指をかけてマスクを顎下におろし、こてりと首を傾げる。

「どうしても会いたかったから…許して?」

「んんん!!もう!!!」

「てめぇのそれは質がわりぃからやめろ!!」

「ふふっ」

薫った甘い匂いに二人で飛び退けばくすくすと笑う。あまりに柔らかくて楽しそうに跳ねた声に、許せないわけがないんだよなとかっちゃんと地団駄を踏んで気持ちを落ち着かせた。

転がしてた笑い声を落ち着けるとじっと僕達を見る。

「それにしても…思った以上に、特に勝己くんは体調悪そうだね?」

「っせ」

「どれくらい眠れてないの?」

「昨日ほぼ一日らしいよ」

「一日でそこまでクマができる??」

「かっちゃんは健康体だから…」

「夜ふかしとかしないもんね」

「うるせぇ!!」

「怒らない怒らない」

楽しそうな笑顔に毒気が抜かれて、かっちゃんが舌打ちを溢してフードを被り直す。むっとした口元に僕もからかいすぎたかなと目を逸らして、息を吐いてから向かいの彼と視線を合わせる。

「えっと…」

「二人が思った以上に参ってるのはよくわかったよ」

「あ、うん、…」

「それで本題の言い訳だけど、普通にそのまま一回顔出して、もう大丈夫ですって儚く笑えばなんとかなるんじゃないかな」

「んなことで流されねぇだろ」

「やってみたら意外といけるよ?こんな感じで、」

すっと視線を落として、それから薄い唇を口角だけ上げた。

「もう、大丈夫です」

「「………………」」

「ね?」

今にも泣きそうな、油断したら壊れてしまうんじゃないかと思えるくらい淡い笑み。そこからぱっといつもの表情に変えた彼に、かっちゃんも僕も息を吸う。

「それができんのはお前だけだわ!!」

「僕達にはその演技は無理がすぎるよ!!」

「んん、困ったなぁ。駄目かぁ」

「このポンコツ詐欺師!!」

「ポンコツはひどいなぁ?」

「詐欺師のほうは突っ込まないんだね…」

「うんん、人を騙してるって点では広義で言えば詐欺師かなぁって」

「騙してるなんてことないよ!!君は素敵なアイドルだ!!」

「…ふふ、ありがとう」

照れたように瞳を滲ませて笑う。本当に一挙一動が絵になる人だなと感心してれば不意に気配が近づいてきたから僕とかっちゃんは顔を上げた。

「緑谷!爆豪!」

「「!!」」

聞こえた声に咄嗟に手を伸ばしたかっちゃんがヘルメットを掴んで、僕は顎まで下ろしてしまってるマスクを引き上げる。かっちゃんがその上からヘルメットを被して顔を隠せばえ?!と驚くような声が聞こえた。

「み、緑谷くん、急にどうしたんだい?」

「なななななにも!!」

「爆豪くん、今ヘルメット思いっきり被せんかった??」

「あたってねぇから平気だわ!」

「あたってはないけど…普通にヘルメットずれてて前が見えないかな…?」

僕とかっちゃんの行動に怒るわけもなく、せっせとヘルメットの向きを正す。それからバイクにまたがった彼は携帯を軽く操作しながらエンジンをかけた。

「あー、残念、時間切れだ。そろそろ戻るね」

「あ、うん!仕事中にごめんね!」

「気をつけろや」

「ありがとう。二人も体調崩さないようにね」

「万年病欠かますてめぇに言われたかねぇわ」

「んん、それは体質だから許してほしいかな??」

「もう、君は無茶しすぎなんだよ。もちろん応援はしてるけど…本当に、無理しすぎないでね?」

「大丈夫だよ。今度チケット渡すから良かったらまた三人で見に来てね?」

声を弾ませて、それからシールド部分を一度上げて、紅色の瞳を晒すと少し細めた。

「またいつでも相談して?今日みたいに時間が合えば会いたい。それじゃあ出久くん、勝己くん、出留をよろしくね」

「ああ」

「本当にありがとう!またね!」

「ふふ、ばいばい」

ぱっとシールドを戻してスタンドを上げると手元に力を入れて、左足でなにかを踏む。右手を回せばバイクが動き出して、すぐに速度を上げてあっという間に見えなくなってしまった。

