ヒロアカ 第一部


なんだかんだ怒られて自分の身の振り方を見直すように言われ、五回目の訓練日。早々に怪我をする機会もないからいつもどおり訓練をして帰るを繰り返す。

限界を探すの言葉通り体力のぎりぎりを見つけるためか運動量は増えたし、重りも馬鹿みたいに重い。人使、担任、先生と連戦させられたときは思わず相手の顔面に投げ捨ててやりたくなった。

今日もいい汗をかいたところで訓練が一旦休憩になったから人使と床に転がる。

「あー、あっつー」

『ほんとそれ』

先生はいつもどおり一度職員室に向かったらしく訓練場を後にして見当たらない。ぐでぐでと転がりながら少しでも涼を取って水分補給をする。

「出留、体調どうだ?」

『へーき。人使はー?』

「俺も大丈夫だ」

熱中症でぶっ倒れた後から感じていたけれど、少し動きすぎただけで俺の言動にキレるくらいには心配症の人使が繰り返す質問を変わらず手を振って返す。一日に何度も行われる確認に慣れが生じていて、筋肉の引きつりがマシになったから起き上がった。

『休憩あとどれくらいだっけ?』

「まだ結構あるぞ」

『じゃあトイレ行ってくる』

「あ、俺も行く」

同じように起き上がった人使と訓練場の出入り口近くに足を運ぶ。雄英の敷地は広く設備が整ってる。中学の時にも体育館にトイレがついていたように訓練場にもトイレがついていて、体育館のトイレといえばどこか薄暗い印象があったのに雄英はどこまで金をかけてるのか空調もしっかりきいたホテルのような広さと明るさがある。

一応換気のためにかつけられてる窓になんとなく目が行って、外を見たところであ、と声が漏れた。

「どうした?」

『あー、特にどうってわけじゃないんだけど…』

つい出久たちといる癖が出てしまっただけとは言いづらく、近寄ってきた人使に窓の外を指す。

億劫そうにも見える落ち着いた瞳が窓の外を見つめて、丸くなった後に輝いた。

「…!猫!」

『人使って猫好きなの?』

「わりと…!」

じっと窓の外を眺めてる人使は猫から視線を逸らさず、一度時計を見るとまだ二十分くらい余裕がある。

視線が猫の姿から離れないから肩をたたいて声をかけた。

『時間まだあるし、外に見に行く?』

「行く…!」

大きく頷いた人使とトイレを後にして訓練場を出る。ぐるりと外壁に沿うように歩いて回り、トイレの裏手にたどり着いたところで足を止めた。

「ぁ…!!」

まだかなり離れている位置なものの目視できたのか嬉しそうに表情を緩ませた人使は足音を立てすぎないよう丁重に近づき、2mほどの距離をおいたところで屈む。

淡い灰色の毛を繕ってる猫は人使か近づいたのに気づいているけど特に身構えず、案外人馴れしてるのかもしれなかった。

俺も少しだけ近づいて人使から四歩ほど離れたところで足を止めて眺める。

人使は過剰に近寄ったりはせず幸せそうに猫を眺めていて、猫もそんな空気を気にしないで毛繕いをしたり伸びたりしてる。

猫の近くには木陰に隠すように小さな家があって、あれがおそらくこの猫の住まいなんだろう。水飲み皿なんかも置いてあるから雄英で面倒を見ている子なのかもしれない。

「はぁ…かわいい…」

恋でもしてるように慈しんだ目で猫を見つめると人使を眺めながらぼっーとする。猫は毛繕いに勤しんでるし人使は微動だりしない。携帯もおいてきてしまって今が何時かもわからず、どれだけそこにいたのか、足音が聞こえて顔を上げる。

