ヒロアカ 第一部


爆豪は何を言っても担架を求めて、心操を本気で打ちのめす気らしいと一応担架が用意されることになった。

リカバリーガールから必要以上の怪我をさせないようにと言付けられて三回戦が始まる。

「三試合目は倒壊エリア!室内よ!」

「倒壊エリア、ですか?」

「ええ。地震のような災害に遭った後をイメージした場所で崩壊しかけの市街地だからビルが多いわ!足場も悪いから気をつけてちょうだいね!」

「ええ、…はい、気をつけます」

「今回は趣向を変えて、相澤くん・心操くんチームは先に中に入ってもらってその三分後に緑谷くん・爆豪くんチームが中に入ってもらいます!」

「それは不公平では?」

「四人の特性を加味した結果よ!」

にっこり笑う香山さんに心操は俺を見て、頷けば緊張したような顔で隣の二人を見る。

爆豪は相変わらず不機嫌そうに眉根を寄せていて、手を繋ぐ緑谷はただ笑みを浮かべていて喋らない。

「四人とも準備はいいかぁ?」

「はい!」

「ああ」

「問題ねぇ」

やはり一つ分返事はなく、山田が息を吐いてんじゃあと手を上げた。

「第三試合は倒壊エリア!タイムリミットは二十分!死ぬ気で相手の尻尾取ってこいよ!!」

「泣いても笑って最後の試合!頑張ってちょうだい!」

いってらっしゃいと見送られて俺達は先に室内へ入る。倒壊エリアは何度も利用したことがある。相変わらず崩壊しそうな建物の中は足場も悪く、初めて足を踏み入れた心操は足元と頭上をしきりに確認して眉根を寄せてた。

「ここほんとに崩れそうですね」

「強い衝撃を与えすぎるとな。爆豪も大技は連打できんだろう」

「それは少し安心ですけど…」

「建物内だからな。今回は見通しも悪い。一人でやれるか」

「………はい。やります」

「なら爆豪から二本取ってこい」

「が、がんばります」

表情がひきつったものの頷いた心操と予定通り別れる。俺は一つ上まで階段を上って、適当な部屋に入った。

ブザー音が響いて、恐らく爆豪たちが入ってきた。

俺も心操も索敵能力は高くない。だからこそ物陰に身を潜めて耳を澄ますしかなく、少しした頃に爆発音が響き始めた。

心操と爆豪が交戦を始めたらしい。ならば俺の方にもそろそろ来るだろうと耳を澄ませて、何も聞こえないことに眉根を寄せ、まさかとその場を離れた瞬間に先程までいた場所で小爆発が起きた。

咄嗟に目を向けて個性を発動させればふっと重力を思い出したように緑谷の体が地につく。

「っ、足音が聞こえないわけだ」

にこにこしてる緑谷は足を床につけていなかった。ここまでガスを使ってやってきたのであろう緑谷は変わらず話す気配がなく、ぱちんという音がして火が渦巻いた。

すぐさま個性を消しながら捕縛帯を振るうけれど炎と捕縛帯の影に隠れて距離を詰めてきていた緑谷の腕が振るわれてすれすれで避ける。

ぶつかった腕が壁を抉っていって冷や汗が流れる。

いくら倒壊エリアで崩壊しかけといっても、ああも簡単にコンクリートの壁を削られると直撃したときの被害が恐ろしい。

ひとつ下の階で響いてる爆発音に心操の方も白熱しているのだろうと当たりをつけて、緑谷を見据えた。

「緑谷」

顔を上げてにこにこと笑う緑谷から声は聞こえない。コンクリートを殴ったためかグローブの感触を確かめるように手を開け閉めして、頷いた。

「緑谷、お前今日はどうした」

『?』

こてりと首を傾げて目を瞬いた緑谷はすぐに笑うと地を蹴って距離を縮めてくる。応戦するため振るわれた右腕を左腕で流して、すぐに右腕を突き出せば向こうも攻撃を逸らして足払いをかけてきた。

