ヒロアカ 第一部


耳に馴染んだ音楽が聴こえて手を伸ばし、止めようとしたのにいつもの距離感に携帯がないことに舌打ちを零す。寝る前にどこに置いたのかと目を開ければいつものところに携帯どころか棚がなく、枕元に転がってた携帯を取って画面を操作して、置いた。

慣れたベッド。見慣れない室内。それから少しだけ慣れた腕の中の存在にそういえばと目を開けて息を吐く。

『昨日から寮だっけ』

夜に何をしてたか思い出してもう一回ため息をついて腕の中を見る。眠ったときと同じようにすやすやと眠る弔の頭を撫でて、置いたばかりの携帯を取って、画面を眺める。

定刻に設定してるアラームが騒いだらしく、まだ起きてないのか人使からの返信は見当たらない。勝己と出久も昨日は荷解きやらで疲れてたのか起きていないようで、とりあえず黒霧さんにメッセージを飛ばして携帯を置いた。

全く起きる気配のない弔の頬をつついて、目の下をなぞる。不摂生な生活をしているわりにはクマのひとつもない。日に当たらないせいか体質か、妙に青白い肌と細い四肢がなければ健康そのものなんだけどなぁと揺れた携帯を手に取る。

黒霧さんはやはり起きていたようで弔の迎えの時間を確認された。

俺が出る時間に弔を帰せばいいだろうけど、あまりギリギリだと人使が訪ねて来るかもしれない。

時刻を見つめてから少し考えて肩に触れた。

『弔、朝だよ』

「…んー、」

『起きなー』

「…………ん」

嫌そうに首を横に振る。上がらない瞼に笑って、顔にかかった前髪を退かした。

『朝飯、パンくらいしかないんだけどいい?』

「…んー」

『ちょっとついでに食堂見てくる。部屋から出ちゃ駄目だぞ、弔』

「ん…」

目は全く開いてないけど頷かれたから腕を抜いて、代わりに引っ張った枕に頭を乗せる。ブランケットをかけ直してからパーカーを取って羽織り、外に出た。

まだ早い時間だから人のいないラウンジを抜けて食堂に入る。すでに用意されている朝食を確認して、ポテトのはいったサラダやスクランブルエッグ、それから調味料をいくつかとって部屋に持って帰った。

予想通りまだ寝てる弔に笑ってから先に歯磨きなどの身支度を終わらせてパンに取ってきたものを乗せる。二人分のサンドイッチが出来たところで弔の肩を強めに揺らした。

『弔、朝飯』

「ん…」

ゆっくりと上がった瞼。眠たそうに滲んでる赤色の瞳に笑えばまた瞼が下がりそうになったから頬を突く。

『起きな?』

「………ん」

目元を擦って、瞼を上げる。どうにも眠たそうな弔は微かに左右に揺れていて思わず笑った。

『まだ寝てんね』

「ねみぃ…」

『そんなに大変なの?』

「なれない…疲れる…」

『なるほど。はい、ご飯』

「ん」

持ち上がった手にパンを乗せる。向かいに引っ張ってきたスツールに俺も座って、パンに齧りついた。

「…うまっ」

『ランチッシュって人が作ってるらしいよ』

「ふーん。贅沢してんな、雄英生」

『ほんとな。にしてもうまいわ』

パンは市販品なものの、乗せたポテトサラダやスクランブルエッグなどは全部作られたもので、弔の目が一気に開いて口を動かす。よほど口にあったのかあっさりと平らげるともう一つ手にとって同じように食べ始めた。

「ずっとうまい飯だけ食べてゴロゴロしてたい…」

『唐突なニート宣言すんね?』

「本当に疲れる…なんであんなにあっちこっち行ったりしないと行けないんだ…まとめることも多すぎるし…」

『それがリーダーってやつじゃない?』

「もっとサクサクレベル上げできないのか?」

『サクサクって…んー、経験値素材でもないと難しいんじゃない?後はイベント待つとか?』

「イベントって本当にゲームだな」

敵連合の活動は難航してる。同じような思想を持っている新規人員の確保はもちろん、活動するための資金繰り、拠点の確保、整備。やることはたくさんあるそうでそういう地道なところは普通に起業するのと変わらない。

黒霧さんという大人を筆頭に資金と拠点の確保はしているそうで、人員はみんなで探し回ってるけどあまり有望株はいないらしい。時折、ヒミコちゃんたちを紹介してくれたという闇ブローカーなる人が連絡をくれるらしいけど、弔の様子からするにいろいろと条件が難しそうだ。