いつもだったらもう少し余裕があるだろうけど、急いでた様子からして相当無理をさせてしまったんだろう。

「やっぱり抜けてきてくれたんだね」

「普通に考えてほいほい抜けられねぇだろ。彼奴、今日は撮影か?」

「収録だったらさすがに抜けられないだろうからね」

「また先輩にどやされんじゃねぇの」

「先に体調不良で倒れなければいいけど…あの子もすぐむちゃするから心配だなぁ…」

「彼奴もてめぇにだけは無茶するとか言われたかねぇだろうよ」

「ぐっ、言い返せない…」

かっちゃんの返しに言葉を濁して、それから目線を合わせて二人でフードを深く被り直し、走り出す。

「は?!」

「デクくん!?爆豪くん!???」

「またどこ行くんだ!?」

さっきも投げかけられた質問に答えず今度は個性は使わずにただ走る。気晴らしを兼ねて雄英の敷地内を走りまくって、息が上がってきたから森に入り込んで地面に倒れ込んだ。

「はっ、はぁっ、つか、れたぁ~っ」

仰向けに大の字になれば吹いた風が汗を冷やす。隣に座り込んだかっちゃんが歯を見せる。

「っ、はんっ、だせ。う、んどうぶそくがっ」

「きみ、も、息切れ…してる…じゃないか…っ」

こんなに思いっきり走ったのはいつぶりか、もしかしたら体育祭で障害物競争をしたときよりも全力だったかもしれない。

息整えるように大きく空気を吸って、吐いて、汗と一緒にいろいろ出ていったのか妙に清々しい気分で自然と笑みが溢れた。

「ねぇ、かっちゃん」

「なんだ」

「説明はなし。言葉はあれでいこう」

「正気かよ」

「うん。よく考えたらすごく名案だもん」

「あ?どこが」

「ふふ。…だって、僕も、かっちゃんも、“もう大丈夫”でしょ?」

寝転がってることで俯き、更にフードを被ってるかっちゃんの顔もよく見える。赤色の目が呆れたみたいに緩んで瞼が降りた。

「彼奴の“大丈夫”は相変わらず不思議だな」

「あの子が自分に使う“大丈夫”は心配だけど、言ってくれる“大丈夫”は魔法みたいだよね」

「…はぁ。なにが魔法だっつーの、クソデク」

「ふふ。人を幸せにしちゃうんだもん。アイドルってすごいなぁっ」

「…………まぁ、ヒーローとはちげぇかっこよさはあるわな」

「だよね!」

顔を見合わせて笑って、手が伸ばされたから取れば引っ張られて体を起こす。空はいつの間にかオレンジがかっていてどれくらい外にいたのか、冬なら風邪を引いてたかもしれない。

今度は僕が先に立ち上がって手を引き、かっちゃんが立ち上がった。

手を離して、腕を回して首を回して。身体を解してからかっちゃんはそれから顎を右から左へ動かして顔を背けた。

「帰んぞ」

「うん!早く兄ちゃんに会いに行こう!」

横に並んで歩き出す。寮どころか正門からも遠い奥の方まで来ていたようでゆっくり歩いていればどんどん陽が傾いて空は暗んでく。それでも僕もかっちゃんも歩くスピードは変えず、特に会話もなく歩き続けた。

森を抜けて舗装された道を歩いて、校舎を越え、購買も通り過ぎる。見えてきた寮棟に、自然と目を合わせた。

「そういえばさっきみんなのこと無視しちゃったね」

「今更かよ」

「みんな怒ってたらどうしよう」

「そんときは謝り倒しとけ」

「かっちゃんは?」

「俺は普段から無駄につるんでねぇから変わんねぇわ」

「たしかに…」

思わず納得して頷く。

A組の寮に差し掛かる頃、不意にポケットの中の携帯の存在を思い出して取り出す。溜まってた通知にうわぁと声を漏らした。

「相澤先生と発目さんから連絡来てた」

「なんだ」

「発目さんからは今日のローテーションの時間割と、楽しく先生とお菓子パーティしましたって報告」

「…相澤先生は」

「正門まで向かったときのことと、正門から逃走したことと、あと少し前にいつ帰ってくる気なのかって三回…」

「………帰ってるってだけいれとけ」

「うん。いま文字打ってる」

連絡を見てなかった謝罪ともう数分でつきますとだけ入れて送信する。すぐに携帯をしまって、A組の寮を越え、ᗷ組の寮に差し掛かればすっかり通い慣れたᏟ組の寮が見えてくる。