「緑谷、今日は随分と好戦的だな」

『………』

飛び上がって蹴りを落とせば転がるように回避されてぱちんと音がする。捕縛帯を振るおうとしたのがバレていたようで右手に火が灯ったから即座に消して距離を取った。

「普段よりも動きがいい」

はっと息を吐いた緑谷は首元に手をやり、唇を一瞬結ぶと不安そうに視線を揺らした。

『…………変ですか?』

返ってきた声が何故か泣きそうだったから眉根を寄せる。

「いや。変ではないが普段のお前とは少し違う。気づいてなかったのか?」

『……違う…?』

掠れた戸惑いの声。明らかに様子のおかしい緑谷は動きを止めてしまって、視線を落とす。

『違う?…間違えた?………どうしよう、わかんねぇ』

「おい、緑谷」

『…勝己に、聞かないと』

くるりと俺に背を向けて走り出した緑谷に目を見開く。まさかの逃走に咄嗟に追いかける。

緑谷の行動理由は全くわからないが、本気で爆豪の元に向かっているならこのままじゃ心操に負担がかかる。

捕縛帯を投げて腕を掴み引っ張って部屋に投げ入れた。

「爆豪と合流させる訳にはいかん」

『っ、邪魔、すんな…っ』

ぶわりと瞳が赤く光ったからすぐさま動き出す。緑谷の個性の詳細は本人が話さないせいで詳しくは知らない。

だが視野に入っていないと個性が発動できないのはなんとなく理解できていて、俺がいた場所に小爆発が起きて緑谷が舌打ちを溢した。

『邪魔』

気づけば目の前にいた緑谷に息を詰めるより早く腹部に衝撃が走る。喉の奥に力がこもって、吹き飛ばされて壁に当たった。

後頭部が叩きつけられてぐらつく視界と背を打ったせいで呼吸が苦しい。

『……約束の一本は取れたから、もういいか』

いつの間にか腕につけていた黒色の布が抜き取られていて、緑谷は布を落として俺を見る。

『先生、邪魔しないでください』

「っぅ…邪魔されたくなきゃ俺を行動不能にするしかないぞ」

痛む頭を抑えつつ立ち上がる。ぱらぱらと壁の破片が落ちて、一度咳をこぼしてから緑谷を見据えた。

「緑谷、今日のお前は何をしたいんだ」

『…なにを?』

「一試合目から一本以上取る気がないだろう。やる気がないのに動きは妙にいい。何故だ?」

『…………約束守りたいだけ、なんで』

「約束?…先程の一本取るというあれか」

緑谷の視線も気配もあからさまに向こう側を気にしてる。聞こえてる爆発音は近く、先程の逃走の際に着実に爆豪に近づいていたんだろう。

聞こえる戦闘音、代わりに響かないアウトのアナウンスからして爆豪と心操はかなり善戦してるらしい。ならば尚更、緑谷を爆豪と合流させるわけにはいかない。

異様に冷えた緑谷の視線。苛立ってるらしい雰囲気は先程の不安げな視線とは随分と様子が違う。

「………緑谷、お前は俺に邪魔をするなと言ったが…今の君は、心操にとっても、爆豪にとっても邪魔だ」

『、』

「何がしたいのかは知らんが、真面目に前を見てる爆豪と心操に対して少しは誠実な行動を取る気はないのか」

『誠実…?』

「お前の様子がおかしいことで心操も気にかけているし爆豪だって付き添いに忙しそうだ。足を引っ張ることは邪魔をしていることと同義だろう」

『………はあ……わかってるわ、んなもん』

右手が首筋な伸びて、指先が首を掻こうとしたのだろうにグローブに阻まれて眉根を寄せた。

『わかってる。………だから、今調節してんだろ』

「………いいや、先にお前にはやることがある」

捕縛帯を握り、投げる。手足を捉えるために投げた捕縛帯を緑谷は軽く避けて、ぱちんという音が聞こえて炎がうねった。炎が腕に巻き付く前に個性を一瞬消して、すぐさま腹を目掛けて足を振りぬく。