ふたつ目のサンドイッチを食べきった弔が満足したのか息を吐いて、ティッシュを渡せば口を拭く。満足したのか口元を緩めてた。

『今日は何すんの?』

「現状報告会」

『あ、みんな集まるの?』

「たぶん。…来るか?」

『うーん、行きたいけど…時間によるかなぁ』

「…やるとしても10時とかになるだろうし、昨日みたいに一人で暇なら連絡寄越せ」

『うん。ありがと』

弔は目を細めて、すぐにポケットから携帯を取り出す。かつかつと指が触れたと思うとぶわりと靄が部屋の中に広がった。

「おはようございます」

「ん」

『黒霧さん。おはようございます』

「おはようございます」

丁寧ながらも上機嫌に揺れた靄に弔が立ち上がる。

「黒霧、帰る」

「かしこまりました」

ふわりと広がって人が通れるくらいのサイズになった靄に弔が足を突っ込んで、振り返った。

「ごちそうさま」

『うん、来てくれてありがとう』

「ああ」

「出留さん、またご連絡お待ちしておりますね」

『はい、ありがとうございます』

手を振って、二人が靄に入り込んで消えるまで見送る。渦巻いて中心に丸まるようにして無くなった靄に手をおろして、息を吐いたところで携帯が揺れた。





「出留、本当に訓練して大丈夫なのか?」

『おう。あー、でも一週間もサボってたから体鈍ってるかも。やだなぁ』

「鈍ってたところでって感じもするけどな」

『最後まで立ってられる気がしない』

二人で話しながら目的地に向かう。久々の訓練にあたり、隣の人使はジャージ姿に捕縛帯を入れた鞄を肩にかけていて、俺もグローブだけ入れた鞄を手に持つ。

弔が帰ってからしばらくして、昼食を一緒に食堂で取ってからこの一週間ほどにあった出来事を話して、ダラダラしてるうちに訓練の時間は迫ってた。寮からいつもの訓練場まではいくら広い雄英でも同敷地内、校舎寄りのところにあるから二十分とかからない。

たどり着いた訓練場にそのまま中に入って、いつもどおり荷物を置いて、人使は捕縛帯を、俺はグローブをつける。

「鬼ごっこできそうか?」

『うん、もちろん。やろう』

気遣うような人使に距離を取って、いつもと同じように鬼ごっこを始める。日に日に上達していた人使の捕縛帯捌きに案の定鈍った体は今まで以上にギリギリで、先生が来たことで鬼ごっこが終わらなければ危なかっただろう。