「誰いんだ」

「えーっと、……心操くんだね」

「…………」

「なんか、一番気まずいね」

「誰がいても一緒だ」

「え、僕だけ?」

「てめぇその変なとこ小心なのいい加減直せや」

「難しいこと言わないでよ…」

気まずいのは朝のアレが理由で、100%僕の態度がいけないのはわかってるけど直接顔を合わせたくない。

気の引けてる僕に気づいてるくせにかっちゃんは変わらず歩いていて速度が緩まないから、仕方なくついていけばあっさりとᏟ組の寮にたどり着いた。

かっちゃんはフードを引っ張って深く被り直す。僕も同じようにフードを被って、深呼吸をしてから寮に入った。

夕方を越えた時間だからかᏟ組の生徒たちはラウンジや食堂に集まってたようで視線を一瞬集めたものの、すぐに逸らされる。ミッドナイト先生たちから兄ちゃんの看病のため僕達が通うことは初日に周知されていて、すっかり慣れた様子の彼らの横を抜けてエレベーターに乗り込んだ。

目的の回数を選んで、動き出したエレベーターに兄ちゃんに早く会いたい気持ちと心操くんに会いづらいなという気持ちで心が揺れる。

ぴたりと止まったエレベーターが開いて、降りた。

「はぁ〜」

「辛気臭ぇからため息つくくらいなら息すんな」

「それは僕死んじゃうよね??」

「ならため息つくんじゃねぇ」

「う、うん…」

廊下を進んで兄ちゃんの部屋の前で立ち止まる。渡されてるマスターキーで錠を解いて、ノックしてから開けた。

「し、失礼します…」

「……………」

顔を上げたのは当然ローテーションの通りにいてくれた心操くんで、目が合うなりぐっと眉根が寄って視線を逸らされた。

怒っている空気にまぁそうだよねと思いつつ靴を脱いで中に進む。帰ってきた部屋の中は僕達が出ていったときとそう変わってるように見えなくて、椅子に座ってる心操くんは兄ちゃんをじっと見てた。

こっちに向かない視線に心が折れそうで、かっちゃんを見れば仕方なさそうにかっちゃんが口を動かした。

「心操、代わりしてくれて助かった」

「…………ああ」

寄ったままの眉間の皺と低い声。あからさまに怒ってますというオーラの心操くんに、かっちゃんはもう会話をする気がないのかベッドの横に座って、そのまま兄ちゃんに手を伸ばして様子を窺いはじめる。

その様子に一瞬ぴくりと眉が動いた心操くんに息を呑んで、かっちゃんはお構いなしに兄ちゃんに触れ、立ち上がるとクローゼットからタオルケットを取り出して兄ちゃんにかけ直した。