「こんなところにいたのか」

『先生』

「荷物もおいたまま、時間なのに戻っても来ないからどうしたのかと思った」

『あ、もう時間でした?すみません』

先生は息を吐いたあとにいまだ動かない人使を見て、その人使の視線の先に気づいて固まった。ゆっくりとまた俺に視線を戻したから口を開く。

『あの子、雄英で面倒見てるんですか?』

「…まぁ、そうだな」

『人使、猫が好きだったらしくて見つけてからあそこから動かないんですよね』

「……そうか」

『にしても、あの子人馴れしてますよね。ちょー落ち着いてる』

「………そうだな」

目を逸らしていく先生に思わず笑って、猫が顔を上げる。ちりんと首元についた小さな鈴が音を立てて細い手足で軽やかに歩いていくと先生の足に体をこすりつけるように絡みついた。

「ぐっ…」

『ああ、やっぱり先生が面倒見てたんですね』

「せ、先生!うらやましい…!」

ようやく稼働した人使は目をキラキラさせたままで猫は気ままに先生に絡みついて鳴いてる。

じりじりと人使が身をかがめたまま近づいて先生の足元で止まる。猫は小さく鳴いて尻尾を微かに揺らすと先生を見上げて、先生が負けたように腰を下ろして手を伸ばした。

慣れた手つきで猫を優しく撫でる姿はとても慣れているようで面倒を見ている期間は結構長そうだ。

猫は先生の膝の上に乗ってじゃれつくとそのうち人使を見てにゃあと鳴く。人使がそわそわとしてから手をゆっくり近づけて、猫の額を指先でなでた。

「お…おお…!」

目を輝かせる人使に先生も口元を緩めて、仲良く猫と戯れる様子を腰を下ろして眺めていればはっとしたように先生が顔を上げた。

「訓練を再開するぞ」

「あ」

思い出したように手を止めた人使に先生はそっと猫を下ろす。猫は小さく鳴いて鈴を鳴らすと寝床らしき家の中に入っていった。

「あー、あー…」

残念そうな人使を横目に、立ち上がった先生は洋服についた毛を軽く叩くと目を逸らして気まずそうに眉根を寄せた。

「様子を見たいならまた訓練後にしろ」

「う、…はい」

訓練の再開を優先したのか名残惜しそうにそちらを見ながらも人使も立ち上がったから俺も腰を上げる。

『可愛かったね』

「ああ!もう毛もすごく柔らかくて小さくて、本当に可愛かった!!」

『そっかそっか。よかったなぁ』

出久が動物園でテンションが上がったときと同じような表情の人使につい癖で頭を撫でれば人使は目を見開いて固まる。

近くからため息が聞こえて視線を移した。

「お前は距離感がおかしい」

『え?そうですか?』

「やるのは弟と幼馴染だけにしておけ」

訓練に戻るぞと歩き始めてしまった先生に慌ててついていく。人使も一瞬猫の入っていった家を見た後についてきて訓練場に入った。




八月の半ばまできて訓練が終わる。いつもどおり相澤先生は俺達に講評を伝えると言葉を追加した。

「俺が林間合宿でいない間の訓練はプレゼントマイクとミッドナイトに指南役を頼んでいる。連絡はこまめに確認しているのでなにか不安点が出たら連絡をよこすように」

「はい!」

『はーい』

日付を思い出してもうそんな時期かと内心息を吐く。ヒーロー科の二組が参加できる林間合宿は出久と勝己だけが数日家を離れることになってる。二人とも一緒に荷造りをしたけど、足りないものがあったときにすぐ貸すことはできないから忘れ物がないか改めて聞いておくべきだろう。

そういえば数日とはいえ二人とも隣に居ない生活を送ることになるのは初めてだ。

気づいた瞬間にぞわりと悪寒が走って手を握る。なんだかとても嫌な気分で、それが何かわからないのが気持ち悪い。

どうしてか痒くなってきた右腕を左手で擦る。

「出留?」

『…、ん?どうした?』

「いや…ごめん、なんでもない…?」

『なにそれ?』

人使の気遣うような視線は、気のせいだったか?と言葉がこぼされて首を横に振られたことで逸れる。

相澤先生は担任や呼んであったプレゼントマイクと情報共有をしていて、妙な寒気はいつの間にかなくなっていたから手を下ろす。

どうせこれも、気のせいだ。


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