「くそ…あとちょっとだったのに…」

『まじで疲れた…』

二人で床に座り込んで汗を拭う。水分補給をして呼吸を整えてれば目の前に先生が立って顔を上げた。

「動きが鈍いな」

『そりゃあ一週間くらい軟禁されてれば鈍りますよ』

「っ」

『あ、別になんもないからね?普通に軽く歩いたりはしてたから気にすんな??』

「…そうか」

隣で表情をゆがめた人使に笑って落ち着かせる。

先生は俺達の様子に首を横に振ったあと、一緒に入ってきていたエクトプラズム先生を見据えまたこちらを見る。

「緑谷、改めて多対一の戦闘訓練を見せろ。対戦相手はエクトプラズムの複製だけに絞り、本気で攻めてくるから自由に戦え。だが、一応人命を気にするように」

『はぁ、ヒーローって感じですね』

「当たり前だ。個性も使って構わんが、本当にお前、殺すなよ」

『あー、そのへんの加減って面倒なんですよね…』

頭を掻いて目を逸らす。逸した先の人使が目を丸くして口を開け固まっていたから首を傾げた。

『人使?』

「………は?」

『え?人使、どうした?』

顔の前で広げた右手を振る。二往復したところで目を瞬いて口を閉じ、すぐに開いた。

「出留、え、今先生が…個性使うのか?」

『あれ?言ってなかったっけ?最近個性届けだしたんだよ』

「………聞いてない!!」

『うおっ、急におっきい声出すなよびっくりすんな』

「出留、どんな個性なんだ!?」

キラキラした目で距離を縮めてきた人使に今度は俺が目を丸くして答える。

『き、気体の操作…』

「なんだそれ!すごい!」

『すごいか…?酸素集めたり散らしたりそんなもんだよ…?』

「酸素操作できるから相手を昏睡させたりできるってことか?たしかにそれだと調整難しそうだな!」

『う、うん、タイミング間違えると普通に死なせたり後遺症もあるし…てか、なんでそんなに声でかいの??』

「出留が個性出たなんてびっくりだ!今日の夕飯はお祝いだな!」

『ええ…いいよ、そんな』

「こういうのはちゃんと祝うものだぞ。てか、気体操作ってことは他の気体も操れるのか?」

きらきらの人使の視線に押されて視線を逸らせば何故か口角を上げてる先生が人使を見る。

「緑谷は空も飛べるぞ、心操」

「まじですか!!出留すごいな!」

ばしりと叩かれた背中に前のめりになる。自分の事のように喜ぶ人使に妙な気持ちになって、口角が引きつってどんな顔をしたらいいのかもわからない。

「先生!出留の対戦見たいです!!」

「いいぞ」

『え』

「緑谷は一番身近にある壁だ。乗り越えるためのヒントは自分で見つけろ」

「はい!」

盛り上がってる人使に言葉をかけることもできず、当事者を置いてけぼりにして決まった観覧者に頭を押さえた。




広く場所を使えるようにと移動したのはいくつかある雄英の訓練場の一つで、ドーム状の室内だった。

「久シブリダロウガ、遠慮ナク好キニ戦ウヨウニ」

『はあ、がんばります』

グローブをまとった手を首元にやって、指先を肌に触れさせたところで何かに気づいたように止まって下ろす。エクトプラズム先生が増殖して、出留は息を吐くと腰を少し落とした。

大きなブザー音が響いて、エクトプラズム先生がまずは二人の分身で出留に攻撃を仕掛ける。いつもと同じように迷いなく二人からの攻撃をすれすれで避け、身を翻した流れで腕を振るい的確に顎や鼻、鳩尾を叩く。

エクトプラズム先生の分身はある程度のダメージを蓄積すると消える仕組みになっているから出留の攻撃を二、三回も喰らえば消えてしまって、それでも次々と敵役の分身が現れた。

倒しても倒しても終わらない組手に次第に出留の額から流れる汗も多くなっていって、眉間に皺が寄る。それでも崩れない体の軸に俺ならそろそろ足にクるぐらい動いてるんだよなと感心から言葉を漏らす。

「出留、あんだけ動いてんのによく軸ブレないな…」

「こればかりは積み重ねてきた練習量が物をいう。体幹は継続してのトレーニングが必須だからな」

「……もっと筋トレがんばろ…」

手のひらを腹にあてて唇を結ぶ。少しずつ、着実に増えている筋力と体力ではあるけど、やっぱりまだ差がある。先に始めていたんだから当然のことだろうけど、悔しい。

倒されたエクトプラズム先生の分身はもう何十体にもなっていて、出留の動きは変わらず精彩を欠かない。今も抜いた足がエクトプラズム先生の腰を蹴り飛ばして、分身が吹き飛んだ。壁にぶちあたって消えた分身の一つに目を瞬く。

「…………威力、増してません?」

「ああ。やっと感覚を取り戻したんだろう」

ぼたぼた汗を流してるのに口角が少し上がってる。やっと体が暖まったとでも言うのが正しい状況に先生は本当に出留のことをよくわかってるなと思う。

エクトプラズム先生も出留の様子を見て攻撃してるのかさっきよりも鋭い攻撃が増えた。出留と同様に急所や関節を狙う攻撃に決まったらと考えてハラハラする。出留は一つずつ的確に回避しながら反撃して分身を倒していく。

「あ、」

何十回と行われる攻防、汗が目に入ったのか左目を閉じた出留にすかさずエクトプラズム先生がハイキックを繰り出して、更には死角から足払いがかけられた。

足にぶつかったそれに足払いと、視界に映ったものに攻撃を理解した出留が歯を見せて、楽しそうに笑った。

ぶわりと、ぶつかった足と蹴りを受け止めた腕から赤色が舞う。

「燃えた?!」

思わず前屈みになって画面に近寄る。隣の相澤先生からも息を詰めるような音が聞こえた。

唐突に迸った炎にエクトプラズム先生が一旦引いて、その瞬間に炎は操られてるように伸びてエクトプラズム先生の足にまとわりつく。一定量のダメージにカウントされたのか消えた分身に炎は一瞬広がってすぐにまた縄状に戻ると出留の周りを漂う。