咄嗟に直撃を逃れたが歯を食いしばった緑谷がすぐさま反撃のため手を伸ばしたから捕縛帯で吊るし上げた。

「先に力を出し切れ」

『は、』

「それとも、実力はその程度か?」

ぐっと腕を引けば捕縛帯によって緑谷が持ち上がる。宙吊りになりかけた緑谷の瞳が光って捕縛帯が緩んだ。

まさかと見据えた捕縛帯の先、緑谷の腕を結んでいたはずの捕縛帯には隙間が生まれていて、これはいつか、八百万にされたときと同じ方法だろう。現れてた腕輪のような鈍色はすぐさま霧散して、緑谷が唸った。

『俺を、っ』

小さな爆発が連続して起きる。爆風とともに飛んでくる金属片はこの場になかったはずのもので、鋭利だったのか服を裂いた。

『俺の限度を決めんな!』

怒りに任せた爆発。入学してすぐの爆豪と同じような感情に左右された動きに目を見開く。何度も起きる爆発にすぐさま個性を消せば右腕が大きく振るわれていてすぐさま腕を出して防御に走った。

勢いが襲ってきて振りぬかれた腕に後ろに飛ばされた。先程よりも強い力に再度体を打ち付ければ回復に時間がかかることは明白だった。

咄嗟に投げた捕縛帯で緑谷の足を取り引っ張る。緑谷を引き寄せた勢いで俺も前に出て、個性を消すため目を逸らさなければ右手がこちらに振られようとしていて身体をひねった。

『甘ぇわ!』

右腕は俺を殴るためではなかったらしい。肩を襲った痛みに掴まれたことを察して、後頭部に衝撃が走った。

「がっ、」

左腕か、足か。左足は捕縛帯に結ばれたままだったから衝撃の度合いからして右脚だろう。

背中に重みが掛かって、地面に叩きつけられた。

“「相澤くん、アウト」”