「…………緑谷、爆豪」

聞こえた声にかっちゃんと僕は心操くんを見据える。眉間の皺は相澤先生が怒ってるとき並に深く、心操くんはがりがりと頭を掻いた。

「今日一日出留に問題はなかった。水分補給もちゃんとしてくれたし、いい子で寝てたよ」

「そ、うなんだね。ありがとう、心操くん」

「…それで?お前らは出留ほっぽって丸一日奇行に走ってたけど用事は済んだのかよ」

ぎろりと睨まれて自然と手を握りしめる。それからかっちゃんと顔を合わせて、口元を緩めた。

「うん!もう大丈夫!本当にありがとう!」

「、」

笑って勢い良く答えた僕に心操くんは驚いたように目を丸くする。ちょっと教えてもらったこととは違う雰囲気になったけど、これで言い訳が終わるなら結果オーライだ。

「…もう、大丈夫だ」

更にかっちゃんが同じことを目線を落として小さく溢せば教えてもらったのと同じような空気になって、心操くんがあからさまに視線を揺らして狼狽える。

できるならこのまま押して、有耶無耶にしてしまうのがいいだろう。

「振り回しちゃってごめんね!後で先生たちと発目さんにもお礼しないと!ね、かっちゃん!」

「そうだな」

「心操くん!本当に助かったよ!ありがとう!」

「あ、ああ、」

動揺が強いのか不安そうな様子にそのまま話を切り上げさせて、僕も近くに腰を下ろして兄ちゃんに手を伸ばした。

頬に触れて、それから口元を緩める。

「兄ちゃん、起きて」

お願いするように声を掛ければ瞼が震えて、ゆっくりと上がる。熱によって蕩けた緑色が僕とかっちゃんを見つめた。

「出留、ただいま」

「兄ちゃん、今日もいい子だったんだね」

頭をなでて褒めればすり寄ってくるから更に撫でて、かっちゃんも目を細めて頬に触れる。しばらく撫でてからかっちゃんが目元に触れた。

「出留、また明日」

「おやすみ、兄ちゃん」

開いたときと同じようにゆっくり瞼が降りる。電源が落ちたように静かに眠る兄ちゃんから手を放して、同じように手をポケットの中に戻したかっちゃんを見た。

「ねぇ、かっちゃん」

「腹減った」

「そういえば朝から何も食べてないね。僕もお腹空いてきた」

小さく鳴き始めた腹の虫に顔を見合わせて、振り返る。いきなり見つめてしまったからか視線があった心操くんは肩を跳ねさせて固まるからにっこり笑った。

「心操くん、一緒にご飯食べ行く?」

「は、」

「この後誰が代わってくれんだ?」

「相澤先生みたいだよ!」

「なら出てっても平気だな。心操、飯もう食ったんか」

「いや、まだ、だけど…え?正気か?」

「あ?嫌ならいいわ。デク、飯行くぞ。ついでに朝練の内容決める」

「今日サボっちゃったもんね」

「ま、ちょっ、いやじゃないから行く!」

心操くんがあからさまに慌てて、かっちゃんが鼻を鳴らす。フードを下ろすとポケットから携帯を取り出して自分の目元を確認し始めたかっちゃんに、心操くんは目を丸くした。

「クマはだいぶ良くなったね」

「………やっぱまだかぶってたほうがいいな」

「腫れは引いてないからそのほうがいいかもね」

「夜は温める」

「うん。僕もアイマスク使おっと」

兄ちゃんが大量にもらった使い捨てのアイマスクはまだニ十枚以上ある。自由に使ってと言われていたし、拝借すれば今日はしっかり眠りにつけそうだ。

コンコンと音がして扉が開く。顔を覗かせたのは交代予定の相澤先生で、先生は僕達を見て眉根を寄せて、口を動かされる前にかっちゃんはフードを被って、僕は心操くんの肩を叩いた。

「それじゃあ行こ!」

「先生、飯食ってくるから出留見ててくれ」

「、」

「いってきまーす!」

「お前ら行動早くないか??」

固まってる先生の横を抜けて僕とかっちゃんは部屋を出て、心操くんが慌てたように追いかけてくる。

「だってお腹空いたんだもん。ね、かっちゃん」

「ああ」

しまった扉を見届けてからエレベーターに乗り込んだ。

「だからって…先生驚いてたぞ」

「まぁ後で話はしようと思ってるから…ね、かっちゃん」

「飯食ったら寝る」

「お風呂は?」

「あー」

よっぽど眠いのか欠伸をこぼすかっちゃんはご飯も食べないで寝てしまえるレベルらしい。汗はかいたからお風呂は入りたいけど、眠気のほうが勝ってるらしいその様子に思わず笑ってしまって、雑談している間に食堂についた。

A組もᏟ組も寮の造りは変わらないから、並べられてる料理から好きなものを好きなだけ取って適当な席に座る。僕はメインをハンバーグ。かっちゃんはまぐろの照り焼き、心操くんはチンジャオロースを選んでた。