くるくる、ふわふわ、炎はまるで意思があるように動いて出留の目が赤く光ってることに気づいた。

「先生!出留の個性ですか!?」

「ああ」

言葉は短いものの返事がきて、じっと画面を見据えてる先生の視線はブレない。

エクトプラズム先生も状況を把握して即座に攻め方を変える。さっきまでは四方から襲ってきてたのに対し、今は出留の纏う炎を誘導する分身と炎を掻い潜って直接攻撃する役に分かれていて、けれど出留の操ってる炎は精密にエクトプラズム先生を捉え燃やしていく。

稀にすり抜けられても直接本人が叩きのめしていて、その光景が大体二十を超えた頃に相澤先生が動いた。

手を伸ばすとそこにあったボタンを押して、ブザー音が響く。

「終了だ」

『…あー!つかれた!』

ばたりと倒れた出留に炎が散る。消えた赤色と肩で息をする姿にすぐさま飲み物とタオルを持って監視室を飛び出した。

「お疲れ」

『ありがとー』

顔にタオルを乗っけてストローをさした飲み物を顔の前に持っていく。疲れてるのは本当なのかほとんど動かずにストローに吸い付いた出留は飲み物を一気に半分ほど無くすと口を放した。

『あー…、くっそあつい』

「あの火ってやっぱり熱いのか?」

『ん、ガチの火だから熱いよー』

持ってきてた瞬間冷却材を叩いて、ぱきっと音がしたのを確認してから首筋にあてる。一瞬驚いたみたいに息を詰めてから冷却材に擦り寄った。

『あー…つめてぇー、さいこー…』

「……まじで疲れてるんだな?」

『そりゃああんだけ組手させられればね…』

気持ちいーと冷却材に頬を寄せてる出留の汗はまだひかない。あまり一か所につけていても仕方ないから反対側の首筋にくっつければ今度はそっちに吸い寄せられてた。

『このまま寝れる…』

「絶対風邪引くやつだな」

『馬鹿は風邪引かないから平気』

「どこを見て馬鹿を自称してるんだ??」

二人で肩を揺らして笑って、出留がまだ回復しないからそのまま冷やす場所を時折変えながら顔を上げる。

いつの間にか俺と同じように降りてきていた相澤先生はエクトプラズム先生と話していて、二人は意見交換をしてるらしい。

絶妙に離れているのとあまり大きな声で話していないからか音はこちらまで届かなくて、少し気になったけれど先に視線を落として冷却材に擦り寄って口元を緩めてる出留を見た。