聞こえたアナウンスに腰の布も取られたことを理解して、これは完敗だと息を吐く。

『……はっ、はっ』

上から聞こえる早くて荒い息。口でしているだろう呼吸音はどこかいびつで、拘束してきてる腕とかけられた体重は消えない。

最後は感情に飲まれていたが、これだけやれれば緑谷は推薦してもいいだろう。

うちつけた顎のせいか目眩がしていたけれど吐き気を飲み込んで、笑う。

「お前、やるな」

『…………そう、なの?』

「できるなら最初からやれとは言っていたが、本当によく動けていた。個性も身体もよく使えている。状況判断能力も申し分ない」

『………………』

「自信を持て。君はすごいんだ、緑谷」

あれだけ荒れてた呼吸音が聞こえなくなって、室内は静まり返る。聞こえていたはずの爆発音も遠く、心操と爆豪はまだ戦っているんだろう。

緩んだ腕の拘束とふらつくように離れた重み、どうやら横に座ってるらしい緑谷に顔を上げれば視線を揺らしていて表情は緩んでいるけれどどこか無に近い。

少し前の怒っている時とも笑っているだけの時とも違う表情に体を起こして、向かいに座った。

「緑谷?」

『……ん』

両手が差し出されたから目を瞬く。じっと俺を見てくる緑谷に何が起きているのかわからず固まって、大きなブザー音が響いた。

終了の合図であるそれに立ち上がって、隣を見る。緑谷はやはり動かず、両手も出されたまま。行動に理解ができない俺を緑谷はじっと見据えていて緑色の瞳が光る。

『ん』

どこか不機嫌にもう一度、催促するような声を出した緑谷は唇を横に結んでいて、聞こえてきた足音に顔を上げると爆豪が飛び込んできた。

俺達を見つけた爆豪は目を見開いて一瞬俺を睨んだと思うとすぐに近寄って緑谷の両腕の間に入り込み背に腕を回す。

「出留、よくやった」

『…ほんと?』

「ああ、もちろん。先生の尻尾全部取ったんだろ?」

『…うん、ぜんぶ、とれたぁ』

表情を緩めて、どこか舌っ足らずに話す緑谷に爆豪が目尻を下げて左手を頭に乗せる。

「よくやったな、出留」

『んっ』

とろりとした眼とどことなく赤い頬。ぼんやりとした様子にもしかしてと近寄ろうとしたところで、爆豪の手が撫でながら前髪を上げて、晒した額に唇を寄せた。

視界の端で爆豪を追ってきて出入り口のところにいた心操が固まる。

ちゅぅっと小さな音がして離れると爆豪は前髪を戻してやりながら微笑んだ。

「本当にすげぇ。自慢の兄ちゃんだわ」

『んへへ…』

嬉しそうに笑って目を閉じた緑谷は爆豪の肩口に額を乗せる。それから身動ぐことも言葉を発することもなく、爆豪は息を深々と腕に力を入れ直してしっかり支えると顔を上げた。

「担架」

「え、」

「ミッドナイト、さっき頼んどいた担架、早よ持ってきてくれ」

いつもと同じどことなく不機嫌そうな表情でカメラのある位置を睨む。心操はぱちぱちと瞬きをして硬直を解くと早足で緑谷の傍に寄った。

「出留は…」

「寝た。熱もあんし起きねぇよ」

「熱?」

「熱」

心操があからさまに慌てて爆豪はまた息を吐き、俺も横に立って腰を落とす。顔を見ればやはり赤く、右手を首筋にもあてれば異様に体温が高い。

「いつからだ」

「一回戦終わったくらい」

「え、朝からじゃないのか?」

「ただの知恵熱だわ」

「知恵熱ってちっちゃい子の…?そんなことあるのか…?」

心操が心配そうに屈んで、爆豪は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。 

「知恵熱のが聞こえがいいだろ。…出留のは、ストレス性高体温症だ」

「ストレス…」

ショックを受けたように固まった心操に、爆豪はそれ以上何も言わずに視線を落としてするすると指先で緑谷の頬を撫でる。向こう側から慌ただしい足音が聞こえてきて香山さんと、山田が担架を担いで現れた。

「緑谷くん!」

「おい大丈夫か!」

「二人とも声を落としな」

影に隠れていただけでリカバリーガールも来ていたらしく緑谷を抱える爆豪に近寄る。地面に広げられた担架に緑谷をおろして、そのまま手を取った。

「爆豪くん?」

「出留を独りにすると治らねぇ。このまま出留の部屋に運んでくれ」

「保健室のほうがいいんじゃねぇか?」

「ただ寝込るだけで吐いたりしねぇし、慣れた環境に置かないと長引く」

爆豪の妙に慣れた様子に香山さんと山田はリカバリーガールを仰ぐ。リカバリーガールはさっきまでの話が聞こえていたのか、頷くと仕方ないねと声を出した。

「一旦緑谷くんを寮に運び込んで、そこで詳しい事情を聞かせておくれ。アンタのその様子だとコレは何回も起きてるんだろう?」

「ん」

こくりと頷いた爆豪は緑谷の手をしっかり握り直して、山田が不安そうにしてる心操の肩を叩いた。

「心操、緑谷の荷物まとめて部屋行こうぜ」

「は、はい、」

「爆豪の荷物も動かすぜ?」

「頼む」

山田と心操は荷物を取りに、リカバリーガールによって呼び寄せられたセメントスとスナイプによって担架が持ち上げられた。

担架で運び込んだせいでC組の生徒たちが混乱を始めて即座に香山さんが説明役に回る。その間に自室にたどり着き、緑谷の部屋に入れば物は少なく整理された空間に迎えられた。