「また肉かよ」

「かっちゃんは魚にしたんだね?」

「てめぇと違ってバランス考えてんだよ」

「ぼ、僕もたまには魚食べるよ!」

「は?常に肉食ってんだろ」

「そ、そんなことないよ!」

かっちゃんはそこで会話に疲れたのか魚を解して口に運ぶ。僕もハンバーグを食べて、向かい側の心操くんはちらちらと僕達を見て首を傾げてた。

「どうしたの?」

「あ、いや、…お前ら、仲いいんだな」

「仲良くねぇわ」

「仲良いだろ…」

「ふふ、僕達は幼馴染だからね」

何か言いたげな心操くんに目を逸してスープを飲んでから隣を見る。

「そういえば次の朝練どうするの?」

「最近走ってしかねぇからガッツリ対人」

「ええ…?かっちゃんと組手すると僕怪我するじゃん…」

「出留の七割くらいは動けや」

「兄ちゃんの七割って…それもう僕の全力だよ…」

大きく息を吐いた僕に向かい側が揺れて、視線を上げる。心操くんが目を丸くして箸を止めていて、かっちゃんも向かいを見た。

「なんだ」

「あ、えっと、出留と爆豪の朝練って…どんな組手してるんだ?」

「あれ?兄ちゃんから聞いたことない?」

「そこまで詳しくは…」

「そうなんだね。えっと、基本的に二人は組手がメインでガッツリ組み合うこともあれば障害物ありの地形を利用しての隠れ鬼とかもしてて、結構何でもありだよ」

「何でもあり…?」

「最近は朝練に個性も取り入れてて、この間は空中鬼ごっこしたよね!」

「ちっ。次は逃げ切る」

「出留が鬼だったのか?」

「うん。時間決めてやってたんだけど、残り二分くらいでかっちゃん捕まっちゃって。またやる約束してるんだ!」

「へ、へぇ…」

「あ、次は心操くんも一緒に鬼ごっこする?」

「俺もか?」

「空中鬼ごっこってもデクは一旦降りてるし、その辺はデクおおんなじルールにすりゃいいしな。心操も相澤先生みてぇに動く練習にはなんじゃねぇのか」

「相澤先生みたいに…」

先生は捕縛帯を使って上下移動するのはもちろん、電線の上を走るような体幹の良さもある。

心操くんが将来的にどんな動きができるようになりたいかはわからないけど、ヒーローを目指すもの同士切磋琢磨できればお互いの経験値にもなるだろう。

少し難しい顔をしてた心操くんは悩み終わったのか視線を上げてから落とす。

「一緒に、朝練させてくれ」

「うん!じゃあ兄ちゃんが起きたら練習しよ!いいよね!かっちゃん!」

「ああ」

かっちゃんがお椀を取ってお味噌汁を飲み始め、心操くんはかっちゃんからあっさり了承が出たことにか少し戸惑ってる。

「四人ならどっか借りたほうがいいか」

「だね。流石に森の中でやるのは限界があるかなぁ」

「………お前ら森でやってんのか?」

「あ、オフレコね」

「借りんなら市街演習場のがいいか」

「そうだね。野外よりも現実寄りで経験値になりそう」

「スケジューリングしとけ」

「うん。心操くんも連絡するね」

「…ああ、待ってる」

場所が森の中のことに心操くんが眉根を寄せるから話を逸らす。

基本的に雄英内も原則として個性の使用は禁止で、自主練に関しては目を瞑って貰えてる状態だ。大々的に使う場合は先生に許可をもらった上で指定の場所でしか使えず、空中鬼ごっこのような大立ち回りは普通に学校にバレたら謹慎もので先生からのお説教は免れないし、今日の正門まで向かうために使った個性に関しても罰則があるかもしれない。

あからさまな話題転換に心操くんは小難しい表情で返事をする。

今日の行動は突っ込まれると面倒くさいことばかりで、かっちゃんもそれに気づいてるのかいつもより食べるスピードが遅く、食事を終える頃には八時を回っていた。



「それじゃ、連絡待ってる」

ようやく食べ終わった僕達に待っていてくれた心操くんは立ち上がって、部屋の前で別れる。

隣の部屋の扉がしっかりと閉まったのを見届けて、かっちゃんを見上げた。

「怒られるかな?」

「個性の無断使用に関してはな」

「だよね…」

大きく息を吐いて呼吸を整えてからよしと意気込む。ノックをして、それから錠を解いて、扉を開ければすっかり所定位置の場所に座った先生が顔を上げた。

「戻ったか」

「はい。先生、ありがとうございます。それと、すみませんでした」

「……それはどれに対しての謝罪だ」

「こ、個性の無断使用です…」

「ほう」

「す、すみませんでした!」

じっとりとした目が向けられて思わず頭を下げる。隣のかっちゃんも頭を下げた。

「すみませんでした」

頭を下げたまま、唇を結ぶ。

かっちゃんも動かないから、先生の動きを待って、先生は頭を掻いた後に息を吐いた。

「少し話をしよう。二人とも、座れ」

「「……はい」」

頭を上げて、二人で座れる場所がないからベッドに近い床に座る。スツールにかけていた先生も床に降りて目線があったと思えば先生は眉間に指をやって皺をもんだと思うとじっと僕らを見据えた。