「出留」

『んー?』

「ほんとお疲れさま。強いのは知ってるけど、今日のはいつにも増してまじでかっこよかった」

『…、ありがと』

ぱちりと目が見開かれてすぐに逸らされる。冷却材から離れるように顔ごと反対を向いたから口角を上げた。

「照れてるのか?」

『ちげーわ』

わざとらしく息を吐いて起き上がる。冷却材を差し出せば礼と共に受け取られて頬に押し当てた。

「さっきの炎ってどうやって出したんだ?」

『リンを使ってる。エクトプラズム先生の攻撃受けたときの摩擦熱で点火させて、そのまま操作してたよ』

「あー、リンってマッチのあれか」

『そそ』

「最初からやらなかった理由は?」

『んー、点火するのにうまい具合に衝撃が加わらないといけないし、操作に集中力持ってかれるから、いつまで組手やるのかわかんなかったのも含めるとバテ防止かなぁ』

「なるほど。やっぱ大変なんだな」

『まぁ実戦向きじゃないかもね。自由に点火させられるわけじゃないし』

「”サポートアイテム“ノ導入ヲ検討シテミタラドウダ?」

「わっ!」

『サポートアイテムですか…』

急に会話に入ってきたエクトプラズム先生に驚いたのは俺だけで、出留は気づいていたのか言葉を拾って悩む。

『あったら楽かもしれませんけど、普通科の俺が用意してもらうのも…』

「確かに先生の手を煩わせるのも気が引けるな」

「ナラ生徒ニ頼ンデミタラドウダ?君タチ仲ノ良イ生徒ガイタダロウ?寮生ニナッテカラ夏休ミ中ハ時間ガアル子モ多イ」

「発目さんって休みに何してるんだろうな」

『メカ作ったりメンテしてそう』

「それなら俺もこれ、少し追加したい機能があるから一緒に相談しに行こうぜ」

『あー、んー、確かに…後で連絡取ってみようか』

「そうだな」

一緒にの言葉に出留が頷いて、エクトプラズム先生がにこにこと笑う。いつの間にかエクトプラズム先生の隣には相澤先生がいた。

「二人とも、自身の個性助長はもちろん、不足を補うことも自由にしろ」

「はい」

『はーい』

「それじゃあ話が区切れたところで、次は心操、同じように組手をするぞ」

「は、はい!」

回ってきた順番に慌てて立ち上がって、出留も立ち上がる。あれだけ言ってた疲れたの言葉は本当なのか少し怠そうで、冷却材を額に当てながらがんばれと声援を残し監視室に向かっていった。




「あっつ…」

『夕方も暑いとほんと夏って感じするよな』

人使が垂れてきた汗を拭う。陽が落ち始めて空はオレンジ色をしてるのに気温は全く下がってる気がしない。

個性登録をしたことで前に言っていたとおり先生はがっつりと訓練に個性も組み込んできてる。1週間ちょっとサボっていたのもあってかキツくなってる訓練内容に、勝己との朝練を増やそうかなと頭を掻いて、携帯を取り出したところで連絡が来てるのに気づいた。

『人使』

「なんだ?」

ゆるい動作で顔を上げた人使に携帯を見せる。視線が文字を追って、口元が緩んだ。

「それじゃあ早速明日にでもお邪魔させて貰おうぜ」

『だね』

休憩中に送っておいたメッセージの返事は快諾する内容で、できることなら今すぐにでもと来ていたから明日お邪魔しますと返す。

届いてすぐに返したメッセージは即座に既読がついて、それから三十秒ほど待ってみて返信はなかったからポケットにしまった。

『大丈夫みたいだよ』

「そうか、楽しみだ」

マスクと捕縛帯の入った鞄を抱え直して笑う。人使はさっきまで出してた訓練の疲労が飛んでるように見えた。

前回までのお礼と明日お邪魔する手土産として購買でチョコレートの商品を複数購入する。ついでに明日は開発の話が長引いて昼飯を食いっぱぐれる可能性を考えて昼飯を作るための材料を選ぶ。

「弁当作るのか?」

『人使が良ければ一緒に用意するよ?』

「え…本当にいいのか?」

『そりゃあ一人分作るのも二人分作るのもそう変わんないから。何食べたい?』

「まじか。……そうしたら肉っぽいもの」

『ぽいものってなんだ?えー、野菜とかを巻いたら怒る?』

「まさか。肉巻き好きだ」

『よかった。食べれないものは?』

「特にはない」

『りょーかい』

取ろうとしてたパンから手を遠ざけて、目を輝かせてくれてる人使に頑張るよと笑う。俺と人使、それから一応発目さんの分も込で材料を見繕って購買を出た。

「何時から作るんだ?手伝う」

『ん?今日のうちに準備するから三十分もあればできるよ。大丈夫。あ、ちなみに卵焼きは甘いの?しょっぱいの?それともめんつゆ?』

「絶対しょっぱいやつ」

『おっけー』

あまりに迷いのない返事に明日は寝ぼけて甘くしないようにしないといけないと記憶に留める。

寮まで戻ってきて、疎らにいるクラスメイトに挨拶をしつつキッチンに向かい、冷蔵庫の所定の場所に材料をしまってから一度部屋に戻った。

風呂に入って飯を食べて、それから明日の弁当の準備を始めれば同じく自炊派のクラスメイトが俺の手元を見るなり目を逸らしてすぐに戻す。

「緑谷さん料理できるの!?」

『え?うん、人並みには…』

「ええ…!ハイスペックだね!」

『そんなでもないよ』

苦笑いを返していればクラスメイトは使った食器を洗って去っていく。今度おかず交換しようねとクラスメイトは消えて、同じようなやりとりを三回ほど別の人間と行って明日詰めるおかずを作り終えた。

全部冷蔵庫にしまって、ついでに弁当箱の確認をする。家から持ってきていたのは自分の分と出久、勝己の弁当箱の三つ。流石に人に使わせるわけにもいかないからと購買で用意しておいたお重箱のような大きめの弁当箱を洗って乾かしておく。

「何か手伝えることはあるか?」

『んや、今ちょうど終わったとこ』

キッチンを覗いた人使に明日の段取りを話して部屋に戻った。


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