「先生」

ちらっと俺を見上げた爆豪に視線で返事をすれば繋いでる手を持ち上げる。

「準備してくんから繋いでてやってくれ」

「…俺がか?」

「……ばあさんじゃ高さ合わねぇだろ」

「…………わかった」

ゆっくり解かれ、緑谷の手を受け取る。しっかり持ったのを見れば爆豪はさっさと部屋の奥に入り窓際にあるソファーの横と背に手をかけて、かちんと音を立てる。

ソファーの背が倒れてベッドへと変わり、今度はクローゼットからシーツとタオルケット、それから洋服を出して整えた。

「終わった。出留を寝かせんから手伝ってくれ」

爆豪と俺と二人掛かりでベッドに寝かせて、爆豪はジャージを着替えさせながら体の様子を確認する。

少しして荷物を持った心操と山田、それから説明を終えたらしい香山さんが戻ってきて集まる。担架の片付けと説明を変わるためセメントスとスナイプ、それから喧しいからと山田が追い出されて部屋を出た。

人が多いせいか部屋は狭く感じて、爆豪はベッドに腰を掛け、左手は繋いだまま息を吐いた。

「で?なにを説明すりゃいいんだ」

「緑谷くんは心因性発熱って言ってたけど、一番最初に発症したのはいつだい?」

「小三」

「そこから定期的に起きてるのかい?」

「一年に二回あるかないか。最後は中三の春だ」

「どのくらいで治まる?」

「大体三日。その間はほとんど寝てる。食事が取れねぇから水分補給だけ忘れずにさせなきゃいけねぇ」

「心因性だから環境が慣れてないと治りが遅いと?」

「ああ」

「今回の原因に心当たりは?」

「……………」

すっと視線を逸して口を噤んでしまった爆豪に今まで一問一答を繰り返してたリカバリーガールが眉根を寄せて、香山さんと心操が心配そうに手を握りしめる。

繋いでいるのとは反対の、右手を伸ばすと緑谷の頬に触れた。

「いろいろ」

「たとえば?」

「…そこまで話す必要性が感じられねぇ」

あからさまな拒絶にリカバリーガールが口を開こうとして、ばたばたと聞こえて近づいてきてる足音に振り返る。

ロックがかからないよう留めてあった扉が開かれて、Tシャツをまとったラフな格好に片手に袋を持って弟の緑谷が飛び込んできた。

「かっちゃんっ」

「遅え」

「ごめんっ!」

靴を脱ぎ散らかしてリカバリーガールと香山さんの横を抜けるとベッド横にたどり着き、床に座る。

「兄ちゃん」

「寝て大体一時間経っとる。もうちょいしたら飲ますぞ」

「っん、うんっ」

大きな目に涙を溜めながら頷いた緑谷はそのまま兄の髪に触れて、爆豪が繋いでた手を弟に一度渡す。兄弟が手を繋いだことをしっかり確認してから顔を上げて眉根を寄せた。

どこか躊躇うように隣を見て、すぐに視線を戻すと空いたばかりの左手を前に出して指を二本立てる。

「出留を治すんに、必要なもんが二つある」

「必要なもの?」

「一つ目は人。24時間誰かしらが同じ空間にいねぇといけねぇ。五分と離れたら終わりだ。逆に知らねぇ奴がいるのはアウト。限られた人間だけがついてなきゃなんねぇ」

「え、」

「二つ目は時間。二日から三日が回復に必要な日数だからその間は絶対に部屋から出すな」

「…………それは…」

「どっちかでも欠けたら治んねぇ。俺かデクが居られるときはずっといんから時間問わずこっちに来させてほしい」

「僕からも、お願いします」

涙を滲ませつつも緑谷も顔を上げて、二人が揃って頭を下げる。