「まず、正当な理由と申請のない個性の利用は禁止だ。わかっているな」

「はい」

「君たちは寮からの外出時に大きく個性を使っている訳だが懲罰対象なのは理解しているか?」

「はい」

「…一応聞いておくが、理由はなんだ」

僕とかっちゃん。それぞれがきちんと反応することにか先生は訝しげに僕達を窺う。視線を合わせて、かっちゃんが前を見たから僕は唇を結んだ。

「中学ん時のダチが急に来て、時間がなかった」

「…………あのバイクに乗っていた人間か」

「ああ。…連絡入れたら無理やり抜けてきたらしくて、顔合わせてられる時間も殆どないから急いでた。……迷惑かけて、すみません」

「……………」

迷い無く話すかっちゃんに先生は目を逸らさない。なにか見極めてるようにも見えるけどかっちゃんの言葉は嘘じゃないし、先生もそれに気づいてか息を吐くと首を横に振った。

「友人は緑谷の現状を知って来たのか?」

「あ、はい。えっとあの子は兄ちゃんの中学の時の友達で、兄ちゃんもいろいろ相談してたから…僕達も助言を貰いがてら近況報告をしたら来てくれて…」

「ほう。緑谷の友人なのか」

「はい!兄ちゃんの親友なんです!それでいて僕達にも優しくてすっごくすっごくいい子なんですよ!!」

「…そうか」

思わず前のめりになった僕に先生が一歩引いたように頷いて、かっちゃんが息を吐いて舌打ちを溢したからはっとする。元の距離に戻って上がってしまったテンションを落ち着かせて、相澤先生を窺う。

先生は頬を掻いた後に頭も掻いて、視線を落としたと思えばすぐに戻した。

「それで、なにか進展があったのか?」

「えっと、兄ちゃんの軽症化の可能性とか、僕達のこととか、あと…ちょっと釘を刺されたりとか…」

「釘?」

「あ、はは…ねぇー、かっちゃん」

「……………」

二人で目を逸らして言葉を濁す。先生はジト目になり、何か言われる前に笑顔を繕った。

「まあいろいろとお話しまして!……本当に、本当に、あの子のおかげで助かりました」

「………よかったな」

ぐしゃぐしゃと髪を混ぜるみたいに頭を掻いて、ため息を二回。呆れてるのか妙な空気に目が泳ぐ。

どうしたらいいのかわからない僕達にも先生は諦めてもう一回大きく息を吐くと一瞬兄ちゃんを見つめた。

「……今回の件は、こいつの目が覚めたら罰することにする。……それで、お前らは明日からまた緑谷を見る予定でいいのか」

「はい」
「はい!」

二人で同時に返せば先生は安心したのか少し口元を緩める。ようやく張り詰めた嫌な空気はなくなって、かっちゃんが先に息を吐いた。

「まぁ、つっても、もう出留起きると思うけどな」

「、そうなのか?」

「はい。経験的にも兄ちゃんの雰囲気的にも、たぶん明日には目を覚ますと思います」

「………ならば、明日の朝分かり次第連絡をくれ」

「ああ」
「はい!」

半信半疑の相澤先生に僕達は強く頷く。

先生は息を吐きながら立ち上がると持ってきていた物をまとめて抱えた。

「今日はもう遅い。早く休むように。…特に爆豪、お前のその目元も明日までに治しておけ」

「………」

気まずそうにかっちゃんが言葉はなしに小さく頷く。

「今日ぐっすり寝たらばっちりです!いたっ!」

「…そうか」

かっちゃんのクマは出来るのが早く、直るのも早い。今日ちゃんと寝れば治るのは確実で勢い良く返せば恥ずかしかったらしいかっちゃんに叩かれた。

背中を擦りながらへらりと笑えば先生はもう話を終わらせてくれる気なのか、ゆっくり休めと短く簡潔に残して部屋を出ていく。

数秒固まって、隣のかっちゃんを見ればかっちゃんもちょうどこちらを見たところで目があった。

「寝よっか!」

「ん」

「明日何時に起きる?」

「出留風呂入りたがんだろうから五時でいいだろ」

「そのくらいなら誰もいないだろうしちょうど良さそう!」

明日の朝バタバタしないために三人分の着替えを用意して、バスグッズも横に添えて置く。その間にかっちゃんは兄ちゃんに水分補給をさせてくれたようで用済みになったボトルをベッドサイドに置いて、ホットアイマスクをセットしながら所定位置に潜り込んでた。

「電気消すよー」

「ああ」

僕も兄ちゃんの左側にひっついて、リモコンを押す。センサーに反応して消えた電気に、アイマスクをつけて、口元を緩めた。

「やっと明日だね、かっちゃん」

「…さっさと寝ろ」

「うん。寝ないと朝にならないもんね!」

「寝んでも朝にはなんけど寝ろ」

「はーい」

ふふっと笑って、時間によってほんのりと暖かくなり始めたアイマスクに眠気が誘われて意識を手放した。



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