あんスタ(過去編)


【紅紫一年・春】



目的地に向かう道中、廊下の曲がり角から出てきたその人は俺を見ると目を丸くしてから眉間に皺を寄せた。

「随分と懐かしい顔がいるねぇ」

てっきり忘れられたものかと思っていたが業界を生き抜いてるだけある。社交辞令ではなくてきちんと覚えて声をかけてるんだから。

意識して笑顔を作った。

『覚えていてくださったんですか、嬉しいです。お久しぶりです、瀬名さん』

「…なに、まだそれやってるわけ?」

『ふふ、なにをですか?』

わざとらしく大きく吐き出された息に笑顔のみを返せば目をそらされた。

ふわふわと揺れる灰色の毛先を見つめてると舌打ちをこぼした彼は俺を見上げる。

「…アンタ、こんなとこに何しに来たの?」

『学べるうちに学んでおこうかなと思いまして。瀬名さんと同じ学校だったのはたまたまなんですけどね?』

「ふぅ~ん」

『あ、僕のこと信じてませんね?』

「はぁ?何言ってんのぉ?今んとこ嘘しか言ってないくせにさぁ。…しろくんのその白々しさには呆れ越して感心をおぼえるんだけど」

また吐かれた息と、この歯に布を着せない言葉遣いに自然と笑みが溢れる。

『俺も貴方のその生きかたには惚れ惚れします。憧れてますよ』

「なにそれ、ちょ~うざぁい」

眉根を寄せて唇を結った表情は人間らしく歪んでいて大層愛らしい。

ふと、彼が片手に持っているファイルにライブの申請書が入っているのが見えて記憶を探った。

『あ、泉さんって…チェス?でしたよね?今度時間あったら覗きいきます』

あからさまに嫌ですと更に眉間に皺を寄せた泉さんが面白く、にたぁと笑えば目を細められて、最終的には深々とため息を吐かれる。伏せられた睫毛が影を落として急に空気が落ちた。

「別に来なくていいから。そういうアンタはどこのユニット入ったわけ?」

『それがまだ決まってなくて…折角なら泉さんのとこにでも入ろうかな?』

「…絶対加入許可は出さないから」

『ふふ、断られちゃいました。残念です』

まだ入学してあまり時間は経っていないものの、この学園を包む不穏な空気と腐敗臭には気づいてる。

泉さんはそれなりに芸能界にも身をおいて、更には一年もいるんだから慣れているにしても疲れてるだろう

モデル業を休止してしまいめっきり会わなくなった彼はどこか窶れたような、草臥れたように見えて手を伸ばす。

『泉さん、ダメになりそうになったら教えてくださいね』

神経質なくらい手入れされてる肌は変わらず触り心地がよかった。

「なぁに?助けてでもくれるわけ?」

『何言ってるんですか、ただ間近で見てたいだけですよ』

ため息をつかれ感触を楽しんでた右手がはたき落とされる。

「はぁ、相変わらず悪趣味だよねぇ?」

しろくんのそういうところ、気持ち悪くて嫌いとはっきり吐き捨てた彼に笑顔を浮かべた。

『…そうだ。泉さん、さっきの全部嘘じゃないですよ』

シニカル王子なんて肩書の割に表情豊かで子供じみた行動を取る泉さんは大層可愛らしく俺は結構好きだ。

今もなんの話?と首を傾げた。

『また会えて嬉しかったのは本当です』

「はいはい、ありがとうねぇ」

ぽんぽんと俺の頭を二度撫でた泉さんは横をすり抜けていく。ふわりと昔から彼がつけてる透き通った香水の匂いが届いた。

「死なないように精々がんばりなよぉ、しろくん」

物騒な声援に軽やかに言葉を返してその背に手を振った。



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