許可を出すのは担任の香山さんと俺。しかしながら本当にそれが必要かどうか判断するのは専門医のリカバリーガールで俺達は自然とリカバリーガールを見据えてた。

「生徒の健康が第一さね。心因性の場合は治療方法も異なる。その子にとって、必要なことなんだろう?」

「はいっ」

「ああ」

「それならむしろこちらこそ協力してもらいたい。ただし、アンタたちの健康も損なわれてはならないからスケジュールを組んで対応するけれど異存はあるかい?」

「なんもねぇ」

「ありがとうございますっ」

少し顔色を明るくした弟に爆豪は息を吐いて、リカバリーガールがもう少し話をまとめようと口火を切る。

「部屋を動かすことはないけれど、代わりにこれる人間とその順番を決めないといけないね」

「ローテすんにしても人が限られてる。俺とデク、それから心操、相澤先生、ミッドナイト、リカバリーガールあたりがギリ範囲だ」

「あら、私も?」

「え、俺?」

「うん。兄ちゃんの拒絶反応が起きない人ってなったらたぶん限度の人数だね。あとは発目さんも平気だろうけどあんまり女の子と二人にするのも良くないと思う…そうするとミッドナイトもあれかなぁ?リカバリーガールも常駐してもらうのは難しいだろうし…」

「ええ、そうね。折角選んでもらえたのに嬉しいけど私は最低限のほうがいいがしれないわ」

「怪我をする子も来るだろうから、私も医務室を原則離れられないねぇ」

爆豪と緑谷が一瞬視線を合わせてからまたこちらを見る。

「できる限り俺とデク。どうしても難しいときは協力してほしい」

爆豪の硬い表情に息を吐いて、俺も口を開く。

「まずお前たちは訓練はかならず出席しろ。その間は授業のない心操か、代理を立てて俺、もしくは香山さんに頼む」

「………はい」

「嫌そうな顔をするな。後は交代時間に関してだが…」

「一人一、二時間が上限さね?」

「あ、訓練以外は僕とかっちゃんがずっといますのでそれ以外の時間だけで、」

「お前さんたちの食事とかはどうするのさ」

「交互にやる」

「ならんね。食事の時間は流石にアタシも空いているしきちんと食堂で食べなさい」

「……………」

ぷくりと頬を膨らませた弟が兄に寄り添って目を閉じる。爆豪に関しても不服そうで納得しているように見えない。

「ば、爆豪、緑谷」

「あ?」

「どうしたの?」

「あの、俺もできる限り手伝うから、…出留だって熱下がったときにお前たちが草臥れてたら後悔するだろうし、飯と風呂くらいはゆっくりしてくれ」

「でも、」

「俺じゃそんなに頼りないか?」

「………そういう訳じゃねぇわ」

「なら任せてゆっくりしてくれ。……じゃないと個性使うぞ」

「それは卑怯じゃない??」

ぱちぱちと目を瞬いた緑谷は顔を上げて、見据えられた先の爆豪は目を逸らして手を伸ばす。眠る緑谷の髪を撫でて、何も言わない。

熱が高いとなると魘されそうなものだが静かに眠っている緑谷を守るように二人がいる。恐らく昔から緑谷が熱を出したときはこいつらと、家族だけが傍にいたんだろう。

「緑谷くん、爆豪くん」

ゆるく、落ち着かせるように口角を上げて目尻を下げた香山さんが膝を折って目線を合わせる。

「私達は決して約束を破らないし、貴方たちと同じように彼が大切なのに代わりはないわ。もちろん、貴方たちのほうが彼と長くいてたくさん想っているのは知っているし、貴方たちの仲を引き裂きたい訳でもない。ただ少し、貴方たちが生きやすくなるように手伝わせてくれないかしら」

ゆっくりと言い聞かせるように落ち着いて話す香山先輩に二人の視線は一度交わると爆豪は俯いて、緑谷がまっすぐ香山さんを見た。

「………信頼、しています。よろしくお願いします」

「ありがとう。私も最善を尽くすわ!……だからこそ、もっと彼のことを教えてちょうだい。少しでも貴方たちの手伝いをしたいわ」

「…………はい」

緑谷はぎゅっと兄と繋いでいる左手を握って、そして右手を伸ばす。同じように伸ばされていた手と結んで爆豪とも手を繋ぐと緑谷は口を開く。

「なにを…お話すればいいですか?」

「彼が回復するために必要なことは教えてもらったわ。でも、まず緑谷くんはどうして一人で居させたらいけないのか教えてもらえる?」

「…………こうなったときの兄ちゃんは、独りだとどんなことをするかわかりません」

「…というと?」

「自分の体調を理解しないままいつもと同じことをしようとしたりもしますし、統合性のない行動をすることもあって」

「前に家の窓から落ちそうになったこともあったし、普通に勉強してて長引いたこともある」

「それは…」

「…それに、………なんでもないです」

何か言おうとして濁す。一瞬目を閉じた緑谷はすぐ瞼をあげて俺達を見渡した。

「とにかく、兄ちゃんは一人にならなければ大丈夫です」

「同じ空間にさえいりゃ滅多なことじゃ起きねぇ。静かでも騒がしくても、だ」

「なのでいてくださりさえすれば何してても平気なので…本当にすみませんが部屋にだけ居てほしいです」

「…そうなのね。よくわかったわ。ありがとう」

香山さんが頷いてみんなも平気?と振り返るから周りが頷く。

「そうしたら…」

言葉を続けようとしたけれどそこで区切って、香山さんが俺を見て困ったように眉尻を下げた。リカバリーガールの険しい顔といい、聞きたい内容はひとつだけだろうと代わりに紡ぐ。

「今回の原因はなんだ。その原因がわからなければまた同じことが起きるかもしれない。教えてもらえないか」

「「……………」」

二人は強く睨み合うような顔をして、諦めたように視線を落とす。今度は爆豪が話す気なのか緑谷は眠る兄に頭を乗せた。

「………今回の原因は、息抜きがうまくできんかったのと出力ミスだ」

「…………つまり?」

「俺達に会えねぇ期間が長くて拗らせたのと、訓練で出す力の量を間違えてた」

「……前半は置いておく。後半の内容を聞きたいんだがそれは訓練がキツイという話か?」

「それもあんかもしれねぇけど、それだけじゃねぇ。純粋に自分がどこまで力を出せるのか、出来る範囲を理解できてなくてアクセル全開にしたり力抜きすぎたりしてバランスが取れなくなってる」

「………貴方、それに気づいてたのね」

「何十年一緒にいると思って。……出留の限度値は一応あるけど、それよりも前に許容量がある。でもその許容量がわかってねぇ。自分の感覚に鈍いから奮ってるもんが範疇に収まってんのか、キャパ超えてんのかも感じ取れないから今回みてぇに訓練とか自分の力を出さねぇといけないことが立て続けに起きるとガタが来る」

「今までも同じような理由で体温が上がったことがあるのか」

「昔はよく。押し付けられた雑務とか消化しなきゃなんねぇときに息抜き出来なかったりすんと熱が上がった。最近は割とうまく調節できてたけど、訓練に個性の使用が組み込まれてタイミング悪く息抜きも出来なかったから消化しきれなかったんだろうな」

爆豪が言葉を止めて手を伸ばす。眠る緑谷の後に弟の額を叩いて起こした。

「とりあえず今日はもうおせぇしこのまま俺らで見る。また明日にでも詳しく決めさせてくれ」

「晩飯と風呂は」

「先に兄ちゃんの水分補給とかいろいろしたいんで…あ、あと僕、兄ちゃんの体調が悪くなったときのことがまとめてあるノートがあるので、それ持ってきますね!」

「そうかい。確かに履歴を見せてもらえると助かるよ」

「そうしたら、えっと、二時間で全部済ませるので、そうしたら僕達もお言葉に甘えて晩御飯と入浴させてもらいますね」

「なら二時間後にまたここに来るわね」

「よろしくお願いします」


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